日本と世界

世界の中の日本

財閥国有化に動く文在寅…“持たざる者の怨念”で総選挙圧勝を追い風に まずは大韓航空

2020-04-22 14:28:34 | 日記
財閥国有化に動く文在寅…“持たざる者の怨念”で総選挙圧勝を追い風に まずは大韓航空

4/21(火) 16:31配信

デイリー新潮


財閥国有化に動く文在寅…“持たざる者の怨念”で総選挙圧勝を追い風に まずは大韓航空

4月15日投開票の国会議員選挙で、与党が圧勝
 
総選挙で大勝した文在寅(ムン・ジェイン)政権が財閥国有化に動く――と、韓国観察者の鈴置高史氏は読む。

左派独裁の時代

鈴置:4月15日投開票の韓国の国会議員選挙で、与党「共に民主党」が圧勝しました。比例区の衛星政党「共に市民党」を含めれば、300議席中180議席を獲得したのです。

これで憲法改正以外はどんな法案も通せます。

検察官や裁判官、高級公務員を狙い撃ちにする「高官不正捜査庁」――韓国語を直訳すると「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」も7月の発足が可能になりました(「文在寅政権が韓国の三権分立を崩壊させた日 『高官不正捜査庁』はゲシュタポか」参照)。

文在寅政権が行政に加え司法、立法の三権を握り、やりたい放題できる「左派独裁の時代」が到来したのです。

――「新型肺炎に世界でもっとも上手に対処した」との宣伝が選挙に効いたのですね。

鈴置:ええ、「コロナ対策で『文在寅』の人気急上昇 選挙を控え『韓国すごいぞ!』と国民を“洗脳”」で指摘した、政権側のシナリオ通りになりました。

ただ、翌々日の4月17日から「左派が勝った原因は『コロナ』だけではない。そもそも韓国人は保守に愛想を尽かしている。というのに、保守の側がそれに気が付いていないのだ」といった論調が急速に広がりました。

保守の没落は構造的

――「保守に愛想を尽かした」となぜ、言えるのですか? 

鈴置:2016年の総選挙、2017年の大統領選挙、2018年の地方選挙に続き、今回の総選挙で保守が左派に4連敗したことが証拠です。

政治コンサルタント会社「ミン」のパク・ソンミン代表は中央日報のインタビュー「保守はすでに非主流なのに、彼らだけは自らを主流と思い込んでいる」(4月17日、韓国語版)で、そう指摘しています。

確かに「4連敗」は珍しく、それなりに説得力があります。韓国では「大統領に保守が当選すると、次の総選挙では野党が勝つ」あるいは、その逆になることが多い。

1987年まで続いたいわゆる「軍事独裁体制」への否定的な記憶から、国民は1つの政党が圧倒的な力を持つのを本能的に嫌うのだ、と説明されてきました。

朝鮮日報の2人の政治記者、キム・ヒョンウォン氏とイ・スルビ氏が書いた「まだ保守が多数と錯覚…強硬な支持層に振り回され中道層を失う」(4月17日、韓国語版)。この記事は得票率や議席数から保守の劣勢が明白になった、と主張しています。訳します。

・このところ、2強の構図で実施された大統領選挙では、それぞれの陣営の単一候補がきわどい拮抗を続けてきた。

2013年の大統領選挙では保守候補(朴槿恵=パク・クネ)が51・55%、進歩候補(文在寅)が48・02%を得た。

・2002年の大統領選挙では反対に、進歩候補(盧武鉉=ノ・ムヒョン)が48・91%、保守候補(李会昌=イ・ヘチャン)が46・58%の得票率だった。3%前後の僅差で勝敗が決まったのだ。

・しかし、今回の総選挙では保守陣営全体が議席の36・6%(110議席)を得るに留まった。有権者の陣営の構図が再編されたのではないかとの観測が出ている。きわどい均衡を維持してきた社会の理念の地形が変わり、保守よりも進歩層が厚い時代に入ったということだ。

「持たざる者」を見捨てた

――なぜ、「保守が構造的に没落した」のでしょうか。

鈴置:朝鮮日報の楊相勲(ヤン・サンフン)主筆は「持たざる者が増えたからだ」と言い切りました。

「2大政党ではなく日本式の『1・5党体制』の入口だ」(3月17日、韓国語版)を翻訳します。

・「共に民主党」の得票は、強固な全羅道の大量票と、30-40歳代を中心とする若年層の反・未来統合党票、そして韓国社会の格差が拡大するにつれて「持つ者」に反感を抱くようになった広範囲の階層の連合だ。

