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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

てがみ座 第13回公演『燦々』

2016-11-08 | 舞台

*長田育恵作 扇田拓也演出 公式サイトはこちら 座・高円寺1 13日まで (1,2,3,4,5,6,7,8,9
 爽やかに誠実に、手ごたえの確かな作品を世に送り出し続ける劇作家長田育恵の最新作は、鬼才の絵師・葛飾北斎の娘お栄の青春記だ。

 高い天井から薄布が垂れ、俳優たちは竹竿を使い、物売りや駕籠かきの所作で舞台を左右に行き来し、そこが江戸の往来であることを示す。竹竿数本を四角い形で床に置けば、もうそこは絵師・葛飾北斎の住む長屋となり、歌舞伎の舞台にあるような木戸を2枚並べたところが玄関だ。このように舞台装置をリアルに作りこむのではなく、布と竹竿を使って時間と場所を次々に変えながら進行する作りである。俳優のうち幾人かは複数の役を演じ継ぎ、絵に人生を捧げた父と娘の物語を生き生きと立ち上げる。

 北斎(加納幸和/花組芝居)の娘・栄を演じた三浦透子にすっかり魅了された。本公演の稽古中にはたちになったという三浦は、いくつもの映画やドラマ、CMにも出ているとのことだが、寡聞にして自分は今回がはじめての出会いとなった。まだ幼さの残る顔立ちは、田畑智子や、このところあまり出演作を見ないが、大寶智子に似て、素朴な印象である。絵師でもある油屋の息子に嫁いだが、近所で火事が起こると、初夜だというのにおもてへ飛び出す。実家に居候していた絵師の善次郎(速水映人)に出くわすと、ふたりして高いところへ上って「描きてえ!」(かきてえ)と叫ぶ。栄は終始男ことばを話し、行き先も決めないまま走り出したり、お転婆や男勝りどことではない、自由奔放な魂の持ち主だ。
 こういった性質の女性を演じる場合、ありきたりになったり、つい作りすぎてしまうこともあるが、三浦の演技には賢しらな計算が感じられず、伸び伸びと舞台を駆け回っていて、実に気持ちがよい。

 栄は父の血と気質を濃厚に受け継ぎ、幼いころから北斎一門として男の弟子たちに引けを取らずに絵を描いてきた。しかし父の才能と実力があまりに偉大であること、さらに女であることがさまざまな壁となって、激しく悩み、傷つきながら、それでも絵を描きたい一心で生き抜いていく。

 同じ長屋に辰とおみね夫婦が暮らす。仕事でけがをし、女房を抱いてやれない亭主はまだ女ざかりの女房を深く憐れむ。夜鳴き蕎麦の屋台を引きながら、良さそうな客を女房にあてがう。こう書くと、甲斐性のない亭主が女房に夜鷹をやらせていることになるのだが、おみねはすまなさそうに客のところに向かい、辰は紗幕の向こうで女房がよその男と交わり、悦びを得ているさまを、慈愛に満ちた風情で、幸せそうに見つめるのである。
 栄はその様子を夢中で絵にする。てっきり男女の睦言、春画まがいだと思ったら、それは辰とおみね夫婦の微笑む顔であった。「何描いたんだよ」と気色ばんだおみねが、その絵に泣かんばかりに喜び、栄に礼を言う。
 辰とおみね夫婦のしていることは、世間の常識からすればそうとうにずれており、あやうい。しかしこの夫婦が悲しみながら懸命にたどり着いたひとつの幸せのかたちであり、栄はそれを絵にしたのだ。

 辰を演じる中村シュンが、これまで大変な辛苦を味わってきたであろうに、すべてを受け入れて今を感謝し、淡々と生きる男を自然に見せる。おみねの福田温子も、そんな亭主を心から大切にしている女房の肌のぬくもりが伝わるようであった。その中村シュンが後半では吉原の大店のあるじを堂々と演じる。これがまたぞっとするほど鋭利な面と同時に柔らかくしなやかで、この自在な演じ継ぎが実にみごとであった。その人物がそこに至るまでの年月までも感じさせるのは、俳優としての技巧というよりも、姿勢が問われるのではないだろうか。

 座席は最前列。奥行きのある舞台なので、あまり見上げるかたちにはならないが、選べるものならもう少し後方列にすべきであった。前述のように、リアルに作りこむ趣向ではない。北斎と栄も、柔らかな布に絵筆や扇子で描く所作を行う。抽象的な舞台美術によって、人物そのものをより強く示す効果があったと思う。しかしともすれば形式に陥るきらいもあり、冒頭で江戸の人々が行き交う場面では、「早く本編が始まらないかな」と感じたのが正直なところであった。もっとストレートに物語をはじめてもだいじょうぶだと思うのだが。

 何かと引き合いにして心苦しいのだが、この日も文学座の『越前竹人形』をどうしても思い出す。もし長田育恵ならあの題材でどのような戯曲を書くか、そして扇田拓也なら、水上勉の原作をどう舞台にするのだろうか。

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