My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

私が人生の進路変更をした本当の理由

2011-01-09 13:11:54 | About me

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
昨年は、このブログを通じて本当にたくさんの方と知り合い、色々と考えるきっかけを与えてもらえました。
またMITを卒業して、仕事にも復帰し、最近はようやく自分らしく仕事が出来るようになってきました。
有難うございます。

「書く」、そして発信するという行為は自分にとっては大切な時間。
留学中に自分のスタイルを確立し始めていたのに、昨年の後半は、ブログやTwitterがほとんど手につかずにいた。
これは仕事が忙しいというより、ある人生の決断が出来ずにずっと悩み続けていたからだった。
それは私にはとても大切な時間でしたが、記事を待って下さっていた方には申し訳なかったです。
12月に入ってようやく結論が出て、動き始めて、最近ようやく落ち着き始めたところ。
これからは前のように、ブログ記事も(土日中心に)頻繁に書いていこうと思う。

この決断について書くつもりは無いので、代わりに数年前の私の人生の大きな決断の話を書いてみる。

就活中の大学生とかに「何で研究者やめてコンサルに来たんですか?」とよく聞かれる。
公式の理由は、研究よりも本当に職業としてやりたいことを見つけたから、とか話しているが、
実のところは、インフルエンザで死にそうになったのが、きっかけだった。
それを一度、会社のアメリカ人の同僚に話したら死ぬほどバカにされ、以来秘密にしていた。

でも結局のところ、人間って「今死ぬかも知れないけど、それでよいのか」と思ったときに、大きな人生の決断が出来るんじゃないのか、と今は思う。

私は物心ついたころから科学者になりたい、と思っていた。
小学1年のころから、周囲の子とファミコンで遊ぶより顕微鏡を覗いたり、化学実験をしてる方が好きな変なガキだった。
(ただし最新ゲームソフトでクラスメートを釣って、遊びに来た友人に顕微鏡を覗かせたり、科学の素晴しさを説いたりするリーダーシップ?は今と余り変わらない。)
時には利根川進目指して生物化学者を志したり、アインシュタインに憧れて物理学者を目指したりと、
なりたい科学者の種類は色々ぶれたが、科学者になりたいという気持ちは変わらなかった。

だから何の迷いもなく、大学では理学部に進学し、そのまま大学院に進学した。
ところが、大学院に入るかくらいの頃から状況が変わってきた。

まず一人で今まで頑張っていた母が病気で寝込んでしまい、私が全ての家計を支える必要が出てきた。
奨学金を3本もらい、塾講師などのバイトをやり、TAをやり、更に雑誌の書評などを書いて稼いだ。

そんな中、私がいた分野では伝統的に毎年全国の院生400人程度が数日間泊りがけで行う若手の会の運営委員のリーダーをやることになった。
これまでは博士課程の学生がやる任務だったが、先輩の推薦で、弱冠修士1年の私が大抜擢された。
私は、勢いと理想だけで突っ走る完璧主義者であり、恐らく運営委員の皆は大変苦労したことだろう。
リーダーとして余りに未熟だったために、私個人が学ぶことはたくさんあり、組織の運営や経営というものに初めて興味を持つようになった。

このリーダーの大切な仕事のひとつが、全国の関連研究所や企業に、若手の会の意義をプレゼンし、協賛金を頂いてくる仕事だった。
私は昔から面接やプレゼンの類は得意で、ここばかりは本領発揮だった。
ある研究所の所長氏は、私のプレゼンに感動して、研究所全体で活動を支えると満額以上の回答を下さった。
色々あったが、この若手の会自体は大成功にて幕を閉じた。

その一方で、本業である勉強や研究はほとんど進まず、自分の研究者としての能力を何度も疑った。
研究者になりたい自分にとって企画運営やプレゼンの能力よりも、研究を進める力が欲しかった。
見つけた研究テーマも、研究室の方向性と合わないから、という理由で何度か教授に却下された。
修士2年半ばには妥協してテーマを見つけ、それなりに没頭して研究も進め、100ページを超える修士論文を英語で何とか書き上げた。
そして博士課程に進学した。

この頃が一番つらかった。
学科には、それなりに成果も出しているのに、ポストにつけないままに35歳を過ぎ、先のポストが無いポスドクの先輩が何人もいた。
「大学院重点化」および「ポスドク1万人計画」の第一世代だ。
研究が進まずにうつ病状態の友人や、自害する先輩・後輩すらいた。
これが日本の最高学府で、最も優秀だといわれる人たちが行く分野なのかと思った。
もちろんそんな状況でも、才能を世界に羽ばたかせたり、若いのに助手になったり、優秀な学生はたくさんいた。
私の周囲は皆優しく、研究室は楽しかったが、私は妥協した研究テーマ自体に既に興味を失っており、家に帰れば、病気の母がいるだけだった。
こんな状況で、苦労だけさせた母に申し訳ないと思った。

現実逃避を兼ねて、バイトや書評で金を稼ぎ、まるで自分が研究自体に向いてないわけではないといわんばかりに、科学哲学の学会に出ては、そこで論文を書いたりしていた。
既に大学運営や大学経営のあり方、科学研究のあり方といったテーマに興味は移っていた。

