千の天使がバスケットボールする

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「若き日の友情」辻邦生・北杜夫 往復書簡集

2010-11-06 11:53:23 | Book
1948年3月10日、東北大学医学部の受験をめざしている20歳の北杜夫から、出席日数の不足で旧制松本高校を留年した辻邦生への手紙が冒頭に掲載されている。その返信が、いきなり
「僕のリーベ。つまらない心配をかけてしまったね。」ではじまり、
(中略)僕のリーベ。僕は、今、はじめて、自然のなかに育まれようとしている自分を見出したんだ。」と続く。
僕のリーベ・・・、これはまるで萩尾望都が描くギナジウムが舞台かよっっ!と、つい興奮してしまったのだが(彼らの会話の中心に確固たる席を占めているのは、あのトーマス・マンだ)、これが旧制高校の雰囲気というものだろうか。1925年生まれの辻邦生と2歳年下の北杜夫はともに旧制松本高校に学ぶ。本書は、その後、作家として数々の名作をうみだしたふたりの若き日々の13年間に及ぶ160通を超える往復書簡集である。タイトルはこれ以上にない直球の照れくさいくらいの「若き日の友情」。

映画『スケアクロウ』は、女だって胸が熱くなるような男の友情を描いていた名作だ。ひょんなことから、道中をともにすることになったふたり、マックスとライオンは体格から性格まで全く異なるタイプだったが、辻と北も体格も含めて文章の雰囲気があまりにも対照的であることが書簡集から伝わってくる。口絵に1968年に北家の書庫で撮影されたツーショットの写真があるのだが、これがなかなかイイ感じ。りっぱな蔵書を背景に、本を手にとる北を見上げるような辻。大柄な北は、自宅だからかもしれないが、ラフなコーデュロイのズボンにポロシャツとセーター姿にちゃんちゃんこを羽織っている。後ろに手を組む辻は、白いワイシャツに細いネクタイを締めてピシッとシックなダークスーツ。勿論、髪型もオールバックに決めている。1960年パリで撮影された辻のプロフィール写真は、きりっとしていかにも鋭利な知性が漂い、佐保子夫人によると男色みたいに撮れているいい男ぶり。同じ年の5月、「夜と霧の隅で」の頃の北は、ひょうひょうとしたお坊ちゃま風でありながら、その表情には繊細さが宿る。

理知的で、整然とした静謐な手紙を書く辻の文章は、それ自体が音楽のように美しいが生活の匂いがしないことからも、彼が美意識が強く、後の理性的な作品をうんだ資質が感じ取れる。論理的だが、フランスの田舎の小さな城で薔薇と空に囲まれて晩年を送りたいというロマンチストな辻。一方、北の方は漫画好きらしく時々イラストまで添えて、生活身辺の雑多なことやら、僕はまだドウテーです、と自由闊達に思いつくままに書いている。船医としての体験をいかし、「どくとるマンボー」シリーズでベストセラー作家になり、全く異なる作風の作品「夜と霧の隅で」で芥川賞を受賞した北は、のびのびとしたユーモラスさがありながら、だからこそ『スケアクロウ』のライオンのような神経の弱さもあわせもっている。

信州で始まった10代の友情は、文学青年同士のお互いを思いやりながら切磋琢磨する手紙となって、大学のある北の都・仙台、辻夫婦の留学先のパリのアパート、旅行先のヨーロッパ、海の上、赴任地の山梨にある精神病院、そして東京と、ふたりが最終的に東京で暮らすようになるまで13年もの間、続く。辻は北の作品を描写力はあるが、論理性と社会的視野に欠けていることを指摘し、先に作家として商業ベースにのる小説を発表していく北は、辻の文章の美文調を懸念し、編集者の要望にすぐにこたえられるように多くの作品のストックの必要性や作家としてだけで食べていくことの難しさなどのアドバイスをしつつ、埴谷雄高に辻を紹介してなんとか作家として認められる道を模索している。友からの手紙を冬景色のパリでの暖炉のように暖かいと楽しみにして、同じ夢を先に実現した友の成功を心から自分の事以上に喜ぶ辻。”友情”があるからそこに嫉妬や妬みではなく大いなる喜びとなり、また共通の核である文学が”友情”を育てたともいえる。

早稲田大学の祝勝にわく神宮球場で斎藤祐樹くんが「斎藤佑樹は何か持っていると言われつづけてきました。今日、何を持っているか確信しました。それは仲間です」と言い切った時に、ちょっと私は感動してしまった。今の時代そんなことを言っているようでは、友もライバルの厳しいプロの世界でやっていけるのか、という一部マスコミの記事を読んだが、仲間をえられたことに”感謝できる”祐樹くんだったら、きっとこれからも困難ものりこえていくだろうと期待したい。
「若き日の友情」から、私は友情と文学の素晴らしさにあらためて感じ入った次第である。そしてメールは確かに便利だが、やはり今宵は友に手紙も書こうではないか。

■こんな男たちの友情も
・カストロとガルシア=マルケス 革命が結んだ友情
「友情」西部邁著
映画『スケアクロウ』


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