ルーマニア・ランニングライフ★Romania Running Life★

ダーリンはルーマニア人、マラソンシューズ゛と共に過ごす首都ブカレストでの日々。東欧の神秘ルーマニアを探索中+ラン遠征。

最大の挑戦だった、1000km Balkan Charity Challenge 2016

2016-11-20 | 海外&ルーマニア・マラソン大会


ラン部門の初日から躓いた~腸脛靭帯炎発生、それでも残り20キロ余りを走り続けたために、痛みは右の臀部から足の先まで達していた。帯同のマッサージテラピストはその夜、私の身体をチェックし、少なくとも1日か2日、完全休養することを強く勧めた。しかしながらその彼は、念入りで丁寧なマッサージを施してくれた。日本メソッドの湧命法というから、私に合っているに違いない。

翌朝もスタートし、62キロを完走。3日目の朝、チームメイトのブルガリアランナーが私に言った。
「朝、ヒロコがスタートしなければ、僕は驚くだろう。」
彼は続けて言った。
「スタートしたヒロコが、途中で止まってしまえば、僕はもっと驚くだろう。」

チームメイトの誰もが、私の全距離完走(7日間420キロ)を信じてくれていた。そのとおりに、続けて65・55・56・59キロと連日の長丁場を走り続けた。距離を重ねるにつれ、調子は上がっていったのである。

しかし、最終日にそれは起こった。

ラン部門7日目、全日程11日間の最後の日で、ブカレストに戻る日だった。朝、ホテルを出ようとして自分の荷物を持ち上げようとした瞬間バランスを崩し、腰をひどく痛めた。いわゆるぎっくり腰で、何度も経験がある。「これはまずい!」、腰をまっすぐに伸ばせなかった。ただただ丸まっているだけ。

私はグループと一緒にホテルを出発することができなかった。彼らはブカレストまで58キロ地点であるダイアに向かって行ってしまった。マッサージテラピストと私だけがホテルに残され、彼はまた丁寧なマッサージを施してくれた。

8時15分ごろ、彼の電話が鳴った。電話の声は、グループが既にダイアを出発したことを告げていた。私はこの情報を、床の上のマッサージマットに寝転がったまま、聞いていた。私たちはまだ、ホテルの部屋にいる。回復するまでまだ時間がかかりそうだ。自分でストレッチをしてみることに。自分で体を伸ばせなければ、走ることなどできない。まだ何分かかるのか。

そして私はゆっくり起き上がった。さらにゆっくり歩き始めた。私の足は動いた。問題は腰の痛みだけ。私たちは彼の運転する車でホテルを後にした。

「ダイアで車を止めて。私はダイアからスタートする。」

チームメイトのみんなが、「ヒロコは車で追いついてくるだろう。」と思っていたに違いない。マッサージテラピストも同じように考えていたようだが、私は決してそうではなかった。彼は私の強い意志を確認して、ダイアのスタート地点で私を下してくれた。幅広の伸縮包帯をしっかり腰の低い位置に巻き付け、スタートした。グループはすでに15キロ先にいることを知っていた。



少し傾きながら歩き始めると、徐々に体がぬくもってきた。30分ぐらいで私は自分のランニングフォームを取り戻した。少し前傾姿勢だったけれど、これが強い向かい風にちょうど良かった。おかげでいい腰の位置をキープできたのである。



走り始めた私は、マッサージテラピストに言った~「グループに戻って、ほかのランナーのマッサージをしてあげて。」、みんな長丁場を走ってきて、疲労困憊なのだ。しかし彼は私に付き添ってくれた。ほどなくして彼の電話が鳴り、彼はグループに呼び戻された。長い間彼を独占して、本当に申し訳なかった。別のサポートカーが私のためにやってきた。



ランチ休憩はだいたい40キロ地点。ここ2日ほどのペースで、ランチ休憩を終え走り始めるまでに6時間かかっている。40キロを4時間10分ほどで走れば、追いつく計算だった。オーバーペースかもしれないが、後のことは考えていなかった。少なくともブカレスト市街に入るまで(=50キロ地点)には、追いつきたかった。



