(1)貧困という妖怪が世界を徘徊している。新聞やテレビなどでも、現在の深刻な状況はさまざまなかたちで報じられている。
しかし、今日に至るまで貧困の本質にまで迫るような論考はさほど多くない。その数少ない一つが河上肇『貧乏物語』だ。100年前に出た本だが、まったく古びていない。むしろ今こそ読まれなければならない。なぜ今こそ読まれなければならないか、順を追って説明しよう。
(2)2016年4月3日、「南ドイツ新聞」(本社:ミュンヘン)と国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ/本部:ワシントン)が「パナマ文書」に関する報道を行った【注1】。「パナマ文書」とは、タックスヘイブンでの企業の設立支援を得意分野とする法律事務所「モサック・フォンセカ」(パナマ)が持つ秘密文書だ。世界の富裕層が税金逃れをしていた、と世界中に衝撃を与えている。
タックスヘイブンを利用して蓄財した一人、グンロイグソン・アイルランド首相は引責辞任した。ほかにも、キャメロン・イギリス首相(当時)、プーチン・ロシア大統領の親友セルゲイ・ロルドゥギン氏、ペトロ・ポロシェンコ・ウクライナ大統領など、国際社会の大物の名前が多数出ている。
(3)タックスヘイブンの利用自体は違法ではない。そもそも資本の目的は利潤を増やすことにある。政府は、タックスヘイブンを介した取引への規制を強化しようとしているが、自国政府のいうことを全面的に聞く必要はないというのが、資本の論理を体現した多国籍企業や富裕層の言い分だ。
しかし、国家から完全に独立して、資本が自由に動くことはできない。
<金融資本が、明らかに国家を彼らの自由に動かし、その財政を食いものにしている。外見的にこれは、巨大なカネの力による強力な支配として現れる。しかし、財政・税制から金融政策まで、国家を動かすように見えながら、それはその強さ--根拠に立脚した強さによるのではなく、依存し寄生しなければ存立しえないという弱さを示すものなのである>【注2】
タックスヘイブンを利用している多国籍企業や富裕層も、自らの利益を増大させるために、国家を最大限に利用している。にもかかわらず、必要な税金を払わずに「ただ乗り」している。
従来は容認されていたタックスヘイブン経由の取引に対し、諸国家の姿勢は厳しくなっている。違法行為ではないにせよ、法の間隙を利用して、脱法的に納税を回避する行為が多国籍企業や富裕層の間で常態化すれば、各国の税収が減り、財政収入が減少し、結果として、多くの普通の国民や真面目に納税している企業にツケが回ってくるからだ。タックスヘイブンを利用する富裕層と一般国民のあいだの格差が広がると、一般国民の納税制度への信頼を失わせる。その結果、国家を弱体化させる。よって、今後、国家はタックスヘイブンにt害する規制に取り組むことになろう。
(4)「パナマ文書」問題が指し示している重要な点は、そもそも資本主義は必ず格差を生み出す、という事実だ。
会社は営利の追求を目的とする。会社が二倍、三倍儲かろうとも、社員の賃金が二倍、三倍と上がるわけではない。サインの賃金を超える価値は、資本家の利潤になる。それが資本主義の論理だ。
資本主義によって生まれる経済格差は、国家によっても、もはや制御しがたいのが現実だ。
かつては「共産主義という妖怪」が、資本主義諸国における経済格差の拡大抑制に一定の役割を果たしていた。東西冷戦下、共産主義の脅威を目前に差し迫った危機としてとらえていた西側陣営においては、貧困層に分配しなければ革命が起きてしまう、という言説が説得力を持っていたからだ。
妖怪を信じる者がいなくなったいま、資本主義の力はとどまるところを知らない。
【注1】「【メディア】調査報道がジャーナリズムを変革する ~チャールズ・ルイス/ICIJ創設者~」
【注2】鎌倉孝夫『帝国主義支配を平和だという倒錯』(社会評論社、2015)p.262
□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「はじめに 『貧乏物語』と現代」
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【参考】
