学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

栃木県立美術館「印象派との出会い」展を観る

2022-12-22 21:43:14 | 展覧会感想
師走にしては珍しく、しとしとと雨が降りしきるなか、栃木県立美術館で開催されている「印象派との出会い」展を観て来ました。

この展覧会は、ひろしま美術館のコレクション、例えばルノワール、モネ、セザンヌ、マティスなどの作品を一堂に展示したもので、そうした作家たちが名を連ねていることもあってか、肌寒い雨の日だというのに、館内には多くの来館者が居ました。作品は基本的に制作年順で並べられており、そのときどきに同時代の日本の作家、すなわち浅井忠や黒田清輝たちを入り込ませることで、当時のフランスと日本の表現方法を比較でき、それぞれの現在地を確認できるようになっています。

1点ものの作品としては、ポール・シニャックの《パリ・ポン=ヌフ》が私の好み。これは川岸から橋や街並みを描いた絵で、それらは平筆による緑や黄を主体にした点描によって構成されています。その色彩が何とも美しく、ひとつひとつの点描がまるで生命を持っているようでした。また、ラウル・デュフィの《エプソム、ダービーの行進》は横に長い画面で、パドックを行進する馬たちが列をなして中央を横切り、それらを遠目に眺める紳士・淑女の群衆がシンプルな線によって描かれています。線を抑えた分、色彩が際立ち、まるでガラスに描いたような透明感のある画面でした。競馬というと、賭け事の一種であり、そこに人間の悲哀を観るような印象がありますが、この作品にあるのはただフェスティバルを楽しむ人間たちの姿であって、もしかすると、それが本来の競馬のあり方だったのかもしれません。日本の作家で良かったのは、藤島武二の「音楽六題」。楽器を奏でる女性を描いた小さな水彩6図で、それらは現代のイラストレーションとしても十分通用するように思えました。

最後に展覧会を周って気づいたことがひとつ。それはヴラマンクと佐伯祐三が同じ壁面に並べて展示してあったことで、これには思わずクスっとしてしまいました。この2人の関係性を振り返ったときに、すなわち、ヴラマンクに「このアカデミックめ!」と叱責された佐伯祐三のエピソードを思い出してしまったわけです。そういう意味ではとても面白い展示の配置をしています。

この展覧会は今月25日まで開催しています。おススメの展覧会です。
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茨城県近代美術館「辻永」展を観る

2022-12-19 22:28:07 | 展覧会感想
師走に入っても、まだ暖かな初旬、茨城県近代美術館で「辻永 ふたつの顔を持つ画家」展を観て来ました。辻永(1884-1974)は水戸で少年時代を過すと、東京美術学校で油彩を学び、初めは白馬会の作家として、その後は文展などで創作活動を展開した作家です。

展覧会は辻の生涯に渡る画業を紹介する構成になっていました。若い頃の辻は、自宅で飼って居た山羊をモチーフにした作品をいくつも制作していて、その姿は自宅に鶏を飼い一日中観察していた伊藤若冲と重なるよう。それはともかく、それらの、例えば《無花果畑》や《夾竹桃と山羊》などは平面的で色彩が柔らかく、日本画を観ているようで心地が良いものでした。その後、辻は1年ばかり渡欧していて、そのころの作品は以前とがらりと変わるのですが、満開の桃色の花々の咲く高台から街を望む《サンジェルマンの春》を観ていると、技法以前の問題として、絵を描くこと、しいては人生の喜びや楽しみが存分に感じられ、渡欧したことが辻にとって最良の選択であったことがわかります。

展覧会の副題の「ふたつの顔」のひとつが、それらの油彩であって、もうひとつの顔は「植物画」でした。若い頃、植物学者にもなりたかったという辻。植物を徹底的に観察して数多くの植物画を描いているのですが、私のなかで辻の画業における植物画の位置づけがどうもよくわかりませんでした。というのは、油彩ほど真剣に取り組んでいない、と感じたのです。その謎を頭に置いたまま展覧会を見終え、館内のレストランで食事をしているときに、私のふと思いついたことは、何かと新しい表現が求められる作家の世界において、植物画は辻にとって気分転換、すなわち清涼剤のような役割を果たしていたのではないかということ。悩んだり、苦しんだりしているときに、若い頃から好きだった植物と向き合うことで自分の原点に返ることができる。それが辻にとっての植物画だったのではないでしょうか。

現在、辻はそれほど知られた作家ではないかもしれませんが、こうした作家の再発掘を意図した展覧会は地元の美術館ならではの活動で、とても素晴らしいと思いました。この展覧会が観られたことに感謝です。(この展覧会はすでに12月11日で終了しました)

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