ほとんど水も補給食も取らず走り続けた。私は追いつくための適切なペースを知っていた。雨が降り始めたので、さらにペースを上げた。早く走ろうとすると身体が温まってくれる。冷たい雨風の中、トボトボ走っていると身体は冷える一方だ。私の脚は非常によく動いた。

強い雨風は続いた。雨除けの服を着ていたけれど、ついにびしょぬれになった。腰を冷やさないために、近場のガソリンスタンドでランニングウェアを着替えることにした。ちょうど32キロ地点で、私のサポーターはここでランチを取ることを勧めた。デニッシュパン一つとストロングコーヒー。ゆっくり休憩している暇はない。

雨水で道路が川になるくらいの雨だった。グループもちょうどこの雨を避けて、ランチ休憩をとっているという、ほんの3キロ先、35キロ地点だ。そしてグループは私を待ってくれることになった。

ついにグループに合流した。ブカレストから参加の男性ランナーにバラの花束をもらった。とても嬉しかったけれど、喜ぶのはまだ早い。まだこの先23キロある、グループは私のせいで遅いめの進行だった。



グループに混ざった私は幸福感でいっぱいだった、これが私のチーム、1000 de Balkan(=ルーマニア語で、オミエ・デ・バルカン)。
チームと一緒のフィニッシュは、これまでで最高だ。

私の挑戦を認めてくださってありがとう。
もしこれが、競技会であれば痛めた腰で出走することは決してない。主催者のビッグ・ボスは常に言っている、「これは自分に挑戦する機会。」、挑戦者を止めることは誰も出来ない。

最後に一つだけ、最終日に4時間もマッサージテラピストを独占してしまったことが、どうしても申し訳ないです、ごめんなさい。

(記事中の写真は、走り始めて2時間の間にマッサージテラピストが撮ってくれたもの)


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今年も参加、1000kmバルカンチャリティーチャレンジ

2016-11-03 | 海外&ルーマニア・マラソン大会


年に一回の最大イベントがやってきました。

私にとって5回目の参加となるバルカンチャレンジ、過去4年連 続ランニングパート(復路ソフィア~ブカレスト)の全距離を完走しています。しかしながら、自分ではウルトラランナーとは言えません。というのも、年に一度このイベントのためにだけ、この距離を走ります。

それは、これが誰かのために走るチャリティーイベントであるから。420キロという長距離を、競技として走ることは今でも考えられません。そしてそんな私をこれまでに応援してくださった皆さん、ありがとうございます。

私がサポートする団体は、今年も『ファボリサ協会』です。ファボリサは小児結核病院を支援していて、人的支援として私も定期訪問のボランティアをしています。皆さんにお願いするのは、物的支援としての病棟の改修のための募金です。

私が参加するラン部は、11月2 日スタート。チャリティーイベントですが、「誰かのために走る。」ではなく、今ははっきりと「子供たちの顔」が見えます。小児結核病棟をサポートする協会『Asociatia Favorisa』のボランティアとして、レクリエーションのための通年定期訪問と、古くなって雨漏りのする病棟の改修に取り組んでいます。

日本のお友達の皆さん、縁あって移り住んだルーマニアでの私のチャリティー活動にビール2缶分のご協力をいただけませんか?

昨今の円高で、500mlビール2缶≒500円≒ルーマニア通貨で『20RON』のご寄付がいただけます。オフィシャルサイトはこちらから。

ボランティアで大事なことは、物的支援と人的支援の双方から、そしてそれを続けること。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。


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2か国にまたがるインターナショナル・ロード・ラン

2016-09-21 | 海外&ルーマニア・マラソン大会


この週末は、ルーマニアとブルガリアの国境にかかるフレンドシップ橋を走る〝International Road Run"、15キロのクロス(=短い距離のマラソン大会)。スタートはルーマニア側の国境都市Giurgiu(ジュルジュゥ)。ゴールはドナウ川を渡った先にあるブルガリアのRuse(ルセ)。
 
素朴な質問、国境通過はどうなるんだろう?・ヨーロピアン市民はIDカード提示だけで渡れる橋。日本人はパスポートコントロールが必要。コンピューターでの照合もあるし、時間がかかります?!
 