「【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次」

しかし、今日に至るまで貧困の本質にまで迫るような論考はさほど多くない。その数少ない一つが河上肇『貧乏物語』だ。100年前に出た本だが、まったく古びていない。むしろ今こそ読まれなければならない。なぜ今こそ読まれなければならないか、順を追って説明しよう。
(2)2016年4月3日、「南ドイツ新聞」(本社:ミュンヘン)と国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ/本部:ワシントン)が「パナマ文書」に関する報道を行った【注1】。「パナマ文書」とは、タックスヘイブンでの企業の設立支援を得意分野とする法律事務所「モサック・フォンセカ」(パナマ)が持つ秘密文書だ。世界の富裕層が税金逃れをしていた、と世界中に衝撃を与えている。
タックスヘイブンを利用して蓄財した一人、グンロイグソン・アイルランド首相は引責辞任した。ほかにも、キャメロン・イギリス首相(当時)、プーチン・ロシア大統領の親友セルゲイ・ロルドゥギン氏、ペトロ・ポロシェンコ・ウクライナ大統領など、国際社会の大物の名前が多数出ている。
(3)タックスヘイブンの利用自体は違法ではない。そもそも資本の目的は利潤を増やすことにある。政府は、タックスヘイブンを介した取引への規制を強化しようとしているが、自国政府のいうことを全面的に聞く必要はないというのが、資本の論理を体現した多国籍企業や富裕層の言い分だ。
しかし、国家から完全に独立して、資本が自由に動くことはできない。
<金融資本が、明らかに国家を彼らの自由に動かし、その財政を食いものにしている。外見的にこれは、巨大なカネの力による強力な支配として現れる。しかし、財政・税制から金融政策まで、国家を動かすように見えながら、それはその強さ--根拠に立脚した強さによるのではなく、依存し寄生しなければ存立しえないという弱さを示すものなのである>【注2】
タックスヘイブンを利用している多国籍企業や富裕層も、自らの利益を増大させるために、国家を最大限に利用している。にもかかわらず、必要な税金を払わずに「ただ乗り」している。
従来は容認されていたタックスヘイブン経由の取引に対し、諸国家の姿勢は厳しくなっている。違法行為ではないにせよ、法の間隙を利用して、脱法的に納税を回避する行為が多国籍企業や富裕層の間で常態化すれば、各国の税収が減り、財政収入が減少し、結果として、多くの普通の国民や真面目に納税している企業にツケが回ってくるからだ。タックスヘイブンを利用する富裕層と一般国民のあいだの格差が広がると、一般国民の納税制度への信頼を失わせる。その結果、国家を弱体化させる。よって、今後、国家はタックスヘイブンにt害する規制に取り組むことになろう。
(4)「パナマ文書」問題が指し示している重要な点は、そもそも資本主義は必ず格差を生み出す、という事実だ。
会社は営利の追求を目的とする。会社が二倍、三倍儲かろうとも、社員の賃金が二倍、三倍と上がるわけではない。サインの賃金を超える価値は、資本家の利潤になる。それが資本主義の論理だ。
資本主義によって生まれる経済格差は、国家によっても、もはや制御しがたいのが現実だ。
かつては「共産主義という妖怪」が、資本主義諸国における経済格差の拡大抑制に一定の役割を果たしていた。東西冷戦下、共産主義の脅威を目前に差し迫った危機としてとらえていた西側陣営においては、貧困層に分配しなければ革命が起きてしまう、という言説が説得力を持っていたからだ。
妖怪を信じる者がいなくなったいま、資本主義の力はとどまるところを知らない。
【注1】「【メディア】調査報道がジャーナリズムを変革する ~チャールズ・ルイス/ICIJ創設者~」
【注2】鎌倉孝夫『帝国主義支配を平和だという倒錯』(社会評論社、2015)p.262
□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「はじめに 『貧乏物語』と現代」
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【参考】
「【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次」
