貧々自適

仕事のかたわらデジカメを構えたり
季節のうつろいや人の優しさに触れ感激する
そんな貧乏オヤジのつれづれ帳です

昭和43年

2005-12-17 02:07:58 | 想い出話
昭和43年(1968)は、私が高校を卒業し、社会人の仲間入りをした年。
リンク先のサイトを見ると、後世に残る大きな出来事が目白押し…

私の特に印象に残っているのは、一般家庭にも普及し始めたカラーテレビで視た
「メキシコ・オリンピック」と「三億円強奪事件」です。
私が入社したメーカーでも製造・販売(私の初任給のほぼ10ヵ月分!)しており、
工場や寮の食堂にあったカラーテレビでオリンピックを視ました。
実家でもこの年に買ったんだっけ…
金メダル(体操・レスリング・重量挙げで計11コ)より、君原のマラソン銀メダルや
サッカーの銅メダルの方が印象深いのはなぜかなぁ。

三億円強奪事件は12月10日、電機業界はボーナス支給日が同じ。
私もその日初めてもらったボーナス(現金支給!で6万円くらい、夏は寸志でした)を
上着の内ポケットに入れ、手で押さえながら寮へ帰ったのを憶えています。
それから2週間もたたないうちに、直前の健康診断で結核に罹っていることが分かり、
急遽帰郷し入院。
あくる44年の正月は、病院のベッドで迎える破目に…
45年春に復職するまで、1年足らずの療養生活を送りました。

寮は最初が横浜(相鉄沿線)、後に相模原(横浜線)に移りましたが、休日には
都内や横浜へ出かけたりもしました。
高尾山に同僚と行ったこともありますし、親父の知人宅でゴチソウになったり、
職場の先輩のアパートに泊めてもらったり…

そうそう日比谷の「みゆき座」で初めて「ロードショー」も観ました。映画は「卒業」。
サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」は、今もしっかりPCに…
研修先のステレオ工場の休憩時間には、ラインの女の子たちがグループサウンズの演奏会。
タイガース、テンプターズの全盛時代でしたね。
懐かしい想い出がいっぱい、一生記憶に残る一年です。