千の天使がバスケットボールする

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佐藤俊介 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル

2009-06-11 16:35:08 | Classic
辻井伸行さんの「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」優勝は、久々にあかるく嬉しいニュースだった。水泳やサッカーだけではない、ピアノ界の日本男児の快進撃ぶりは、大和撫子をいやしてくれる。。。ところで、ここのところジョシたちにおされ気味の草食系ヴァイオリストだって負けてはいない。
佐藤俊介くん。
昨日25歳になったばかりの彼も、今後の活躍が期待される未来の大器である。日本の最大手のKAJIMOTOにも所属していながら、実力に比較して日本での知名度が今ひとつなのは、ニューヨークで育ちパリ在住のためであろうか、私は「天才を育てる 名ヴァイオリン教師ドロシー・ディレイの素顔 」という著書で、当時世界で最も有名なドロシー・ディレイのもとで学んでいた彼の名前を知った。記憶によると、その本に14歳のまだ少年のような彼が指に怪我をしたにも関わらず、バンドエイドを指に巻いてパガニーニの「カプリース」を弾いてにっこり笑うというCMに出演したエピソードが紹介されていた。東洋の実年齢よりも幼く見える少年を起用して超技巧的な難曲を弾かせる、いかにも米国人好みらしい非常によくできたCMと感心すると同時に、先物買いの好きな私に彼の名前は瞬間にインプットされた。

そんな待望の佐藤俊介さんの音楽にようやく出会えたリサイタルは、珍しいオール・ガット弦による「無伴奏ヴァイオリン・リサイタル」。
弦楽器の弦は、ガット弦、ナイロン弦、スチール弦と大きく3種類に分けることができる。スチール弦は、中心線と巻き線ともに金属製の弦で、硬くはっきりした大音量に特徴があるが、張力が強いのでオールドには向かない。。(E線は、オリーヴのゴールド・ブロカットの0.27あたりが個人的には特にお薦めだ。)ナイロン弦は、文字どおりナイロンでできていて、安定感と柔らかさがあり、D線なので「シノクサ」を使用される方がいる。そしてガット弦は、中心線が羊の腸で出来ていて、最も柔らかく繊細な音まで表現できる。また弦の太さにもそれぞれ幅があり、楽器のメンテをしてくれる方と相談したり、ヴァイオリン奏者は弾きながら様々な組み合わせを試しつつ自分好みに仕様にしていく。但し、ガット弦の難点として、張ってから音程が安定するのに時間がかかり、当日も湿度が高かったため、佐藤さんも何度も調弦をしていた。日本の梅雨には、ちょっと慎重にならざるをえない。そのため、プロの演奏家の中には、非常用として「ドミナント」を常備されている方もいる。学生などはコンクールや発表会に備えて、少し早めに新品の弦に交換して音程を安定させておく。また、古くなった弦は、早めに交換しないと指板を傷つけることになってしまうので、この点では”もったいない”は禁句。メーカーは、ドイツの「ピラストロ」やフランスの「コレルリ」が代表的である。

佐藤俊介さんは、バロック・ヴァイオリン奏法を学びながら、パガニーニ時代の弓のレプリカを使用して、これまで誰もこころみた事がないすべてガット弦によるパガニーニの24のカプリスのCDを録音した。彼によると「ガット弦を使うと、ひとつひとつの音の色彩や発音が豊かになり、理想とする音色を出すことができる。また、左手のこれまでにない自然な感覚で使うことができる」そうだ。新しい可能性を意欲的にとりいれている佐藤さんのリサイタル。上着を着用せずに、腕にゆとりのある白いYシャツに黒いベストとズボンのギャルソン風の服装でステージに登場した佐藤さんは、多少の緊張も感じるが、気負いもない自然体。前半のテレマンは、作曲家の精神に敬意に払いつつ、ビブラードは抑え気味で古典に忠実に演奏している。難曲の技巧を披露する演奏よりも、実は古典の方が演奏者の実力を披露してしまうことはままある。考え抜き、慎重に、誠意を感じられる演奏だが、円熟とは違った新鮮さと優雅さの中の溌剌さが魅力。サンオリーホールの照明を落とした柔らかな陰影の中で、一瞬18世紀に戻ったような感覚になる。けれども、中世の衣装を着た人々が踊る情景がうかばないのは、楽器が「2007年パリ製シュテファン・フォン・ベア」だからだろうか。バッハはシャコンヌではなく、1番を選択したのは正解。やはり、今夜の主役はなんといっても後半に登場するヴァイオリン界の魔王のニコロ・パガニーニだから。