・1997年のIMF危機以降、韓国社会は本格的に両極化の道をたどり始めた。1995年に全人口の70%を超えていた中産層が、昨年は52%前後に下がった。



自らを中産層だと思っている人は52%よりもさらに少ない。韓国社会の衝撃的な構造変化だ。この大きな変化が政治の地形に影響を与えないなら、それこそおかしい。

・「3040世代」は1980年前後に生まれた人々で、民主化後に成長した世代だ。大学進学率は80%に達する。彼らが10-20歳代だった時、IMF通貨危機に見舞われた。経済の高度成長が止まったため、当然だった就職が夢物語となる苦痛を、身をもって経験した世代だ。

「持たざる者」の増加が保守の凋落を呼んだ、という見方はほかの記事でも共通しています。パク・ソンミン代表は「保守はすでに非主流なのに、彼らだけは自らを主流と思い込んでいる」で、以下のように語っています。

・富が一方に偏ったことに憤る人々が増えているというのに、保守は「市場に任せねばならぬ」と壊れたレコードのように唱えるばかり……。

世界と逆行、市場主義を信仰
――「市場に任せる」ことが問題、なのですか? 

鈴置:韓国での市場原理主義の浸透ぶりは日本の比ではありません。1997年の通貨危機の後、労働者の解雇は法律的にも社会的にも極めて容易になった。



「毎年、査定で下から10%の社員は自動的に馘首(かくしゅ)する」と宣言する企業も登場しました。

それまで日本の終身雇用をモデルにしていた韓国の企業社会が一転、米国式の市場原理を導入したのです。社会に恨みを持つ人が増えて当たり前です。



――今頃、「持たざる者」の投票行動に焦点が当たるのは? 

鈴置:いい質問です。世界中で貧富格差が問題化し、政治に与える影響が注目されている。資本主義の中心地、米国でさえ大統領の予備選挙にサンダース(Bernie Sanders)という社会主義者が出馬、かなりの支持を集めたのです。

というのに、なぜ韓国では今になってようやく「持たざる者」の投票行動が注目されるのか――。パク・ソンミン代表の以下の発言にヒントがあります。

・韓国の保守は1950年代から80年代までは安保保守が、90年代には市場保守が社会を主導した。その後は新しい保守が登場できないでいる。安保・市場保守が時代の流れを見逃したと見るべきだ。

韓国では通貨危機以降、市場原理主義が正義となった。その唱道者として保守は力を保ってきた――との説明です。

つまり、世界で市場原理主義に対する疑問が盛り上がる最中に、韓国人は逆にそれへの「信仰」を深めてきたということです。

そして今、韓国でもようやく市場原理主義への疑問が頭をもたげ始め、その結果、投票行動への影響が注目されるようになったわけです

日本式にしがみつく日本人

――なぜ、韓国では市場原理主義が「正義」に? 

鈴置:通貨危機で国家が破綻しかけたからです。底から脱出するには、厳しいリストラを実施して企業をスリムにするしか手がなかった。そこで指導層は「市場原理主義こそが正しい理念」と国民に思い込ませたのです。一種の洗脳です。

もちろん自分を解雇した会社に激しく抗議する人はいます。でも、昔のように広い同情は集めなくなった。新たな正義たる「市場原理」によるものだからです。

そもそも、「解雇自由」は韓国初の左派、金大中(キム・デジュン)政権が導入したのです。左派も表立っては市場原理主義に反対しにくい。

韓国人が日本を見下すようになったのも、日本の経済成長が止まったからだけではありません。市場原理主義者からすれば「新たな理念に臆病で、古臭いやり方にしがみついている日本」は、とんでもなく遅れた存在に見えるのです。


時流に乗ろうと押し合いへしあい
――「理念」がそんなに大事なのですか? 

鈴置:とてつもなく大事なのです、儒教社会では。理念が命なのです。それに加え、韓国人には根深い先進国コンプレックスがあって、自分たちが「時代の流れ」に乗っているかを異様に気にします。

――パク・ソンミン代表も「時代の流れを見逃した」と言っていますね。

鈴置:韓国人はしばしば「時代精神」という単語を使います。時代ごとにその時代を主導する特定の精神――理念がある、との発想です。そして皆がその「時代精神」にいち早く乗ろうと、押し合いへしあいするのが韓国社会です。要は「時流」に乗る競争です。

19世紀末、西洋化に出遅れたばかりに、それに先んじた日本に植民地化されたというトラウマからです。この心の傷は容易に癒しがたいものがあります。

 
だから、韓国を眺める者は韓国紙に「保守の時代が終わった」「持たざる者を代弁する進歩――左派こそが主流だ」との記事が載るのを、見落としてはならないのです。

本当にそうなのかは分からない。しかし、皆が言い始めると「時代精神」に昇華し、本当に国がその方向に動くことが多いからです。

CPを買わない韓国銀行

――具体的にはどう動くのですか? 

