救急一直線 特別ブログ Happy保存の法則 ーUnitedー for the Patient ー

HP「救急一直線〜Happy保存の法則〜」は,2002年に開始され,現在はブログとして継続されています。

症例 マダニ刺咬症とライム病

2008年06月28日 02時44分30秒 | 講義録・講演記録 3

右脚に変な虫が刺さっているとして,救急部に京大生が歩いてやって来ました。

京都の街中にもマダニがいるのかと驚きましたが,
実は,北海道に植物を採取に行っていたようです。
しかし,その後もマダニ刺咬症の患者さんが京大にもやってきています。

マダニは,引っ張ってとろうとすると,
皮膚に頭が残ってしまうことが知られています。

以前,北海道の田舎病院の当直に行くたびに,
マダニにかまれた患者さんがやってきていました。
一晩に5人のマダニ刺咬症を診察したこともあります。

大切な基本は体部ではなく頭部の皮膚陥入ぎりぎりのところを
眼科用の細ピンセットで深く把持し,できるだけ加速度をつけずに抜き取ることです。

先の極めて細いピンセットの先を皮膚に平行に深めに当て
マダニの首をしっかりピンセットで捕まえて,一定速度で抜き取ります。

マダニ刺咬症で絶えず念頭に置くことは,マダニの体部をつぶしてはいけないと言うことです。
つぶしてしまうとマダニ内の病原菌などが,患者さんの皮下に散布される可能性があります。
唾液腺にも菌やウイルスが存在するために,頭部を残さないことが原則となります。

結局のところ,誰にでもできる方法は,皮膚を5 mm程切開して,丁寧に頭部からとり除くことです。

マダニ刺症の注意点は,まず以下の6点が大切です。
1.頭からとり除くこと
2.つぶさずに取り除くこと
3.切開した場合は生理的食塩水で創部を良く洗うこと
4.皮膚に紅斑が出現しないかなどのフォローを怠らないこと
5.遊走性皮膚紅斑およびリンパ節炎の出現の評価
6.血小板減少・SIRS-associated coagulopathyに注意すること
※ 1~3ができなかった場合や,かまれてから1日以上が経過した場合には,6を懸念して3日目に血液検査を行うことを推奨します。
また,アナフィラキシーショック様となる場合もありますので,その場合も救急科対応となります。

さて,マダニは,動物に寄生して血液を吸って生きています。この過程でさまざまな菌やウイルスを体内に取り込むと言われています。また,メスのマダニが吸血するとフェロモンが出るらしく,そこにオスのマダニがやってきて交尾をするとも言います。こうした中でも,最も注意すべき感染症は,全長約10μm,直径約0.2-0.3μmの螺旋状のスピロヘータであるボレリア Borrelia の感染によって引き起こされるライム病です。

ボレリアは,野鼠や小鳥などを保菌動物とし,野生のマダニ属マダニによって媒介されます。このボレリア感染によるライム病は,人獣共通のスピロヘータ感染症として知られています。19世紀後半にはヨーロッパで報告されていたマダニ刺咬後に見られる原因不明の神経症状,1970 年代以降アメリカ北西部を中心に流行が観察されたマダニ刺咬後の関節炎や遊走性皮膚紅斑,リンパ節炎,慢性萎縮性肢端皮膚炎,髄膜炎,心筋炎などは,現在ではライム病の症状であることが明らかになっています。本邦でも,1986年に初のライム病患者が報告されて以来,主に北海道や長野で報告されています。

ライム病の原因であるボレリア菌は,感染マダニの中腸や唾液腺にみられます。感染の危険はマダニ付着後48時間は低く,72時間以降に高くなることが知られています。

ライム病ボレリアには,テトラサイクリン系抗菌薬による治療が有効です。マダニ刺咬後の遊走性紅斑にはドキシサイクリン,髄膜炎などの神経症状にはセフトリアキソンが第一選択薬として用いられています。これら抗菌薬の予防的投与については,用いるとすれば単回投与~3日間の投与となりますが,きちんとしたエビデンスはないようです。


京都大学にもマダニ刺咬傷がやって来ることに驚きました。
1例は,救急搬入されてきており,マダニによりアナフィラキシーショックと血小板減少症を伴った救命例として,日本救急医学会学術集会で学会報告しています。
原因不明のアナフィラキシーに対して,ダニ咬口を右上腕に見いだした1例でした。


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診療 死体検案書と死亡診断書について

2008年06月25日 07時28分53秒 | 講義録・講演記録 2

死体検案書と死亡診断書について

 

