リオのメダリスト凱旋パレードに、観衆80万人。平和の祭典のパレードだからいいけれど、私には戦時中の学徒動員の行進やヒトラーの演説に酔う聴衆と重なって見えてしまい、心底から喜ぶ気にはなれない。
目的は何であれ、人が集まって大群衆になること自体に、私は不安や恐怖を感じてしまうのだ。朝の通勤電車から都会の駅から、一斉に人々が降りるのに違和感を感じるのは、やはり群衆自体が異常(非日常)だからだろう。
非日常と言えば、祭りなどもその一つで、群衆は喜びや興奮を皆と共有し一体感を感じることによって、更なる喜びと興奮を得るのだろう。しかし、群衆の一員になりたがる心理が、どうしても私は共感できないし理解もできない。
↑ジンジャー、ハギ(白萩)