かわたれどきの頁繰り (小野寺秀也)

読書の時間はたいてい明け方の3時から6時頃。読んだ本の印象メモ、展覧会の記憶、など。

原発事故はどう詠まれたか:朝日歌壇・俳壇から(事故後2ヶ月の頃)

2013年09月19日 | 鑑賞

 朝日新聞の投稿欄「朝日歌壇・俳壇」に掲載された短歌と俳句の中から、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉溶融事故に関連して詠まれたものを縮刷版から抜き書きした。
 原発事故の発生時から2012年7月までの期間について順次抜き書きを進めていて、今回は2011年5月に掲載されたものである。
 2012年8月以降については、新聞発行をリアルタイムでフォローしながら適宜まとめてこのブログで紹介している。

 

2011年5月2日

それでも春は巡り来てけぶるがに咲くふくしまのうめもさくらも
                        (福島市)美原凍子 (高野公彦選)

ほんとうは不安に蓋してきたのかも東海村の四季をめでつつ
                        (茨城県)原里江 (高野公彦、佐佐木幸綱選)

みんなさ迷惑かげっから水飲まねようにしてんだ――ええがら飲まっせ
                        (福島市)斎藤一郎 (永田和宏選)

抜け駆けのように逃げ出たふくしまの恋し恋しく子らのふるさと
                        (福島市)恩田規子 (永田和宏選)

天に地に海にひろごる欝と鬱ベクレルを知るシーベルトを知る
                        (山形県)佐藤幹夫 (馬場あき子選)

放射能汚れちまった里山でサンプルとなり生き抜いてやる
                        (さくら市)大場公史 (馬場あき子選)

原発に汚染されたる草を食む人なき野辺に放たれし牛
                        (高崎市)植原昭士 (馬場あき子選)

「フクシマ」が緑の党の勝因と騒ぐ人らの麦酒(ビール)の苦味
                        (ドイツ)西田リーバウ望東子 (馬場あき子選)

東京の空に桜満ち満てど十キロ圏内のわが里哀し
                        (福島県)半杭蛍子 (佐佐木幸綱選)

南相馬を離れて三度居所を変え日毎つのるは原発憎し
                        (東京都)荒川澄 (佐佐木幸綱選)

四月はや半ばなれども春遠し日々原発の行方を憂ふ
                        (福島県)目黒美津英 (佐佐木幸綱選)

目に見えぬ放射能におびえゐる庭にも春きてやさしく花咲く
                        (いわき市)宇田文子 (佐佐木幸綱選)

原発に反対の署名集めしは正しかりきと古希過ぎて知る
                        (横浜市)関口佳子 (佐佐木幸綱選)

「想定外」免罪符のごとふりかざしテクノクラート淡々と言ふ
                        (岩手県)山内義廣 (佐佐木幸綱選)

福島に初音や耳を疑ひぬ
                        (伊達市)林ふゆ子 (大串章選)

原子力止めよ変色する穀雨
                        (流山市)尾形ゆきお (金子兜太選)

福島の空こそ泳げ鯉のぼり
                        (北九州市)原田奎子 (長谷川櫂選)

亡国の原発事故や花八分
                        (羽曳野市)三石志郎 (長谷川櫂選)

 

2011年5月9日

聞き慣れぬ単位と数値のそのあとで上を向いてとラジオは歌う
                        (いわき市)藁谷貴実人 (永田和弘選)

下肢のみが映る原発作業員躊躇いがちに復旧語る
                        (山形市)渋間悦子 (永田和弘、馬場あき子選)

新宿で南相馬の苦しみを息子は一人訴へ歌ふ
                        (東京都)荒川澄 (佐佐木幸綱選)

どうか暗号ではありませんように「福島の天気西の風、晴れ」
                        (交野市)角浦万巳 (佐佐木幸綱選)

システムを恃む原発の不始末は人海戦術に依る皮肉
                        (長野市)田中政行 (佐佐木幸綱選)

三十年間原発反対叫びたる祝島漁民意思固きかな
                        (山陽小野田市)浅上薫風 (佐佐木幸綱選)

地図広げわが圏内の原発を縮尺見詰め定規で測る
                        (蒲郡市)古田明夫 (佐佐木幸綱選)

原発の同心円に居て仰ぐおぼろの月のまどかなるかな
                        (福島市)美原凍子 (佐佐木幸綱選)

福島原発蜃気楼であれば
                        (国立市)加藤正文 (金子兜太選)

放射能いつまで飛ぶか花粉症
                        (加賀市)坂入やすのり (金子兜太選)

原発に追わるる里や桜咲く
                        (横浜市)大井みるく (長谷川櫂選)

 

2011年5月16日

原発事故起きてからずっとヨコスカの米軍住宅の灯は灯らない
                        (横須賀市)梅田悦子 (馬場あき子選)

俺も牛も死ねというのか原発の警戒区域の酪農家哭く
                        (白河市)舟部勲 (馬場秋子選)

