花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

秋の北イタリア旅行(6)(ヴェネツィア④サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂)

2023-11-30 23:59:37 | 海外旅行

ホテルにチェックインし荷物を部屋に置いたついでに、フレッチャ・ロッサで貰ったおやつ(?)でお腹を少し満たした。ジャルディネッティからヴァポレットに乗り、サン・トーマに向かう。目指すは久々のサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂である。ヴェネツィアに来たからにはベッリーニ《フラーリ祭壇画》にも挨拶をしなくてはね。(ティツィアーノ《聖母被昇天》は私的にはオマケかも)。

サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂(Basilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari)

https://www.basilicadeifrari.it/

このフランチェスコ会の教会はゴシック様式で1396年に完成している。

もちろん、この聖堂を有名にしているのはティツィアーノの傑作《聖母被昇天》である。内部に入ると内陣仕切りから中央祭壇の《聖母被昇天》が目に飛び込んでくる。

ティツィアーノ《聖母被昇天》(1516-1518年)(板に油彩)

しかし、私的にはやはりジョヴァンニ・ベッリーニの《フラーリ祭壇画》なのである。

ジョヴァンニ・ベッリーニ《フラーリ三連祭壇画》(1488年)(板に油彩)

ベッリーニらしい完成された美しさを見せる。聖母子の足元にいる楽奏使たちも可愛らしい。この左右の聖人立像がヴェネツィアを訪れたデューラーに影響を与えたことがなんだか嬉しい。

今回、えっ?と思ったのは、祭壇画の前にロープ仕切りがあり離れて観るしかなくなっている。前回はもっと近い位置で観られたような気がするのだが...。

この聖堂にはティツィアーノによる《ペーザロ祭壇画》もあるし、仰々しいティツィアーノ記念碑彫刻もあるはで、なんだかティツィアーノの聖堂とも思ってしまう。すぐ近くのサン・ロッコがティントレットのスクオーラと言えるのと同じかも?

ティツィアーノ《ペーザロ祭壇画》(1519-1526年)

この《ペーザロ祭壇画》で興味深いのは、ペーザロ家とボルジア(教皇アレクサンデル6世)の紋章のある旗を掲げていることで、対トルコ戦争での両者の結びつきを示しているようだ。

本当に見どころの多い聖堂ではあるが、先を急ぐので(帰国まで先が長すぎる)他は省略ということで...最初の方にフラーリ聖堂のリンク先貼ってあるのでご参照あれ(汗)。


秋の北イタリア旅行(5)(ヴェネツィア③サンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会)

2023-11-27 17:44:40 | 海外旅行

サンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会(Santa Maria dei Miracoli)はスクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコからの帰り道に立ち寄った。

小さな運河にかかる橋の上から淡いピンクの色調に輝くこじんまりした教会が望めた。「珠玉の...」たしかにそう呼べるような美しい外観に引き寄せられるように近づいていった。

サンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会(Santa Maria dei Miracoli)

ぐるりと教会周りを歩いて観察したのだが、異なる色調の大理石の組合わせにより宝石箱のような輝きを宿している。

 

サンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会は初期ヴェネツィア・ルネサンス様式の教会である。

この教会は設計競技が行われ、ピエトロ・ロンバルド(Pietro Lombardo,1435頃-1515年)が「その模型に従って」建てるという契約を結んだ。彼の本業が彫刻家であることから、建築の設計はマウロ・コドゥッシ(Mauro Codussi,1444頃-1504年)が手掛けたという説もあるようだ。(参考:『世界の夢のルネサンス建築』)

で、教会内に入ったら、係りの人に、あと2分で教会を閉める、と言われた。えーっ!とデジカメを取り出したら、撮影は禁止、だと...