以前は、橋の両側でパスポートコントロールがありました。つまりルーマニア側で出国審査、橋を渡ってブルガリア側で入国審査。今ではこれが簡略化され、一か所でコントロール。
 
2007年1月から両国ともEU加盟国なのに、なぜパスポートコントロールが必要?じつは、最後に加盟したこの2か国はシェンゲン条約未発効。国境でIDカードまたはパスポートを提示し、チェックを受けなければならないのです。
 
例年参加しているバルカンチャレンジ(ルーマニアとブルガリアの2国間にまたがるバイクとランのチャリティーイベント)でも、必ず国境で停止し、パスポートとIDカードを提示し、パスポートにスタンプを押してもらってから通過。
 
さて、週末のレースではどうなるのかな。主催者側の何かのアレンジがあるのか?実はこれ、賞金レース、コントロールで時間がかかると、大きなロス!

追記(9/22):
今日、主催者から直接、電話連絡があって、パスポート等はスタート地点で預け荷物の中に入れておいていいそうです。私がEU圏以外の国籍なので、「パスポートを持って走るのか?」と案じているだろうと電話をくださったのです。

ルーマニア側をスタートしたら、パスポートコントロールはすっ飛ばして走ってください、と。それでもルーマニア出国・ブルガリア入国には間違いなし。いったいどうなるんだろう、と成り行きが楽しみです。

おまけに、両国間にまたがる橋はスタート時刻の11時から1時間、車両通行止めになるそうです。土曜日の午前中のこの措置、大混乱にならないのかな。間違いなく、車の大渋滞が起こるに違いなし。国境警備の両国警察を巻き込んでのこのレース、走ってみるに超・価します!

さすがに初の試みのこのレース、イギリス・オーストリア・イタリア・フランス・オランダ・アイルランドなどヨーロッパ各国や、隣国モルドヴァ共和国・モロッコ・ウクライナ・USAからの参加者も。(私のように、開催国の在住者かもしれませんが…)


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ルーマニアといっても広うござる

2016-09-18 | ルーマニア&あちこちで・びっくり


世の中にはたくさんの旅行情報が飛び交っています。専門誌だけではなく、ちょっとした雑誌にも旅行情報コーナー。
しかしながら、トルコ発行の雑誌の上の表紙は。

『クルージュ・ナポカ特集』と題しながらも、このお城はフネドアラ県にあるもの。クルージュからかなり離れていて、クルージュ近郊とは言い難し。



紙面を開いてまたびっくり、『クルージュ・ナポカ特集』の最初の見開き2ページを使って載せられている写真は、ブラショフのスファトゥルイ広場(Piata Sfatului)。これもまたクルージュとは別物。外国人の私でも知っているくらいだから、ルーマニア人ならすぐに見分けがつくはずの有名な観光名所。
 
『ルーマニア特集』なら、これらの写真が掲載されていても不思議ではないのですが、なぜ『クルージュ特集』にブラショフが?フネドアラ城が?ルーマニアのイメージ写真なのかな。

中の小さなカット写真は、どこのものだろう?ルーマニアといっても広いです、見どころはたくさんあります。深く考えないようにしよう・・・。

おまけの写真:


ラン仲間と訪れたフネドアラ城。お城の前がハーフマラソンのスタートでした。



ブラショフのトゥンパ山から見たスファトゥルイ広場(Piata Sfatului)。この広場発着のトレラン42キロの大会があります。円形噴水の手前に赤いゲートが設けられていて、ここがスタート&フィニッシュ。年代別で2度優勝♪


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カスターネが落ち始めたら

2016-09-16 | ルーマニア・ブカレストの日常


すでに秋を感じるブカレスト。日中はこの時期にしては30度近くまで気温が上がっていますが、公園の木々が早くも色を変え始めています。しかしながら、例年なら9月も中旬ともなれば、外出に長袖ジャケットを持っていくべきだったけれど、今年はちょっと異常気象のようで、まだまだ暑いです。


 
写真はヘラストロウ公園内にあるモニュメント。こういった彫像品が数多く置かれているこの公園、湖の周りを1周するだけで6キロの広大さ。
 


疲れたらベンチで休憩。翼の向かって左下に、カスターネを二つ、はめ込んでみました。栗にそっくりなこの実、同じようにイガに包まれていて、この実が路上に落ち始めると、秋かな、と。



