荻窪鮫

元ハングマン。下町で隠遁暮らしのオジサンが躁鬱病になりました。
それでも、望みはミニマリストになる事です。

スペインの巻、ふたたび。

2014年09月27日 | 無聊な生活にさすらいの旅を
バルセロナ五輪やセビリア万博が開催された1992年。

沢木耕太郎著【深夜特急】に中途半端にハマり、アンダルシアに憧れた僕はスペインに旅立ちました。

飛行機が怖いので、とりあえず成田空港でガンガンお酒を飲みます。

まだショボい頃の成田空港で、当時たいしてお店の数はありませんでした。

入ったお店は【Big Boy】だったはずです。

退店後もカウンターバーでスコッチをガブガブ飲みました。

飛行機が怖いので。

目指すはバルセロナ、僕はイベリア航空の機中のヒトとなります。

このイベリア航空、実に快適でありました。

お酒は飲み放題、ビールなんかもいろいろな種類がありました。

アメニティグッズも充実、お食事も美味しく頂いたのを、よく覚えております。

さて、当時はアンカレッジ空港を経由していました。

ずっと禁煙をしていた僕ですが、この旅にはタバコは必要不可欠と判断し、そのアンカレッジ空港でマルボロと100円ライターを購入。

アンカレッジの風景を眺めながら吸うタバコは実にうまかった。

そして更に数時間、都合およそ18時間くらいかかって、ようやくバルセロナ空港に到着致しました。

勝手が分からんので市内行きの国鉄駅を見つけるのに小一時間かかった記憶があります。

空港駅は始発駅なので、出発までしばらく時間がありました。

するとニッポン人の僕が座っているせいか、まずニッポン人のオトコのコひとりが声をかけて来ます。

そして、その後ニッポン人のオンナのコふたりが声をかけて来ました。

僕と同じく3人ともスペインは初めての事。

袖すり合うも多生の縁・旅は道連れ世は情け、というわけで4人で市内へ。降車駅はウニバルシタだったはずです。

僕は一軒、バルセロナの宿にあたりをつけていたのですが、他の3人は全くあてがないと言います。

それならばと結局、僕と一緒の宿に行ってみる事になりました。

宿の名は【ペンシオン・チキート】。

なかなか人気の宿で4人部屋しかない、と言われました。

まぁ、市内の宿を探しまくるのもめんどいのでドミトリー感覚でオトコふたり・オンナふたりでの投宿を決定。

荷をほどくのもそこそこに、早速4人で市内観光へ。



バルセロナ大学の前でパチリ。

ちなみに先ほどの駅名【ウニバルシタ】とはユニバーシティのスペイン語。

写っているのは僕とオンナのコふたりです。

撮影はオトコのコ。

そんなお上りさん4人組がいきなりヨーロッパの洗礼を目の当たりにする事となるのでした。


最新の画像もっと見る