純粋なガット弦と18世紀コピーのしなやかな弓を手にすると、まるで瞬時にアリババの洞窟に入り込んだような感じがすると感想を述べている佐藤さんだが、パガニーニらしい変幻自在な音色、高貴さと荒馬のような勢い、あかるさと悪魔の微笑みのような音が次々と現われては消えていく。実際はこの曲をよく研究され練られているのだろうが、聴き手には自由奔放な着想と若々しいのびやかさだけが残る。何度もこれまで聴いてきたパガニーニなのだが、名手を超えて間違いなく”名演”である。この曲を中心に演奏するのは、演奏家にとって厳しいと思えるのは、ピアノの伴奏なしに一瞬の気が休まるまもなく高難度の技術を”音楽”にしなければならないプレッシャーだけでなく、数分の曲ばかりなので、最後の曲の第24番を終えるまで会場ははりつめた雰囲気で拍手もないので、観客の反応がわからないまま突き進むことではないだろうか。演奏終了後、盛大な拍手に包まれて、ご本人だけでなく私もほっとした。
ところで、前半でも感じたのだが、「シュテファン・フォン・ベア」は、これまでも貸与されたストラディヴァリウスで演奏されたうえでの彼が選んだ新しい楽器であり、このような優れた演奏者なのだから、素晴らしい楽器と演奏であるはず・・・、なのだが音量も豊富で音のたちあがりがはっきりして素晴らしいのだが、私には少々疲れる楽器だった。こんな自分の感想が全くの素人の見当違いかどうかというのではなく、単なる好みの範疇の問題だが、CD録音や大きな舞台では向いているかもしれないが、サントリーホールのブルーローズではどうだろうか。別の楽器でもう一度聴いてみたい気もする。
ところで、実物の佐藤俊介さんは、写真の印象より意外にも色白で、しかもとても雰囲気のある方でおだやかな笑顔には誰もが魅了されるだろう。顔立ちのよしあしよりも、それをこえる雰囲気のある方だ。

-----09年6月11日 サントリーホール -------------

テレマン :「無伴奏ヴァイオリンの為の12のファンタジー」から第1番、第12番
J.S.バッハ :無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV1001
パガニーニ :「24のカプリース」から第11、2、13、4、23、1、5、24番

■アンコール

パガニーニ :「24のカプリース」から第10、14、15番

■若者だけのパガニーニではない?
「シュロモ・ミンツのパガニーニ」


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2 コメント

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佐藤俊介さん (romani)
2009-06-14 21:36:04
こんばんは。

佐藤さんのコンサート聴かれたのですね。
ガット弦を張った楽器でパガニーニを演奏するというのは、ちょっとした冒険かもしれませんが、彼のピュアな感性を示す証左だと思います。
「シュテファン・フォン・ベア」のことは、先日クラシカラウンジでも取り上げていて、興味深く感じていました。
「ストラドよりも絶対いい音がするんだ」と佐藤さんが自信を持ってコメントしていたので・・・。

2年前にラ・フォル・ジュルネで彼のコンサートを聴いたときに、「大変な大器だけど少し真面目すぎるかな」という印象を持っていましたが、樹衣子さんの感想を拝読して、彼が新境地を開いていることに、何とも言えない頼もしさと嬉しさを感じています。
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romaniさまへ (樹衣子)
2009-06-14 22:25:56
>ガット弦を張った楽器でパガニーニを演奏するというのは、ちょっとした冒険かもしれませんが

そうですよね、そんな冒険する勇気がわいたのも、ガット弦だと左手が自由に扱えるという感想にヒントがありそうです。彼には、ガット弦がしっくりあっているのでしょうが、いずれにしろマニアックな域の話です。この間はピアノの調律で感心させられましたが、音楽家のこだわりはすごいですね。

>「ストラドよりも絶対いい音がするんだ」と佐藤さんが自信を持ってコメントしていたので

おお!!そうですか!たとえが悪いですが、パガニーニだったせいか、若いアナウンサーのスポーツの実況中継のようなたちあがりの勢いと明晰さ、発音のよさはありますが、音色はどうでしょうか。まぶしく輝いていればそれでよい、というものでもないと・・・。ただ佐藤さんがそんなに気に入ってらっしゃるのなら、やっぱりよい楽器なのでしょうね。

>「大変な大器だけど少し真面目すぎるかな」

さすが、全くそのとおりです。色気がたりないパガニーニでしたが、逆に私には新鮮でした。女性奏者と違って、男性がこの年齢で逆に艶にある演奏をされても鼻につくかもです。
CDの方も聴きましたが、素晴らしかったですね。この後、どのように変貌していくかも期待です。
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