学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

芥川小説の評価について

2012-04-17 20:31:53 | 読書感想
総じて芥川龍之介の小説は、文芸評論家の立場から云うと、あまり高い評価は受けていないようです。丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士氏の対談集『文学全集を立ちあげる』(文藝春秋)では、これから新たに文学全集を組もうとした場合、芥川は入れなくてもいいのではないかとの意見が挙がっていました。その理由として、芥川の小説が過去の日本や中国の古典を下敷きにしていることに「手つきが見え透いている」らしく、彼が秀才であるがゆえに理が勝ち過ぎているとも。

私自身は芥川の小説は好きで、特に晩年の著作に興味があります。例えば『河童』、『歯車』、『或る阿呆の一生』、『蜃気楼』、『三つの窓』などです。死に向かって傾斜していく人間の心理が、小説からひしひしと伝わってきて怖いくらい(そのなかで『蜃気楼』は死の影を感じながらも、昼と夜の3人の会話がひと時の休息を思わせて、ほっとさせてくれる)。好きな作家を否定されるのは、なんだかくやしいもの。そこで、ドナルド・キーン氏はどう評価しているのかを調べてみました。

昨年出版されたキーン氏の著書『日本文学史 近代・現代篇Ⅲ』に芥川に対する評論が載っています。要約すると、『歯車』は事実に即したもので傑作であるとの言葉。さらに芥川の作品全般を通してみた場合、初期作品は繰り返しの鑑賞に堪えうるものではない。しかし、初めに触れたときのあざやかさや奇抜さはある。中期作品は描写力、観察眼などは鋭いがあまり良い小説はない。後期作品は長く読み続けられる。特に自伝的小説。キーン氏と好みがあってうれしい(笑)

私は文芸評論家ではないので、小説が好きか嫌いか、読めるか読めないかで判断しています。しかし、評論家の意見を全否定するわけでもなく、本を読むうえでの参考にさせて頂いています。例えば、上記の『文学全集を立ちあげる』では、芥川は俳句や詩が優れているのではないか、との意見が挙げられています。私は、それまで芥川の俳句や詩にまったく関心がなかったので、ここから新しい芥川の魅力を教わりました。

美術も小説も音楽も様々な見方があります。いわゆる「芸術」の面白さは、このあたりにあるのかもしれませんね。
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芥川龍之介『大正十二年九月一日の大震に際して』

2012-04-16 20:12:58 | 読書感想
東日本大震災が起こってから1年と1カ月が経過しました。この間、改めて地質を調査してみたところ、首都圏では大きな地震が起こる確率が非常に高い、ということがわかってきたようです。過去に首都圏を襲った大地震といえば、やはり関東大震災。1923年(大正12)9月1日の出来事でした。今から約90年前の出来事です。先日、図書館で芥川の全集を読んでいたとき、この表題の文章を見つけました。芥川があの震災のときにどんな行動を取ったのか、気になった私は早速読んでみることにしたのです。

1923年、当時芥川は32歳で、東京の田端に住んでいました。すでに体調のすぐれなかった芥川は、同年8月末は微熱に悩まされていたようです。8月29日は夕方から悪寒があり、熱は38.6度あったと記載されています。翌日、震災前日はやや体調が戻ったようで、森鴎外の『渋江抽斎』(しぶえちゅうさい)を読んでいます。そして9月1日正午近く、昼ご飯にパンと牛乳を用意し、これから食べようというときに地震が起こりました。地震が起きてすぐに芥川は母とともに外へ出ます。妻や伯母、子供たち、女中、その後に遅れて父が家から出てきました。


「この間家大いに動き、歩行甚だ自由ならず」


地震がおさまってのち、家の被害を確認すると屋根瓦が落ちたのと石灯籠が倒れたのみで、人的被害はなかったようです。夜、風が非常に強くなり、東京のいたるところで火災が広がります。


「東京の火災愈(いよいよ)猛に、一望大いなる溶鉱炉を見るが如し」


まるで溶鉱炉のようだったという東京の火災。何もかもが炎で溶けてしまうほどの強い印象を与えたようです。私はこの表現を読んで、東日本大震災時に炎に包まれた宮城県気仙沼市の様子を思い浮かべました…。

震災から2日目の9月2日。東京の空は未だに煙に覆われ、その灰が庭前にも落ちたとのこと。延焼が田端まで広がるのではないかとの懸念から、万が一のことを考えて身支度を整えます。しかし、夜になって芥川は再び発熱。39度の熱が生じたため寝込んでしまいます。このとき、東京で暴動の噂があり、熱で寝込んだ芥川の代わりに近所に住んでいたらしい円月堂なる人物が警戒の任にあたったようです。具体的な記録はここで終わっています。

その後、田端への延焼はなく、体調が持ち直した芥川は浅草や丸ノ内の焼け跡や遺体を見てきたようです。火災によって焼野原となった東京ですが、芥川は特に「落つる涙」もなく冷静に見ています。(一方で火災により多くの古書が失われたことに対するショックが大きかった)

芥川の感情の動きはなかなか読み取れない部分がありますが、一家の長として家族を守らなければならないときに、微熱に悩まされて、なかなか思うように体が動かなかったあたりは、さすがにはがゆかったのかもしれません。


