昨年の大卒の就職率が61%、専門学校は75%。
いまや遊園地以下の大学教育、あるいは大学生の姿。
国営放送の若手アナウンサーまで「やむ終えない」としゃべる。
教育の前に本を読めと言い続けてきたが、漫画しか見ない更に
最近は新聞も読まぬ、ネット情報が全てと勘違いしている気がする。
企業も大学当局もそして文科省さえもこの恐ろしい学生のレベル低下に
気が付いて動き始めているようだ。
採用側も一番気にすることはコミュニケーション能力、自己表現など
お話ができるかということ。昔はとか言いたくないが大学生は大人
という扱いの時期もあった。それだけの誇りと行動規範を持っていた。
正面から政治問題に取り組んだ時期もある。
社会へ出てからの準備を学校が考えないといけないとは、驚きを
通りこしてあきれ返るというものだ。
更に最近はスマフォに明け暮れてゲームに時間をつぶしまともな学習の
時間はいったいどこにあるのだろうと心配してしまう。
知人の一人がここに目をつけて社会人になる教育の会社を立ち上げる
できれば手伝ってくれと言う。中身を聞くと成程、それもいわゆる営業職の
訓練のようなことではなく、自分の持つものをいかに表現してリーダーシップを
発揮するかなど、あまり限定的なことは始まる前には書けないが、アイデアは
面白い。
現役時代、管理職になって若者に話をする機会がたくさんあった。その頃に
話した内容は殆どがこのての教育の一部かもしれない。
学生のトップクラスは昔のトップクラスを凌駕する人材がひしめいているような気もする。
しかし、中堅以下の人材能力は明らかに低下している様子だ。隣の韓国や
中国の有り余る若手人材の後塵を拝するレベルかもしれないと嘆く声もある。
行っても仕方のない若者が形だけ大学に在籍して遊び、突如就職活動にぶつかる。
ランキングに組み込まれて大学進学から就職までブランドで管理され、人生の
行く末を決めてしまう。なんとも、お粗末な国の在り方だ。
それもこれも自分たちさえよければ、なんでもしてしまう組織のための人材と化する
官僚たち、懐に資金を流し込むことしか考えない政治家、この国を動かす人たちの
行動様式がそのまま社会に反映され、堕落しきった希望のない国へ陥ったのだろう。
今直面する原発の問題も海外メディアの指摘で本筋のことが見えてくる体たらくの
マスメディアも民度そのものの体たらくだ。
福島原発の四号機のリスクの高さは想像を絶すると現地の映像取材をしたドイツの
報道。
原発ムラは組織対立を平和より優先した旧帝国陸海軍の第二次大戦への突入と
同じ以上の組織的犯罪の暴走ではないか?
金の力で組織を裏から動かし、自分さえよければ国民は滅んでもいいという風に
見えてしまう。
大阪維新の会が政治的抜本改革を推進して国政も転換させるだけの力に
ならぬものかという願望が募るばかりだ。