日本の進路を考える

戦後70年が過ぎてもいまだに自立できない日本を考える。

「五輪」機に首都改造、だって。

2006年08月31日 | Weblog
首都中央環状線が2013年、環八渋滞の緩和に必須の外郭環状道路は大深度地下化による早期完成を目指す。なんとも悠長なこと。石原都知事は長生きするのだろうね。
オリンピックがなければこういうインフラ整備が出来ないこの国は一体なんだろうと不思議な気がする。前回の東京オリンピックで急ごしらえした道路網はいまや瀕死の渋滞道路ばかり。道路財源の余裕のできた今こそ重点的に金を回してこの貧弱なインフラを整備すべきと、声高に叫ぶべきではないのかな?

相変わらず大本営発表を唯々諾々と報じるマスコミの姿勢にはあきれる。

やはり,性悪説でみないと.お役人様.

2006年08月27日 | Weblog
自分は関連業界に既に天下り,そういう質問には答えられませんといけしゃあしゃ.この手の悪さをどこの官庁でもやっているはずと言う確信を持って,検査院の手入れをすべきだろう.

消費税の議論などアトアト!

無駄な公共事業で役に立とうとたつまいと,鉛筆をなめて効果を作り出し,事業を始めるのが官庁の役目だそうだ.全ては天下り先を確保するため.
こいつら,帝国陸海軍なみに気が狂っている.
自分の人生をこざかしく適度に快適に過ごせれば,国の金などどうなっても良いというお仕事ぶり.これらの蓄積がこの国の予算だと思うべし.

更に,特定財源として道路建設に使途を限ったはずの重量税や揮発油税をそのまま取り続けて,一般財源に廻すなど,どう見てもおかしい.
昨日の現実の通り,首都東京は道路インフラでは最貧国並みにわるい.ノーコンセプトで外付けしてきた,オームの法則を無視した首都高.金があまるなら集中投資をすべきだと思う.
必要なところは無視して,田舎にダムを作ることばかり考えるのも,役人過剰の証拠.

とっととリストラすべきだ!

暴力と言論

2006年08月27日 | Weblog
日経新聞への火炎瓶などに始まる一連の破壊活動が,一つの意図を持っているとしたら,同じ歴史の繰り返しを夢想する狂気の沙汰.
それでも日経ではない新聞が日経さんでよかった,うちだったらあれではすまないと.加藤議員への放火事件ももっと糾弾することは,マスコミの義務だろうが,ネットで既に出ている実名を未だに報道もしない姿勢,田原でなくともおかしいと言うべきだろうと思う.
226や515のような始まりの始まりと言う悪夢は想定したくないが,この綻びがマスコミの弱腰,言論統制への道,いつか来た道になる恐れはないのかな?
加藤議員の中国への姿勢には疑問は持っても,放火するという行動では,それこそ北や共産軍と同じこと.これからの歴史は暴力ではけして良い方向には動かない.
国としての備えを持つことは,回りの国々とのバランスの問題であるが,国内では無用のはず.
自分のもは自分で守る国,米国は銃社会.兵器産業の影響で未だ秀吉レベルのことも出来ていない未開の社会.
今,この国でも暴力を抑える冷静な社会的キャンペーンが必要かもしれない.
それにしてもあまりにも弱腰,社会的義務を放棄したマスコミの姿勢にはあきれる.

やめればよかった.環8大渋滞

2006年08月27日 | Weblog
いつも以上の大渋滞.環八の地下に高速道路をと言った都知事候補を当選させず,道路を作らないで放置した都知事を選んだ都民を恨む.石原さんディーゼル排ガス問題は相当に改善されたが,都心の渋滞は一向に改善されず,ますますひどくなってますねぇ.生きてる間に何とかしてほしいもの.
練馬から横浜の自宅まで延々,3時間.通常であれば1時間ちょっとですいすいなのに,高速も事故混雑という情報をみて久しぶりに環8を利用したら,ずっとのろのろ運転.なんとこういう日に道路工事をやっている.そりゃ平日より迷惑しないからねぇ.たまに通る人はその日だけ.
4時半に自宅にたどり着いたときは高原と温泉で開放された気分が,ストレスだらけという情けない状態.

いつも言うこと,都心を回避する環状道路の早期建設を切望する.

引き分け再試合,どうなるかな?

2006年08月21日 | Weblog
22日追記:今朝は国分寺へ出張、JR駅前に優勝祝いの横断幕。能見台駅に期待していたものを国分寺駅前で見てきた。昼前に駅へ戻るとテレビ中継車が数台、カメラやマイクをもった報道系の人達がたくさん、そうか!凱旋してくるんだ。この駅なんだ、やばいから早く帰ろうと、電車に乗った。
しばらく待って齋藤君を間近に見てくるのもよかったかな(笑)
追記:彼らは新幹線で東京に着いたら、バスで学校へ行く予定と報道あり。駅で待っても駄目だったのでした(笑)

どうしても残る疑問はなぜ?最初から田中で行かなかったのか?
みんなの疑問だろう。正解は出てこないだろうしね。そして、一番悔しがっているのも田中君なのだろう、言わないだろうが。

でもあそこまでやったら、満足というのもわかる。双方よくやった。楽しんだ。

女子バレーはなぜ強いか?

