なまぬるい生活

エホバの証人 元二世のブログ

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エホバの証人を外側から見て

2014年07月06日 10時10分39秒 | 一般記事

僕はディズニーランドが好きであの世界観に一日浸りに行くのがなんとも言えない幸せだったりします。

そこへ行く人はファンタジーの世界に入り浸りに来ているわけで、その世界観を楽しんでいるわけです。

世界観を楽しんでいる人は「ミッキーに会えた」と喜ぶでしょうし、空気の読めない人は「ミッキーの着ぐるみをきた背の低い人なんでしょ」とか「中の人は大変だなぁ」なんて言っちゃうわけです。

すべてが「作り物」だというのは誰もがわかりきったことで、それを楽しめる人が幸せな人なんだと思います。

ここで本題

エホバの証人という宗教団体もファンタジーで、教理が真実かどうかなどは関係なく、その世界に入り浸りたい人たちの集まりなんだと思うようにしています。

エホバの証人というテーマパークで、「統治体」というカリスマ的存在がいて、その世界観に入り浸ることで現実逃避している人たちなんだと。

彼らにしてみれば人生をかけて(人生を捨てて?)まで信じている宗教なので「邪魔しないでくれ」という感じでしょうか。

僕にしてみれば「唯一神に導かれている組織」でもなんでもなく、アメリカ生まれの新興宗教のひとつに過ぎないのですが、そんな組織がディズニーをファンタジーだと批判していたのは笑えます。

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エホバの証人に一番足りないこと

2014年07月06日 09時38分39秒 | 一般記事

エホバの証人の方と話していて、なんでこんなに空しい気持ちになるのだろうといろいろ考えていたのですが、彼らが一番足りないことは「聴く力」だと思うんですよね。

僕が以前参加したセミナーでは「相手が話し終えるまで最後まで聞きましょう」という約束事がありましたが、意外にもそれができない人が多いように思いました。

エホバの証人もまさにそれで、相手がどういう思いで話しているのか、何に困っているのか、どうしたらこの人は幸せになるのか、というのは千差万別なのに相手の話をろくに聞かず「エホバの証人の型」に押し込もうとするからうまくいかないんですよね。

そもそも、相手の話をきちんと聞いて、問題を解決しようとするなら、エホバの証人と関わっちゃいけないんですけどね。

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精神疾患を克服した理由

2012年09月09日 03時51分34秒 | 一般記事

完全に集会に行かなくなってから今年の8月で丸2年で、今では普段の生活で「僕がエホバの証人だった」ということを思い出すことはあまりなくなりました。

今ではエホバの証人に対して憎しみや悲しみと行った感情はそれほどなく、ただ「価値観の違う人たち」がそこにいて、「僕にとってはもう関係のない人たち」なんだ、と言い聞かせることにしています。

正直なところ、僕の人生を狂わせたエホバの証人という宗教団体が憎いです。できることなら親族には目を覚まして欲しいですし、ものみの塔の組織も崩壊して欲しいと思っています。

そんな無理なことを考えてもしょうがないですし、他人の人生に関わっていられるほど時間と気力がないんですね。

そんなわけで、このブログではエホバの証人だった頃の回顧録を気が向いたときに載せていきます。

今回のテーマは僕が抱えていた病気についてです。

現役の頃は、あまり自分のことを詳しく書いて特定されたら困るという気持ちがありましたが、現在は組織などどうでもいいことですので載せたいと思います。

逆に、僕のことをこのブログで特定できたという方は遠慮なくメールで連絡いただきたいです。「なまぬる君って○○さんでしょ?」ってね。

話が脱線しましたが、僕が初めに違和感を感じたのは中学生頃だったと思います。ある特定の場所で動悸がして汗が止まらなくなる症状でした。

最初は単なる緊張だろうと思っていましたが、高校に入り、電車やバスといった普通の人はなんとも思わない場所でその症状が起こり、エホバの証人の集会でも割り当てや代表の祈りでそのような状態のため、本当に悩みました。朗読の割り当てのときは途中でトイレに駆け込んだこともあります。

あるとき、このような症状は病気であり、薬などで治すことができると知って精神科に駆け込んだのが23歳の頃でした。

「パニック障害」だと思って受診したところ、「社会不安障害(社交不安障害)」と診断されました。

それから何年も病院に通い薬を飲み続ける生活を送りましたが、状況は何も変わりませんでした。

定期的に飲む薬、そして不安なときに飲む薬、と今から思えばかなりの薬漬けになっていたと思います。

軽度ではありましたが鬱状態も併発し、長年勤めていた仕事を辞め、気分転換にと巡回監督に勧められた会衆に移動してみたりもしました。巡回監督や長老のアドバイスや「励まし」は逆に症状を悪化させました。