京都大学大学院医学研究科

初期診療・救急医学分野


松田直之

医師の死亡診断書の発行

医師の死亡診断書の発行に際しては,医師法第20条により,以下の2つの規定を満たす必要があります。
 1. 最終診療後24時間以内の当該傷病や当該傷病が影響を与えた直接死因で死亡した場合
 2. 死亡に立ち会った場合
 救急医療では,突然の心肺停止として,心肺蘇生を継続された状態で患者さんが運ばれて来ます。このような来院時心肺停止(CPAOA:Cardio-pulmonary Arrest on Arrival)では,救命救急センター内で蘇生を担当する医師は24時間以内の診察がない場合や,これまで一度も診療に立ち会っていない場合がほとんどです。 

 心肺停止が最終診療24時間以内の病気に関係するものでない限り,死体検案とし,死亡診断書ではなく,死体検案書を発行することになります。必ず,外因死の可能性を考慮することになります。

 死体検案書は,自身の診療中ではない患者さんや,診療中の患者さんが診察中の病気とは異なる事由で死亡した場合に,死亡診断書に代わって発行されるものでする。このような死体検案の対象は,必ずしも異状死体ではないことにも注意が必要です。

 死体検案を行った結果,実際には心拍が一度も再開することなく死亡確認した患者さんにおいて外因か内因かを断言することは極めて難しく,不可能です。異状死体か否かは,発行される書類が死体検案書か死亡診断書かによるのではなく,純粋な病死と確定診断できるかどうかにあります。異状死でなくとも,最終診療後24時間以内の当該傷病に関する死亡でない限り,CPAOAでは死体検案書を発行することを私はお勧めしています。死因が明らかそうであっても,自身が見ていないところでの心肺停止では,薬物中毒などを含むさまざまな外因的事件性が隠れている場合があります。内因死ではなく,外因的要素が含まれる可能性には十分に留意し,死体検案とすることが望まれます。

 死体検案における異状に際しては,医師法第21条により,24時間以内に所轄警察署に届け出る義務が明記されています。しかし,未だ異状死の定義は,必ずしも明確ではありません。日本法医学会は1994年に「異状死ガイドライン」を公表し,特に外因によるものや死亡原因が明らかでないものを異状死として定義しています。診断されている病気で死亡すること以外は,異状死としての可能性が高いことに注意して下さい。

異状死に含まれるもの

 1.外因による死亡(診療の有無や診療の期間を問わない)
 2.外因による傷害の続発症,あるいは後遺障害による死亡
 3.上記1または2の疑いがあるもの
 4.診療行為に関連した予期しない死亡,およびその疑いがあるもの
 5.死因が明らかでない死亡

CPAOAにおける死体検案

 CPAOAにおける死体検案は,異状死とは区分して考える必要があり,外因による異状死である場合にのみ,死体検案をするのではありません。突然の心肺停止での救急搬入では,死因が明らかでないとして,異状死として届け出ます。院外心肺停止ては,さまざまな事件を考慮する必要があります。CPAOAにおいて死亡確認をした場合には,死体検案を行い,死体検案書を発行することが望ましいとしています。


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救急・集中治療 セラチア感染と院内播種について

2008年06月15日 17時05分19秒 | 講義録・講演記録 3

救急・集中治療領域におけるセラチア感染と院内播種に対する留意事項

京都大学大学院医学系研究科

初期診療・救急医学

松田直之

はじめに

 セラチア菌(Serratia marcescens:セラチア・マルセッセンス)は,水場などの湿気の多い環境に広く存在し,病院内では,医療従事者の手,洗面所,何度か穿刺した取り置きの輸液ボトル,血小板などの血液製剤,人工呼吸器の回路,ネブライザー,吸入器などが,保有体となることが確認されています。セラチアは,大腸菌や肺炎桿菌などに近い細菌で,赤い色素を産生する菌株が存在し,キリストの血でパンが赤くなるキリスト教の故事に因んで「霊菌」と呼ばれることもあります。

 内因性感染症としては,癌末期や移植後などの免疫不全状態などに,腸管バリア機能が低下することで腸管内に常在しているセラチア菌が血液中に侵入し,菌血症となる場合があります。一方,尿路感染症,肺炎,術創感染症の原因となり,菌血症となる場合もあります。忘れた頃に問題となる院内感染としてのセラチア感染症は,外因性感染症として十分に注意する必要があります。セラチアにより汚染された注射剤や輸液ルートが原因で,血液中に菌が人為的に送り込まれるケースは未然に防がれなければなりません。

