瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第38話―

2007年08月19日 21時24分55秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
もう皆さん、お集まりだよ。
さあさ何時もの席に座って、寛いでくれ給え。

所で貴殿は猫を飼った事が有るかい?
よく猫は神秘的な動物だと言われているが…闇夜に光るあの瞳を見てると然も在りなんと思えてくるね。
言葉を理解するとか、異界を見る事が出来るとか、死に目を見せないとか。
…これらの噂も、猫が醸してる神秘性から来るものだろう。

その上、今夜話す様な事も、よく伝えられているらしい。



明治26年、新潟市に住んでいた、渡辺さんが遇ったという件――


渡辺さんは猫が大好きで、家では5、6匹も飼っていた。
皆良く人の言う事を聞分ける利口な猫だったという。

或る日、その内のタマと言う雌猫が前足に怪我をして戻って来たが、次の日には姿を消し、何日か経っても帰って来ない。

死ぬ時は姿を隠すと言うから、何処ぞで死んでいるのではと案じていると、何日かしてひょっこり戻って来た。

足の怪我も治って元気になっている。

「すっかり元気になって良かったね。
 でもタマ、何処へ行っていたの?」

渡辺さんはタマを抱上げて言ったが、タマはニャアと返すだけ。


暫くして月岡温泉から、「宿泊料請求書」が届いた。

宛名は「渡辺タマコ様」――しかしそんな者は、家に居ない。

不審に思って宿に問い合わせてみた。

すると宿の人は、確かにその名前の女性客が、「請求はこの家に」と言って、宿泊したとの事だった。


「渡辺タマコ様は色白のとても綺麗な女の人で、何時も体ごとお湯には入らず、手だけ浸していました。」



…猫が人間に化けて湯治に行くという話は、何故か新潟の温泉地に多く残されているらしい。
昔から猫は、修行の名目で山に篭るとか。
その疲れを温泉で癒すのだと伝えられている。

…だとしたら姿を消したまま戻って来なくとも、そう悲観する事は無いだろう。
その内請求書と共に、ひょっこり帰って来るかもしれないから。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

夜道を帰る折、後ろは振り返らないように気を付けておくれよ。
そして深夜…決して鏡を覗かないように…。

それでは御機嫌よう。
また次の晩に会えるのを、楽しみにしているよ…。



『異界からのサイン(松谷みよ子 著、筑摩書房 刊)』より。

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