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「わがユダヤ・ドイツ・ポーランド」マルセル・ライヒ=ラニツキ自伝

2012-09-09 15:50:21 | Book
今週発売の某週刊誌2誌に、東京国税局によるGさんの自宅と事務所に強制捜査が入った件とあわせてプライベートに関する記事が掲載されているようだ。本当にこの方の人生は、まあ実にイロエロある。当初、義捐金の振込口座を専用口座ではなく借りた別法人名義にしていたのは、さすがにまずいだろう。

・・・さて、本書はドイツの書評家、マルセル・ライヒ=ラニツキによる自伝である。今では知名度抜群のGさんとは違って私も初めて知った日本では全く無名の方ながら、ドイツでは「文学の法王」とまでおそれられる?とても有名な現代ドイツ随一の批評家だそうである。そのラニツキが、1999年に出版した本書は120万部も売れる大ベストセラーとなった。日本ではようやく2002年に西川賢一氏によって翻訳され、私好みのヘビーな二段組500ページにも及ぶ他人の人生が、何故、人々、特にドイツ人の関心をひいて多くの人に読まれたのか。それは、ほんの数ページを読んだだけでも合点がいく。読み始めたら、おもしろくってやめられない。Gさんの人生もそれなりに波乱万丈だが、ラニツキ氏の場合は超ド級の圧巻の波乱万丈物語だった。

それもそのはず、、、なのである。
マルセル・ライヒ=ラニツキは1920年6月2日ポーランドのヴウォツワグエルで生まれたユダヤ人。「梅ちゃんせんせい」の下村陽造おじさんのようなビジネスの才覚のない父と少しばかり世間知らずの母を両親に育つが、父の事業が失敗して9歳で親戚をたよってベルリンに渡る。幼少時代、彼が最も感銘を受けたのは音楽だったが、ギナジウムに進学する頃にはドイツ文学にぞっこん惚れこんでのめりこんでいき、人生で一番たくさんの本を読む。しかし、ナチスが政権をとるやユダヤ人への迫害がはじまり、しまいには学校生活からもはじきだされて、何とか卒業資格をとりながらも、ドイツ文学を学ぶ希望を申請したベルリン大学への入学は拒否される。やがて一家はワルシャワへと引き上げるが、ユダヤ人の公共施設への立ち入り禁止など、迫害はひどくなる一方で、とうとうユダヤ人だというだけでワルシャワ・ゲットーに収容されるようになった。

そしてホロ・コーストから奇跡のように脱出して生き延び、故国ポーランドで書評家としてすぐに頭角を表していくが、共産主義の圧制で自由な表現は難しく、再び反ユダヤ主義の萌芽をこの国に感じ取っていく。ユダヤ人の彼にとっての祖国はいったいなんなのか。彼はいつでもどこでもオンデマンド「持ち運べる祖国」をもっていることにようやく気がついていく。

それは、彼にとっては、ドイツ文学だった。
そして、彼はたったひとつの小さなスーツケースをもって危険をおかして再びドイツへと亡命する。持っているのは目に見えない手荷物、つまりドイツ文学だけをたっぷりと心に入れて。。。

本書は前半と後半の2部構成となっている。
前半は、90歳をこえても意気軒昂に批評家として活躍しているラニツキの迫害され、何度も生命の危機を迎えながらたくましく生き延びて、批評家として自活していく文字通りの数奇な自伝となっており、後半は辛口批評家として本の世界では2回も殺されている彼らしいノーベル賞受賞者を含む文学者との交流を率直に描いている。

今でも元気な長い長い人生と作家との交流についての長大だが簡潔明瞭な文章に、ほんのわずかにも退屈や倦怠がはいりこむ間がない。どんなに極限の状態でも冷静沈着なラニツキ、そして泰然としたシニカルながらユーモラスがただよう。13歳の時、ヴァッサーマンの「鵞鳥の雄」で知った性の目覚め、初めての体験、年上マダムとの毎日の情事、ゲットーで最愛の妻と若くして結婚しながら、ほんの一夜の浮気やポーランドを去る時の素晴らしい愛人との別れ。やるもんだ、ラニツキ。一方で、飾らない性格でたちまち一刀両断のもとに作品を激賞するか、厳しく批評する彼には、社会人としての一抹の孤独も感じる。文句なく最高級の自伝であるだけでなく、ユダヤ人迫害、ゲットーの生き証人としての貴重な資料ともなるので、この分野にあまり関心のない日本人にもかなりお薦め。

尚、ラニツキはテレビで「文学カルテット」という文学批評番組の司会を長らく勤めていたが、村上春樹氏の「国境の南、太陽の西」が2000年6月30日取り上げられて大論争となり、番組を自主的に打ち切った。何でもレギュラー出演している批評家Sigrid Löffler氏が「これは文学ではない。文学的ファースト・フードに過ぎない」と言い放ったことが発端だそうだ。彼女の激辛発言の是非はともかく、日本でもたった1冊の本を俎上にここまで激論を闘わす熱い番組を観たいもんだ。

■アーカイヴ
「ドイツの良心」の罪と罰
「ヒトラーとバイロイト音楽祭 ヴィニフレート・ワグナーの生涯」

メニュヒンとラニツキへ


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