カスターネとは:
 「カスターネ」はルーマニア語で、よく知られている名前は「マロニエ」。栗のように見えるの はマロニエの実だったのです。 さらに調べてみると、マロニエは日本では栃の木、またはセイヨウトチノキと呼ば れているもの。というわけで、カスターネの実=マロニエの実=栃の実。見た目は栗に類似していますが、とても苦くて、アク抜きしなければ食べられません。


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旅の最後にフライトキャンセル

2016-09-15 | ルーマニア&あちこちで・びっくり


またしても出会いました、フライトキャンセル。ルーマニアからジョージアへマラソン遠征、陸路アルメニアまで足を延ばした後の、帰国便。
 
黒海を隔てて西と東にある二つの国、ルーマニアとジョージアの間には、直行便がありません。ブカレストからジョージアの首都トビリシに飛ぶには、イスタンブール乗り継ぎが最短距離。

イスタンブールまではルーマニア国営のタロム航空、そこからトビリシへはトルコのアトラス・グローバル(AtlasGrobal)を利用。いずれもLCC(格安航空会社)ではないので、機体預け荷物は20キロまで無料・機内食のサービスもあります。
 
が、今回、イスタンブールからブカレストへ戻る便が、フライトキャンセル。空港ロビーで出発便のスケジュールボードを見ても、私たちの便が見つかりません。どこかで聞かなくては。とにかくインフォメーションに。広い空港でのセキュリティー検査などを考えて、早い目にやってきてよかったです。

「タロム便は、キャンセルになりました。」
「え!?!」
 
こういった場合、必ず事前に登録したメールアドレスに連絡があるのですが、私もマイダーリンもメールチェックを怠っていました。

「どうしたらいいですか?」
(自分たちからどうすればいいか尋ねるまで、その方策も教えてくれないのが外国の通常のインフォメーション。恐れることなく食い下がるべし。)

「タロム航空のオフィスに行って、聞いてください。」 
イスタンブールのアタチュルク空港は広いです、ルーマニアから乗り入れているタロム航空のオフィス、どこだろう?~案の定、奥まった通路の奥に手狭な一部屋。
 
タロム・オフィスのお姉さん、私たちの名前を告げると、てきぱきと処理してくれました。
「予定していたタロム便より15分あとの、トルコ航空でブカレストに飛んでいただきます。今、航空券を発券しています。」
 
15分くらいなら、大差ありません。それよりも、航空運賃が1.5倍以上するトルコ航空に振り替えてもらえるのが、ありがたいです。

「さあ、出来ました。一緒にトルコ航空のチェックイン・カウンターまでご案内します。」
お姉さん、私たちとオフィスを出るとドアに鍵をかけてしまいました。
 
え!?ちょっと待って、タロム便がキャンセルになって、予約していたはずの人たちが殺到するんじゃないの?しかしながら、これらの手続きの間、ほかの人はやって来ず、私たちだけ。
 
恐る恐る聞いてみると、キャンセルになったタロム便を予約していたのは、二人だけだというのです。タロムのお姉さんは、トルコ航空のビジネスクラスの優先カウンターに私たちを案内してくれ、待つこともなくチェックイン終了~「では、お気をつけて。」
 
これで今日の仕事は終了なのかな、お姉さんは軽い足取りで去っていきました。イスタンブールへの観光客が激減しているとはいえ、夕刻のタロム便が2名だけの予約とは。
 
私たちにすれば、航空会社都合でアップグレード出来た帰国便、なにも文句はありません。1時間ほどのフライトで、大満足の機内食、ワインもミニボトルでお代わりも出来、さすがのサービスでした。

残念なことがあるとしたら、彼らのサービスを心行くまで楽しむだけの時間がなかったこと。私はいつも、日本との往復にトルコ航空を使っています。この十分な時間に比べると、あまりにも短いフライトでした。

(一番上の写真は、最後に乗って帰ってきたトルコ航空便)

