千の天使がバスケットボールする

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『MILK』

2009-05-03 12:29:10 | Movie
米国初の黒人大統領が誕生した一方で、最もリベラルな州と思われていたカルフォルニア州では、住民投票によって同性結婚が禁止される法案が可決され社会問題になっているそうだ。自由の国アメリカと言われつつも、もともとピューリタンが移住した国でもあり、保守的なところもある。そんなアメリカで”ゲイ”を公言して、サンフランシスコ市政執行委員に選ばれ、ゲイだけでなく女性や有色人種などのマイノリティの権利、アイルランド系移民労働者の権利解放などを訴え続けてきたハーヴェイ・ミルクの最後の8年を描いたのが『ミルク』。

72年のニューヨーク。保険会社で順調に昇進を続けるミルク(ショーン・ペン)は、40歳の誕生日の日に地下鉄でひとりの男性に声をかける。これまで証券アナリストととして働きながら平凡な一市民として世間という群集に言わば隠れていたミルクが、後に恋人になる20歳年下のスコット(ジェームズ・フランコ)との出会いを通してカミングアウトして公職につき政治家になるも、活動なかば同じ執行委員だった同僚委員のダン・ホワイトによって射殺される。

「TIMES」で世界の100人に選ばれたこともあるミルクを知らなかった私は、鑑賞前はひとりのゲイの権利運動家の物語と予想していたのだが、その予想はよい意味で裏ぎられた。ミルクは、ある限られた人々、ゲイのためだけの権利を主張した政治家ではなかった。もっと率直に言い換えれば、ある特定の趣味・趣向をもつ人々ということになる。(偏見をまじえば、特定というよりも”特殊”な趣味になってしまう。)ミルクは、確かにゲイだった。1970年代のサンフランシスコでさえ、ゲイであることを公言することが、すなわちなんらかの迫害を受ける覚悟がいるのが、映画の中に効果的に配置された当時のドキュメンタリーでよくわかる。ガス・ヴァン・サント監督は、最初にモノトーンの警察官によって取り締まられるゲイたちの映像を入れて、ゲイが社会的には弱者の立場だったことをまず観客にすりこませて、金融業会で働くサラリーマンの髪形と背広から、ミルクの髪と髭をのばしたジーンズ姿に豹変することの意味を観客に考えさせる。やがて貯金が底をついてユリーカ・ヴァレー地区で彼らがはじめたカメラ屋「カストロ・カメラ」は、同性愛者やヒッピーたちの溜まり場となる。恋人スコットの影響で人生をかえたミルクが選挙運動に熱中するうちに、スコットのミルクから選挙民たちや支持者の「ミルク」になったことで、大切な同志やスタッフをたくさん得た一方で、彼らは失うものも大きかった。映画は、政治家としてだけでなく、人間ミルクも描いて点でゲイであるかどうか以前に、誰もが人を恋する感情のうちに翻弄され、喜び悲しむ体験と共鳴していく。

映画の中で最大のヤマ場が、元準ミス・アメリカで人気歌手だったアニタ・ブライアントとカリフォルニア州の州議会議員のジョン・ブリッグスによる「提案6号」をめぐる反対運動である。それは、「州内の公立学校から、同性愛の教師および同性愛者人権を擁護する職員を排除する」というまるで中世の魔女狩りを巻き起こすような法律である。かってのレッドパージのように、アメリカは今度はゲイの人々を公職から追放しようとしているのだった。当時のドキュメンタリー映像でひとりの女性聖職者が、「こどもたちが、自分とは違う価値観の人を受け入れる機会を失う」と反対していたが、全くその通りである。この映画が真価を発揮する運動である。日本は伝統的に御稚児という言葉や、「新撰組」の加納惣三郎の物語でもあるように、比較的同性愛には寛容である。同性愛者は、たまたま異性よりも同性を好きになってしまうだけであり、異常でも犯罪者でもない。ノーマルとは、何をもってしてノーマルと言い切れるのだろうか。自分とは違う趣味・趣向、価値観を受け入れることが、「文明の衝突」をさけるきっかけになるのではないだろうか。
ミルクはゲイだった。そんなこととは関係なく、有能で策士の部分をもつ政治家だった。没後30年たち、ミルクが残した功績や運動に素直に感動するのは、素材の魅力をいかした映画の力だけではないだろう。ミルクが闘った現実は、今日も根強い。

最後にミルクをはじめ、主な登場人物の実像が紹介されている。本物のミルクはユダヤ人らしい顔立ちだが、ショーン・ペンよりもずっとハンサムでチャーミングだったが、これまで硬派のイメージだったショーン・ペンがアカデミー賞受賞にふさわしい演技である。また他の俳優も実物によく似ていて、キャスティングが絶妙。

監督:ガス・ヴァン・サント
2008年アメリカ映画


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4 コメント

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通りすがりのものですが丁寧 (たか)
2009-05-03 21:29:15
凄いですねこうやって評論するの 
MILKの魅力をかんじましたね 
確かに僕も
失礼します 
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たかさまへ (樹衣子*店主)
2009-05-04 14:40:27
コメントありがとうございます。

ミルクだけでなく、彼の恋人たちや支援者もとても魅力的な人間に描かれていましたよ。
特に、同じ女性としてミルクの有能な秘書になったアン・クローネンバーグは、演じた女優もチャーミングな方でしたが、本物はかっこいいです。
「希望がなければ、人生生きる価値がない」というのはミルクの演説ですが、ミルクが射殺されても最後には可能性と希望を感じられる映画でした。
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Unknown (有閑マダム)
2009-06-21 03:03:47
当時まだ子供で東海岸側に住んでいた夫は、ミルクのことは全然記憶に残っていないけれど、アニタ・ブライアントのことは良く覚えているそうです。
彼女のしていた運動に、リベラルな彼の父親が非常に憤っていたことが印象に残っているとか。 彼女が弾圧していたのは、ゲイに限らず様々なマイノリティだったのですよね。
超保守派のキリスト教原理主義。
様々な権利が認められ、平等が意識されるように社会が動いているように見える一方で、実はアメリカ国内にはキリスト教原理主義者の数もどんどん増えているとか・・・・
何事も一つの方向だけにはいかないというか、必ず逆向きのベクトルが同時に進行していくものなのですね。
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有閑マダムさまへ (樹衣子)
2009-06-21 10:19:09
>彼女が弾圧していたのは、ゲイに限らず様々なマイノリティだったのですよね

映画ではそこまではわかりませんでしたが、そうだったんですね!アニタ・ブライアンを支持する米国民も多いようでしたが、人間育った環境にも影響されます。私があの時代の保守的な地域に育つ白人の米国人だったら、彼女を支持したかもしれないと考える時もあります。差別を憎む理性もありながら、肌の色ではなく学歴や出自で心の底で区別ではなく差別をしているかもしれません。リベラルなお父様に育てられたご主人でよかった・・・。

>何事も一つの方向だけにはいかないというか、必ず逆向きのベクトルが同時に進行していくものなのですね

全くです!!鋭いご指摘です。
本題からずれますが、日本の某新興宗教が政党を旗揚げして、新聞に憲法改正案の全面広告を出しました。それが矛盾だらけで、怖い感じすらしました。その提案している新憲法によると、私(日本国民)は、神の子、仏の子になっちゃうらしいです・・・。

そう言えば、ワイナリー付きのコンサートを楽しまれてきてくださいね。個人的な私の趣味から言えば、それは本当に「最高!!」ですね。^^
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