教会内部は内陣が身廊の床面よりもかなり高い位置にあり、ヴェローナのサン・ゼーノ教会を想起した。しかし、多色大理石で装飾された内部は本当に美しく、つい見とれてしまう。なのに、シビアなことに、泣く泣く教会から追い出されてしまったのだった

意気消沈し、陽も傾いてきたので、ホテルに戻りチェックインしようとサン・マルコ広場方面へと向かった。が、なんと道に迷い、予想以上に時間がかかってしまい焦る。なにしろ、チェックイン後も、あの教会を再訪しようと思っていたのだから...。


秋の北イタリア旅行(4)(ヴェネツィア②スクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコ)

2023-11-25 20:30:08 | 海外旅行

スクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコ(Scuola Grande di San Marco, 聖マルコ大信徒会館)はサン・マルコ寺院のように異国情緒(ビザンチン風?)を纏っているように見え、ヴェネツィアらしい建築物だなぁと眺めてしまった。

https://www.scuolagrandesanmarco.it/

現在の建物は1485年の火災ののち、1488年頃にピエトロ・ロンバルディとジョヴァンニ・ヴォーラによって着工され、1490年から後を継いだマウロ・コドゥッシによって完成された。(参考:『世界の夢のルネサンス建築』)

 

リオ・デイ・メディカンティに面したファサードはヤコポ・サンソヴィーノによるものと言われている。玄関入口の右にはサン・マルコを象徴するライオンが。

現在は市民病院(オスペッダーレ)として使われている。多分そのためか、1階の柱台に載せられた円柱の並ぶ広間の内部撮影は警備の人から止められた

 

玄関入口の左右の壁にはトゥッリオ・ロンバルドによる透視図法を利用した低浮彫(聖マルコの物語)が施されている。上階の会員大会議室に続く階段にはヴェネツィアの旗が...。

上階の大会議室(現在は展示室)には礼拝所が。現在アカデミア美術館に収蔵されているティントレット《奴隷を開放する聖マルコ》他の聖マルコの奇跡シリーズは元々この礼拝所に飾られていたようだ。

内部は年代物の医療関係の書籍や医療機器が多数展示されている。下↓は昔の解剖学の書籍。

で、驚いたことにフェッラーラのボルソ・デステとウルビーノのフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの所有していた美しい大版聖書(彩色写本)も展示されていたのだ!!

《ボルソ・デステの聖書》(1455-1461年)

《フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの聖書》(1477-1478年)

更に左の入口を入ると図書室になっていて、ジェンティーレ&ジョヴァンニのベッリーニ兄弟による《アレキサンドリアでの聖マルコの説教》のレプリカが目に飛び込んできた。

要するに、ブレラ美術館やアカデミア美術館に所蔵されている絵画群は元々この部屋の壁を飾っていたものだということが了解された。まさに当時のヴェネツィア派一大饗宴とも言える威容である。

ちなみに、下↓が現在のアカデミア美術館における実物展示室である。

アカデミアの展示室では元々の図書館よりも低い位置に展示されていることがわかる。やはり「視点」の観点から見ても、オリジナルの展示位置を知ることは大切だと思うのだ。


秋の北イタリア旅行(3)(ヴェネツィア①サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会)

2023-11-22 21:14:15 | 海外旅行

今回の旅行における初期段階の計画ではヴェネツィアに立ち寄る予定は無かった。しかし、Fさんからの展覧会情報により、アカデミア美術館で「Tiziano 1508. Agli esordi di una luminosa carriera (ティツィアーノ 1508年-輝かしいキャリアの始まりに)」展が開催されることを知り、急遽計画に組み入れたのだった。

https://www.gallerieaccademia.it/settembre-2023-tiziano-1508-agli-esordi-di-una-luminosa-carriera

なので、1泊2日のタイトな日程でのヴェネツィア滞在となり、着いた日はヴェネツィアの教会巡り、翌日はアカデミア美術館訪問という計画となった。

ということで、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会(Santi Giovanni e Paolo) は、今までなかなか訪れる機会がなく、今回、ようやくジョヴァンニ・ベッリーニの《聖ヴィチェンツィオ・フォッレーリ多翼祭壇画》を観るという目的を果たすことができた。

サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会(Santi Giovanni e Paolo)(1296-1430年建造)。正面大理石大扉はバルトロメオ・ボン作(1461年)。

サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会の前には、アンドレア・デル・ヴェロッキオによる《コッレオーニ騎馬像》が立っている(コッレオーニ自身はサン・マルコ広場に設置希望だったようだが...)。

 

アンドレア・デル・ヴェロッキオ(&アレッサンドロ・レオパルディ)《コッレオーニ騎馬像》(1486-1496年)

私的にパドヴァのドナテッロによる《ガッタメラータ騎馬像》(1453年)も観ているが、さすがヴェロッキオだなぁと思わせる躍動感あふれる騎馬像になっている。

さて、教会内部は荘厳なゴシック様式である。右奥翼廊には16世紀初めにムラーノ島職人によって作られたステンドグラスが今も美しい色彩を残している。

 

入口を入ってすぐ右壁にはピエトロ・ロンバルド作《ピエトロ・モチェニーゴ記念碑》があり、その他にもヴェネツィア提督(ドージェ)の記念墓碑が並ぶ威容を誇っている。当時のヴェネツィアにおける重要な教会だったことが了解される。

ピエトロ・ロンバルド《ピエトロ・モチェニーゴ記念碑》(1481年)

しかし私の目指すところはジョヴァンニ・ベッリーニ(Giovanni Bellini, 1430年頃-1516年)の祭壇画である

ジョヴァンニ・ベッリーニ《聖ヴィチェンツィオ・フォッレーリ多翼祭壇画》(1464-1470年)

まだ硬さの見えるベッリーニ初期の祭壇画であり、この時代はテンペラによる板絵である。テンペラ画だというのもあるが、人物造形にもマンテーニャの影響が見て取れ、特に聖セバスティアヌスは義兄作品を想起させる。しかし、背景描写にはやはりベッリーニの自然への眼差しが反映されているように思えた。上段中央の天使に抱えられるピエタは後のパターンの先駆的な作画のようにも感じた。大天使 ガブリエルと対峙する聖母マリアも意外に(?)可愛らしい。

興味深いのは、《ペーザロ祭壇画》の作年が1470-83年ごろで、板に油彩で描かれている。アントネッロ・ダ・メッシーナのヴェネツィア滞在が1475年-76年だから、この間のベッリーニの急速な技術吸収と成長が想像されるのだ。

ちなみに、この教会にはもうひとつのベッリーニによる傑作祭壇画があったようだが、1881年の火災で焼失した後、アカデミア美術館所蔵の15世紀の画家による聖母子祭壇画が代替移設されている。

さて、この教会には意外な(?)画家の祭壇画もあったのだ!!

ロレンツォ・ロット《聖アントニウスの施し》(1540-1542年)

ロレンツォ・ロット(Lorenzo Lotto, 1480年頃 - 1556年/1557年)の時代になると祭壇画もカンヴァスに油彩で描かれている。画面にはロットらしい冷ややかな光を感じる。中段の二人の僧たちは民衆からの請願のとりなしをしているらしい。

ロットはヴェネツィアでは不遇をかこち、地方に仕事を求めている。なので、このヴェネツィアの有力教会にロットの祭壇画があることが私には驚きであり意外だったのだ。ドメニコ会の発注だったようだが、右翼曲折、最後は自費で完成させたという(画家のプライドと執念だろうね)。

「ヴェネツィアでは、この作品は、支配的なティツィアーノ主義に同調していなかったため、公的な"intellighenzia"の画家に対するある種の敵意のために、完全な沈黙の下に追いやられた。」(イタリア版Wikipedia)

なるほど、やはりロットの作風はティツィアーノ全盛のヴェネツィアでは不評であり、この祭壇画も無視されたことが了解された。かわいそうなロット...。

で、嬉しかったのは...チーマ・ダ・コネリアーノ(Cima da conegliano, 1459-1517年)の作品もあったのだ! とは言っても、どうやら工房の手も入っているようだが。私がチーマが好きなのはベッリーニの影響はもちろんだが、アントネッロ・ダ・メッシーナの影響も感じることができるからでもある。