鈴置:財閥征伐――国有化です。

財閥こそは市場原理主義の象徴だからです。今、各国政府が企業の救済に動いています。ところが韓国政府は、中小企業は助けても大企業の救済には冷淡です。

多くの国で、大企業が発行するCP(コマーシャル・ペーパー)を中央銀行が大量に買って資金を供給しているのに、韓国銀行は一切、動かない。

韓銀は「法律上難しい」と説明しますが、やりようはいくらでもある。文在寅政権が、韓銀の財閥救済に歯止めをかけている、との見方が一般的です。

そこを社説で突いたのが朝鮮日報です。「このままでは数か月もすれば大企業も倒れる」(4月10日、韓国語版)、

「コロナ危機支援にも『反大企業か』」(4月14日、韓国語版)と、繰り返し「大企業が倒れれば元も子もない」と政策転換を迫りました。

が、文在寅政権は馬耳東風。

――最後まで助けないつもりでしょうか、文在寅政権は。

鈴置:財閥を破綻させるか、その寸前まで追い詰め、オーナーから経営権を取り上げるつもり、と韓国の保守は見ています。

 
この政権がスタートした時に「100大国政課題」を定めましたが、その1つが「財閥総帥一家の専横防止と所有・支配構造の改善」です。

この「財閥征伐」は容易ではないので手付かずでしたが、大企業の資金繰りが苦しくなった今、発動する可能性が高まりました。

中央日報も「巨大与党背負った文在寅政権、これからは経済立法? 支配構造改革押し進めるか」(4月19日、日本語版)でそれを指摘しました。

国有化は大韓航空から? 

――すべての財閥を国有化するというのですか? 

鈴置:さすがに、それは難しい。まず、血祭りにあげるのは資金繰りが苦しいうえ、国民から反感を買っている財閥です。韓国では、大韓航空に注目が集まっています。

大韓航空は「NO JAPAN運動」で経営が苦しくなっていたところに新型肺炎が追い打ちをかけました。オーナー一族の間でお家騒動も起きています。

中央日報の「流動性危機が迫る大韓航空」(4月18日、日本語版)は以下のように報じました。

・売り上げは急減する中(中略)満期が今月到来の社債だけでも2400億ウォン(約213億円)にのぼる。事実上、今月中に資金が底を突くということだ。

――大韓航空と言えば「ナッツリターン」で有名ですね。

鈴置:オーナー一族の専横を絵に描いたような事件でした。大韓航空から一族を追い出して国有化しても、反対する人はまあ、いない。ほとんどの国民が拍手喝さいするでしょう。

そんな会社だから2018年以降、文在寅政権は大株主である国民年金基金を通じ、経営への介入に動いてきたのです(「文在寅で進む韓国の『ベネズエラ化』、反米派と親米派の対立で遂に始まる“最終戦争”」参照)。

もちろん、大韓航空は手始め。財閥国有化の本丸はサムスン電子と見る人が多い。それはいつかじっくりとお話しますが。

「ベネズエラ化」に期待する人々

――国有化と言えば、左右対立が激化して混乱するベネズエラにますます似てきます……。

鈴置:ええ、韓国の保守が懸念していた通りです。先に引用したパク・ソンミン代表が興味深い指摘をしています。

・優秀と自認する彼ら(保守)が座って語るのは『文在寅政権という異常な奴らのために国が滅び、ベネズエラのようになる、ああ嘆かわしい』に尽きる。彼らはすでに非主流になったのに、彼らだけは自らを主流だと思い込んでいるのだ。

パク・ソンミン代表は「ベネズエラ化」がいいとか悪いとか言ってはいません。「ベネズエラ化を恐れる人ばかり」と思い込んでいる保守の傲慢を叱ったのです。

――「ベネズエラ化していい」と言う韓国人もいるのですか? 

鈴置:「持たざる者」の中には、そう考える人もいます。ネットの書き込みで散見されます。失うものがない人にとって、現状変更はすなわちチャンスなのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)

韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月21日 掲載


新潮社