雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

高校無償化 大阪のことですが

2023-06-30 18:54:44 | 日々これ好日

     『 高校無償化 大阪のことですが 』

   高校授業料の無償化について テレビで討論されていた
   これは大阪府のことで 知事と私立高校関係者が
   熱い討論を 展開していた
   この種の問題は 多くの地区で問題があるようだが
   多くは 年収制限と思われるが
   大阪の焦点は 私立高校の経営が圧迫される ということだった
   聞けば聞くほど この種の制度設計は 難しいと感じた
   ところで この種の制度が行われている地域では
   中学卒業で就職している人に対して 
   当然 同程度の支援があるのだろうが
   どのような手当がなされているのか あまり聞こえてこないのが
   非情に気になる

                     ☆☆☆
      

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定子皇后の悲劇への道 ・ 望月の宴 ( 83 )

2023-06-30 08:09:33 | 望月の宴 ③

      『 定子皇后の悲劇への道 ・ 望月の宴 ( 83 ) 』


物語は、かの清少納言が敬愛してやまない定子皇后の悲劇へと展開して参ります。
平安王朝文化の絶頂期は、激しい権力闘争の時代でもあったのでございます。


やがて八月(旧暦では秋)となり、皇后宮(定子)は何とはなく心細く思われて、明け暮れには御涙で濡れて、おいたわしい様子で過ごされている。
荻の上風萩の下露(オギノウワカゼ ハギノシタツユ・荻の葉を鳴らす風も萩の下枝に置く露も・・和漢朗詠集の「秋はなほ 夕まぐれこそ ただならね 荻の上風萩の下露」を引用している。)といった風情が一段と御心にとまるご様子でお過ごしされているにつけても、いよいよ昔のことばかり思い出されて、ぼんやりとなさっている。
女院(一条天皇の生母詮子)からは、待ち遠しいと思う間もないほどに、しばしばお手紙を差し上げられている。

帝からは、ふつうの御身体ではないことを痛々しくお気遣いなさって、内蔵寮(クラリョウ・財宝の管理や天皇、中宮の装束の調達などを行う役所)から様々な品物をお贈りになる。安産のための物忌や養生なども思い通りというわけにはいかず、御修法の壇も二つばかりで、それなりの御読経は行われるとしても、僧なども、まず第一に奉仕しなければならない所の御祈祷を優先させるので、この宮(定子皇后)の御読経などは、見劣りする代役の僧が、いかにも頼りなく、何と言うこともなく眠りこけていたりする。
然るべき時であれば、このような慶事が起きたのであれば、どれほど張り合いがあったことだろうに、どうしてこのような時になってしまったのか、この上は、ただ念仏を絶え間なく聞いていたいと思いながらも、その一方で、この僧たちの振る舞いや有様、落ち着きのないお勤めなどを考えると、かえって罪を作ることになるに違いないと思われて、ひたすら宮司(ミヤヅカサ・皇后宮職の官人たち。)などの取り決めに任せてお過ごしになっている。

帥殿(ソチドノ・定子の兄伊周)、中納言殿(弟の隆家)などが参上なさることぐらいで、何かと御心が慰められていらっしゃるが、やはり御涙がこぼれていらっしゃるので、情けなくゆゆしいことだと思われるにつけても、姫宮(脩子内親王)、一の宮(敦康親王)などの御有様を、この後どうなさるのだろうかと、ご心配しながら見守っていらっしゃる。
常の御夜居(ヨイ・加持のため、夜通し貴人の寝所に詰めている僧。)は、僧都の君(定子の弟隆円)が伺候なさっている。もしも、このご兄弟の君達(公達)がいらっしゃらなければ、なおさらのこと、どれほど言いようもないほど惨めなことであっただろうかと、お思いになることが多かったに違いない。

東宮(居貞親王)には宣耀殿女御(センヨウデンノニョウゴ・娍子)に多くの皇子たちがいらっしゃって、御仲は水も漏らさぬような睦まじさなので、淑景舎女御(シゲイサノニョゥゴ・定子の妹原子)が参上なさる余地とてない。

