伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む元市議会議員。1960年生まれ。最近は遠野和紙に関わる話題が多し。気ままに更新中。

成人式

2020年01月12日 | イベント
 式場には上遠野中学校、入遠野中学校を卒業した新成人、合わせて40人程がスーツや着物に身をつつみ集まった。

 この会場は昨年から使用されており、和のイメージは世人式にぴったりだ。

 新成人は、恩師や家族などの教えと支えで東日本大震災など災害を乗り越えてきたことに感謝をしながら、昨年の水害に触れて「何も出来ない自分に歯がみした」と述べ、社会の担い手となれるよう努力し、故郷遠野に恩返ししていきたいと、抱負を語っていた。

 私の祝辞は以下の通り。




  祝  辞

 成人式を迎えられたみなさん。おめでとうございます。

 選挙権はすでに付与され、きっとみなさんは行使されているとは思いますが、大人へのけじめとして実施されてきた成人式を、みなさんが、こうして迎えることができたのも、実行委員会をはじめとした関係者の皆様のご努力があってのことと思います。まずは、感謝申し上げたいと思います。

 さて、みなさんが踏み出す社会は、競争が激化する中で経済格差が拡大し、また日本が外国に出て武力による実力行使をするための仕組みが作られるなど、戦後の日本の枠組みが大きく変えられ、先行きが見通しにくい厳しい社会になっているものと思います。

 実際、マクロミルという会社が毎年実施している新成人へのアンケートでは、日本の未来が明るいという答えは前年より6ポイント低下し31%になっています。明るくないと思う理由には、少子高齢化や年金問題、政治家の不祥事、外交問題、災害などが上げられ、現実の社会のありようが先行きを暗く感じさせているようです。

 みなさんは、どのように感じていらっしゃるでしょうか。

 きょう会場にいらっしゃるみなさん一人ひとり、おそらく、未来に対して、まったく同じ思い、同じ考えを持っているというケースは少ないと思います。考えや思いが違ったとしても、あなたにとっても、そしてあなたの隣の人にとっても、最大公約数でより良いと感じることが出来る社会を作り出していくことが大人としての責任だということを、今日、あらためて胸に刻んでいただき、今後とも主権者としての責任を果たしていっていただきたいと思います。

 その時に、きっとみなさんを励ますだろうと思う、私自身を励ましてくれた歌を紹介したいと思います。
 昨年の大晦日、恒例の紅白歌合戦で、私がたった1曲聞いたのは、欅坂46の「不協和音」でした。たまたま見た時が欅坂の出番だったのですが、彼女たちの歌に、これまでも私は励ましを感じていました。

 この歌では、
不協和音で
既成概念を壊せ!
同じ意見だけではおかしいだろう
意志を貫け!
ここで主張を曲げたら生きてる価値ない

このように、自分の意思を貫くことを強烈に呼びかけ、

「サイレントマジョリティー」という歌では、
君は君らしく生きていく自由があるんだ
初めから そうあきらめてしまったら
僕らは何のために生まれたのか?
この世界は群れていても始まらない
Yesでいいのか?
サイレントマジョリティー

このように歌います。
「サイレントマジョリティー」、すなわち物言わぬ多数派になるな、
自分の、自分らしい考えをしっかり主張して道を切り拓いて行こう、
こう呼びかけているのです。

 私は、社会にとって、一人ひとりが自由に意見を持ち、その意見をぶつけあう中で新しい価値や社会のあり方を想像していく、そのような社会のあり方が非常に大切になっていると思います。欅坂46の二つの歌は、そういう社会を担う人のあり方を励ましてくれる歌だと感じています。みなさんのこれからの励ましにもなれば幸いです。

 結びに、今年はねずみ年ですが、干支でいうと「庚子」となります。「庚子」が意味するところは変化や、新しい生命の芽生えで、成人式を迎えたみなさんにとてもふさわしい年になったのだと思います。

 みなさんが、理想を新たに胸に芽生えさせ、この令和の時代初めての成人として、新しい日本社会、地域社会を創造し担っていく道を歩まれる、そのことに心からの期待と希望を申し上げながら、お祝いとさせていただきたいと思います。

 成人、おめでとうございます。

2020年(令和2)年1月12日        
いわき市議会議員
伊藤浩之





 成人式の番外編だ。

 後のために写真を撮っているのが常だ。当然にしてカメラを用意して車に積み込んだはずだった。

 ところが会場に着いて見ると、カメラがない。おまけにスマートフォンもない。何故だ、ちゃんと用意して車に積み込んだはずなのに。

 一眼レフカメラなどは積んであったのだが、さすがにこれは来賓席(成人の正面の席)では使いにくい。撮影をあきらめるしかない。

 ああ、今年は忘れ物に明け暮れる1年になるのではないだろうか。悪い予感が脳裏をかすめる。

 新成人の抱負が始まった。

 ああ、筆記具も忘れた。なんということだ。何もかも忘れてきている。

 気持ちを切り替え、記憶に務めることにした。

 式を終え、自宅に帰った。

 あれ自宅にもカメラはない。どこにいったのだ。再び車を探した。

 車内にはない。

 ふと車の後ろを見ると、あれ、こんなところに。



 車外の、これはウィングになるのだろうか。その上に置いてあったのだ。そうか、出がけに愛犬を犬小屋に戻すために、手に持ったカメラとスマホを何気なくここに置いてしまったのだな。

 ここに置いたまま、金沢翔子美術館と自宅を往復したことになる。走行距離2.4km程に過ぎないが、良く落下せずにここに納まっていたものだ。

 忘れ物をしたわけではなかったのだ。置いた場所を忘れただけだった。

 いや、そちらの方が問題が大きいのでは・・。


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