外務省が1984年、日本国内の原発が攻撃を受けた場合の被害予測を極秘に研究していたことがわかった。原子炉や格納容器が破壊された場合に加え、東京電力福島第一原発の事故と同じ全電源喪失も想定。大量の放射性物質が流出して最大1万8千人が急性死亡するという報告書を作成したが、反原発運動の拡大を恐れて公表しなかった。
欧米諸国は原発テロを想定した研究や訓練を実施しているが、日本政府による原発攻撃シナリオの研究が判明したのは初めて。
81年にイスラエルがイラクの研究用原子炉施設を爆撃した事件を受け、外務省が財団法人日本国際問題研究所(当時の理事長・中川融元国連大使)に想定される原発への攻撃や被害予測の研究を委託。84年2月にまとめたB5判63ページの報告書を朝日新聞が入手した。
報告書は(1)送電線や原発内の電気系統を破壊され、全電源を喪失(2)格納容器が大型爆弾で爆撃され、全電源や冷却機能を喪失(3)命中精度の高い誘導型爆弾で格納容器だけでなく原子炉自体が破壊――の3段階に分けて研究。特定の原発は想定せず、日本の原発周辺の人口分布とよく似た米国の原発安全性評価リポートを参考に、(2)のケースについて放射性物質の放出量を今回の事故の100倍以上大きく想定。様々な気象条件のもとで死者や患者数などの被害予測を算出した。
緊急避難しなければ平均3600人、最大1万8千人が急性死亡すると予測。住めなくなる地域は平均で周囲30キロ圏内、最大で87キロ圏内とした。(3)の場合は「さらに過酷な事態になる恐れが大きい」と記した。
ところが、外務省の担当課長は報告書に「反原発運動への影響を勘案」するとして部外秘扱いにすると明記。50部限定で省内のみに配り、首相官邸や原子力委員会にも提出せず、原発施設の改善や警備の強化に活用されることはなかった。
当時、外務省国際連合局審議官としてかかわった遠藤哲也氏は「報告書はあくまで外務省として参考にしたもので、原子力施設に何か対策を講じたわけではなかった」と話す。外務省軍備管理軍縮課は「調査は委託したが、すでに関連資料はなく、詳しい事情は分からない」としている。二ノ方寿・東工大教授(原子炉安全工学)は「日本では反対運動につながることを恐れ、テロで過酷事故が起こることはあり得ないとされた。攻撃もリスクの一つとして認め、危険性や対策について国民に説明すべきだ」と話す。(鈴木拓也)
■福島原発事故に生かせた可能性
《解説》福島第一原発の事故は地震と津波がきっかけではあったが、1984年作成の報告書が想定した全電源喪失のシナリオは再現された。日本では電源喪失のリスクは90年代以降に議論されるようになったが、十分な対策が整わないまま事故を招いた。報告書が早期に公開されていれば、対策が間に合った可能性もある。
今回の事故では地震や津波で送電鉄塔や非常用ディーゼル発電機が壊れ、バッテリーも切れて全電源が使えなくなった。冷却用の海水ポンプも津波で壊れた。
報告書はこうした状況を(1)のシナリオで想定。燃料が溶け原子炉の底に落ちて破損し、放射性物質が大気中に放出されると指摘した。その過程で水素が発生し、爆発を起こす可能性にも触れていた。福島第一原発の1号機や3号機で起きた水素爆発と同じだ。
国内の原発では事故後、電源車や消防ポンプ車を十分配備し、電源を失っても原子炉を冷やす機能を保てるようにする緊急対策が進む。全電源喪失で起こる事態を明確に示す報告書が広く共有されていたら、今回のような事故に備える必要性にもっと目が向けられていたはずだ。(佐々木英輔、山岸一生)
*2011.7.31朝刊
イスラエル軍の原子炉爆撃が契機 外務省の原発攻撃研究
外務省が日本国内の原発への攻撃を研究したきっかけは、1981年のイスラエルによるイラクの原子炉爆撃事件だ。原子炉の運転前で放射性物質は拡散しなかったが、世界に衝撃を与えた。日本では当時、20基を超す原子炉が稼働。外務省国連局審議官だった遠藤哲也氏は「米ソとも原発を持っていて抑止力が働き、原発への攻撃は脅威と認識されていなかった。ショックだった」と振り返る。
日本政府は原子力施設への攻撃禁止に関する条約づくりを主張。報告書には「我が国の提案に国際的な合意を取り付けるため、その主張を支える確かな論理が用意されなければならない」と作成の狙いが説明されている。
東京電力福島第一原発の事故と同じ全電源喪失に加え、原子炉破壊による放射性物質の大量飛散という最悪のシナリオも想定。米国で原発周辺の被害を研究したリポート「立地基準開発のための技術ガイド」(82年)が前提とする人口分布が日本の原発周辺と似ていることから、これに基づいて被害を予測した。