薬の量を変えたり、カウンセリングを受けたり、漢方薬を試したりといろいろやりましたが当時は結局治ることはありませんでした。

そんな状況でしたが、僕がエホバの証人の教えを信じなくなり、奉仕や集会をさぼるようになり、仕事に没頭するようになってから不思議とこの症状は出なくなったんですね。

薬の量を徐々に減らし、完治したと診断されて薬を飲まなくなってからしばらく経ちますが今のところ一度も同じ症状は出ていません。

カイロプラクティックに通っていることや販売業に転職したことなども理由の一つかもしれないですが、宗教を信じなくなったことが病気を克服したことの大きな理由だと思います。

このようなわけでエホバの証人に戻ることは一生ないでしょうし、どこか他の宗教に属することもないでしょう。

エホバの証人の中では鬱病を初めとする精神的病に悩んでいる人が多いように思います。もしかしたらこの人たちもエホバの証人と関わるのを辞めれば克服するのかな、なんて思うこともありますが僕がそう思ったところでどうにかできる問題ではなく、もどかしく思っています。

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エホバの証人が大阪市立阿倍野市民学習センターを不正使用

2012年03月30日 00時51分56秒 | 批判的意見

エホバの証人が大阪市立阿倍野市民学習センターを不正使用。虚偽で申し込みか?」という記事が投稿されていたので、こちらのブログでも掲載します。

画像の招待ビラで分かると思いますが、4月5日(木)午後 7:00 阿倍野市民学習センター 講堂にてエホバの証人による「主の記念式」が行われます。

投稿者が問題視していたのは、この阿倍野市民学習センターが宗教活動を禁止しているにもかかわらずエホバの証人が利用する予定である、という点です。

大阪市立阿倍野市民学習センターのサイトには

「市民の生涯にわたる学習活動を支援し、生涯学習の振興を図ることにより、市民の文化と教養を高め、市民生活の向上に寄与することを目的」(条例第2条)として設置された施設です。
上記の目的に基づき、大阪市民もしくは市内に通学通勤されている方で構成されたグループ・団体の学習会や研修会などにご利用いただけます。
政治活動、宗教活動、また物品販売など営利活動の目的での利用はできません。
パーティなど飲食を伴う利用はご遠慮ください。

とあり、宗教活動での利用を明確に禁止しています。しかも「油注がれた残りの者」が出席していれば「飲食を伴う利用」になる可能性だってあるわけですよね。(貸室案内のページにも飲酒ができないことが明記されています。)

宗教活動であることを隠して申し込んだのか、エホバの証人だけ特別扱いしてもらったのか分かりませんが、市民の税金で運営されている公共施設が「市民の文化と教養を高めることもなく、市民生活の向上に寄与することもない」団体に貸し出されることが許されるのでしょうか?

上位の権威に従うはずのエホバの証人が、利用規約を無視してまで開催することに疑問を抱きます。

[追記] 4月2日現在の状況(大阪市在住の方が問い合わせてくれています。)

共産党阿倍野委員会からセンターに問い合わせてくれました。 申込者は「阿倍野会衆」。宗教団体との認識はなかったため、申し込みを受理してしまった。当日は講堂でなされる内容をしっかりチェックし、今後は貸さないようにしたい」とのことでした。

センターとしては、今回は申し込みを受理しちゃったので、いまさら使うなとは言えないとのこと。次回以降は使わせないよう注意する、とのことでした。

センターを所管している、財団法人 大阪市教育振興公社に電話しました。庶務課長さんが対応してくれました。事情を説明したところ、状況を確認して追って連絡する(週明けになるかも)とのことでした。

大阪市教育振興公社より連絡ありました。阿倍野会衆は2007年と2010年にも利用実績があるとのこと。 

「申請書に利用内容を何と書いているのか確認してほしい。また申請者に『あなたたちがやろうとしているのは宗教活動なのか』と確認してほしい」と伝えました。

「地域住民はビラを受け取り、センターで宗教行事が行われることを知っている。このままでは。市が公共施設での宗教行事を認めているとみなされかねない。それは市にとっても問題だし、規則を無視しているエホバの証人にとっても問題なはずだ」と伝えました。

[使用申込書]

ある方から阿倍野会衆の「使用申込書」コピーを提供していただきました。

「施設の条例・規則を遵守します」と申し込んでおきながら、内容は宗教行事という、これが「善良な市民」のやることでしょうか。

「使用目的・内容」は「講座・研修」と記載しているのも悪意が感じられます。

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SAKURAさんへ

2012年03月29日 01時24分55秒 | 一般記事

前回のブログ 2012年エホバの証人の「主の記念式」でSAKURAさんからコメントをいただいたのですが、ちょっと長くなりそうですので新規投稿で返信します。

聖書研究をしている段階ということでまだそんなに言われてないかもしれませんが、この組織は外部からの情報を遮断しようとします。

といっても物理的に遮断するわけではなく、「背教的な内容」つまり組織に少しでも批判的な内容はすべて避けるように警告するんですね。

エホバの証人だけが唯一エホバ神によって導かれている組織であり、今が終わりの日の最終部分なので、悪魔サタンが吠えるライオンのようにエホバの証人の思いを腐敗させようとやっきになっている、なんて教えられます。特に最近では大会や雑誌などで盛んにインターネットの情報に気をつけるように言われてますよね。

