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「こんなことになるとは…」帰国の辻井さん報道陣に戸惑い

2009-06-10 22:42:36 | Classic
米テキサス州で開かれたバン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した全盲のピアニスト、辻井伸行さん(20)が9日、成田空港に帰国した。
 テキサス・ハットをかぶって到着ロビーに現れた辻井さんは、詰めかけた報道陣の気配にやや緊張気味。花束を渡されると、「こんなことになると思っていなかったもので……びっくりしています」と戸惑った表情を見せた。

辻井さんは「良い結果を出せたのは、今までサポート(支援)してくれた人たちのおかげ。本当に感謝しています」と話してリュックサックからメダルを取り出し、うれしそうに報道陣に見せた。コンクールの印象について、「演奏に耳を傾けるオーディエンス(聴衆)の集中力の高さに感動した」と振り返った。
辻井さんは10日に東京都内で記者会見を行った後、13日に岩手県北上市、17日に名古屋市でロシアのオーケストラと共演し、コンクールで弾いたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を披露する。両会場とも受賞後にチケットが完売、人気の高さを見せつけた。
(2009年6月9日読売新聞)

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クラシック音楽ファンだったら、実際に音楽を聴いていなくとも辻井さんのお名前はかねてよりご存知であろう。今回の報道で、辻井さんがまだ20歳だったことに驚いたくらい、何年も前から演奏会のソリストとしてご活躍されていた。その点では充分にピアニストとしてはプロだったのだろうが、今般のバン・クライバーン国際ピアノコンクールに出場されたのは、全盲というハンディキャップに関わらず、真のピアニストとして世界に飛躍するためのステップアップだったのではないだろうかと考える。
最初は全盲であるということで懐疑的だったという米国の聴衆を、演奏するたびに感動を巻き起こしたのは、師匠の横山幸雄氏のおっしゃるように驚きよりも感動を与えるこれまでの努力の賜物だったのだろう。

ところで、コンクールの名前になっているヴァン・クライバーンとは、米ソ冷戦時代に旧ソ連が国家の威信をかけ、自国の作曲家の名前を冠につけたチャイコフスキー国際コンクールの第一回目の優勝者である。文字どおり凱旋帰国したクライバーンを当時のアイゼンハワー大統領や国民は熱狂的に迎え、紙ふぶきが舞う中をオープンカーでパレードまでさせられた覇者として有名である。それまでは一介の田舎のピアニストだったのが、一夜にしてスーパースターのなってしまったのだった。長身の彼を米国民は披露困憊、果ては神経衰弱になるまでふりまわしたのだった。彼の名前は、ピアニストとしてではなくこのコンクールの名前と、とつてもない栄光とその後の不幸を痛む不運なピアニストとして人々の脳裏に記憶されているのに留まっている。

実力にふさわしい栄誉を与えられた辻井さんだが、想像以上にマスコミで大きくとりあげられ、チケットも即完売、CDもすごい勢いで売れている。今後は、演奏活動だけでなくマスコミのインタビューなどが殺到して、これまでの静かな生活が激変するであろう。まだまだ若いが志が高く純朴な辻井さんが、さらに音楽を深めるための充分な時間と環境を確保できることを願うばかりである。20世紀を代表する偉大なヴァイオリニストのイツァーク・パールマンも小児麻痺というハンディをおして13歳の時、米国の人気番組「エド・サリヴァン・ショー」に出演して米国民に愛され、結局、米国に移住して名ヴァイオリニストの王道をすすんだのだからそれほど心配はしていないが。まずは、じっくりと長い目で全盲の驚異的なピアニストというのではなく、辻井さんの、彼の心が奏でる音楽そのものを聴いて欲しい。

ウィーンで知らせを聞いた梯剛之さんがさんは「うれしい。僕が自宅で闘病生活をしていた13歳のとき、まだ言葉もあまりしゃべれない辻井君がお母さんに連れられて家に来てくれたんです。おもちゃのピアノを持ってきて、唱歌とかいろいろ熱演してくれた。そのときすごく才能のある子だなあと感心しました」と思い出を語った。また、「コンクールで入賞すると、ものすごく忙しくなる。今まで以上に大変だと思います。練習の合間に散歩したり、意識的に瞑想(めいそう)したり、ゆったりとした時を過ごすことによって、体も精神も休まるし、音楽も深まると思います」と今後を気遣っていたという。

■この映画も
『タッチ・ザ・サウンド』
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文化
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2 コメント

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グッドタイミング (こんばんは)
2009-06-13 03:09:18
こんばんは。ちょうど良いタイミングで書いていただきました。梯剛之さんもロン・ティボー、ショパンコンクールへの挑戦の姿がテレビ番組にもなりました。ピアニストではありませんが和波孝禧(ヴァイオリニスト)さんも、彼のお母さん、その子さんが「盲目のヴァイオリニスト和波たかよしを育てた母の手記」が書かれていますので障害者には随分勇気を与えてくれたと思います。優勝は素晴らしいことですが、音楽を聴く上で障害者であることがフィルターとなることは悪いことだとはいいません。個人の自由だと思いますが、結局贔屓の引き倒しになると思います。古い話ですが大江健三郎の息子、光さんの音楽がその後どうなったか?
辻井さんのお父さんのコメント「驚きであるうちは本当に感動したことにならない」(うろ覚えですが)とは、極めて冷静な態度だと思います。とはいえ、クライバーンコンクールの日本人初めての優勝おめでとうございます。先生が横山幸雄さん(ショパンコンクール3位1990年)というのもうれしいリレーですね。
calafさまへ (樹衣子)
2009-06-13 17:18:41
こんにちは。

>梯剛之さんもロン・ティボー、ショパンコンクールへの挑戦の姿がテレビ番組にもなりました

そう言えば、目の見えない梯さんが他の方とは違う演奏上の工夫を紹介していたテレビ番組を観た記憶がありますが、大変な努力だと思いました。ただ、リヒテルのようにいつも楽譜を見ながら演奏される方は、目を隠してもモーツァルトのようにやすやすとピアノを弾けるのではないでしょうか。
ただこの度の快挙は、障碍のある方には随分励みになり、我々健常者も彼らの多くの可能性の芽を育てる必要をあらためて考えるよいきっかけにはなりましたね。まあ、世の中には、目が見えても何も見ていない人や、耳が聞こえても聞く耳のない人がいますからね。笑。

>「驚きであるうちは本当に感動したことにならない」

まさにおっしゃるとおりですね!ただこれまで、指を怪我させてはいけないとお母様がいつも付き添っていたようですが、少しずつ自立していくことも大事かな・・・とちょっと余計ながら感じています。

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「全盲のピアニスト」と呼ばないで (calafのMusic Life)
こんばんは。月刊「WiLL 8月号」及び「文藝春秋 8月号」でも辻井伸行さんに記