Dr. WAKASAGI at HEI-RIVER(閉伊川ワカサギ博士)

森川海をつなぐ学び合いの活動を紹介します

學びて時に之を習う,亦悦ばしからずや

2012-01-27 | 水圏環境教育
「學びて時に之を習う,亦悦ばしからずや」

この言葉は,孔子の有名な言葉だ。
日本人であれば,誰でも知っている言葉だ。

おそらく,東アジアの韓国,中国の人たちもよく理解していると思う。
この教えは,私たちの思想の中にいい意味と悪い意味で浸透している。というのが私の仮設だ。

いい意味とは,日本を含めアジアの人々はこどもの教育を大切にする。こどもを大切に育てる。自分が経験したこと,学んだことを手取り足取り教えていく。

カナダのブリティッシュコロンビア州はカナダでも子どもの学力がトップクラスであると聞いた。その理由はアジア人が多いからだという。アジアの子供たちは教育熱心な親に支えられているのだ。アジア人は勤勉である。

一方で,この思想が度を過ぎると,子どもの自由を奪ってしまう。ラーニングサイクル理論で言うところの『概念の確信』(成山堂書店「水圏環境教育の理論と実践」)の部分である。

まず,言葉を分析してみたい。
とはどういう意味か。
學のあたまにあるものは大人の手を意味する。両手を使って子どもに教える姿を指しているようだ。しかも真ん中にある×はムチを表しているそうだ。ムチを使ってまで手取り足取り徹底的に子どもに教えるというのが學ぶの語源なのだそうだ。

さらに,習うとは何か,この漢字の上には羽が付いている。ならうとは羽をつけて自由自在(福沢諭吉「学問のすすめ」)に飛び回るということである。

つまりは,しっかりと學ぶことによってはじめて自由自在に世の中を渡っていけるのである。

そして,悦ばしいとはエクスタシーの意味があるそうだ。學ぶ事がいかに重要であり,自分のためになるのだということを示したものである。

過ぎたるは及ばざるが如しということわざがあるように,ラーニングサイクル理論に基づいた教育の重要性を実感する。