キャンプから戻りました!
「実際に行き来するもの」はあまりにも目まぐるしく過ぎ去り、
しばらくまとめていないと、溢れすぎて途方に暮れてしまうのですが、
さらさらと流しつつ、「これかな」と感じる断片をすっすっとすくっていきますね。
1.アラスカ時代はハネムーンにはじまり、子どもができてからも夏といえばキャンプでした。家を引き払って東海岸へ発つまでの1週間程も、16日間かけての引越しの旅も半分以上キャンプ生活。アラスカでは夫もテントからスーツ着て勤務状態。今は、上の子達が大きくなるにつれ、テントからもろもろの活動へ、です。今回は、キャンプ地から長男をNPO活動へ送迎でしたよ。
2.キャンプはいってみれば、「不便さと不快さのオンパレード」です。
使える水も限られ、
暗くなれば懐中電灯や焚き火のみがたより、日中汗や土にまみれてもシャワーなし、
虫だって大小うようよ、
今回も蛇と遭遇、
トイレだって全然きれいじゃないです。
そして準備と後片付けも、ああ大変。
3.ではなぜそこまでしてキャンプか? やっぱり皆、好きなんですよね。普段、匂いや虫や汚さにかなり敏感な子ども達も、それでもキャンプとなると目を輝かせます。不快さを感じながらも、それに勝る「心地よさや喜び」を感じるためなんでしょうね。
それは、森の匂い、
川のせせらぎ、
鳥の鳴き声、風にゆれる葉っぱのまぶしさ、
焚き火の温もり、空いっぱいの星、
寝袋を引っ付き合わせてクスクス笑い合いながら眠ることだったりするのでしょう。
4.先日、長女と「子どもには多様な体験をさせるのがいいという説があってね」といった話をしていたとき、「私には、キャンプがよかったなって思う」としみじみ言っていて、へーと思いました。今はすっかり大きくなったグランパの4人の子どもたちも、当時初めてだったキャンプの話を今もしていると聞きます。キャンプの思い出は、子供たちの奥底で「陽だまり」のようにあり続けるのでしょうね。
5・子供たちが遊びに出払い、しんとした夕暮れのキャンプ地で、たき火を見つめながら夫とも話しました。普段、もっと効率的に、もっともっとと髪振り乱して走り続ける中、今与えられているものに気づき・抱き・感謝するひとときを日常に散りばめていきたいねと。「不足の不安」を基にするのではなく、「喜びと感謝」の上にこれからを築いていけたらと。それには、筋力トレーニングのように、日々の気づきと実践の繰り返しが不可欠、と同意。
目の前には常に、「不安恐れ」と「喜び感謝」のどちらを基にするかの「選択」があります。そこにヒトの「自由意志」があるのかもしれませんね。精進していきます。
さて、週末も走り回ります!
今日は、長男お友達に誘われDCでの「サイエンスを守るデモ」&NPO作り話し合いへ、長女ジムナスティック&お友達とショッピング、次女ランニング、三女バイオリン、次男サッカー&ピアノです。
それではみなさん、温もり溢れる春の日々を!