ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

ディア・ドクター:「ゆれる」の西川美和が描いた現代医療の課題

2010年03月28日 | 映画♪
「ゆれる」で複雑な兄弟の関係を描いた西川美和が、「無医村」問題をモチーフに「善意」と「正しさ」の狭間を描いた日本アカデミー最優秀脚本賞受賞作。「ゆれる」のようなキリキリとする緊張感はないものの、それだけに僕らの日常が無意識に「伊野」を追い込む姿は笑えないものがある。キャッチコピーは「その嘘は、罪ですか。」、果たして被害者は誰なのか――。

【あらすじ】

山間の小さな村のただ一人の医師、伊野(笑福亭鶴瓶)が失踪した。村人たちに全幅の信頼を寄せられていた伊野だったが、彼の背景を知るものは誰一人としていなかった。やがて刑事が二人やってきて彼の身辺を洗い始める――。失踪の2か月前、東京の医大を出たばかりの研修医・相馬(瑛太)が村にやってくる。看護師の朱美(余貴美子)と3人での診察の日々。そんなある日、一人暮らしの未亡人、かづ子(八千草薫)が倒れたとの一報が入る……。(「goo 映画」より)

【予告編】

『ディア・ドクター』予告編


【レビュー】

もし伊野が本物だったら、間違いなくこれからも尊敬のまなざしで見られていたのだろう。あるいは村人が事実を知らなかったならばやはり尊敬のまなざしで見られていたのだろう。しかし伊野は本物ではない。そしてそのことを1番よく分かっていたのも伊野自身だった。

岡安と波多野の捜査の中で、伊野自身が偽者だったことが明らかとなり、人々の態度も変わりはじめる。村人の心も離れ、相馬はやがて大学病院へと戻っていく。しかし岡安と波多野が見たものはただの「詐欺師」や「犯罪者」として裁くことの出来ないものだった。

「偽者は偽者なりにこの村を支えていたんだっていうのも事実なんだと思う。それがどれだけのことかというのはあなたが一番分かっているでしょう」

この村に伊野がいなければ、もしかしたら「無医村」という状態が何年も続いていたのかもしれない。そんな中で迎えられた伊野は、確かに最初は「お金」が目当てだったのかもしれないが、村人から頼りにされる中で、逃げ出すことさえ忘れて、本物でいようとしたのだろう。

「俺は違うんや。この村好きでいてんのと違う。ただずるずる居残ってしもうただけや………飛んでくるから打つ、打つからまた飛んでくる。それの繰り返しや。けど、打ち始めたら不思議とその気になってのめり込んで、のめり込んで、打ちまくってたら、その間何もかも忘れてなぁ。」

伊野を「本物」に仕立て上げたのは何も村人たちだけではない。

事実、彼しか救えなかったという現実があったとはいえ、看護婦でもあった朱美も彼が「偽者」であることに気付いていた上で彼が村人を助けることに協力をしていたし、斎門にしても単純に「売上」という関係を越え協力していた。それは村人を救いたいというプリミティブな欲求であり、(社会的な役割分担として)自分たちではできないことを、伊野を通じて実現したともいえる。

「伊野を本物に仕立てようとしていたのはあんたらの方じゃないのか」

そうなのだ。伊野を「本物」に仕立て上げたのは、そういった周囲の人々の「期待」や「要望」であり、いつしか伊野はその「イメージ」に追い詰められていったのだ。

伊野がそのイメージを追い続けたとしても、やはり偽者には偽者の限界がある。

鳥飼かづ子を「胃潰瘍」としつつも、伊野は彼女を何とかしたいと願う。胃癌の書物を読み、経過をつづり、いつかは娘・りつ子に伝えたいと願う。その一方で彼は自らが「本物」であることを示さねばならず、またかづ子との約束も守らなければならない。伝えたいという想いと嘘をつき通さねばならないという想い。しかしそれが「癌」だとするならば、その余命は必ずしも長くはない。りつ子の再訪が早くても一年後だと聞かされたとき、伊野はその2つの想いの中で引き裂かれそうになったのだろう。そして彼は去っていく。全てを放り出して。

結局、かず子はりつ子のいる都会の大きな病院に入院することにする。それは「役所の手続きのように」患者に対応をするような病院だろう。当初、怒りをぶつけていたりつ子は、1人の人間として患者(かず子)と接することで、改めて伊野のことを考える。彼ならどんな風に母を死なせたかな、と。

人は決して生き続けることはできない。多くの人がやがて病に犯され死を迎えることになる。果たしてどのように迎えることが幸せなのだろうか。

選択肢はいくつかある。りつ子の父がそうであったように、手術をしチューブを体に通し少しでも長く生存するという方法もあるだろう。伊野の父がそうであるように何も理解できないまま生き続けることだってできる。そうではなく、人間らしい生き方(Quality of Life)のまま緩やかに死を迎えるという手だってあるだろう。それは医療の放棄や敗北ではなく、1つの選択なのではないか――。

この作品は決して感動で胸がいっぱいになるというような作品ではないだろう。しかし現代の医療の抱える様々な問題や人々の心の動きを見事に描いた作品となっている。果して「この嘘は、罪」だと言い切れるのだろうか。


【評価】
総合:★★★★☆
バイプレーヤーの演技に味があります:★★★★★
脚本の上手さは抜群です!:★★★★☆


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DVD「ディア・ドクター」


ゆれる:オダギリジョーが演じる兄弟というものの脆い関係 - ビールを飲みながら考えてみた…


映画『ディア・ドクター』エンディング曲「笑う花」/モアリズム PV


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