近況ご報告:
ごめんなさい、またしばらく、ブログを放置していました。8月下旬に1週間、ランナーも兼ねてボランティアでルーマニアのトレラン大会に。9月に入ってすぐ、ジョージアへ2週間のマラソン遠征、ブログからご無沙汰でした。
7月から大学が夏休みなのをいいことに、ほぼ毎週、2~3泊の宿泊を伴うマラソン遠征。たまにブカレストにいるときに、ちょうどクロス(=短い距離のマラソン大会)があったりして、ずっと元気に走っていました。
このブログ、『ルーマニア・ランニングライフ』と称しておきながら、マラソン大会の記事がほとんどありません…。必ず、そのうちに。


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頼りになるサプリメントと基礎化粧品

2016-08-21 | ルーマニア・ブカレストの日常

 
ルーマニアに来た当初は、身の回りの消耗品をせっせと日本から運んでいたものです。基礎化粧品や医薬品、サプリメントの類など。ほどなくしてそれらはすべてルーマニアにあるもので賄えることを知り、今ではすべて現地調達です。
 
とくに基礎化粧品のジェロビタールは、日本でも知る人ぞ知るおすすめのハイクォリティー。日本の百貨店では1万円くらいの価格を付けて販売されているということは、品質の良さを物語っています。

「ヒロコ、年齢の割にはしわが少ないわね。基礎化粧品は何を使っているの?」
「クルージュ産のジェロビタールよ!」
 
ルーマニア女性たちは、国産品よりもヨーロッパ西側諸国やアメリカの化粧品がお好み。ブランド力というのか・・?看板に惑わされず、ルーマニアのものの実力を知ってほしい=。
 


サプリメントの類も、こちらの薬局ですべて入手。国産の『ダチア・プラント』をはじめ、USA製やドイツ製などが品ぞろえ豊富に出回っているし、含有量も多く、使いやすいです。
 
一番頼りになるのは、鉄剤。日本では医師の処方が必要なくらいの含有量の錠剤でも、こちらでは簡単に薬局で買うことができます。1粒100㎎というのは、相当な鉄欠乏性貧血の時に処方される量。貧血予防のために服用するので、これだけの量は多すぎます。というわけで、4分の一に分割して服用。

変形性膝関節症のため、日本ではグルコサミンを愛飲していましたが、こちらでは『サメ軟骨』が入手しやすく、グルコサミンに比べて続けやすい価格。ジョギングと並行して、欠かせません。
 
カルシウムも、成人の一日の摂取目安量が日本とは異なる水準に設定されているので、1200㎎入りのものがあります。これを服用してもすべて体内に吸収されることはないので、ほかのビタミン剤も併用。
 
エナジードリンクの類を「化学物質の塊だ!」と決めつけ、ほとんど飲用しませんが、習慣的にサプリメントは愛用。まあ、栄養補助食品ですから。


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日本から緊急輸入

2016-08-21 | ルーマニア・わたしの日常


日本から緊急輸入したもの、それは、コンタクトレンズ(ハードタイプ)の保存洗浄液=。
 
ワタクシ、マドモワゼル、高校時代からハードレンズのユーザー。当時もソフトレンズがありましたが、手入れの簡単なハードを使い続けて数十年。

ルーマニアに来た当初の10年前はコンタクトなど普及しておらず(=これは予想していたし、その通りだった)、ずっと日本から保存液を持参していたのですが、最近、眼鏡屋さんでそれらしきものを見かけるようになったので、今年からはこちらで買おうと思っていたのです。でもここではソフトレンズばかり。私の使っているハード用のものは、取り寄せだそうです。
 
取り寄せても、自分の思ったものが来なかったら困るので、日本に緊急発注。ちょうど友人がルーマニアに遊びに来るというので、日本から持ってきてもらうことにしました。

ネットで私の希望するコンタクト保存液を見つけて購入、配達先を日本の友人宅にして、それをスーツケースに詰めて持ってきてもらいました。合計4本、8か月分。助かりました。
 
今のコンタクトレンズの主流は世界的に、ソフトタイプ。ここ10年くらいでコンタクトが普及したルーマニア、当然ながらこの流れをくみ、ソフトタイプが流通しているのです。このことに気付かず、眼鏡屋さんの店頭にコンタクトの付属品が並んでいたとしても、それはソフトレンズ用。
 
