南町の独り言

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1本の法律が社会を変える

2012-12-04 13:44:01 | 政治
「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と日本国憲法第41条に明確に定められています。
いよいよ第46回衆議院選挙が公示されましたが、国会議員の役割について有権者はこの第41条を再認識してほしいと思います。

1985年に制定された1本の法律が日本社会を危うくさせている具体例を話します。
プラザ合意により急激な円高に多くの企業が苦しむ中で、経団連はそれまで禁止されていた労働者派遣を可能にするよう自民党政権に働きかけます。
そして1985年「労働者派遣法」が制定されました。
この法律では13業務のみ例外的に派遣を認めるという“ポジティブリスト”方式でした。

その後1995年に経団連は「新日本的経営システム」を発表し、日本の終身雇用制度を否定する雇用流動化政策を打ち出し、自民党政権に働きかけます。
そして1999年、「労働者派遣法」を大改悪し、例外的に派遣を認めない業務を指定する“ネガティブリスト”方式に転換させます。
例外的に派遣を認めない業務は徐々に減っていき、2003年には製造業への派遣も認められるようになります。

大会社でも正社員から非正規社員への転換が進み、2008年のリーマンショックの際には“派遣切り”という深刻な社会現象が起こりました。
まだ記憶に新しい事件ですが、この1本の法律が制定された1985年にはまさかこうなるとは誰も思わなかったでしょうね。

1本の法律が15年かけてじわじわと日本の雇用社会を完ぺきに壊しました。
特に若年層の深刻度は異常なほどで、15歳~24歳の非正規社員比率は男:45.5%、女:52.6%(2012年)にまで高まりました。
若者が政治不信に陥り、なにかやってくれそうな第3極に期待する気持ちは分かります。
しかしきちんとその政策を見据えて欲しいと思います。

維新の会は、最低賃金の廃止を訴え、解雇規制の緩和を訴えています。
みんなの党代表の渡辺喜美氏は、06年の安倍政権当時の規制改革大臣でした。
当時の安倍政権で提案された、年収400万以上のサラリーマンの残業代ゼロ法案「ホワイトカラーエグゼンプション」と、解雇の金銭解決ルール化法案を私は忘れていません。

政治不信に陥っている若き人たちよ、すべての働く人たちよ、どの政党が真に働く人たちの仲間か見極めよう。

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