おぼろげながら、科学研究が必ずしも自分に向いている職業でないことには気がついていた。
しかし小さい頃から20年近くも夢見てきた科学者になるのを諦めるのは、自分には困難だった。
で、すでに人生の妥協路線を考え始めていた。
自分の性質を考えると、面白い科学の本を書いたり、そのうちどこか地方の大学で上に立って、大学の改革とかをやれるようにはなるだろう。
科学者として一流になれなくても、それで別に十分じゃないか、と思いはじめていた。

そんな感じで半年が過ぎた11月の半ば、学会に出た神戸からの高速バスの帰りに突然気分が悪くなって吐いた。
ほうほうの体で家に帰ると、既に熱が40度を超えていた。
二日目には意識が朦朧とし、何も飲めなくなった。
喉が強烈に渇いているのに、水を飲もうとしても、体が受け付けず全て吐いてしまう。
お湯にして飲もうとしてもダメだ。
三日目になっても何度やっても吐くだけで何も飲めず、このまま死ぬのかな、と思った。

突然、ポカリスエットの粉末が目に入り、これをお湯に混ぜれば少しは体が吸収するかも、と思った。
母が昔話していた、赤ちゃんが風邪を引いたとき、塩と砂糖をお湯に溶かして飲ませないと、体が吸収できずに脱水症状を起こしてしまうというという話を思い出したのだ。

何とかひとくちか、ふたくち飲んだ。
今度は、吐かないで飲めた。
熱は下がらないものの、朦朧としていた意識が漸くはっきりしてきた。
ここで死にたくない、と思った。
少しずつ良くなるとともに、自分はこのまま研究者を続けるのか、とずっと問うべきだった問いを問うた。

人生は一度しかなく、いつ死ぬかもわからない。
だったら、自分が組織運営や経営に興味があるなら、今それがやれる職業に就くべきじゃないか。
それに母の病気だって、私がちゃんと社会に出て稼ぐようになれば、治るかもしれない。
私が向いてるわけでもいない研究者になるのを諦めるだけで、明らかに家族も幸せになるだろう。
その可能性を全て捨ててでも、本当に研究者を目指すべきか。
今まで何度も問うて答えが出なかったが、今度は明らかにNoだった。
今死んでも後悔しないことをしよう、と思った。

この風邪から完全に回復するには2週間かかったが、治る頃には私の行動は明確だった。
学振の締め切りなど無視して研究室を休み、就職するためのあらゆる情報を探し始めた。
まずはメーカーの企画や経営の分野を考えた。
博士中退者を取るかどうか、日本のメーカーに問い合わせたが全滅だった。
「博士卒業してからなら採用を考えますが、研究職ですね」と言われた。
それで、博士中退でも修士卒として採用を検討するという、インテルやシーメンス、クワルコムなど、欧米メーカーのマーケティングや経営企画などの職を中心に調べ始めた。

リクルート社がやっているRCAPという職業適性を調べる有料のオンライン診断があったので、
やってみたところ、「ビジネスコンサルタント」が最も向いている、との結果が郵送されてきた。
コンサルティング業界関連の本を何十冊もAmazonで購入して読み、確かに自分に適性があると言われる理由がよくわかった。
そんなころ、今勤めているファームから説明会の案内があった。
ずばり「理系研究者の将来を考える」という内容だった。

実際にはそれは弊社の理系向けの就職説明会であり、半分だまされたようなものだったわけだが、
そんなタイトルでもなければコンサルティングファームの門など叩かなかっただろう。
行ってみて、パートナーの人の話が正直長すぎると思ったが、その説明内容には感銘を受けた。

彼が言っていた、日本の科学技術分野には優秀な人が多いが、企業の戦略や組織がうまくなく、人を生かしきれていないという問題意識は、大学にいた私も持っていたものだった。
そういう日本の組織を内部から変えようという人がいて、その動きを外部から手助けするのがコンサルティングだというのは、なるほどと思った。
よく「外から変えるのがコンサル」という人はいるが、内部が連携せずに外からだけで変えられるわけがなく、この「手助けする」という謙虚さに真実味があると思った。

一番感銘を受けたのは、フラットな組織運営の仕組みや採用する人材、価値観や企業文化が全てこのファームの目指すミッションと整合性が取れていることだった。
こういう組織なら当然色んな才能の人があるべく活躍出来るだろうし、自分も行ってみたいと思った。
それは私が、本来科学の世界にあるべきだと思っていた、効率よく高い成果を出せるフラットな組織だったからだ。
この組織で、日本企業や、日本という組織を変革する仕事をしてみようか、と思った。

それで中途のような形で採用試験を受け、面接を受け、即採用になり、2ヵ月後に博士課程中退で入社した。
働き始めて母の病気も治り、兄弟も就職したりして、家族が明るく回り始めた。
本当にグローバルなファームで、仕事や留学を経て自分の世界は破格に広がった。
今でも自分の性格にも目標にも興味にも向いた仕事だと思っていて、感謝している。

しかし
、科学者を辞めるという決断をした頃は、たくさんの人に反対もされ、悩みもあった。
新しい仕事で辛いときは、本当に科学者辞めてこっちに来て良かったのか、と思ったこともあった。
その度に、自分に余り適性がない学者を目指していたころの絶望感を思い出して、「今ここで頑張るしかないだろう、今ここで死んでも後悔はしない選択をしたはずだ。賽は投げられたのだから」と自分に言い聞かせた。