おそらくこれからも、ハードタイプはルーマニアに普及しないでしょう。というわけで、私がハードレンズ・ユーザーである限り、レンズケア用品(保存洗浄液に限らず、保存用のケースなども)をせっせと日本から運んでこないといけない==。


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ルーマニア・ミニバスの旅~ロシア・モンタナ往路編

2016-08-16 | バカンス・山へお出かけ

 
つづいて、ルーマニア・ミニバスの旅はロシア・モンタナへ。ロシアは、「Rusia」ではありません、ルーマニア語の「rosu」は「赤い」。そこはヨーロッパでも有数の金山。山から流れ来る湧き水は、岩肌を赤く染めています。2000年以上も前から、ここでは金が掘り出されているのです。いざ、金山を走るマラソン大会へ。
 


ブカレストからアプセニ山系のロシア・モンタナまでは、かなり遠いです。休憩も含めると車でも8~9時間の旅。3年前はラン友の車に乗り合わせ、途中、アルセニエ・ボッカ(Arsenie Boca)の教会などにも立ち寄りながらのマラソン遠征でした。

ボッカの教会は、彼を偲んで年じゅう花束を携えた参拝者が絶えないことで有名。こういった立ち寄りができて、自家用車は便利だけれど、乗せてもらっている立場上、あまりグースカ寝込むわけにもいきません。
 
今年は大会主催者の計らいで、ブカレストからミニバスを1台、チャーターです。ランナー・ボランティア・応援を含め、先着19名の枠に潜り込み、朝8時の出発でいざ、一路ロシア・モンタナへ。
 
のはずが、朝8時前に集合場所に行っても、5~6名が集まっているだけで、主催者側の取りまとめの人も来ていません。バスは何台か止まっているけれど、どれだろう?自分たちで見つけて勝手に乗り込むわけにもいかないし。
 
バス係のボランティアが約10分遅れでやってきました。朝8時に集合で、出発は8時半、とのこと。これじゃあ、だれも8時を守らないよ==。
 
無事にバスを見つけ、運転手さんとも合流。バスを申し込んでいて、3名来ていない人がいます。利用者リストの携帯電話で連絡を取ると、2名はペアで、何を間違えたのか、ロシア・モンタナ方面行の公共のバスターミナルで待っているとのこと。私たちのチャーターバスは、バスターミナルではなく、都心の一般駐車場から出発すると、メールで連絡が来ていたのですが。
 
1名とは全く連絡取れず。往復のバス代金は、オンライン決済でもいいし銀行振り込みでもいいし、当日手渡しでもいい、という曖昧な集金方法なので、この1名は未入金・キャンセルのようです。
 
とにもかくにも総勢18名で出発==。三分の一は顔も名前も知っていて仲良しのラン友。三分の一はラン友の友達か顔見知り。残り三分の一が初めて出会う人たちです。
 


最初からワイワイ騒ぎながらのバス乗車。しかしながら、日本でのチャーターバスの旅のようなアルコール持ち込みはありません。バスの中の飲酒は禁止なのかな。みんなジュースや水を飲んでいます。スナック菓子もつまんでいるけれど、ビールを飲んでいる人も持っている人もいません。
 
チャーターバスの運転手さんによると「ブカレスト~ロシア・モンタナの往復、遠回りはしない(=遠回りとなる立ちよりは無し)。運転の規則上、4時間半に一度、45分の休憩をとる。」という契約だそうで、あとは何も決まっていません。
 


日本の長距離バスなら常識的な「1.5~2時間に一度のトイレ休憩」も決まっておらず、「トイレに行きたくなったら、どこかで止まるから申し出て。」と、主催者側の担当者。結局、お昼の休憩まで、ノンストップ。昼休憩の場所もバスに乗ってから、みんなでワイワイ決めたレストラン。そこからまた、目的地まで止まりませんでした。


 
運転手さんも大変、けれど連続運転に慣れているみたい。金山への最後の登りは急カーブの連続、無事に私たちを運んでくれました。~復路編に続く。 


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ルーマニア・ミニバスの旅~モロイエニ編

2016-08-15 | バカンス・山へお出かけ


ちょっと郊外へ行くのに、また地方都市へ行くのに、ルーマニアはミクロ・ブースと呼ばれるミニバスが発達しています。たいてい横3列で19席、運転手を含めて20人乗り。残念ながらトイレはついていません。

