亀の川登

難聴に苦しむ男の日記帳。

 写謡 嵐山 

2023-04-04 | 写謡
嵐山 (謡曲)
 嵐山は亀山上皇(1249~1305)が吉野の山は都から遠く行幸が大変なので吉野の桜の種を採り、それを都の嵐山に植えたのが始まり。高い山には神が住んでおり、そこに桜を植えて神木とした。
 物語はそこを守る翁(木守神)から始まる。
嵐山は以前(2021)ブログで謡本をそのまま活字にしてみたが、旧仮名遣いを現代用語に変えてみた。
 嵐 山
前シテ(尉)。後シテ(蔵王権現)。ツレ(姥)。ツレ(子守神)。ワキ(勅使)。ワキヅレ(従者二人)。
ワキ「吉野の花の種とりし。吉野の花の種とりし嵐の山に急がん」
ワキ詞「抑(そもそも)是は當(と)今(ぎん)に仕へ奉る臣下なり。偖も和州(わしゅ         う)三吉野の千本(ちもと)の桜は。聞し召し及ばれたる名花なれども。遠万(えんまん)十里の外なれば。花見の御幸(みゆき)なる事かない給わず。さる程に彼の千本の桜を。嵐の山に植えおかれ。此春の花を見て参れとの宣旨を蒙り。唯今嵐の山へと急ぎ候」
道行「都にはげにも嵐の山桜。げにも嵐の山桜。千本の種はこれぞとて。尋ねて今ぞ、三吉野の花雲かと眺めける。其(その)歌人(うたびと)の名残ぞと。餘所(よそ)めになれば猶しもに。妙なる花の景色かな妙なる花の景色かな」
シテ、ツレ「花守の。住むや嵐の山桜。雲も上なき。梢かな」
ツレ「千本に咲ける種なれや 
シテ、ツレ春も久しき。眺めかな」
シテサシ「これは此嵐の山の花を守る。夫婦の者にて候なり」
シテ、ツレ「それ遠万十里の外なれば。花見の御幸なきままに。名におう吉野の山桜。千本の花の種とりて。此嵐山に植えおかれ。後の世までの例とかや。これとても君の。恵みかな」
下哥「げにたのもしや見影山治まる御代の春の空 上哥さも妙なれや九重の」 
ツレ「さも妙なれや九重の」
シテ、ツレ「内外(うちと)にかよう花車。轅(ながえ)も西にめぐる日の影行く雲の嵐山。戸難瀬に落つる白波も。散るかと見ゆる花乃瀬。盛り久しき景色かな盛り久しき景色かな」
ワキ詞「いかにこれなる人に尋ね申すべきの事の候」
シテ詞「此方(こなた)の事にて候か何事にて候ぞ」
ワキ「見申せばかほど多き木の本を清め。花に向ひ礼(らい)をなし給う不審にて候」
シテ「げにげに御不審は御理(おんことわ)りにて候。此嵐の山の千本の桜は。皆神木(しんぼく)にて候。かやうに陰(かげ)を清め礼(らい)をなし申し候」
ワキ「ふしぎやな嵐の山の千本の桜の。神木たるべき謂(いわれ)れはいかに」
ツレ「この嵐の山の千本の桜は。吉野の花を移されたれば。木(こ)守(もり)勝手(かって)の神慮(しんりょ)にも。惜しみ給ひし故に寄り。人こそ知らね今とても。この花に影(よお)向(ごお)なるものを」 
ワキ「げにさしもこそいとううき名の嵐山。取り分き花の在所とは。何とて定め置きけるぞ」 
シテ詞「それこそ猶も神力(しんりき)の。妙なる花の奇特(きどく)をも。あらはさんとの御恵み」
シテ、ツレ「げに頼もしやつくば山。なびき治まる三吉野の。神風あらばおのづから。名こそ嵐の山なりとも」
「花はよも散らじ。風にも勝手の木守とて夫婦の神は我ぞかし。音たかや嵐山。人にな知らせたまひそ」
「笙の岩屋の松風は。笙の岩屋の松風は。實相の花盛り。開くる法の声立てて今は嵐の山桜。菜摘みの川の水清く。真如の月の澄める世に。五濁の濁りありとても。流れは大堰(おおい)川(がわ)其水上はよもつきじ。いざいざ花を守ろうよいざいざ花を守ろうよ。春の風は空にみちて春の花は空に満ちて。庭前(ていぜん)の木を切るとも神風にて吹きかえさば妄想の雲も晴れぬべし。千本の山桜長閑(のどけ)き嵐の山風は。吹くとも枝はならさじこの日も既に呉竹の。夜の間を待たせ給うべし。明日も三吉野の山桜。立ちくる雲に打ち乗りて。夕陽(せきよお)残る西山や。南の方に行きにけり南の方に行きにけり」
(中入)「三吉野の。三吉野の。千本の花の種植えて。嵐山あらたなる神遊びぞめでたき此の神遊びぞめでたき」 
木守、勝手「色々の 
「色々の。花こそまじれ白雪の」
木守、勝手「木守勝手の 木守勝手の」
「恵みなれや松の色」
木守、勝手「青根が峯ここに」
「青根が峯ここに。小倉山も見えたり。向いは嵯峨の原。下は大堰川の。岩根に波かかる亀山も見えたり。萬代(よろづよ)とよろづ代と。はやせはやせ神遊び。千早(ちはや)振る」
「神楽の鼓声澄みて。神楽の鼓聲澄みて。羅(ら)綾(りょお)の袂を飜す舞楽の秘曲も度重なって。感應(かんのお)肝(きも)に銘(めい)ずる折から。ふしぎや南の方より吹き来る風の。異香(いきょお)薫(くん)じて瑞(ずい)雲(うん)たな引き。金色の光かかやき渡るハ。蔵王権現の来現かや」早笛
「和光利物の御姿。和光利物乃御姿」
後シテ「我本覚の都を出でて」
「分段同居(どおご)の塵に交わり金胎両部一足をひつさげ悪業の衆生の苦しみを助け。さてまた虚空に御手をあげては忽ち苦界の煩悩を拂い。悪魔降伏の青蓮のまなじりに。光明を放って。國土を照らし。衆生を守り。誓(ちか)いをあらわし木守勝手。蔵王権現(ざおおごんげん)一躰分身同躰異名の姿を見せ地
て。おのおの嵐の山によぢのぼり。花に戯れ梢にかけつて。さながらここも金(こがね)の峯の。光もかかやく千本の桜。光も輝く千本の桜の榮(さか)ゆく春こそ。久しけれ」