なので、こういうブログを見てしまったあなた、もう背教者の仲間入りです。

なんて冗談ですがさまざまな情報に触れ、バランスの取れた見方をすることが大切だと思います。

この組織に染まってしまうと、おっしゃるとおり 良いことがあると「エホバのおかげ」、都合の悪いことはすべて「サタンのせい」という二極化になってしまいます。

この組織こそ真の生き方であるため、これに反対するご主人のことをサタン呼ばわりするわけです。

そもそも、聖書研究を始めたきっかけはなんでしたか?

子供の教育のことで悩んでいるとか、なにか心にスキマがあったのではないでしょうか?

家庭聖書研究で「聖書」のことをよく理解できていますか?書いてあることをそのままオウム返しするだけで学んだ気になっていませんか?

教えられていることが本当に心に到達するような内容であれば、「信じるということの意味」なんて考えなくても信じることができるはずです。

ご主人のことを愛していますよね?ご主人もあなたのことを愛しているはずです。

家で待っているご主人の気持ちを考えたことありますか?あなたがエホバの証人になったら、子どもが学校で直面する問題について考えたことがありますか?

この組織に染まってしまうと、思考が停止してしまい物事を考えるということができなくなります。大げさに言っているのではありません。マインドコントロールというのはそういうことなんです。

「時々、??と思うこと」、そう思うことがあるということはまだ正常な思考回路がある証拠です。その感覚を大切になさってください。

僕自身がとてもつらい思いをしており、失った時間をとても残念に思っているわけですが、このように子どもを抱える方が犠牲になりかけているのを見ると黙っているわけにはいかず、このような記事を載せてしまいました。  

これ以上犠牲者が増えて欲しくない、そんな気持ちを分かってもらえたらうれしいです。

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2012年エホバの証人の「主の記念式」

2012年03月22日 23時20分31秒 | 一般記事

2012年主の記念式

去年も載せましたが、今年も主の記念式がありますね。

2012年は4月5日の木曜日に行われます。

野外でビラを配り、そして普段集会に来ない「未信者」も呼んでとにかく出席者数を増やすよう「励まされている」んじゃないでしょうか。

この、JWがよく使う「○○するよう励まされている」という言葉、すごく嫌いです。誰がそんなことを言っているのでしょうか。

エホバ?統治体?日常的に主語が省かれていることが嫌いなんです。

ま、そんなことはどうでもいいのですが、数を増やすことにどういう意義があるのでしょうか。

そして、そういう誘いに応じる未信者の気持ちもよく分かりません。

暇つぶしに、とか「なにか御利益があるかもしれない」とか「関心はないけど妻が喜ぶので」みたいな感じでしょうか。

記念式と言えば、イエスの死を静かに記念するというよりは、祭りにでも来ているかのような服を着る人がいるんでしょうね。

そんな彼らを見てみたい方は、お近くの王国会館へお越しください。皆さんのおいでを歓迎します。

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2011年 エホバの証人の総計

2012年01月06日 23時57分56秒 | 一般記事

2011年 総計

毎年恒例の、「全世界の記念式で表象物にあずかった人の数」を取り上げたいと思います。

実家に行ってこっそり年鑑をスキャンしてこようかと思っていましたが、「世界的な組織を持つ エホバの証人」に年鑑が載っているではありませんか。

この「世界的な…」のタイトル、なんか変な日本語だといつも思うのですが直訳じゃなきゃだめなんでしょうか。

で、今回は去年に比べて 622人増加の 11,824人だそうです。  リストとグラフ

以前、現役信者の親に 減るはずの「油注がれた残りの者」がなぜ増えているのか聞いたことがありますが「終わりの日が近く、期待が高まるにつれて勘違いしている人が増えているのでは?」と意に介さない様子でした。

こんな都合良く解釈してくれる信者がいるおかげで今後も組織は安泰でしょうか…

信者の数は伸び悩んでいるようですけどね。

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2012年 今年もよろしくお願いします。

2012年01月01日 00時00分00秒 | 一般記事

新年あけましておめでとうございます。

(元日に掲載しそびれたので、投稿日時を1月1日にして載せています)