人生の決断とは、それをした瞬間は迷いがあり、失ったものの大きさに戸惑い、間違った決断をしたのではないかと悩むものだ。
しかし、自分の決断に覚悟を決めて、ゴールに向かって強く歩き続ければ、得られるものは大きい。
そもそも決断とは、人生を推進するエネルギーを得るためのものなのだから。

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しんみり (kalessin)
2011-01-09 14:31:34
僕はまだ駈け出したばかりなので、とても人事とは思えません。

いや、博士課程までいってらしたとは。。。。

死にそうな体験の重さってなかなか他人には理解してもらえなかったりするので、そこがある意味辛いところですよね。

僕はまだなんとか続けられていますが、Lilacさん程の理数の適性はないにせよ、理数の研究者を志してきた人間ですので決断の重みは非常によくわかります。

とはいえ、ブログ(記事とアクセス数)などでみている限り水を得た魚のような印象を受けておりますので、万事塞翁が馬なのではないかと思います。僕もそう考えるようにしています。
Unknown (エンジニア四年生)
2011-01-09 14:56:59
今回のエントリーに深く共感しました。
私も修士を卒業して、大手電機メーカーに就職し生産技術のエンジニアとして開発に携わってます。しかし、生産部門の内向きで村社会的な風土に強い閉塞感を感じており同じような気持ちでいます。

同じ経営コンサルタントに大転換したいと考えてますが、
採用試験で対策はされましたか?
英会話のトレーニングとか。

もし、差し支えなければご指導頂けないでしょうか?
よろしくお願いします。
良い話ですね (AMO)
2011-01-09 15:50:16
「今回」のご決断の話も是非お伺いしたいところですが、ご自身の整理がついた時に、気が向いたら書いて頂ければ、と思います。

“なりたい自分”に至る手段の一つとして職場であるとすれば、環境を変えることは決してマイナスにはならない。今までの職業で培ってきたスキルが別の職業で応用できる、という良いケースですね。

きっと新しいポジション(?)でもエネルギッシュに活躍されるのだと思いますが、ブログ執筆活動は続けて下さい。

一読者としては楽しみにしておりますので...
正直だけど狡い (YS Journal)
2011-01-09 16:04:55
Lilac さん
もてない男としては、今回のエントリーは、憧れの女性の理解不能な言動を思い出さす、ホロ苦い内容です。(「この決断」が悩ましい)

じらしちゃ嫌よと思いながらも、また定期的に読める事で満足しておきます。

どうであれ、何であれ、ご活躍をお祈りしております。
Unknown (YS Journal)
2011-01-09 18:41:41
Lilac さん
さっきのコメントを書いた後で、「この決断」に思い当たる節があり(私の全くの勘違いの可能性も多々あるが)、真摯に応援する気持とは別に、軽すぎた事をちょっと後悔しております。

とにかく頑張ってください。

(両コメントとも削除して頂いて結構です)
何かのキッカケ (@mashyee)
2011-01-09 22:06:20
blog楽しみに拝見させていただいます。
大きな決断をする時、キッカケは必要ですね。

話はそれてしまいますが、私は会社で「うちの会社が外資に買収されました。▲年までに、◯人あたりXXの売上と利益がないと人を削減します、と宣告されました。」という仮定を作り事業の見直しをしました。
追い込まれた時、時間が本当になくなった時、人は選択できるのですよね。

これからもご活躍していかれるのを楽しみにしています。
ありがとうございます (Lilac)
2011-01-09 22:15:49
@kelessinさん
コメント有難うございます(Twitterも!)
理学部系は特に、研究者でなければ人でなしとは言いませんが、皆が皆、小さい頃から研究者を志してるような人ばかりだったので、普通以上に意思決定がし難い場だったな、と今振り返ると思います。
普通に企業に勤めていて、転職を考えるほうがよっぽどか普通のことというか。

人間万事塞翁が馬。
どちらの決断をしても、結局は一緒なのかもしれません。でも決断をするということが大切なのだろうな、とも思います。

@エンジニア4年生さん
電機メーカーで生産技術のエンジニアとなると、分野によっては大変だろうなと思います。
特に半導体など、コモディティ化が進み、強みのありかが産業全体で変わってきているようなところだと大変そうです。

コンサルと一口にいっても、会社によってだいぶ選考の要件が違うと思うので、一概には言えないと思いますが、論理的に考えて話すというのは、癖みたいなものなので、訓練しておくのがいいかもしれません。
こんな本もありますし。
「ロジカル・シンキング」
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E2%80%95%E8%AB%96%E7%90%86%E7%9A%84%E3%81%AA%E6%80%9D%E8%80%83%E3%81%A8%E6%A7%8B%E6%88%90%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB-Best-solution-%E7%85%A7%E5%B1%8B-%E8%8F%AF%E5%AD%90/dp/4492531122

@AMOさん
コメント有難うございます。
実は今回の件は、今やってる仕事の話ではないので、勤めている会社などは変わらないのです。
これからますます忙しくはなると思いますが、ブログは続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

@YS Journalさん
いつもいつも有難うございます。YSさんのご声援に励まされることも多く、助かっています。
研究者を辞めてコンサルに入った公式の話は、今までそれこそ100回以上話したり、書いたりしてきました。。
今回は、そういうところでは普通は書かない・話さないことを書いたんですが、それでもすでに「ストーリー」になってますからね。
ストーリーになってるってのは、もっとどろどろしたわけのわからない気持ちは全部整理されて、捨象されて、きれいになってるってことですよね。
だから「語れる」。
それが「狡い」と思えてしまうところなのかもしれない、と思いました。