ルビとは漢字の上に小さく読み仮名を乗せるものだが、ブログ画面に呼び込むと自動的にカッコ書きになってしまい読み辛くなる。
以前にも書いたが印刷物にしてコピーをすると文章自体よみずらくなる。ちょっとダラダラしているが書いてみた。
嵐山とはどこにあるのかと古い京都の地図を引っ張り出して調べて見たが、京都は広い、その場所を探し当てるのは大変だった。
嵐山には何度も訪れたがツアーだから簡単にたどり着けるが個人で行くとなると場所が分からずそう簡単にたどり着けるかどうか。迷子になって帰って来れないかもしれない。

 金沢は狭くて半径2㌔以内でほとんどの名所を訪れることができる。
北陸新幹線が金沢までやって来た時、金沢市は観光客の車でそうとう混雑するのではないかとあの手この手で対策を考えたが、いったん蓋を開けてみると殆どの観光客は歩いて観光する。心配するほどのことはなかった。金沢の街は狭いのである。金沢で多くの文豪が育ったのはその狭さにあったのかもしれない。
前田のお殿様はその狭い空間に多くの施設を集中させたのである。
侍を養うにはそんなに広い場所は必要ではなかった。
起伏に富んだ地形は隠れる場所が多く。そんなに広い場所はいらない。
ウクライナはあたり一面が真っ平らな平原で隠れる場所がなく攻めるのが難しい国らしい。
  高尾城址公園の麓にある神社の枝垂れ桜

  謡曲教室のある施設の近くにある枝垂れ桜

どれも見事な桜です。

戦争は最初に始めた方が負けで勝つのは難しい。プーチンさんは大変なことをやってしまった。いったん始めたら簡単にはやめられないのが戦争というもの。プーチンが死ぬまで戦争は終わらないだろう。
ロシアには桜がないのだろうか。
コメント (1)
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