従業員の如くとアレバのCEO謙虚のこころフランスに学ぶ
                        (町田市)冨山俊朗 (馬場あき子選)

放水の任務終へたる隊長の部下を称ふることばうるみて
                        (徳島県)吉田哲 (馬場あき子選)

フクシマのニュースに戦く我もまた火遊び覚えし猿の裔なり
                        (東京都)谷田貝和男 (佐佐木幸綱選)

三月に安全唱えし識者らはいずこに消えしか泡(あぶく)のごとく
                        (名古屋市)諏訪兼位 (佐佐木幸綱選)

たびたびの事故隠したる原発を想定外と吾は認めぬ
                        (福島市)遠藤幸子 (佐佐木幸綱選)

避難地のくらしになじめぬ日々なれどここが居場所とかえねばならぬ
                        (釜石市)宮館テル (佐佐木幸綱選)

原発への不安詠み来し人の朝日歌壇の切り抜きに読む
                        (山形市)渋間悦子 (佐佐木幸綱選)

ことあらば飛散し来るやも海峡を隔て見やりぬ刈羽原発
                        (佐渡市)神蔵久 (佐佐木雪綱線)

いなさ吹けば放射線量増すという真野の萱原夏は来向かう
                        (下野市)若島安子 (高野公彦選)

帰らざるひと、帰れざるひと、万のいのちに万の名のありしこと
                        (福島市)美原凍子(高野公彦線)

原発の中で働くわが息子カンパン齧りシートでごろ寝
                        (東京都)山名輝子(高野公彦選)

死してなお放射線浴び横たわる死者にも死者の尊厳がある
                        (小樽市)吉田理恵(高野公彦選)

日雇いのうからはらから無き人の募られてゆく原発建屋
                        (神栖市)寺崎尚 (永田和宏選)

「フクシマ」の半径二十キロの赤い円半分は海半分は陸
                        (埼玉県)小林淳子 (永田和宏選)

朧にも見えぬが怖き放射能
                        (神戸市)森木道典(長谷川櫂選)

 

2011年5月23日

馬鈴薯の種芋に土被せつつ日常失う悔しさを思う
                        (山形市)半杭蛍子 (佐佐木幸綱選)

原燃の事故ある時は逃げ場所の無き下北の地図を見つめぬ
                        (むつ市)高橋やす子 (佐佐木幸綱選)

原発の安全うたうスローガン掲げて封鎖さるる町並み
                        (ひたちなか市)猪狩直子 (佐佐木幸綱選)

持ち出しは認めずといふ家畜とは持ち出すものか一時帰宅に
                        (水戸市)檜山佳与子 (佐佐木幸綱選)

ふるさとは無音無人の町になり地の果てのごと遠くなりたり
                        (福島県)半杭蛍子 (高野公彦選)

買手なき小女子身を打ち身を反らす漁港に直射日光受けて
                        (埼玉県)小林淳子 (高野公彦選)

警戒地の浜を嬉しげに奔りゐる黒牛の群哀しき自由
                        (高山市)桐山吾朗 (馬場あき子選)

心配はしなくていいよと電話切る福島に残る意思堅き子は
                        (大和市)澤田睦子 (馬場あき子選)

ヤマボウシ牧場の空を白く染め七十頭の牛なき五月
                        (福島市)澤正宏 (馬場あき子選)

牛飼の友漂白に身を委ねわが家で夜弾くチゴイネル・ワイゼン
                        (新発田市)北条祐史 (馬場あき子選)

笑うには遠し安達太良五月来る
                        (静岡市)西川裕通 (金子兜太選)

 

2011年5月30日

カリフォルニア州より狭き日本に五十四基も原子炉要るや
                        (三田市)辻井倫夫 (高野公彦選)

防護服の警察官が持ち上げし赤きランドセル背負いしは誰
                        (郡山市)渡辺良子 (高野公彦選)

里人の鎮守のわれは別当ぞ原発事故といへど避難はできず
                        (福島県)目黒美津英 (高野公彦選)

「フクシマとチェルノブイリへのレクイエム」ポスターがある乗り換え駅に
                        (ドイツ)西田リーバウ望東子 (馬場あき子選)

富岡だ!画面に映る故郷にわが家の姿毎日探す
                        (福島県)廣瀬隆也 (佐佐木幸綱選)

原発を逃げて浅間に一ケ月みなさん優し「いわき」が恋し
                        (いわき市)馬目弘平 (佐佐木幸綱選)

青岬へ原発見ゆる砂丘踏み
                        (静岡市)西川裕通 (大串章選)

春の牛空気を食べて被爆した
                        (福島市)中村晋 (金子兜太選)

放射能田植を奪い牛を奪い
                        (八王子市)樋口雄二 (金子兜太選)

福島がフクシマとなり夏来る
                        (金沢市)前九疑(長谷川櫂選)

春愁や原発五キロ圏に住む
                        (御前崎市)岡村福彦(長谷川櫂選)