チーマ・ダ・コネリアーノ(&工房?)《聖母の戴冠》(1490年)(板に油彩)(ピンぼけ画像ですみません💦)

https://it.m.wikipedia.org/wiki/File:Right_transept_of_Santi_Giovanni_e_Paolo_%28Venice%29_-_Cima_da_conegliano,_incoronazione_della_vergine.jpg

キリストの顔を見ると、ああ、チーマだなぁと思う。でも、この《聖母の戴冠》はなんだかベッリーニ《ペーザロ祭壇画》の中央部分の影響大なんじゃぁないか?とも思った

ジョヴァンニ・ベッリーニ《ペーザロ祭壇画》の中央一部(1470-83年)ペーザロ市立美術館

チーマ作品は翌日訪れたアカデミア美術館でも多数観ることができて嬉しかった

ということで、このサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会にはこの他にもヴェロネーゼの天井画や絵画、ヴィヴァリーニ作品など、見どころが多く詰まった重要な教会であることがよくわかるのだった。

で、次に向かったのはお隣のスクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコ(聖マルコ大同信会館)である。

右がサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会、左奥に見える隣接した建物がスクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコ、現在は市民病院として使われている。

ということで、次回に続く...。


秋の北イタリア旅行(2)(ボローニャ→ヴェネツィア)

2023-11-19 01:59:59 | 海外旅行

ボローニャでは何年かぶりにFさんに会い、スーツケースを預かっていただいた(移動のためソフトキャリーに荷物を入替え)。(多謝!!>Fさん)

その翌日、午前のフレッチャロッサでヴェネツィアに向かった。チケットはTrenitaliaのサイトでSilenzio席を既に購入していた。

Silenzio(静音)車両にしたのは今回の旅行でコロナをできるだけ貰わないためだったが、近くの席のおじさんがスマホで音楽チェックをしていて、それもイヤホン無しで!びっくり。Silenzioなのにね!

ちなみに、日本出発前にコロナワクチン&インフルエンザワクチン接種を済ませていた。イタリアではマスクをしている人は殆ど見かけなかったが、やはり年寄なもので怖い。旅行中は割り切ってマスク着用で通した。おかげで何とか無事に帰国できたのだとほっとしている

シレンツィオ席は一応ビジネス車両なので、朝食(おやつ?)ボックスが配られた。特に水のミニボトルはヴェネツィア観光中に持ち歩き助かった!

ヴェネツィアのサンタ・ルチア駅に着いた後は、さっそくヴァポレットの2日(48時間)チケットを購入、1泊2日の忙しいヴェネツィア滞在が始まった。快速2番線に乗りサン・マルコへ向かう。

11月は雨の多いヴェネトだが晴天にも恵まれ、ヴァポレットの船上からカナル・グランデを望むと、ああ、ヴェネツィアに来たのだなぁと思う。ヴェネツィアは今回で5回目の訪問になるが、その美しさは変わらない。

ホテルはサン・マルコ広場からほど近く、ヴァポレット移動も便利な位置にある。数十年前、初めてヴェネツイアに来た時に宿泊したホテルで、久々だが使い勝手もわかっていたので安心感がある。チェックイン時間には早かったので荷物を預け、さっそくサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会に向かった。


秋の北イタリア旅行(1)(羽田 → ボローニャ)

2023-11-16 23:50:14 | 海外旅行

コロナ禍でベルギー旅行をあきらめてから約4年、まだまだ怖さもあるものの、意を決してイタリア旅行に出かけてしまった。久しぶりの海外旅行だから失敗も多くあり、ボローニャのFさんご夫妻のご助力なしでは完遂できなかったかもしれない。(Grazie mille!! >Fさんご夫妻)

今回は(ウクライナ問題で)飛行時間も長いし、トランジットの待ち時間も長いし、ということで、初めてフルフラットのビジネスで行くことにした。もうすっかり年寄なので体力に全然自信がない

利用したのはANAで、羽田第2ターミナルの深夜便出発になった。羽田→ミュンヘン→ボローニャの飛行ルートだ。第2ターミナルの国際線は今年の7月に再開されたばかりで、広くてきれい。それに、深夜なので閑散としていた。

