因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

鵺的第八回公演『毒婦二景』Bプロ「昭和十一年五月十八日の犯罪」

2014-06-13 | 舞台

*高木登作・演出 公式サイトはこちら 下北沢小劇場楽園 Aプロ『定や、定』と交互上演 23日まで (1,2,3,4,5,6,7,8
 昭和の毒婦といえば阿部定(阿部定事件/Wikipedia)。公演チラシに「誰モ見タコトナイ『阿部定』ガ二人」とある通り、岡田あがさとハマカワフミエがそれぞれ定を演じる長編2本が交互上演されるのが今回の特徴だ。岡田あがさのAプロ「定や、定」で昨夜開幕した公演のハマカワフミエ版Bプロ「昭和十一年五月十八日の犯罪」を観劇した。愛人の石田吉蔵を絞殺して下腹部を切り取り、3日間逃亡ののちに逮捕された定は捜査本部のおかれた尾久署に移送され、取り調べを受ける。定は愛人のからだの一部をふところに抱えて渡そうとしない。刑事たちは是が非でもそれを奪い取り、調書を取ろうとする。70分間の攻防劇だ。

 いつもの鵺的の公演を考えると、べつの劇団に来たのかと錯覚するくらい(失礼)客席は爆笑の連続であった。刑事を演じた谷仲恵輔、平山寛人ともに、これまでと芸風を変えたわけではない。逆に笑わせよう、うけようという意図はほとんど感じられず真剣そのもの。それがよかったのか、じつに気持ちよく笑った。
 俳優さんが喜劇方面に新境地を開いたのではなく、同時に「高木登は喜劇も書けるのだ」ということでもない。本作は観客を笑わせるための舞台ではない。笑ったのは結果であって、作り手の目的ではないのだ。
 一昨年であったか、三谷幸喜が『桜の園』を演出した際、本作は喜劇であると銘打たれているから自分はそのようにやるとして、あちこちに笑いを仕込んだらしいが、それとは方向性の異なるものである。阿部定事件とそれに関わった人々、世間に与えた影響などから演劇としての喜劇性を読み取り、舞台に結実させたものだ。
 瀧川英次が演じた内務省役人(実はわけあり)は、そうとうにおかしな人物である。彼のふるまいの一つひとつがおもしろくて観客は大笑いするのだが、彼は単に「笑えるキャラ」の立ち位置にあるのではなく、阿部定という女性、事件へのひとつの切り口を示す役割を担う。だから彼と刑事たちのとんちんかんなやりとりはギャグではない。

 前述のように谷仲、平山ともに演技を変容させてはいない。むしろいつも通り、平常心の演技である。これまで非常に暗く重苦しい演技の記憶が多く、それがなぜ今回は笑えるかを考えさせる点に、今回の舞台の意義がある。

 喜劇の目的とは、客席を沸かせること、観客を気持ちよく笑わせることである。そこには当然作り手の意図がある。台詞、俳優の動きなどに周到にネタを仕込み、原作に加筆したりもする。つまりどんどん「足し算」をしていくのである。しかし「こうすればお客さんは笑うはず」「どうです、うまいもんでしょう」などといった意図が見え隠れすると、それらは「あざとさ」に変容する。笑うどころか、これくらいで笑えるか甘くみるなと気構えるのである。そこまで意固地にならないまでも、「それほどおもしろくないんだがな」と白けて冷静になってしまう。

 今夜の舞台が好ましかったのは、喜劇にありがちなあざとさが影をひそめていたためであろう。おそらくこの公演は口コミによってどんどん客足が伸び、客席の熱気によって舞台もますます勢いが増すと想像される。危ないのは客席の笑いに足元をすくわれることだが、これは杞憂であろう。ハマカワ、谷仲、平山、瀧川の布陣は、炸裂するような熱を帯びながらも芯はひんやりしている印象があり、ゆるぎないはず。
 くりかえしになるが、刑事役の谷仲恵輔と平山寛人は刮目に値する。ベテラン刑事役というのはともすればいかにもありがちな造形になることが多いが、谷仲はことさら個性をぎらつかせることをしない。強情な定、すぐ激稿する部下、わけのわからないお役人に辟易しつつ、「ここの責任者は自分だ」という安定感がある。だからこそ終幕にみせた結核で亡くなった妻の話が説得力をもち、舞台の空気をいっそう濃厚にするのである。
 平山の役は融通の効かない単細胞的な刑事なので、陰影や起伏のある役柄の印象が強い彼にはかえってむずかしかったかもしれないが、谷仲と同じく辛抱強く役柄に適した安定感、芯といってもよい、それをぶれることなく演じていたので、中盤にお役人と絞殺場面の実演をする羽目になった場面のおかしみが増したと考える。

 さておつぎは岡田あがさと寺十吾によるAプロ「定や、定」である。どんな定に会えるのか。

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