書ききれないけど、本当はもっと色々複雑な気持ち、もっと人間的な、しょうもない気持ちが交錯して、その決断にいたったのだと思います。
だからこそ、死にそうになったりしないと、決断が下せないんですよね。
Unknown (aya*nshmr)
2011-01-09 22:27:41
結局は前に進むしかないってことですよね。

>よく「外から変えるのがコンサル」という人はいるが、内部が連携せずに外からだけで変えられるわけがなく、この「手助けする」という謙虚さに真実味があると思った。

私は建築系の仕事をしているのですが、施主と設計者(建築家)の関係に似ていると思いました。ある有名な建築家の方が(誰だか忘れてしまいましたが)「施主の能力が高くないと、いい建築は生まれない」と言っていたそうです。

コンサルタントや設計者など外部の人だけが頑張っても世の中は良くなってはいかない。「内部からももっとつきあげていかないと。保守的な上司になんかめげている場合じゃないぞ。がんばらないと」と強く思いました。
Unknown (エンジニア4年生)
2011-01-09 22:45:26
Lilac様

アドバイスありがとうございます。
その本でロジカル思考を鍛えるとともに、業界研究も進めてみます。

半導体は確かに大変そうですね。
設備投資が巨額なだけに、担当者へのプレッシャーが物凄いようです。

私は組立のFA装置の研究開発が専門ですが、装置の稼働率向上とコストダウンのために重箱の隅の隅をつつくよくな、地道な改良を繰り返してます。


Appleの製造は全て中国で生産されているように、
10年後も生産部門が日本に残っているのだろうか?
地道なコストダウン改良のスキルは陳腐化してしまわないか?
地方か東南アジアの工場に飛ばされてしまわないか。
このような不安を募らせてます。

そんななか、Lilac様の今日のエントリーに出逢えたので、
胸にこみ上げて来るものがありました。
ご無沙汰です (元singapore留学生)
2011-01-09 22:50:47
こんにちは。

あれから半年留学したものの、結局日本に帰ってきて、しばらく無職でいましたが運よく最近邁進しているアジア系企業の不動産投資企業に就職することとなりました。

日本ではできたばかりの企業なため上司が外国の方でほとんど英語に囲まれているため、いい企業に就職したと思っています。

Liacさんのようにスケールこそ大きくありませんが、英語力を磨いてもう一度留学にチャレンジしたいと思います。

Liacさん、情熱が南場さんになんとなく似て見えてしまいます。生意気なこといっていたらすいません。Blog楽しみにしてますね。
応援しています (taktak0088)
2011-01-09 23:02:27
ずっと更新がなかったので、心配していました。

今回のブログに、とても重いものを感じています。

私は、某外資の会社で40年ほど働き、今はリタイアした者ですが、Lilacさんの視点に共感する部分が多々あり、ずっとアクセスしている、いちファンとして、ひと言書きます。

後悔のない決断はありません。もしも、全く後悔がない決断をしたというのであれば、その内容は、自分にとって重要なことではないでしょう。
決断に内在した迷いや自分の決心への納得などがないまぜに、時々、走馬燈のように頭によぎる瞬間を大切にしながら、前を向いて歩くこと、これが生きるということと考えています。また、辛いことがあるから、楽しいことに敏感になれるのだ、と思います。

これからも、ブログの記事を楽しみにしています。
アカデミック(学術界)とビジネスの世界のギャップについて。 (uranometree)
2011-01-09 23:28:48
今回のエントリは、とてもリアリティを感じながら読みました。

博士課程を途中で辞めてから企業で働くというケースはけっこう特殊だと思いますが、実は僕も最近いろいろあって博士課程を辞めました・・・(僕の場合は9月に博士課程を中退し、10月から都内の中小企業で働き始めたというケースです)。

アカデミックにどっぷり浸かっていた者からすると、大学がいかに独特な(あるいは変な)しくみで動いているのかを感じるわけです。

Lilacさんはアカデミックからビジネス界へ転身した際に、特有の苦労をされたのではないかと思います。転身した時に感じたギャップや教訓などあったら教えてほしいと思います。
共感できます (Sainah)
2011-01-10 01:53:38
このエントリをtwitterで知り初めてお邪魔しました。一読して多くの部分で共感できたので、初めてですがコメントさせていただきます。

いろいろな思いはおありだったでしょうが、20代で決断されすぐにお仕事を見つけられたのですから、いい形の進展のようにお見受けしました。まして、面接やプレゼンがお得意だなんて羨ましい限りです。

ひとたび研究を目指したらずっと道を極めるのがいいかどうかは、個人の能力もさることながら環境や時代が大きいと思います。かくいう私もかつては研究者だった口ですが、ここまでアカポス受難の時代が来るとは思っていませんでした(でもその前に道を転向してしまいました)。

このエントリをみて、今人知れず悩んでいる若い研究者予備軍の方への一助となるのであればいずれ書いてみたいと思いました。まさに思考の糧となるエントリです、ありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2011-01-10 17:12:12
私は、現在、アカデミックポストに就いている者です。民間からのお誘いを受けており、迷いに迷っております。残るか、出るか、を。
コメントを寄せられている方も含めて、アカデミックを出られた方々のご意見を聞く機会は乏しく、貴重なご意見として読ませて頂きました。