搭乗までの待ち時間はビジネスラウンジで。こちらも広くて人も少なかった。

小腹も空いていたし、搭乗したらすぐに寝る体制にしたかったので、サクッと夜食を取る。

下↓はANAのビジネスシートで、窓際の一人席を予約したので個室感がある。でも、少し狭いよね。まぁ、フルフラットなので足も伸び伸びで、睡眠導入剤も飲んだし、ぐっすりと寝ることができた。

下↓は、搭乗後のサクッとアミューズ。

朝食はもちろん和食。最近とみに胃腸が弱くなっているので、お酒も(あまり)飲まないし、胃にやさしい和食が一番。

で、ミュンヘンに着いてからのトランジットが大変だった!!セキュリティチェックのコーナーが長蛇の列!!激混みの中、チェックまで1時間以上も激待つことに。機内で寝ていたからまだ耐えられたけど、睡眠不足だったら大変だったと思う。入国審査は幸運なことに人も少なく、事前にEチケットを持って(帰国チケット持ってますアピール)、観光客です~!と切り抜けた

ミュンヘンからボローニャへはドロミティ航空(ルフトハンザ傘下)で、疲れ果てていたし待ち時間もあり、ルフトのビジネスラウンジで一息。でもね、ミール系はしょぼくて(汗)、飲み物系は良かった。胃にやさしいカモミールティのパックにはカモミールがたくさん詰まっていた!!

ということで、ドロミティ航空の搭乗予定時間にゲートに行ったら、なんと1時間遅れになっていた!! まぁ、イタリア便だからね...

エアー・ドロミティはCAさんの制服がグレーとドロミティのカラーであるブルーの襟線が入り素敵。時節柄、首巻マフラーのブルーが超おしゃれで(CAさんも美人でスタイル抜群!)、つい目が喜んでしまった。Netflix「初恋」の満島ひかりのCAブルーを想起

ミュンヘンからボローニャまでは約1時間ぐらいで、その間にワタワタと食事も提供され、まぁ美味しくいただいた。

ということで、無事にボローニャ空港に着き、タクシーでホテルへ。でもね!Booking.comで予約していた私の予約がキャンセルされていたことが発覚!!受付の女性がてきぱきと取り直ししてくれたので万事OKとなりほっとしたものの、これからのイタリアでの展開を予兆させるものでもあったかもしれない


秋の散歩。

2023-11-03 21:10:39 | Weblog

先週、仙台三越前近くを歩いていたら金木犀の香りがして、ああ、秋の香りだ...と、季節の移ろいにしみじみしてしまった。

仙台メディアテークに用事があったので、そのまま定禅寺通りに進み、東京エレクトロンホール宮城(宮城県民会館)を通り過ぎようとしたら...入口に「EGO-WRAPPIN'(エゴ・ラッピン)」のポスターが貼ってあった。ああ、仙台でライヴ・コンサートがあるのね

EGO-WRAPPIN'の「色彩のブルース」は断然名曲であると思う

※Youtube動画:EGO-WRAPPIN'『色彩のブルース』

https://www.youtube.com/watch?v=VNiKaRzDFMA

実は私がこの曲を知ったのは、恥ずかしながら韓国映画「モダンボーイ」の劇中で使われていたからだ

※Youtube動画:映画<モダンボーイ>MV-色彩のブルース

https://www.youtube.com/watch?v=BWiVDB6tYH4

物語は日帝時代の朝鮮だから、もちろん(?)日本は悪者として描かれている。驚いたのは、キム・ヘスが日本語で歌っていたのと、オリジナルがEGO-WRAPPIN'の曲だったことで、すぐにEGO-WRAPPIN'のライヴ映像もチェックした。

※Youtube動画:EGO-WRAPPIN' Midnight Dejavu~色彩のブルース~

https://www.youtube.com/watch?v=eSLnY0FTaX4

やはり、EGO-WRAPPIN'はライヴが良いのだわ~

ということで、仙台のライヴには行けそうにないけど、ライヴが盛上がることを切に祈ってしまう