宮中では、五節(ゴセチ・五節舞。新嘗会の時に行われる少女の舞。この年は中宮彰子が舞姫を献じている。)や臨時の祭(賀茂臨時祭。十一月の下の酉の日に行われる。)などがうち続いて、華やかに沸き立っていたので、それにつけても、皇后定子ゆかりの昔を忘れない君達などが参上して、女房たちと物語などしながら、五節所の様子などをお話になられているのにつけても、清少納言などが応対に出て、並たいていの若い女房などよりは遙かに勝って、見事に誇り高く振る舞っている様子を、やはり捨て難いものと思われるので、君達たちは二、三人ずつ連れだって、常に参上している。

     ☆   ☆   ☆

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大の仲良し

2023-06-29 19:03:16 | 日々これ好日

       『 大の仲良し 』

    朝の散歩途中での 一コマ
    公園の中の 野球が出来そうなグランドで
    まだ日が当たっていない所で 犬が腹ばいになっている
    高齢に見える中型犬で 歩くのを嫌がっている様子
    すると 飼い主の そこそこの年令の女性が
    犬の横に 小さなシートを敷くと
    少し不自由そうな足を 投げ出すようにして
    犬に寄り添うように 横座りになった
    そして 犬を愛おしげに 撫でてやっている・・
    犬を散歩されている方々は 皆さんとても可愛がっておられるが
    こんな姿を見たのは 初めてなので
    しばらく 見とれてしまった

                 ☆☆☆
    
    

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大谷サーン 薄氷を踏む思いの7勝目

2023-06-28 18:37:39 | 日々これ好日

   『 大谷サーン 薄氷を踏む思いの7勝目 』

   大谷翔平選手 1失点の好投と2本塁打
   ところが 3点リードの9回裏
   アラ アラ アラ・・・
   この暑いのに 薄氷を踏む思いとは・・
   それでも なんとか7勝目を手にして
   投手としても 2桁勝利が見えてきたぞ!!

               ☆☆☆

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小人の船 ・ 今昔物語 ( 31 - 18 )

2023-06-28 08:17:41 | 今昔物語拾い読み ・ その8

      『 小人の船 ・ 今昔物語 ( 31 - 18 ) 』


今は昔、
源行任朝臣(ミナモトノユキトウアソン・生没年未詳。醍醐源氏。1019 年に越後守を解かれている。)という人が越後の守としてその国に在任中、[ 欠字。郡名が入るが不詳。]の郡にある浜に、小さな船が打ち寄せられた。幅が二尺五寸、深さが二寸、長さが一丈ほどである。

これを見つけた人は、「これはどういう物だろう。誰かが面白半分に造って、海に投げ入れたのだろうか」と思って、よく見ると、その船のふなばたにそって、一尺ほどの間隔で櫂の跡がついている。その跡は、長く使われたらしくすっかり潰れている。
そこで、見つけた人は、「実際に人が乗っていた船だったのだ」と判断して、「どれほど小さな人が乗っていた船なのか」と思って、あきれるばかりであった。
「漕いでいる時には、ムカデの手のようであろう。世にも珍しい物だ」と言って、国司の館に持っていくと、守もこれを見てすっかりあきれてしまった。

すると、ある古老が、「前々にもこのような小船が流れ着いたことがあった」と言ったが、そうすると、その船に乗る程度の小さい人がいるに違いない。
このように、越後国に度々流れ着くのを見ると、ここより北に小人の国があるのだろう。他の国には、このように小船が流れ着いたという話しは聞いていない。
この話は、守が上京し、従者たちが語ったことを聞き継いで、
此くなむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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プリゴジン氏 ベラルーシ入国か?