2011年は仕事で始まり、仕事で終わった、ただそれだけで過ぎてしまったような、そんな普通の 1年でした。

なかなか世に溶け込めず、かといってJWに戻る気は全くなく、なまぬるい生活をいまだに続けています。

でも、今年こそはプライベートも充実したいなぁ、と切実に思っていますので、少しでも前に進められるよう、というより始められるよう、努力します。

2011年はあまりブログを更新できなかったので、今まで触れなかった僕の生い立ちや経験を載せたいと思っています。

そんなわけで、今年もよろしくお願いします。

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出会いの場としてのエホ証コミュニティー

2011年10月30日 01時53分12秒 | 肯定的意見

30歳を過ぎ、そして完全に「世の人」となり、仕事もそこそこ落ち着いた今、いい恋愛したいなぁと思っています。

接客業なので出会いもあるのかなぁとひそかな期待をしていましたが、そんなわけもなく、自分から行動しないと何も始まらないのだと身をもって痛感しています。

協会の出版物では、まじめな勤務態度によって異性から興味を持たれ、不道徳な誘いを受ける…なんてことが日常茶飯事みたいに描かれていますが、当然ながらそんな映画みたいなシチュエーションなんてありません。

恋活・婚活を始めてみて思うことは、気が合う人と巡り会うのはなかなかむずかしいことなんですね。

こういう経験をして改めて感じますが、エホバの証人というコミュニティーは出会いの場としてはアリなのかなぁ、と思います。

会衆内で出会うこともあるでしょうし、必要で出た先だったり、必要で入ってきた人と出会うこともあるでしょう。他の会衆に遊びに行ったり出張講演について行ったり、大会やRBCや開拓者学校など、いくらでも機会があるように思えます。(ちなみにうちの兄は必要で入ってきた姉妹と結婚しました。

中には大会の自発奉仕やRBCに参加するのが明らかにそういうのが目的なのがバレバレな人もいますが、人に迷惑をかけなければそれはそれでいいんじゃないかと思います。

お互いエホバの証人なので仲間意識が当然ありますし、共通の話題がありますし、共通のライフスタイルを持っています。会衆内で「特権」のある人や「霊的」な人であれば低学歴・低収入でもあまり関係ありません。

僕が子供の頃はいつかエホバの証人の姉妹と結婚するんだろうなぁと漠然と思っていましたし、世の中のモテない男たちはエホバの証人になればすてきな人たちがたくさんいるのに、なんて思ったこともありました。

で、なんでこんなことを考えるようになったかというと、某大手ポータルサイトのサービスを利用してみたり、お見合いパーティーなるものや合コンに参加してみたりといろいろと行動してみたんですよ。

最近、数名の方と会って食事したり、メールしたりデートしたりしてみたものの、やはり共通の話題がなかったりすると盛り上がらないものなんですね。

エホバの証人の友達と食事したり、職場の同僚と飲んだりするとすごく盛り上がるので、自分のことをわりとおもしろい人間だと思っていたのが、実は他の人からのフォローやツッコミ、共通の話題に頼っていたりで、それほどおもしろい人間ではないんじゃないかと痛感しているところです。

そんなわけで、近況はこんな感じです。世の中なかなかうまく行かないものですね。

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社交場としてのエホ証コミュニティー

2011年08月26日 06時58分45秒 | 肯定的意見
僕の両親は僕が生まれた時からどちらもエホバの証人で、現在も熱心に活動しています。

僕が現役の頃にエホバの証人に関するさまざまな資料を読み、ショックを受けると共に両親にも目ざめて欲しいと思ったことが何度かありました。

毒になる親」に書かれている「対決」をしようと思ったこともありました。

いろいろ考えた結果、辞める理由を詳しく話さずこの組織を「自然消滅」という形で去り、親との関係はこのままなまぬるい関係を続けることにしました。

というのも、60代の親のことを考えるとショックを与えて病気になってしまったら困りますし、今さら人生の方向転換をするのも難しいでしょうし、本人たちが信じているのだから地上の楽園や永遠の命といった夢をいだきながら余生を過ごさせてあげるのも愛なのかな、なんて思っているんですね。

子どもに宗教を押しつけるのは今でも反対ですが、一部の人たちにとってエホバの証人という組織は社交場としてはアリなんじゃないでしょうか。

協会の出版物を読むことによって読書の習慣がつきますし、予習や割り当ての準備をすることで物を書く習慣がつきます。
集会に行けば人と会話し、歌を歌い、野外奉仕に行けば運動になります。
物をあげたりもらったり、一緒に食事したり、旅行する楽しみもあるでしょう。

こんなことを考えてみると、この組織に属している方が幸せな人たちやこの組織でしか生きられない人たちにとっては、家で一日中テレビを見ているより内容はでたらめと言えどこの組織は必要悪なのかなぁと思っています。
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