 セラチアはGram陰性桿菌ですが,周毛性の鞭毛を持つためにフラジリンの含有が高く,また,一般の腸球菌と異なりDNA分解酵素,リパーゼ,プロテアーゼなどの特殊な酵素を分泌する場合があります。つまり,ボトル内などで繁殖させておくと通常のGram陰性桿菌におけるリポポリサッカライドのToll-like受容体(TLR)4を介した炎症性物質産生作用に追加して,フラジリンによるTLR5の炎症増強作用,DNAによるTLR9作用修飾,さらにはprotease activated receptorなどを介した炎症の増強作用が高まる可能性があります。これが生理的食塩水などの輸液ボトル内で繁殖すると,こうした液の注入により,セラチア菌血症として,敗血症性ショックや多臓器不全が誘導されやすいことになります。

セラチアによる院内感染防止対策

 セラチアによる院内感染防止対策の徹底については,既に平成14年7月19日に医薬安発第0719001号として厚生労働省医薬局安全対策課より,注意勧告がなされていました。この勧告には,以下が含まれています。

1. 留置針で血管確保を受けていた患者のうち,ヘパリン加生理食塩水で抗凝固処置(ヘパリンロック)を受けた者にセラチア発症が多く,菌血症に移行する可能性がある。

2. ヘパリンロックは,時間ごとの薬剤の経静脈的投与を可能にするが,院内感染対策としては,菌血症の可能性に一層の注意が必要である。

3. 500 mL生理的食塩水などの大型容器においてヘパリン加生理食塩水を室温で作成し長時間保存すると,セラチアなどの菌が繁殖する可能性がある。

4. これらの重要点を周知徹底するために,医療従事者への院内感染防止のための教育と研修の強化が重要である。

 大学病院では,救命救急センターや集中治療部を含めてinfection control teamによる教育により医師および看護師などの手洗いや手指消毒,手袋着用が徹底されています。夜間急病センターや2次救急担当病院におきましても,看護師の手袋着用や手指消毒,手洗いが徹底されることが必要です。点滴ルートを作成する場所が水回り近くで汚染されていたり,点滴ルートの点滴ボトルに刺すプラスティック針の部分を不注意に点滴台に転がしているケースを避けるようにしましょう。忙しいから点滴ルート作成を途中にして,受け答えをしてから,作成途中の点滴ルートを作成しているケース,末梢静脈留置針や三方活栓を手で直接に触れているケースにも注意が必要です。臨床工学技士さんが担当する血液浄化路の接続替えにおきましても,接続部,また三方活栓などは,菌血症のリスクです。清潔操作を心がけて下さい。三方活栓部に血が残っているのも望ましくないない管理です。
 院内感染対策として,無知であるがゆえに起こることは阻止しなければなりません。院内各部署に,感染管理マネージャーが存在し,感染管理を的確に指導していることが大切と考えています。救急医療では,救急科専門医から,研修医の先生にも徹底させていただいています。

総括:セラチア感染の留意点の8項目

1. 標準予防策の理解と実践

2. 吸痰,陰部清拭,尿路カテーテル処置などにおける接触感染予防策の徹底

3. 湿潤な環境の衛生管理

4. 輸液の調製は使用直前に行います。

5. 喀痰や尿などからのセラチア分離数が急に増加した患者が存在する場合には,セラチアによる院内環境汚染の可能性に十分に注意します。

6. 外因性感染症の可能性
 血液などの無菌的であるべき臨床材料からセラチアが分離された場合には,外因性感染症の可能性があります。

7. 多剤耐性セラチア
 本邦でも,IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ産生セラチア,第三世代セフェムやカルバペネムに広範な耐性を獲得した多剤耐性セラチアが各地の医療施設で分離されています。RND型多剤排出ポンプを持つセラチアは,抗菌薬体制を持ちやすいことも知られています。このような耐性菌の分離率は約4%程度と推定されていますが,その動向の調査については学会や論文等で注意し,皆で情報を共有する必要があります。多剤耐性セラチアが分離された場合には,個室管理もしくはコホーティングを行います。

8.セラチアと消毒薬の特性
 次亜塩素酸ナトリウム,ポビドンヨード,消毒用エタノールは,セラチアに対して中等度の殺菌作用といわれています。しかし,留置針の留置には,アルコール綿できちんと消毒をすることが大切であり,さっと拭いてすぐ挿入するのは良くありません。また,静脈路における3方活栓やプラネクタでは,アルコールやクロルヘキシジンなどの消毒薬に体制を持つ菌株がいることに注意が必要です。さらに,ベンザルコニウム,ベンゼトニウムなどの4級アンモニウムとグルコン酸クロルヘキシジンは,セラチアには耐性があるため,適切な消毒剤とはいえません。

 

 


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