因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

日本のラジオ『ココノ イエノ シュジンハ ビョウキ デス』

2015-10-28 | 舞台

*屋代秀樹作・演出 今回ふくめ、過去公演のページはこちら 東中野/RAFT 26日で終了 
 屋代作品の観劇歴を振りかえると、本数が多くない上に(1,2,3)、「あのときの舞台が忘れられない」というほどの強い印象を与えられたことがないのも確かである。しかしいまにして思うと、この寡黙でマイペースな劇作家がしようとしていることと、自分が求めているものが少しずつ近づくために必要な過程であったのではないか。

 少し日の傾きかけた東中野の街を歩き、RAFTへ着くと正面入り口ではなく、「左側からどうぞ」とのこと。RAFTの建物がどのような構造になっているかを知らず、というか考えたこともなかった。客席は対面式、中央にいくつかの長机があり、たくさんの本が積まれている。周辺の床にも本が積まれ、奥には小さな机と椅子。

 『ココノ イエノ シュジンハ ビョウキ デス』 。結論を題名で示してしまっている。カタカナの「ビョウキ」はからだではなく、暗に心の病のを指しているようで、となると客席通路奥から登場し、小さなテーブルについて本を広げている古書店主(吉岡そんれい)がそうなのかというと、飛び込んできた若い女性客(田中渚)は、店主が「児童書は置いていない」と言うのに、「赤ちゃんの生まれた友だちに贈る絵本を探している」ことを一方的に話しつづける。店主はさすがにプロらしく、やや諦めた風に聞き役に徹し、「駅の向こうの書店ならあるかも」とアドバイスした上で、「またいらしてください」と言い添えることも忘れない。古本屋に来るのに不慣れで緊張しているらしいが、人の話を聞こうとせず、堰を切ったように話しつづける女性客のほうがよほど危なっかしい。つぎに店主の妹(菊地奈緒/elePHANTMoon)が、夫の実家からベーコンをたくさん送ってきたので少しもらってほしいとやってくる。この妹とのやりとりもごく普通であり、店主はことさら病気のようには見えない。
 やがて店の奥から店主の妻(木村みちる/遠吠え)が登場する。この夫婦のやりとりは「ですます」調の丁寧なもので、古風というより不自然でいささか病的に聞こえなくもない。しかし夫は弱視でからだの弱い妻を労わり、妻は優しい夫に心から感謝している。
 妻が義理の妹と二人の場面では、ときどき訪れては何かと助けてくれる義妹に妻は感謝しており、料理の味見をしたり、「お義姉さん」と呼ばれることを恥ずかしがったり、とても微笑ましい。
 妻が居合わせないとき、夫は妹に妻の様子を相談してみたり、誰もあからさまに「ビョウキ」には見えないのである。兄と妹は、店の先代でもあった父の暴力的な言動に苦しんだ。とくに兄はいまだその傷のために、家庭というもの、親になることに躊躇し、疑念を抱く。いっぽうで妹は結婚し、子どもも生まれて何とか明るく暮らしているようであるが。

 兄を慕い、義理の姉を案じてたびたびやってくる妹が実は・・・、優しく穏やかな夫が実は・・・「近くで人さらいがあったって聞いた」。人さらいという古風なことばのせいか、何か遠くの出来事のように聞こえるが、兄が手にした包みから取り出したものは・・・という風に題名の示すところに向かって、物語は少しずつ謎を明かしていく。それほど意外性はなく、何となく見当のつくものではある。妻はときどき遊びに来る夫の妹がすでにこの世の人ではないことを知っている。夫と話を合わせるだけでなく、上記のように義妹と二人の場面もあるのは、妻もまた夫と同じ妄想の世界に生きているかのようである。

 ただでさえ小さなRAFTの空間を、たくさんの本を埋めるように置いてさらに小さく使った舞台美術が効果的、というより非常に魅力的であった。さらに小さな空間に登場人物は3人だけなのだから、俳優の出入りははっきりと認識できそうなものであるが、いつのまにか妹が居なくなっていたり、逆にいつのまにか兄が居たりなどの繊細な動きを、俳優は自然に行っている。作・演出と演じる俳優が呼吸を合わせ、大切につくり上げた舞台だ。

 午後4時開演の舞台は、登場人物が出入りするたびに、入口から垣間見える空が暮れてゆくのがわかる。悲しく痛々しい物語だが不思議に虚しさはなく、柔らかな心持ちでRAFTをあとにした。静かな住宅街を抜けて駅に向かううち、無性に古書店へ立ち寄りたくなった。それも神保町や早稲田などに立ち並ぶ有名古書店ではなく、小さな街の路地裏にひっそりとある、今日の舞台のような店に。

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