アカデミックポストについて、少々、書かせて下さい。今、大学院で研究生活を送られている学生さんらに伝えたいことがあります。学生生活や、M論研究、D論研究の延長上にアカデミックポストがあるのではありません。遊園地に遊びに行く側と、遊園地を作り運営する側ほどの違いがあります。私の場合は、その遊園地の遊具が面白いかどうか、自分で試すくらいのところまではやります。ほとんどが与える仕事で、自分が面白さや楽しさを享受できる仕事ではありません。とまで言うと言い過ぎで、私も楽しいわけですが、与えるのが仕事です。科学者は、科学を楽しんでもらう側で、自分が楽しむ側ではないです。そうあるべきだ、と、私は考えています。これは、大学の職員だけでなく、研究所の職員も同じことです。旧態依然とした、教育・研究機関には、まだまだ自分が楽しさを享受したい老齢な研究者が残存しておりますが、好ましいことではありません。
科学を楽しむ能力は、身につけなければつきません。学生のうちに、科学を楽しむ訓練を積み、科学を死ぬまで楽しみながら生きて欲しいです。与える側へ回るのは、社会のために尊い仕事だと思いますが、科学を楽しむ能力を持つ人々が、社会にくまなく輩出されることこそ尊いことだと、私は考えています。だらだらアカデミックに残るよりも、高い科学リテラシーをお持ちの大学院出身者が、どの業界にも輩出されることこそが豊かな社会作りに貢献することになると思います。アカデミックに残らないで下さい。お願いします。
Unknown (saxo)
2011-01-10 22:21:00
はじめまして。
twitterでこちらを知り読ませていただきました。

私は昨年転職をしたのですが、こちらの記事の最後の部分に強く共感いたしました。

「自分の決断に覚悟を決めて、ゴールに向かって強く歩き続ければ、得られるものは大きい。
そもそも決断とは、人生を推進するエネルギーを得るためのものなのだから。」

決断をするということはとても難しいことですし、「これでよかったのかな?」という迷いは一生なくならないのではないかと思います。
それでも私たちは人生の中で、何度かはターニングポイントともいえる大きな決断をしなければいけません。
この決断が私にとって楽しもでありながらも、悩みの種だったのですが…

Lilacさんの「決断とは、人生を推進するエネルギーを得るためのものなのだから。」
という言葉にとても感銘をうけました。
一読者としてお礼が言いたいです。
ありがとうございます。

それで、もしよければ私のBlogに記事を引用させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?
Lilacさんのお言葉を少しでも多くの方に読んでいただきたいと思いましたので、、、もしよろしければご連絡くださればと思います。


Unknown (HW)
2011-01-10 22:23:43
決断の内容はわかりませんが、ブログの更新が増えるということは、読者としてはうれしい限りです。
Lilacさんのご決断が報われるといいですね。
Unknown (saxo)
2011-01-10 22:26:20
すみません。
先ほど「自分のBlogに引用させてください」と言いながらURLを張るのを忘れてしまいました。

不適切でしたら削除してください。
お手数をおかけして申し訳ございません。
皆様コメント有難うございます (Lilac)
2011-01-11 00:57:45
皆様、暖かいコメントを有難うございます。
ずっとご無沙汰していたのに、こんなにたくさんの方が心のどこかで待っていて下さったのだと知って、じんと来ました。
励みになります。

@mashyeeさん
有難うございます。コメント前後してしまってすみません。

>私は会社で「うちの会社が外資に買収されました。▲年までに、◯人あたりXXの売上と利益がないと人を削減します、と宣告されました。」という仮定を作り事業の見直しをしました。

これは面白いですね。
私もコンサルタントをやっていて時に思うのが、人というのは多くの場合、このプロジェクトを成し遂げると出世できるとか、社内で注目されるとかいう大きなIncentiveや、
首になるなどのThreatが無いと、難しい方向に人は動かない、変わらないのだなと。
もちろん、そういうIncentiveやThreat無しに変われる人も結構いますが、限られている。
私や仲間とと一緒に仕事をするのが楽しいからプロジェクトをやってくださる、という方もいらっしゃいますが、そういう人でもどこかでそういうIncentiveやThreatを感じてる場合が多いのでしょうね。

@aya*nshmrさん
>私は建築系の仕事をしているのですが、施主と設計者(建築家)の関係に似ていると思いました。ある有名な建築家の方が(誰だか忘れてしまいましたが)「施主の能力が高くないと、いい建築は生まれない」と言っていたそうです。

あぁこれは本当にそう思います。
私は仕事では、新規事業の戦略とか、組織改革とか、色んなプロジェクトをやりますが、特に組織を変えるような話だと、絶対にクライアントの方のやる気と能力が伴わないと良いプロジェクトにはなりません。
なので、プロジェクト中に、コンサルタントを使いこなす能力やスキルをつけるためのトレーニングやコーチングを行うことすらあります。
そういうことをやらないと、本当にクライアントが最大限プロジェクトを活用することが出来ないからなんです。
建築も同じなんですね・・。

@エンジニア4年生
再度コメント有難うございます。
FAですか−これはまた、市場が大きく変わっている分野でお仕事されてるのですね。

テレビの特集などで、金型などもそうですが、日本企業を含めて生産が次々と中国や東南アジアに移行して、顧客のニーズが大きく変わり、特にコストダウンに対する要求ややり方が圧倒的に日本より強いし、違う、というのを見たことがあります。