だが、報告書が公になることはなかった。当時の外務省軍縮課長は報告書冒頭の「ことわりがき」で、日本国内では初の原発攻撃シナリオだと指摘したうえで「部外秘」とすることを明記。「仮にかかる論文が公になった場合、例えば反原発運動への影響を考えれば、(これまで)書かれなかったこと自体当然だった」と記し、「外務省の見解ではない」と予防線も張っている。
当時は米スリーマイル島原発事故の影響で原発立地への反対闘争が高まり、外務省による原発への攻撃を想定した被害予測が露見すれば各地の反原発運動を刺激することは確実だった。政府が「安全神話」をもとに原発建設を進めるなか、報告書は封印された。(松田京平)
■日本、爆撃対策手つかず
警察庁は2001年の米同時多発テロを受け、国内の全原発に訓練を受けた警備隊員を配置。2年に1回程度、テログループの侵入を想定した警察と自衛隊の共同訓練を実施している。
青森県六ケ所村の再処理工場は近くに米軍三沢基地があるため、設計段階で米国の研究所に施設の鉄筋コンクリートと航空機の衝突実験を依頼し、衝撃に耐えられる強度を設定した。
だが、経済産業省原子力安全・保安院は「原発と航空機衝突の可能性は極めて低い」として対策を講じていない。再処理工場の衝突実験もエンジンがかかった状態での墜落までは想定していない。まして爆撃やミサイル攻撃などの対策は手つかずだ。
欧州連合(EU)は今年5月、原発の安全性検査(ストレステスト)で「航空機の直撃」などテロ攻撃の結果を評価対象としたが、日本のテストには含まれていない。内部告発サイト「ウィキリークス」が入手した日本関係の米外交公電では、米国が原発への侵入攻撃に備えた日本の警備態勢を問題視していたことが明らかになっている。
政府の原子力委員会は原発テロの対策強化の検討を始めている。政府の危機管理担当者は「ミサイルなど遠隔攻撃に備えた対策が必要になる」とみている。(鈴木拓也)
■米、全原発でテロ演習
米国では、原発への攻撃を想定した演習やシミュレーションが長年実施されてきた。10年前の同時多発テロ後は特に、現実味を帯びるようになった。今年は福島第一原発事故を受けた形で、原発の弱点に対する懸念が改めて強まっている。
テロ集団に攻撃された原発24基のうち、2基で重要機材が破壊――。米原子力規制委員会(NRC)が昨年実施した、対テロ模擬演習の結果だ。
全原発に3年に1度義務づけられたこの演習では、実戦を想定して、テロリスト役がレーザー光線の出る銃を手に原発に侵入。原発の警備担当者と渡り合う。毎回2~4基が「破壊」されてしまうが、「問題点は修正する」(ハリントンNRC報道官)という。
全米最大の都市ニューヨーク中心部から車で約1時間の場所に、インディアンポイント原発がある。米NGO「憂慮する科学者同盟」(UCS)のシミュレーションでは、この原発が大規模テロ攻撃を受けると、急性放射線障害で最大4万4千人が死亡し、長期的にはガンなどで50万人以上が死亡する恐れがある。
対策を講じる上で問題になるのは、どんな手法のテロを考えるかだ。NRCは米同時多発テロのように航空機が突入する事態を想定し、全原発を対象に、そうした条件下でも原子炉の冷却機能に影響が出ず、使用済み核燃料プールからの放射能漏れも起きないように義務づけている。
だが、UCSが今月発表した原発の安全性向上への提言「フクシマ後の米原子力」は、「NRCはより現実的な想定をすべきだ」と指摘した。作業に加わったデビッド・ロックボーム氏は、小型船で水辺から容易に近づける原発の存在を検証した。「福島では、津波によって冷却系が機能しなくなったが、爆破で似たような事態を引き起こすことは可能だ」と警告する。
福島で不安要因の一つとなった核燃料貯蔵プールについても、提言は「強固な防護施設の外に配置されているため放射能が外部にもれやすい。テロ攻撃を受ければ、原子炉よりもろい」と、対策強化を訴えた。(ワシントン=望月洋嗣、村山祐介)
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欧米諸国は原発テロを想定した研究や訓練を実施しているが、日本政府による原発攻撃シナリオの研究が判明したのは初めて。
81年にイスラエルがイラクの研究用原子炉施設を爆撃した事件を受け、外務省が財団法人日本国際問題研究所(当時の理事長・中川融元国連大使)に想定される原発への攻撃や被害予測の研究を委託。84年2月にまとめたB5判63ページの報告書を朝日新聞が入手した。