私は本を閉じて、東日本大震災のときにとった自分の行動について思い起こしていました。時代は違えど、大震災での局面。文章を読み終えて、私の知らない遠い過去のことが、現在とつながってよみがえってくるような感覚を覚えました。


●『芥川龍之介全集8』筑摩書房 1971年
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小説との再会

2012-04-15 18:10:32 | 読書感想
仕事に追い立てられて、息つく暇もなし。満開の桜の前で立ち止まって余韻にひたる間もなし。一生に一度しかない平成24年の桜とは冷たい別れになるのでしょうか。

この頃、やたらと「芥川龍之介」の文字が目に入ります。今月は、栃木県宇都宮市で晩年の健康を害した芥川の書簡が新たに見つかった話題。そして日経新聞夕刊4月3日付「こころの玉手箱」物理学者益川敏英氏が学生時代に芥川の小説をむさぼり読んだエピソード。新聞の「芥川龍之介」の文字を見て、なんだかひどく懐かしい気がしました。元来、私は小説を読むのがとても好きです。小説だけではなく、俳句も詩歌も好き。そこには私の知らない世界がどこまでも広がっているから。その世界では、一対一で作家と対話をしているような気持ちになります。ソクラテス、ディケンズ、ゲーテ、フローベール、モーパッサン、ゴーゴリ、ドストエフスキー、松尾芭蕉、夏目漱石…とにかく時代を超えて世界中の作家と会うことができます。こんな素晴らしいことが他にあるのでしょうか。

こんな素晴らしい魅力を知りながら、私は仕事に忙殺されて(仕事のせいにして?)、ここしばらくはほとんど本を読んでいませんでした。そこでの「芥川龍之介」。芥川から「戻ってこい」と言われているような、そんな不思議な感じがしたのです。芥川は私の好きな小説家の一人。もう文庫がボロボロになるぐらい読みました。そんな芥川から戻ってこいと言われたら…それはもう戻るしかない。久しぶりの休日となった今日は、仕事のことから離れ、小説の世界を楽しみました。芥川の小説を始め、埃をかぶっていた本をひっぱり出して、手当たり次第に読む時間。やはり小説はいいですね。体の中を心地よい暖かな風が吹き抜けるよう。

私の生活に本はなくてはならないもの。そう実感した春のある一日でした。芥川龍之介との小説を通した縁に深く感謝です。
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新聞記事から

2012-04-02 21:03:27 | その他
今日の日経新聞夕刊に、今年1月に岡本太郎賞を受賞した関口光太郎さんの作品が特集されていました。岡本太郎賞を受賞した作品は≪感性ネジ≫というタイトル。3メートル近い巨大なネジ、しかも新聞紙とガムテープで作ったというから驚きです。写真だけでみると、荒廃した文明の名残のような印象を受けるのだけれども、作家の関口さんの言によれば、コムズカシイことは抜きにして、もっと純粋に楽しく感じて欲しいようです。関口さんのプロフィールを読むと、美術学校の彫刻科に入学して石や木を使った制作をしていたものの、あまり性に合わなかったよう。そこで、思い付きで始めることができ、しかもスピード感のある現在の新聞紙とガムテープによる作品制作がスタートしたとのこと。

何か新しいことを生み出そうとする場合、これまでの発想や行動を脱ぎ捨てなければなりません。言葉で書くと簡単だけれども、やっぱりこれが難しい。関口さんの記事にはあまり制作の行き詰まりについて書かれていませんが、自分の「スタイル」へ行き着くまでには試行錯誤を続けてこられたのではないかと思います。私は作家ではありませんが、どうも頭が固くなり、これまでの発想や行動を変えることに臆することがあります。関口さんの記事を読んで、私自身のことについても考えさせられました。

さて、この岡本太郎賞を受賞した≪感性ネジ≫は今月8日まで川崎市岡本太郎美術館に展示しているそうです。ぜひ見てみたい作品です!
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新しい年度のはじまり

2012-04-01 19:12:17 | その他
今日から平成24年度がスタートです。区切りの時期は、気分も一新しますね。春と言えば、出会いと別れの季節。私の職場でも別れがありましたが、別れがあれば、出会いもある。新しいスタッフと仕事ができるため、とても楽しみです。

今朝の新聞で目に留まったこと。それは東北新幹線の「Max」が今月31日で引退するとの記事です。これもまた別れのひとつですね。「Max」はオール2階建ての車両で、私が就職で故郷を去った時も、ときどき実家へ帰るときにも利用させてもらっていた車両でした。個人的には車内のゆったりとした広さと2階建てから外の景色が眺められるところが好きだったのですが、「Max」よりもさらに早い車両が登場してきたためにこのたび引退となったようです。(ちなみに青森行の「はやぶさ」は300キロ、秋田新幹線に新たに投入する新幹線は320キロ!「Max」は240キロといいますから、しょうがないのかもしれません…)私はあまり車両に対して感傷的にはならないのですが、このたびはちょっとさびしい気持ちになりました。

別れ。今、ラジオを聴きながらこのブログを更新しているのですが、ラジオのアナウンサーも異動のよう。リスナーから別れを惜しむ手紙が舞い込んでおり、コメントが読まれているところです。


さあ、別れの話題はこれくらいにして前へ進みましょうか!今年度は企画をどんどん出して、攻める姿勢の美術館をPRしていきたいと思っています。倒れない程度に頑張ります!(笑)




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