そういう変化が大きい分野でありながら、一方で組織の内部がなかなか変わらないのを目の当たりにすると、もどかしい気分になるのが想像できます。
でも、内部で「変えなければ」と思っている方が全部外に出てしまうと、その会社ってつぶれてしまうか、変わらないんですよね。
コンサルタントのような仕事をしていても、結局内部に、理解者・変革者がいなければ、会社は何も変わりませんしね。
自分をどこに位置づけるか、というのはなかなか悩ましいところですね。

@元singapore留学生さん
お久しぶりです!
不動産投資の会社に勤められたのですね。
早速、留学で培った力を発揮できるというのは良い職場ですね。
ご活躍お祈りいたします

南場さんは「面接が強い」というエピソードを聞いた時、似てるなと思いました・・・。
それ以外に共通点がたくさんあるとは思うんですけどね(笑)
日本に居ることについて (kumasuke)
2011-01-11 01:07:53
久しぶりのブログ更新で拝読させて頂きました。
私も大学4年生のころまで(もう15年くらい前になります)、研究者になりたいと思っていましたが、研究者になれそうな学友達あるいは先生からのアドバイスでやめました(大学院までは行きました。先行は生物物理学でした)。
理由は簡単で、「研究で成果を上げられなかったときに一人で生きていける力があるか」ということです。
いわゆる「頭の良い人」では研究者は務まらないなと。私には何か違うことで飯を食って行かなくちゃならんと思い始めたわけです。
だから、就職しようと。

今の時代、「これをやっておけば大丈夫」というコトはなくなりました。時代を見て、自分で考え、そして自分なりの判断を下して、実行する。自分の人生のポートフォリオを都度見直しが必要だと思っています。もしかして、Lilacさんもそういうことでお悩みだったのでは、と勝手な推測をしてしまいましたm(_ _)m

Lilacさんは、何か大事な決断をされたのでしょう。後は計画して実行するだけですね。
心の整理ができた時にこのブログに書いていただければありがたいです。
Unknown (ガウス)
2011-01-11 01:12:34
結局、英語ができて、決断力も行動力もある優秀な人が、高いレベルで悩んだ話という事なんですね。
博士課程中退なのに、ちゃんと就職できて良かったですね…
コメントへの返信(3) (Lilac)
2011-01-11 01:14:39
@taktak0088さま

応援有難うございます。
一つ一つの言葉が、あぁなるほどと思います。
こういったコメントを頂けると励みになります。
ブログ、というネット上のメディアで、言葉のやり取りで通じあう、というのはすごいことだな、と思いました。

@uranometreeさん
いつもTwitterではどうも!

>Lilacさんはアカデミックからビジネス界へ転身した際に、特有の苦労をされたのではないかと思います。転身した時に感じたギャップや教訓などあったら教えてほしいと思います。

二つほど、非常に大きなギャップを感じたことがあります。

ひとつは、ビジネスの世界では、アカデミアで必要とされるほどの正確性が必要ないこと。
アカデミアの世界では、それこそ重箱の角をつつくような批判に対しても、正確に答えるために、限りなく詳細な実験や検証を行うと思いますが、ビジネスは「やってみて、儲かれば良い」というところがあります。
アカデミアの世界では、95%以上正しいといえないと、ゴーサインは出さないと思いますが、
ビジネスの世界では、60%正しいといえれば、ゴーサインが出るように思います(この辺の感覚、企業文化によっても違いますが)

もう1つは、アカデミアよりもビジネスの世界のほうが「人を動かす」「人をモチベートする」ことに敏感だということです。その結果、人がどう思ってるかとか、どうやったら気持ちよく動いてもらえるかということを重点的に考える。
当たり前ですよね。
人が動かないと、何も出来ないのがビジネスですから。
それに気持ちよく動ける環境なら、人は能力を5倍にも、10倍にもすることができる、そういう生き物です。
でもアカデミアの人は、正しい成果を出すことは当然、能力があるのは当然と考えていて、人の出せる力をどうやって最大化するか、というところには余り注力しません。
(だからアカデミアの人は、世間知らずだって言われてしまうのかもしれませんが)

この二つについて、マインドセットを変えるのは、正直、私はかなり時間が掛かりました。

@Sainahさん
コメント有難うございました。
アカデミアの世界では、特にアカデミア以外の「世俗の」職に就くことを嫌う風潮もあり、
その世界にどっぷりつかってしまうと、本当に洗脳されてしまうというか、それ以外の職業で自分の才能を生かすことを忘れてしまう、というのは本当によくないことだ、と思います。

そもそも「大学院重点化」とは、研究者を増やすために行ったのではなく、欧米がそうであるように、ビジネスや政治の場に、アカデミアの知識を持った人物をたくさん輩出することを目指したものでした。
それが、いつの間にか、研究職を目指す以外に何も思考しない学生を育てるのに使われている・・これは由々しき事態ですね。
コメントへの返信(4) (Lilac)
2011-01-11 01:22:02
@Unknownさん
遊園地の例えは得てして妙ですね。
確かにそう思います。
勉強をするのが楽しい、という人が必ずしも研究に向いてるとは限らないのですよね。

私自身は、その後コンサルに行ってから、行かの変化によってイノベーションの条件がどのように変わってくるかについて、もう少し体系的に研究したいという気持ちが強まって、実際に研究活動に入りました。
物理の研究は、そこまで身が入らなかったというのに。
研究分野の適性、というのもあったのだな、と今となっては思います。
そういうことも、狭い世界で大学院生をやっていると気がつかない、というのは問題ですよね。