この7月、相次いでバスの旅をしました。それぞれ異なるエピソードが。時系列に従いご紹介。



まず、モロイエニ(Moroieni)行。大体において、モロイエニってどこ?今まで聞いたことのない地名。シナイア(Sinaia)とトルゴヴィシュテ(Targoviste)の間。



シナイアはルーマニア王国時代から栄えている夏のリゾート地。トルゴヴィシュテは、ブカレストに首都が定まる(=1459年)以前のルーマニアの古都。その間にあるだけで、特に足を止めることもない通過地点。


 
しかしながら、マラソン7500大会でペアを組むパートナーが、ここに宿を取りました。チームメイト7名も同宿、とのこと。では、私もそこへ合流して、一緒に寝泊まりし作戦会議をするのが常套。彼女のチームは、ビストリッツァから。つまり北からやってきます。南から来る私と合流するのはここしかありません。
 
遠方のマラソン大会に行くときには、たいていブカレストのラン友たちと車を乗り合わせていくのですが、今回ばかりはモロイエニに宿をとっているブカレストのラン仲間はいません。というわけで、私一人でたどり着かなければならない・・・。
 
宿と直接コンタクトを取って、「ブカレストから公共の交通機関で行くにはどうすればいいですか?」と聞いてみました。
「直行のバスがありますよ。」と、オートガラ(バスターミナル)を教えてもらいました。

時刻表を調べ、念のためバスターミナルに出向き、予約が必要かどうかを訊ねてみると、「大型バスだから大丈夫。15分前に来て。」とのこと(この時は横2×2の4席のバスでした)。
 
乗り場は確認できたものの、モロイエニといっても広いです、どこで降りると宿に近いのかな?~また宿に聞いてみました。「スコルピオンで降りて。」

降りる駅名は判ったけれど、こういった地方路線のバスには、途中の駅のバス停(銘板)がほぼ、ありません。バス車内でも「次は○○駅です。」というアナウンスも無いけれど、乗客たちは皆、常連のようで、自分の降りたいところでちゃんと降りていきます。
 
時計を見ながら(またはスマホのGPSを見ながら)、近づいてきたな、と思ったら運転手さんに「○○駅で降ろしてください。」と頼むしかないです。


 
作戦成功、ちゃんと降ろしてもらえました。私が運転手さんに頼むのを聞いていた前列席の乗客までもが、「あんた、次が降りる駅だからね。」と教えてくれる親切さ。
 
そしてバスを降りたら、二人のローティーンの女の子が待っていました。宿の姉妹だそうです。バスに乗ってやってくる日本人を、お父さんに言われて待っていてくれたのです。そこから宿は5分もかかりません。「まあ、ルーマニア語を話すんですね。」と言われつつ、短い自己紹介。
 
実際に出会った宿のご主人も奥さんも親切でした。私が事前に、ブカレスト発のバスの時刻を知らせていたので、わざわざ乗務員さんに電話をして「日本人が乗っていますか?乗っていたら、○○駅で降ろしてあげて。」と頼んでいてくれたそうです。


 
こういった地方路線は、乗客も乗務員も運転手さんもみんな顔見知り。乗った時から、「あなた、ここに座ったらいいから。」と前列の席を譲ってもらったり、と、なんとな~くみんなが親切っぽかったのは、そういったわけ。公共交通の旅も、良いものです。

追記:


この時の宿は、Casa Moroeni。予約を入れるとほどなくして宿のご主人からFBのフレンドリクエスト。ここからすでに会話が弾んでいました。

帰りのブカレスト行のバスに乗るときも、「日曜日はブカレストに戻る人(この地方都市から仕事に行っている人、または帰省していた学生たちが都会へ戻っていく)で混雑して、途中から乗ると正規の席に座れないことがあるから、始発のバス停まで送ってあげます。」と、数キロ余りを送ってもらいました。



前日走ったマラソン大会で非常に疲れていて、バスに乗り込んだらすぐに寝てしまい、宿のある付近を通過したときには熟睡していたのがちょっと申し訳ないかな=。


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