「よし、時間だな。行くとするか」
黒ずくめでこれから葬式へ向かうようないで立ちの俺は、出勤用のカバンを持って家を出た。
大晦日の冷気が体を包む。だが寒くはない。喪服のような黒いスーツは都市国家からの支給品だが、単なるスーツではない。この大晦日の作業用に作られた特注品ユニフォームで群を抜く保温機能を備えている。
俺は、そのまま自宅前に駐車してあるマイカーに乗り込んだ。
ダッシュボードにある画面に、若い女の顔が浮かびあがり、にっこりと微笑んだ。車に標準装備されているカーコンピュータだ。
「こんばんは、ダイゴ様。お仕事ですね。お疲れ様です。行先はいつもの警備隊詰め所でよろしいですか」
ダイゴは俺の名前、職業は国家警備隊の隊員だ。
「ああ、ユキさん。こんばんは。うん、詰め所でいいよ」
最近は、自分の車のカーコンピュータに名前を付けて呼ぶのが流行っている。
AI技術が発達して、運転を含めたすべての車の操作はカーコンピュータがやってくれる。会話もほとんど人間と変わらなくできるため、名前があったほうが便利なのだ。
ちなみに、名前は自由につけられる。「ユキ」という名前に特に根拠はない。
なんとなく響きがいいからそう呼んでいた。
右上部の額から鼻の真ん中を通り左側の顎骨の部分まで幅3センチぐらいの巨大な傷跡がある。一見ムカデか何かを張り付けたようなその傷跡は赤黒く盛り上がり、見る者に不快感と恐怖と哀れみの感情を湧きあがらせた。
さらに、顔中に小さな傷が無数に散らばり、髭剃りという普通人からすれば簡単な作業を恐ろしく手間がかかる難物に変えていた。
しかも、その障害物に加え、年相応の、深い溝の皺がその顔を覆っていた。
今の医療技術を持ってすれば、古い傷跡や皺などきれいさっぱり、跡形もなく除去できるはずなのだが、あえて手を加えてはいなかった。
特に医者嫌いなわけではないが、俺自身顔をきれいにする必要性を感じていなかったし、逆に仕事の特性上、少々強面の方が都合が良かったりもしたからだ。
かなり手こずったが、なんとか髭剃りを終えた俺は、年に一回だけ使用する白のワイシャツと黒いスーツを身に着け、黒いネクタイと黒のサングラスをかけ再び鏡をのぞきつぶやいた。
「しかし、誰の趣味なんだ?昔の映画に出てくる主人公のパクリだな」
言った後で、毎年必ず同じセリフを言う自分自身に気が付きフッと自嘲気味に苦笑いした。