2023-06-27 18:32:10 | 日々これ好日

      『 プリゴジン氏 ベラルーシ入国か? 』

    反乱は一日で終ったが まだ続きがありそうな予感
    様々な情報があり プリゴジン氏の動向が注目されているが
    プリゴジン氏のプライベート機が ベラルーシに入ったらしい
    プリゴジン氏が乗っているかどうかは 確認されていないが
    今後 どのような行動を 取るのだろうか
    それにしても 戦争を引き受ける会社が
    世界には 数多くあるのが 現実らしい

                     ☆☆☆ 
    

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夢と知りせば

2023-06-27 08:03:25 | 古今和歌集の歌人たち

     『 夢と知りせば 』


 思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ
        夢と知りせば 覚めざらましを

            作者  小野小町

( 巻第十二 恋歌二  NO.552 )
         おもひつつ ぬればやひとの みえつらむ
                 ゆめとしりせば さめざらましを


* 歌意は、「 あの人のことを思いながら 寝ましたので あの人が夢に現れたのでしょうか これが夢だと分かっていれば 目を覚ましたりしなかったのに 」と言った、数多く伝えられている小野小町の恋歌の代表歌の一つです。

* 作者の小野小町(オノノコマチ)は、平安時代ばかりでなく、わが国の歴史上最も著名な女流歌人と言えるでしょう。
さらに、美人の代表とされる女性であり、多くの和歌が伝えられており、幾つもの虚実入り混じった説話が伝えられています。
しかし、その人物や伝説化されているような物語の多くは、謎に包まれている物が殆どで、その実体はあまりにもおぼろげですが、それだからこそ、一千年余を過ぎた今日においても、多くのファンがいるのかも知れません。

* 小野小町の生没年は未詳です。出自もやはり確定されていません。
多くの説はあるようですが、いずれも推定の域を出ておらず、かなり後世に作成された資料をもとに推定されている物が多く、生没年・出自とも断定するのは正しくないようです。

* ただ、古今和歌集の撰者の一人である紀貫之( 872 - 945 )は、その仮名序の中で、「近き世にその名聞こえたる人は」として、六人の歌人を挙げています。後に「六歌仙」と呼ばれることになる歌人たちですが、小野小町もその中の一人とされています。つまり、この頃には、すでに名高い歌人であったことが確認できます。
因みに、貫之の小町評は、「古の衣通姫(ソトオリヒメ・記紀に情熱の美人として記されている。)の流なり。あはれなるようにて、つよからず。いはば、よき女のなやめるところあるに似たり。つよからぬは女の歌なればなるべし。」とあります。

* 生没年について、( 825 - 900 )と推定している説もあるようです。個人的には、ずいぶん大胆な意見だと思うのですが、大きく外れていない年月を生きた女性であることは確かなようです。
出自についても、具体的な説としては、小野篁( 802 - 852 ・従三位)の孫で、出羽の郡司である小野良真の娘というものがありますが、篁の孫とした場合、年代的に少し無理があり、公卿である篁の孫であれば、出自に関してもう少し情報が残されているはずのように思われます。また、父が出羽の郡司だとした場合、郡司というのは一つの郡の長官ですから、おそらく官位などなく、篁の息子とは考えにくく、娘が都で一流歌人として存在するのも無理があるように思われます。

* このように、小町は推定部分の多い女性ですが、どうやらそうしたことはたいした問題ではなく、平安時代初期に絶世の美女であり、情熱的な歌を数多く詠んだ女性がいた、ということで納得すべきような気がするのです。そして、こうした女性の常として、虚実が入り混じった(虚の部分が圧倒的に多いのでしょうが。)物語が作られ、流布していくのは宿命のようなものなのでしょう。

* 小町の代表作品としては、No113にある『 花の色は 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに 』なのかも知れませんが、あえて掲題歌を選びました。
その理由は、掲題歌は、「巻第十二 恋歌二」の巻頭歌で、しかも三首続けて小町の歌が載せられているからです。
もちろん、『 花の色は ・・・ 』は実にすばらしい和歌で、この和歌を「春歌」に分類しているのは、古今和歌集の編者のミスだと個人的には、思っているほどです。

* 作者 小野小町は、世界三大美女の一人とされています。他の二人は、エジプトのクレオパトラと中国唐の楊貴妃ですが、誰がどういった基準で定めたのか知りませんが、まあ、大変な美女であったという一つの勲章ではないでしょうか。
それほどの美女ですから、これまでに小町の姿は数多く描かれ伝えられていますが、そのほとんどは後ろ姿に近いものばかりで、正面から描かれているものは皆無のようです。もしあれば、それは間違いなく偽物でしょう。
小町をめぐる物語は、風評的なものも含めて、多くのものが伝えられているようです。あまり真偽の程にめくじらを立てず、絶世の美女であり情熱歌人である女性として大切に見守り続けたいと思うのです。