2006年08月19日 | Weblog
大松監督の東洋の魔女以来,久しぶりに先端技術を開発したようだ.ミュンヘンの金メダルのころは,男子バレーが世界の頂点を極めた.その頃の日本発の技術は速攻.世界中がすぐ真似た.今回の日本女子にはちょっと新しい術があるようだ.ここで出していいの?という気もするが,更にその先を目指すということもあろう.ともかく久しぶりに圧倒的に強い日本バレーを見せてもらった.明日はブラジルとの対戦,どうなるかな?

サッカーのオシム監督のいう日本らしいサッカーという意味,すでにバレーの世界で日本は世界の先端を走ってきた.これを言ってるとメンバーには見えているかな?
 

小泉靖国参拝の捉え方

2006年08月17日 | Weblog
マスコミ、各ブログ、喧々諤々の議論が続いているが、TVを見ながらの連れ合いの一言、なるほどというのをご紹介。
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小泉が公約に参拝を入れたのは首相選挙に当選するための戦術であった。かれは当選するとは考えてもいなかった。当選してしまったからには公約を果たすべし、だから任期最後に参拝して終り。ただそれだけのパフォーマンス。もっと単純に捉えたほうがいいのではと。
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きっと彼の行動原理はシンプル、首相としての行動がとか考えてもいない。だから、外国も含めてがちゃがちゃ言われるなあと嘆いている。それだけと捉えるのも胸のつかえはおりるかもです。

追記:
日をはずして16日夕方参拝に行った。賽銭を投げて二礼二拍一礼。
意外だったのは雨のちらちら降る中、外国人が結構たくさんいたこと。その中の一組に歩きながらガイドの若者が英語で説明していたが、ひどい、ヤングソルジャーを祭ってあるとかいい加減なことをよく言うよ。もちっと外人にもきちんと説明すべきだと思ったね、さすがに。
もうひとつ明らかに右翼っぽい青年が羽織袴で走って参拝に来ていたのが奇妙に映った。殆どの方は形通りの参拝を粛々と済ませて帰っていた。
正月、桜の頃は屋台が並ぶが、ちょっと期待していたら、まったく無し。仕方なく銀座のビアホールへ戻って一杯飲んだ(笑)

8月15日読売新聞社説、賛成!

2006年08月16日 | Weblog
以下長くなるが、引用する。
このブログの主張していることをやってきてくれたということか。いいことだ。ただ、満州事変以降ということではあきらかに不足で、そこに至るまでの軍部の権力把握の過程も解明しておくべきである。そこから、本当のこの国の反省が出てくる。

=====引用開始=====
要因の一つは、「A級戦犯」が、軍事裁判(東京裁判)を行う戦勝国によって類型化されたものであって、戦争責任の所在が日本自身の手で検証されなかったことにあるのではないか。

 敗戦直後には、日本政府部内にも、戦争責任を糾明しようという動きは、いくつかあった。東久邇内閣の戦犯裁判構想や幣原内閣の戦争調査会などだ。連合国軍総司令部(GHQ)の意向などによって、頓挫した。

 読売新聞は、昨年の夏以来、東京裁判の「戦犯」概念とは距離を置く形で、政治・軍事指導者たちの責任の解明作業を続けてきた。戦争への道を推し進めた責任、戦争を阻止できなかった責任、戦争を早期に収拾できなかった責任である。

 検証の対象期間は、日中戦争に先行して1931年に始まる満州事変から、対米英蘭(らん)戦争の終結までである。

 この間の一連の戦争については、いまだに呼称さえ定まっていない。大東亜戦争、太平洋戦争、アジア・太平洋戦争、15年戦争……。いずれも地理的、あるいは歴史経緯的に、なんらかの難点が伴うためだ。

 読売新聞は、これを地理的概念や歴史観とは関係のない「戦争の期間」で括(くく)り「昭和戦争」と呼ぶこととした。

 検証作業の内容は、これまで随時、紙面で報告してきた。今日の紙面は、8月13日付紙面と併せ、そうした作業の集大成である。

 検証の結果、いわゆるA級戦犯の多くが「昭和戦争」の責任者と重なった。

 だが、重ならない例も多々あった。

 たとえば、「A級戦犯」として絞首刑になった木村兵太郎大将は、戦前・戦中の重要な局面で、特段の責任を問われるほどの役割を演じた形跡はなかった。

 また、同じく「A級戦犯」で、終身刑の判決を受けた賀屋興宣蔵相には、日米開戦時の閣僚だったという以外の戦争責任は見当たらない。しかも、開戦には反対していた。

 逆に、戦争を終結に導いた“功績”がしばしば語られてきた鈴木貫太郎首相にも、「終戦」の時期を先送りして原爆投下とソ連の参戦を招いたという意味での戦争責任があった。

 重大な戦争責任がありながら、死去したがゆえに、「A級戦犯」となることを免れた最高指導者たちもいる。

 代表的な例が、自決した近衛文麿首相である。決定的諸局面での優柔不断、判断ミスの連続で、ずるずると軍部の主張に押し流された責任は、極めて重い。

 松岡洋右外相も、日独伊三国同盟の推進・締結という国際情勢についての誤断により日米開戦への道を開いた。「A級戦犯」として起訴されたものの、判決前に病死し、判決は下されなかった。

