瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第12話―

2006年08月18日 19時58分13秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

台風が近付いてる中、よく来てくれたね。


さて…昨夜予告した通り、今夜も妖精に恋した人間の話をしよう。



スコットランドに伝わる伝説――


昔、カーターホフと呼ばれる森に、『タムレイン』と言う妖精の騎士が棲んでいた。

タムレインは妖精の女王の命により森を守護してい、森に入った娘は、彼に金の指輪か緑のマントか、或いは処女を捧げなければならなかった。

或る日その掟を知らずに、ジャネットと言う名の王女が森に入った。
王女ジャネットにとっては、森は父王の領土だったので、気兼ね無く野薔薇を摘みにやって来たのだ。

花咲乱れる中、ジャネットが茎を折ろうとした途端――背丈の低い、緑の衣を纏ったタムレインが姿を現した。

驚き慌てるジャネットに、タムレインは件の警告を伝え、貢物を納める様言った。
生憎ジャネットは、金の指輪も緑のマントも持っていなかった。
それを聞いたタムレインは、彼女の手を押え付け、無理矢理処女を奪ったのだった…。

無理矢理とは言え、ジャネットはタムレインに心を奪われてしまった。
城に戻っても気もそぞろ…どうしても彼の事が忘れられない。

思い詰めた彼女は、再び森を訪れ、野薔薇を1本手折った。

――すると、忽ちタムレインが目の前に現れた。

彼は「どうしてまた此処に来たのか?」と、怒って彼女を問い詰めた。


ジャネットは、「貴方を愛してしまった。もう貴方無では生きられない。貴方と共に生きたいのです!」と、自分の思いを強く訴えた。
その言葉にタムレインは……心を動かされた。

実はタムレインは元々人間で、9歳の時妖精の女王に連れ去られて以来、妖精界で暮らす破目になったのだ。
そして何時か妖精の女王が、自分を地獄への貢物にする積りで居るのでは…と密かに恐れていた。
妖精界では7年に1度、地獄に貢物を贈る掟が有ったのだ。

自分を思うジャネットに心動かされたタムレインは、こっそりと自分を人間に戻す方法を教えた。

ハロウィーンの夜、妖精の騎馬行列を十字路で待っていたジャネットは、教えられた通り、3番目の白馬の騎士を素早く引き摺り下ろし、マントを掛けて抱締めた。

けれど腕の中に抱締めていたのは、ヌルヌルした感触のイモリ。
行列を邪魔された事に怒った妖精達が、猛烈に攻撃を仕掛けて来たのだ。

腕の中のタムレインは、魔法で様々な姿に変えられた。

恐ろしい毒を持つマムシに…

赤々と燃え盛る松明に…

焼け爛れた鉄に…

気味の悪いヒキガエルに…

終いには、羽ばたき飛んで逃げようとする白鳥に…

しかしジャネットは、その手を絶対に離そうとはしなかった。

懸命に戦い、用意していたミルクを掛け、マントに包んで必死に抱締めていた。

妖精達は遂に根を上げ、女王の恨みがましい声だけを残して、夜空高く飛んで行った。

人間に戻ったタムレインはジャネットと夫婦になり、子供も産れて幸せに暮したそうだ。



…中々感動的な話だろう?

これには男女の立場を逆転にした姉妹編の様な伝説も残されているが、そっちは残念ながら旦那が臆病風に吹かれたせいで、妻を諦めるという悲しい筋になっている。
愛を手に入れる為には、何ものをも恐れない勇気が必要という事だろう。

…今夜の話はこれでお終い。


さぁ…それでは12本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…


……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。


いいかい?


くれぐれも……


……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。



『妖精とその仲間達(中村君江、著 河出書房新社、刊)』より。

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