     ☆   ☆   ☆

 

 

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反乱は収束したようだが

2023-06-26 18:34:06 | 日々これ好日

      『 反乱は収束したようだが 』

   ワグネルによる ロシアの反乱騒ぎは
   世界中を 駆け廻る間もなく
   一日で 収束したようだが
   事は そうそう簡単ではない という声も聞こえてくる
   プーチン体制が 言われるほど強固ではないらしい
   という意見があり その一方では
   ますます行動が 荒っぽくなるのではないかとも
   残念なのは この騒動によって
   ウクライナ情勢が 緩和に動くという声が
   ほとんど聞かれないことだ

               ☆☆☆

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ワグネル 反乱か

2023-06-25 18:24:52 | 日々これ好日

     『 ワグネル 反乱か 』

   プリゴジン氏が率いる ワグネル部隊が 
   モスクワに向かって進軍中 との衝撃的なニュース
   ベラルーシ大統領の仲介で
   進軍は中止され 事態は一応収束したようだが
   ウクライナ情勢に 影響があるのかどうか
   注目される

                ☆☆☆
   
    

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流れ着いた巨人 ・ 今昔物語 ( 31 - 17 )

2023-06-25 08:18:37 | 今昔物語拾い読み ・ その8

      『 流れ着いた巨人 ・ 今昔物語 ( 31 - 17 ) 』


今は昔、
藤原信通朝臣(生没年未詳。1024 年に常陸国守( 介 )に就いている。
)という人が、常陸の守として在任中のことである。
その任期が終るという年の四月の頃、風がものすごく吹いて大荒れの夜、[ 欠字。郡名が入るが不詳。]郡の東西の浜という所に、死人が打ち寄せられた。

その死人の身長は、五丈(約 15m )余りもあった。さらに、半ば砂に埋もれているのに、臥せっている胴の高さは、背の高い馬に乗って近寄ってくる人が持っている弓の先が、少しばかり見えるだけである。これでその高さが推し量れるだろう。
その死人は、首から切断されていて頭がなかった。また、右の手、左の足もなかった。これは、鰐(ワニ・鮫の古称。)などが喰い切ったのであろう。それらがもとのようについていれば、大変なものであろう。
また、うつ伏せになって砂に埋まっているので、男女いずれかも分からない。ただ、体の様子や肌つきからは女のように見えた。
国の者どもは、これを見て、驚きあきれ、周りを取り囲んで大騒ぎした。

また、陸奧国の海道という所において、国司の[ 欠字。人名が入るが不詳。]と言う人も、「このような大きな死人が打ち寄せられた」と聞いて、家来を遣って検分させた。
砂に埋もれていて、男女の区別が分からない。「女であろう」と推定したが、学識ある僧などは、「この全世界に、このように大きな人が住んでいる所があるとは、仏も説いておられない。思うに、これは阿修羅女などあろうか。体の様子などもたいそう清気なので、そうかも知れない」と推測した。

さて、国司は、「これは希有の事なので、何よりもまず、朝廷に報告しなければならない」と言って、京に使者を送ろうとしたところ、国の者どもは、「報告すれば、必ず朝廷の使者が検分に下向されるでしょう。そうなれば、その使者の接待が大変厄介です。この事は、ひたすら隠しておくことです」と進言したので、守も報告せずに隠し通してしまった。

ところで、その国に[ 欠字。人名が入るが不詳。]という武者がいた。その武者は、この大きな死人を見て、「もし、このような巨人が攻め寄せてきたら、どうすれば良いのか。矢が立つかどうか、試してみよう」と言って、射ると、矢は深々と突き立った。
そこで、これを聞いた人は、「よくぞ試した」と誉め称えた。

さて、その死人は、日が経つにつれて腐乱し、十町二十町もの間には人も住めず、逃げ出してしまった。あまりの臭さに耐えられなかったからである。
この事は隠していたが、守が京に上ったので、いつしか世間に伝わり、
此く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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