 その他にも、いわゆるA級戦犯以上に実質的な戦争責任があったのに、訴追もされなかった軍事官僚たちがいた。陸軍参謀本部、海軍軍令部の参謀である。

 これら参謀の多くは、軍事紛争拡大・開戦・戦争継続に向けて上層部を突き上げ続け、時には越権行為まで犯しながら300万人以上の兵士、国民の死に対して何ら責任を負うこともなく、戦後、安穏に畳の上で死んでいる。

 もちろん、「昭和戦争」の犠牲者は、日本国民だけではないが……。

 戦争に至った経緯、その後の展開は、当時の国際情勢や、それぞれに世界戦略を描く列強の思惑、駆け引きなどとも複雑に絡み合っていた。

 たとえば日中戦争で、米国は日米開戦以前から、蒋介石・国民党政府に対し、「援蒋ルート」を通じて軍事物資を提供し、背後から支援していた。

 1939年に始まるソ連のフィンランド侵略に対し、英仏はいったん対ソ遠征軍の派遣を決めている。しかし、フィンランドがソ連に屈服したため、英仏とソ連は衝突に至らなかった。

 ソ連の対日参戦は、日ソ中立条約違反だが、背景には、参戦を要請した米英とのヤルタ密約があった。

 だからといって、そうした国際情勢への対応を過ち、無謀な戦争を始めて日本国民と近隣国に惨禍をもたらした政治・軍事指導者たちの責任を曖昧(あいまい)にしていいわけはない。

 その責任を日本自身の手で解明・総括しておかなくては、戦勝国側の戦争責任や戦争犯罪を批判するのも難しい。歴史認識問題の解決への展望は、そこからしか開けない。
=====引用終り=====


敗戦記念日特集TV討論会

2006年08月16日 | Weblog
麻生現職外務大臣、田中均元外交官を出演させて老若男女、中国韓国欧州などの人も含めて議論、更に加えて携帯電話でのリアルタイムアンケート。
結果として、TVに出演した方々は言いたいことを言って満足かな?でも携帯電話アンケートの質問が小泉さん発言並みに単純化されていて、そのことで何かが分かるとはとても思えない。影響力のある番組であったろうと思うが、今ひとつ不満が残った。
様々なことが絡み、現場や実体験、それぞれの生死など持っているもののベクトルが発散しすぎている。そのなかで無理をせずに纏めなかったのだろうが、結局何だったのだろう?
何人かの人が教育の問題に触れたが先日の日野原先生の域には到達していない。

当時と今、自分と国、中国、韓国、アメリカというキーワードであったが、その元となる歴史的な振り返りをして、どうやって戦争をしたがる危険なおもちゃを与えられた軍隊をコントロールしてゆくのか、議論が無かったと思った。

さらに、マスコミの言う国家総動員法の発令下では、無力という言い訳だが、そこに至る事態をどのようにして回避するのか?その仕組みは?

そこに至るまでの冷静な報道の姿勢をどうやって保つのだろう。小村寿太郎の独断による国際連盟脱退を歓迎して見せたのは同じマスコミだと思う。

いまや海外ニュースの元は殆どが大本営発表と同様の仕掛けになってしまっている。ロイターなどの大手通信社の配信記事を安直にそのまま流して、新聞を作るのではいずれは同じ道に至ることにならないのか?
スポーツ、芸能には大量のスタッフを海外にも派遣してスター個人のプライバシーにまで追いかけるTV番組は、例えば国連の裏側の進行状況を自分で追いかける、外務省の行動をしつこくチェックするなど、もちっとまともなことにエネルギーを使わないのか?
この報道姿勢の崩壊、そこらから全てが始るのではないかと気になる。

熊本工業2回戦突破

2006年08月14日 | Weblog
解説元大阪ガスの長野さん.エラーに絡んだ場面の守備の対応の差が試合を決めたと.打てない熊工4番を甘く見たか守備陣形が普通の体勢,あいている一塁を埋めず4番と勝負そこをクリーンヒットした方も立派だが,一方の熊工は同じ守備の乱れに発した危機を天理4番を敬遠に近い4ボールで埋めて凌いだ.このポイントに尽きると解説,納得.
熊工の若い林監督,とつとつと語る.あと一つ二つ勝ってこの野球を認めてもらいたいと.

横浜,大阪桐蔭と打ち出したら20点という強力打力のチームが好投手に苦も無くひねられて敗退してる.熊工の貧打を足と守備でカバーするやや古臭い高校野球,どこまで通じるか見もの.
もっこす監督とチームに期待したい.