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救急・集中治療 人食いバクテリアの診断と治療

2024年01月04日 21時39分44秒 | 講義録・講演記録4

劇症型溶血性レンサ球菌感染症

人喰バクテリア(人食いバクテリア)の診断と治療

 

名古屋大学医学系研究科 救急・集中治療医学分野 教授

Global Sepsis Alliance 理事

松田直之

 

 はじめに 

劇症型溶血性レンサ球菌(連鎖球菌)感染症(Streptococcal Toxic Shock Syndrome:STSS),また毒素性ショック様症候群(Toxic Shock Like Syndrome:TSLS)は,本邦では2015年の年間415例を超えて,2019年には年間894例,コロナパンデミックでは年間622例まで減少傾向でしたが,コロナ後に再び増加してきています(統計データ参照:NIID全数把握)。此の治療に関しても,日本の皆が協力していく必要があります。劇症型溶血性レンサ球菌は,菌体成分(Mタンパク質,Tタンパク質,またDNA/RNAなどの細胞含有分子)による炎症性反応(内毒素反応)だけではなく,外に分泌される分子(外毒素)による炎症と細胞死の反応(外毒素反応)により,急激に炎症,組織壊死,そしてショックとなります。65歳以上の発症リスクが高いですが,20歳から50歳代の働き盛りの成人,また小児にも発症します。その急激な筋肉などの細胞死,そして壊死の進行から,「人喰バクテリア(killer bug,flesh-eating bacteria)」などとも呼ばれています。発症してから3日以内に敗血症性ショックとして死に至る可能性の高い病態ですので,早く発見し,必要に応じて集中治療に持ち込む工夫が必要となります。一般の敗血症(sepsis:セプシス)と異なるのは,筋肉が急激に壊死するため,壊死した筋肉から放出される分子によるdamage-associated molecular patterns(DAMPs)反応が2次性侵害刺激として強い生体侵襲となることです。

 

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の定義 

定義:β溶血を示すレンサ球菌を原因として突発的に発症して急激に進行する敗血症性ショックを,劇症型溶血性連鎖球菌感染症と定義する。

※ 解説:β溶血とは:連鎖球菌属などは,ヒツジなどの血液を含む血液寒天培地において培養すると,赤血球を分解する溶血性によりα溶血,β溶血,非溶血(γ溶血)の3つに分類できます。α溶血は,不完全溶血として菌のまわりに緑色帯(メトヘモグロビン)を作る溶血パターンです。α溶血性のレンサ球菌は,このため,緑色連鎖球菌とも呼ばれています。一方で,β溶血は,菌株の周囲の血液を完全に溶血させて赤血球を分解してしまうパターンです。血液寒天培地における菌株の周囲の赤色が薄くなり,透明となります。溶血性連鎖球菌感染症では,β溶血などとして,赤血球が破壊されやすくなることにも注意します。

症状:初発症状は咽頭痛,発熱,消化管症状(食欲不振,吐き気,嘔吐,下痢),全身倦怠感,低血圧などの敗血症症状,筋痛などであるが,明らかな前駆症状がない場合もある。後発症状は,軟部組織病変,循環不全,呼吸不全,血液凝固異常(DIC),肝腎症状など多臓器不全であり,日常生活を営む状態から24時間以内に多臓器不全が完結する程度の進行を示す。A群レンサ球菌などによる軟部組織炎,壊死性筋膜炎,上気道炎・肺炎,産褥熱は現在でも致命的となる疾患である。

参考引用:WEB:厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-06.html

※ 解説:Lancefield分類

 溶血性連鎖球菌の分類に,細胞壁の糖鎖の抗原性によるLancefield分類があります。この分類のA群(Streptococcus pyogenes),B群(Streptococcus agalactiae),C/G群(Streptococcus dysgalactiae subsp. equisimilis)がβ溶血作用を持ちます。

 

 人喰バクテリアで理解しておくこと 

1.流行する可能性がある:災害後,集団免疫機能低下時など

 ※ 震災が起きた後には,直前の感染症情報を確認することが大切です。例えば,日本では12月に溶血性溶連鎖球菌感染症が流行していたことに1月などに注意することとなります。

2.ヒトにおける原因微生物:A群溶血性連鎖球菌(group A streptococcus:GAS),B群溶血性連鎖球菌(group B streptococcus:GBS),C群/G群溶血性連鎖球菌  S. dysgalactiae subsp. equisimilis SDSE

 ※ Streptococcus dysgalactiae は,ヒトではC群またはG群抗原をもつS. dysgalactiae subsp. equisimilis(SDSD)動物ではC群またはL群抗原のあるS. dysgalactiae subsp. dysgalactiae(SDSD) の2つの亜種に分けられます。(参考: 国立感染症研究所 IASR