@saxoさま
コメント有難うございます。
引用、アカデミアみたいなことを言いますが(笑)、引用元を明記してくだされば、引用してくださって全く構いません。

転職は、簡単にしてしまう方もいらっしゃいますが、多くの場合、人生の大きなターニングポイントですよね。
Saxoさまのご活躍をお祈りいたします。

@HWさん
お久しぶりです。
こうやって、心のどこかで気に留めていてくださったと伺うのは、とても励みになります。
これからは、留学時のときほどには行きませんが、更新頻度を上げていきますので、よろしくお願いします。
Unknown (dolphin)
2011-01-11 09:28:04
理系のアカデミアにいる者です.第一世代ではないと思いますが,「大学院重点化」「ポスドク1万人計画」の最初の方の世代でしょうか.なんとなくではなく,決断してアカデミアに居続けているつもりではありますが…
元の記事や,1/10の成人の記事にも思うことがあったのですが,できるだけ簡潔に.

> そもそも「大学院重点化」とは、研究者を増やすために行ったのではなく、欧米がそうであるように、ビジネスや政治の場に、アカデミアの知識を持った人物をたくさん輩出することを目指したものでした。
> それが、いつの間にか、研究職を目指す以外に何も思考しない学生を育てるのに使われている・・これは由々しき事態ですね。

前半は今だと「そうですね」と言えるのですが,博士過程の学生当時には認識していませんでした.自分にはこれが一番の問題かと思っています.そういう意味で,後半の「使われている」という表現に引っかかりました.「誰が」そう使っているのでしょうか?自分は「使われている」ではなく,「そうなってしまった」だと思っていました.原因はいろいろあるでしょうけれど,それまで「博士課程≒将来研究者」という図式がありその他の選択肢が見えにくかった,教員が他の選択肢があることを示せなかった,企業が採用しなかったor研究職としてしか採用しなかった,など.
上記で引用した前半部分に関しては,個人的には良いことだと考えているのですが,初期の目的を達成するにはどうしたら良いか,Lilacさんに考えはあるでしょうか?近頃なりかけたように,ポスドクで居続けられないようにするというだけではうまくいかないような.
アカデミアも価値の多様化・人材の流動性を増さないといけないと思っています.(とアカデミアに残り続けている人間が言うのは説得力が低いですね.博士過程の後輩に「アカデミアだけが選択肢ではない」とは言っています.)

簡潔にしたつもりで,説明不足になっている感もありますが.
おひさしぶりです (かいちょう)
2011-01-11 22:56:48
「若手の会」の少し先輩です。

進路の決定に、そんな葛藤があったのですね。

当時、「あー、こういう人が将来の物理を支えていくんだ」と思ってた優秀な同期や後輩がどんどん外資に就職してしまってました。

Lilacさんの就職の話を聞いたときには僕は詳しいことを知らなかったので、「あー、また外資に取られた」とか思ったのですが、悩んだ上でのご自身の判断だったと聞いて、なんとなくほっとしたというか、納得したというか、そんな気持ちになりました。

「若手の会」の運営を経験すると、なんかいろいろ考えるところがありますね。

その経験を糧にお互いがんばりましょう。
ありがとうございました。 (saxo)
2011-01-11 23:12:24
Lilacさま

ありがとうございます。
さっそくBlogで取り上げさせていただきました。

Lilacさんのご活躍をお祈りいたします。
Unknown (Lilac)
2011-01-12 02:17:46
@dolphinさん
>初期の目的を達成するにはどうしたら良いか,Lilacさんに考えはあるでしょうか?近頃なりかけたように,ポスドクで居続けられないようにするというだけではうまくいかないような.

博士卒がアカデミア以外で活躍できないもうひとつの理由が、企業なども、博士卒を採用したがらないことにあります。
上の記事でも書いたとおり、「博士卒だと研究職としての採用になりますね」というのが多くの企業の現状。
近年は、だいぶ変わってきたとは思いますが。
まさに「博士は要らない。白紙が欲しい」みたいな感じです。
いや、駄洒落を言っても仕方が無いんですが。

一方で、企業側の主張は、「博士卒は年をとってるだけで視野が狭く、使いにくい。研究など専門職を生かせる分野じゃないと採用できない」というものです。

これは鶏と卵みたいなところがあって、大学院側は、アカデミア以外に就職することを視野に入れた教育体系を作り(たとえば経営学や経済学、政策論などを副専攻に出来る仕組みとか、コミュニケーション方法などの授業をつくるとか)、博士課程のマーケティングを企業に行っていくと良いと思いますし、逆に企業もこれらに答えて、博士課程卒者向けのそういうポストを作り、トレーニングを行うなどして、能力を生かしやすい環境を作るのが良いと思います
文科省のプロジェクトで、もう少し重点的に企業や行政分野での採用を重視した博士課程の設計や企業に対するマーケティングをやっても良いように思います。

@かいちょう
これはこれはご無沙汰してます。
最近、リアルの友人がこのブログを発見してコメントを下さるのがうれしいです。

@Saxoさん
こちらこそ、有難うございます
神秘思想 (ピタゴラス)
2011-01-13 14:24:09
科学者良いですね。

特に論理数学者に憧れます。

純粋な論理数学の研究結果と量子論の実験結果がリンクする、すべては論理数学で表されるとすれば、ピタゴラスやプラトンはさぞ満足でしょう。


私が唯一信頼できる宗教はこの論理数学理論です。


残念ながら頭が悪いのと胆力がないのと、いい加減な性格から、ただ憧れるだけで、少々素人研究するくらいです。


しかしお金を稼がないといけないので、変なん世俗生活に染まり、思考が単純なので欲望にも振りまわされ続けてます
Unknown (機械系の大学院生)
2011-01-14 02:37:59
いつも長いコメントをさせて頂きますが,今日は手短に.

