瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第11話―

2006年08月17日 20時35分28秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

お盆も過ぎたね。

残暑はきつくても、少しづつ秋の気配が増して来るだろう。


さて、今夜と明日の晩は、夏の終りに相応しく、ラブ・ロマンスでもお話しようか。


「大抵の妖精は、人間にとって危険な存在だ」と話したが、その妖精と恋に落ちて、夫婦になった人間の話も伝えられている。

場所はイギリス、ウェールズの山間、或る蒼く澄んだ湖にて――



或る若者が湖の岸辺で、牛達に草を食べさせながら、パンを食べていた。

ふと湖の方を見ると…乙女が1人、長い金髪の巻毛を梳かしている。

あまりの美しさに、若者は一目で心を奪われ、長い間見惚れていたが、夜明け近くになると、乙女の姿は次第に薄れて行った。

若者は慌てて持っていたパンを差し出し、自分の妻になってくれと求婚した。(食べ掛けのパンを差し出してプロポーズってのも凄いような…)

しかし乙女は「貴方のパンは硬過ぎますわ」と言い、煙の様に姿を消してしまった。


恋に破れ気落ちした若者を心配した母親は、次の日柔らかい練り粉のパンを持たせたが、今度は柔らか過ぎると駄目出しされてしまった。


そこで今度は軽く焼いたパンを持たせた所、これは気に入った様で、乙女は陸に上って来た。


そして妻になる事を承知したが、「もし自分を3度叩いたら、姿を消しますよ」と、若者に注意した。


乙女が持参金として連れて来た水牛のお陰で、若者の農園は栄え、2人は幸せに暮した。


4年経った或る日の事、近所の赤ん坊の洗礼式に、農夫と妻は出掛けた。

楽しく語り合っている人々の間で、突然、妻が泣き出した。


「悲しみと苦しみがいっぱいの此の世に産れて来るなんて、可哀想だわ!」


それを聞いた農夫は、慌てて妻を小突いた。

小突かれた妻は…哀し気な顔して農夫を見詰め、言った。


「気を付けてね、貴方。1度叩いてしまったのよ。」


それから幾月も経たぬ内に、赤ん坊は死んでしまった。

皆が悲しみに暮れているお葬式の席で、妻はまたもや非常識な振る舞いをした。


「赤ちゃんは、罪と苦しみから逃れられて、良かった!」


言いながら笑い踊る妻を止めようと、農夫は再び軽く叩いてしまった。


「気を付けてね、貴方。これで2度叩いてしまったわ。…後1回でも叩いたら、私は消えてしまうわよ。」


再び妻が、哀し気な瞳をして言った。


暫くして農夫と妻は、老人と若い娘との結婚式に招かれた。

その席で、妻はまた突然、わっと泣き出し言った。


「お金の為に、愛してない老人に嫁ぐなんて、残酷だわ!」


驚く人々の視線に焦った農夫は、三度、妻を黙らせようと軽く叩いた。


――その瞬間、


「3度目よ、貴方…」


という言葉を残して、妻の姿は消えてしまった。


行方を捜して農夫が湖に行ってみると、乙女が連れて来た牛の最後の1頭が、湖の中に消えて行く所だった。


それっきり、湖の乙女は、2度と姿を現さなかったそうだ…



仏の顔も三度まで。

幾ら妻が非常識な振る舞いをするからといって、DVは宜しくない…そんな教訓話に思えなくもないかい?


…今夜の話はこれでお終い。


さぁ…それでは11本目の蝋燭を吹き消してくれ給え…


……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。


いいかい?


くれぐれも……


……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。



『妖精とその仲間達(中村君江、著 河出書房新社、刊)』より。

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 異界百物語 ―第10話― | トップ | 異界百物語 ―第12話― »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。