3.感染症法:5類感染症(1週間以内での保健所への届出義務あり):届出表

 ※ 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)は,1998年10月2日に制定され,1999年4月1日から施行され,その後2003年10月16日に改正され,2003年11月5日から改正後の感染症法が施行されています。この過程で,A群溶血性連鎖球菌咽頭炎が2003年までは第4類として管理されていました。その後,2003年11月5日移行は,新分類として第5類で管理されるようになりました。感染症法は,その後も2007年4月,2008年5月,2021年5月に改正されています。

4.罹患リスク:糖尿病,免疫抑制剤使用中,免疫低下状態

 ※ 集団ワクチン:コロナウイルスやインフルエンザウイルスに対する集団ワクチン後に,溶血性連鎖球菌咽頭炎などに対する免疫が低下する可能性について,私共や医療従事者は経過の評価を継続中です。劇症型溶血性連鎖球菌感染症は,一般的に致死的病態ですので,留意と注意が必要です。

5.エピソード:怪我(擦過創,挫創など),鍼治療,針刺し,メス(海外での美容形成など),上気道炎症状など

 ※ 鍼治療:鍼の清潔管理には,厳格に注意されてください。

 ※ 上気道炎症状(喉の痛みと咳):上気道炎のある方は,マスクを着用することをお勧めします。環境への飛沫に注意が必要です。

 ※ 溶連菌感染症:溶血性レンサ球菌による感染症(咽頭炎,猩紅熱など)では,傷口などからのレンサ球菌の侵入に注意します。

6.特徴:受傷部の筋肉痛

7.遺伝子を破壊する酵素産生株に注意

 

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 参考:震災などの自然災害と感染症

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 ◯ 空気感染(□ 結核,□ 麻しん(はしか))

 ◯ 致死的皮膚感染(□ 破傷風菌,□ 人喰いバクテリア,□ セレウス菌

 ◯ 肺炎(□ 肺炎球菌,□ インフルエンザウイルス,□ コロナウイルス)

 ◯ 消化器症状(□ ノロウイルス,□ ウエルシュ菌(Clostridium perfringens),□ エロモナス ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila

 ◯ 全身が変:発熱,悪寒,頭痛,筋肉痛,消化器症状,黄疸(白目が黄色)(□ レプトスピラ Leptospira interrogansなど)

 ※ 留意事項:避難所でねずみを見かけたら報告してもらうこと(レプトスピラ予防)

 

 診断のポイント 

1.感染症所見:▢ 筋肉痛,▢ 発熱,▢ 頻脈,▢ 消化器症状

2.皮膚の特徴:発赤・水疱形成・表皮剥脱

3.敗血症所見:▢ 呼吸数増加,▢ 意識がいつもよりパッとしない,▢ 収縮期血圧低下(※ このうち,2つ以上を満たす:qSOFAスコア)

 参考書籍 

 書籍紹介

 敗血症-感染症と臓器障害への対応 

救急・集中治療アドバンス
専門編集:松田直之(Global Sepsis Alliance
 
 
 
 重症感染症のすべて 
救急・集中治療
特別編集:松田直之(Global Sepsis Alliance
 

 治療のポイント 

1.培養検体採取(直ちに):血液培養検体2セット,創部

2.抗菌薬:例:1)ペニシリン系抗菌薬(タゾバクタム/ピペラシリン 6時間毎 4.5 g 1日4回 静脈内投与),2)クリンダマイシン 1,200 mg 12時間毎 1日2回 静脈内投与。ペニシリン系抗菌薬を中心とした投与設計。

※ 抗菌薬:2剤併用療法としています。

※ クリンダマイシン耐性が生じている可能性(約30%)(ermB遺伝子などの発現)に注意します。

※ 薬剤感受性検査の結果を確認し,適正化します。

3.敗血症の治療(参考:中山書店 敗血症-感染症と臓器障害への対応)

▢ ショック対策

▢ 急性腎障害対策:横紋筋融解症(CK上昇)の管理を含む

※ 留意:フロセミドは横紋筋融解における急性腎障害を増悪させる可能性があります。

▢ 発熱管理:異常炎症および熱中症類似状態への対応

▢ 疼痛管理:適切な鎮痛と鎮静:交感神経緊張の適正緩和

▢ 電解質管理:低ナトリウム血症の進行に注意

▢ 血糖コントロール:耐糖能異常が生じやすいことに注意

▢ 播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC)の対策

 重症患者における炎症と凝固・線溶系反応 
救急・集中治療アドバンス
専門編集:松田直之(Global Sepsis Alliance

※ 主治医および病棟医長などとして,2010年までに5例の劇症型溶血性連鎖球菌感染症の診断と治療を担当しました。2003年の日本救急医学会雑誌に掲載していただいた症例報告(難治性ショック,急性腎障害,播種性血管内凝固)なども参考とされてください。

症例報告:久保田信彦,松田直之,近井佳奈子,他. 症型A群β溶連菌感染症の救命にMRIと術中迅速病理 診断を用いた1症例. 日救急医会誌 2004;15:563- 568.