新進気鋭とかいう言葉が似合う人でも,ふつうに悩んだり葛藤があると思うと,少しホッとしました.自分も今春,就活とかいうものをやるわけですが,いろいろ人には言えないような悩みを抱えつつ,爆発しないように週末は完全に学業をシャットアウトするという不安定な安定さを保ちつつ,頑張ろうかなと思います.
がんばれ (kentosho)
2011-01-23 20:45:02
とにかく、いのちと身体を大事にね。どの世界に行こうとも最前線は死体がいっぱい転がっている世界です。自分も何度生死の境をさまよったか知れません。理論物理の最先端はちょっと行き過ぎだったのかもしれませんけれどね。

どんな選択をしたにしろ、その成否は予め決まっているのではなく、その後の意思の力によって決まるものだと思います。がんばってください。

東京か京都あたりで、Lilacさんの名声を耳にする日を楽しみにしていますね。
通りすがりの (a)
2011-11-19 08:33:55
励ましになる日記、ありがとうございます。 わたしも今、決断するときにいます。
気持ちが揺れそうになりますが、自分自身で決めること、これでいんだって強くおもうこと、こっからかんばるんだって思い切り替えていきたいです。
ありがとうございます。
寒くなる節ですか、お身体にお気をつけてください。
Eureka (Ke Vinci)
2011-11-22 19:41:14
Lilacさん,

拝読しての第一印象
→「お強い....」

過去の決断の際はもちろん,その思い出を
ここで披露なさるのも含めての,メタ的な強さを感じました.

こりゃまた,希有な存在ですね,Lilacさんは.

# 早くこのブログに気付けばよかった(笑).
響きました (企業研究職)
2011-11-26 12:55:57
40代後半、企業の基礎研究職です。アカデミアから現在の職種に進み、気がつけば10年ですが、ここにきて決断を迫られているところで記事を偶然拝見いたしました。

自分の場合はアカデミアから現職への就職はそれほど迷いはなく、研究成果を社会に還元する日を目指して研究を続け、同時にアカデミアとの繋がりもむしろ国際的に拡大し、学会の座長や競争的研究資金の審査員をしながら論文発表も時折行いつつ、社内で複数のPJの陣頭指揮を執っております。

しかしながら、日本の企業では研究職に対する処遇は必ずしも満足の行くものではなく、自身の将来像に不安を感じている折、外からの誘いを受けております。

今度転職した場合、これまでの研究者としてのキャリアは捨てることになる反面、待遇を含めて可能性が広がります。何より、先方は新しい事業開始にあたって自分の経験を必要としており、居心地は良いながらもどこか研究職を安く扱おうとしている現在の組織にはない魅力を感じています。

今回決断すれば、卵から育ててきているPJやそれに関わる人間関係など、多くのものを捨てることになると思います。それでも、記事を拝見し、決断する場合にはそれを自身の明日へのエネルギーにしたいと思っております。
コメント有難うございます (Lilac)
2011-11-26 20:42:33
#11月以降のコメントのみお返しすることにいたします。

@通りがかりのaさん
決断のときは誰でも心が揺れると思います。
是非その決断を、推進するエネルギーに変えていってください。
ご成功お祈りいたします

@KeVinciさん
有難うございます。これからもよろしくお願いします

@企業研究職さん
お悩みのほど、推察いたします。
それだけの業績を上げ、捨てられないものがあるならなおさら、決断は難しいと思います。
企業研究者さん個人の成功を祈る一方、日本企業の優秀な研究者はこういう経緯で辞められていくのだなと感慨です。でもそういう方がお辞めになっていかないと、企業がいつまでも気づかないかもしれないので、全体としては良い決断なのだと思います。

日本のメーカーなどで、研究開発によって大きな利益を得ているにもかかわらず、貢献している研究者、技術者への待遇が十分でないところは多いですね。こういうところは意識を変え、組織や仕組みを変えていかないと、グローバルな組織へ変革する際、本当にネックになるだろうと思います

どちらに決断される場合でも、企業研究者さんのご成功をおいのりします
コメント、ありがとうございます (企業研究職)
2011-11-27 11:31:20
Lilacさん、早速のコメント、ありがとうございます。

家族(妻)の意見も今では同様で、『一度本当にやめないと、会社も事態の深刻度を理解しないのではないか?』と言っております。妻は実は大学教員で、当初は私が研究現場から離れることに無理があるのではないかと心配しておりました。4-5年我慢して大学に戻ればいい、ということも言っておりましたが、不満を抱えてその期間を過ごすのと、新しいチャレンジにその期間を費やすのか、その決断でもあると思っています。

今朝ほど、共同研究先の米国人から直近の学会に関する相談の電話があり、やはり心は揺れますが、しっかりと決断したいと思っています。

結論が出ましたら、ご報告させていただきます。

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