本症例報告の現在の修正事項

 血液浄化法の方法の変更:1)持続血液濾過透析(CHDF)→ 持続血液濾過(CHF),2)膜の変更:セルロース トリアセテー ト膜 → PMMA膜

 抗菌薬の使用方法:クリンダマイシン 1,200 mg 12時間毎 1日2回 静脈内投与:1日量の2分割投与

 免疫グロブリン投与:効能/効果:重症感染症における抗生物質との併用 静注用免疫グロブリン 5 g DIV (ヴェノグロビンIHなど)

 カテコラミンの選択:第1選択 ノルアドレナリン 0.05 〜 0.25 μg/kg/分

 早期経腸栄養:持続経腸栄養法

4.スーパー抗原および外毒素への対応:抗原PCR検査・スーパー抗原対策

 Streptococcal pyrogenic extoxin(Spe -A,-B,-C,-F,-G,-H,-J)

 Streptococcal mitogenic exotoxin Z (SMEZ)

 Streptococcal superantigen(SSA)

 DNase:MF2,MF3

参考文献

Spe-Aは黄色ブドウ球菌腸管毒素と高い相同性がある/黄色ブドウ球菌と連鎖球菌の連動性

 Schlievert P, Kilgore S, Leung D. Agr Regulation of Streptococcal Pyrogenic Exotoxin A in Staphylococcus aureus. MicroPubl Biol. 10.17912, 2023.

Spe-Aによる単球刺激/CD4陽性T細胞のアポトーシス誘導/CD4陽性Foxp3陽性Tregの誘導

 Giesbrecht K, Förmer S, Sähr A, et al. Streptococcal Pyrogenic Exotoxin A-Stimulated Monocytes Mediate Regulatory T-Cell Accumulation through PD-L1 and Kynurenine. Int J Mol Sci. 20:3933, 2019.

Spe-Bによるパイロトーシス/制御性ネクローシス

 Deng W, Bai Y, Deng F, et al. Streptococcal pyrogenic exotoxin B cleaves GSDMA and triggers pyroptosis. Nature. 602:496-502, 2022.

Spe-Cについての理解を深める

 Rasooly R, Do P, Hernlem B. T-cell receptor Vβ8 for detection of biologically active streptococcal pyrogenic exotoxin type C. J Dairy Sci. 106:6723-6730, 2023.

SMEZの炎症性サイトカイン誘導について

 Unnikrishnan M, Altmann DM, Proft T, Wahid F, Cohen J, Fraser JD, Sriskandan S. The bacterial superantigen streptococcal mitogenic exotoxin Z is the major immunoactive agent of Streptococcus pyogenes. J Immunol. 169:2561-259, 2002.

SSAの同定

 Reda KB, Kapur V, Mollick JA, et al. Molecular characterization and phylogenetic distribution of the streptococcal superantigen gene (ssa) from Streptococcus pyogenes. Infect Immun. 62:1867-1874, 1994.

DNase:MF2,MF3

 Hasegawa T, Torii K, Hashikawa S, Iinuma Y, Ohta M. Cloning and characterization of two novel DNases from Streptococcus pyogenes. Arch Microbiol. 177:451-456, 2002.

 

 おわりに 

劇症型溶血性レンサ球菌感染症に限らず,感染症が重篤化し,血圧が低下し,ショックとなり,命を落としてしまう状態として「敗血症:sepsis」に対する早期発見と早期治療が必要です。その上で,劇症型溶血性レンサ球菌感染症が急激に恐ろしい敗血症となるのは,DNAを障害するDNA分解酵素(DNase)などのスーパー毒素・スーパー抗原を産生するからです。「劇症型溶血性連鎖球菌感染症」は,四肢などの筋肉痛で始まり,突然,敗血症や敗血症性ショックに移行しやすいことに注意します。もちろん,げが,鍼治療などでは,普段から破傷風菌や「人食いバクテリア」に気をつけて頂きます。擦れ傷でも,「劇症型溶血性連鎖球菌感染症」に気をつけて頂きます。傷,そして筋肉痛,そこに皮膚の「腫脹:はれ」,「水疱形成」,「表皮剥脱」では,溶血性連鎖球菌感染症に留意して対応しています。

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 紹介 敗血症の診断/治療の流れ 

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敗血症/敗血症性ショックの診断治療バンドル 簡略版 2023 (オリジナル)

2013年2月 初版,2023年1月 改定第2版

 

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 紹介 人食いバクテリアの診断と治療の流れ 

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