報告書は(1)送電線や原発内の電気系統を破壊され、全電源を喪失(2)格納容器が大型爆弾で爆撃され、全電源や冷却機能を喪失(3)命中精度の高い誘導型爆弾で格納容器だけでなく原子炉自体が破壊――の3段階に分けて研究。特定の原発は想定せず、日本の原発周辺の人口分布とよく似た米国の原発安全性評価リポートを参考に、(2)のケースについて放射性物質の放出量を今回の事故の100倍以上大きく想定。様々な気象条件のもとで死者や患者数などの被害予測を算出した。
緊急避難しなければ平均3600人、最大1万8千人が急性死亡すると予測。住めなくなる地域は平均で周囲30キロ圏内、最大で87キロ圏内とした。(3)の場合は「さらに過酷な事態になる恐れが大きい」と記した。
ところが、外務省の担当課長は報告書に「反原発運動への影響を勘案」するとして部外秘扱いにすると明記。50部限定で省内のみに配り、首相官邸や原子力委員会にも提出せず、原発施設の改善や警備の強化に活用されることはなかった。
当時、外務省国際連合局審議官としてかかわった遠藤哲也氏は「報告書はあくまで外務省として参考にしたもので、原子力施設に何か対策を講じたわけではなかった」と話す。外務省軍備管理軍縮課は「調査は委託したが、すでに関連資料はなく、詳しい事情は分からない」としている。二ノ方寿・東工大教授(原子炉安全工学)は「日本では反対運動につながることを恐れ、テロで過酷事故が起こることはあり得ないとされた。攻撃もリスクの一つとして認め、危険性や対策について国民に説明すべきだ」と話す。(鈴木拓也)
■福島原発事故に生かせた可能性
《解説》福島第一原発の事故は地震と津波がきっかけではあったが、1984年作成の報告書が想定した全電源喪失のシナリオは再現された。日本では電源喪失のリスクは90年代以降に議論されるようになったが、十分な対策が整わないまま事故を招いた。報告書が早期に公開されていれば、対策が間に合った可能性もある。
今回の事故では地震や津波で送電鉄塔や非常用ディーゼル発電機が壊れ、バッテリーも切れて全電源が使えなくなった。冷却用の海水ポンプも津波で壊れた。
報告書はこうした状況を(1)のシナリオで想定。燃料が溶け原子炉の底に落ちて破損し、放射性物質が大気中に放出されると指摘した。その過程で水素が発生し、爆発を起こす可能性にも触れていた。福島第一原発の1号機や3号機で起きた水素爆発と同じだ。
国内の原発では事故後、電源車や消防ポンプ車を十分配備し、電源を失っても原子炉を冷やす機能を保てるようにする緊急対策が進む。全電源喪失で起こる事態を明確に示す報告書が広く共有されていたら、今回のような事故に備える必要性にもっと目が向けられていたはずだ。(佐々木英輔、山岸一生)
*2011.7.31朝刊
イスラエル軍の原子炉爆撃が契機 外務省の原発攻撃研究
外務省が日本国内の原発への攻撃を研究したきっかけは、1981年のイスラエルによるイラクの原子炉爆撃事件だ。原子炉の運転前で放射性物質は拡散しなかったが、世界に衝撃を与えた。日本では当時、20基を超す原子炉が稼働。外務省国連局審議官だった遠藤哲也氏は「米ソとも原発を持っていて抑止力が働き、原発への攻撃は脅威と認識されていなかった。ショックだった」と振り返る。
日本政府は原子力施設への攻撃禁止に関する条約づくりを主張。報告書には「我が国の提案に国際的な合意を取り付けるため、その主張を支える確かな論理が用意されなければならない」と作成の狙いが説明されている。
東京電力福島第一原発の事故と同じ全電源喪失に加え、原子炉破壊による放射性物質の大量飛散という最悪のシナリオも想定。米国で原発周辺の被害を研究したリポート「立地基準開発のための技術ガイド」(82年)が前提とする人口分布が日本の原発周辺と似ていることから、これに基づいて被害を予測した。
だが、報告書が公になることはなかった。当時の外務省軍縮課長は報告書冒頭の「ことわりがき」で、日本国内では初の原発攻撃シナリオだと指摘したうえで「部外秘」とすることを明記。「仮にかかる論文が公になった場合、例えば反原発運動への影響を考えれば、(これまで)書かれなかったこと自体当然だった」と記し、「外務省の見解ではない」と予防線も張っている。
当時は米スリーマイル島原発事故の影響で原発立地への反対闘争が高まり、外務省による原発への攻撃を想定した被害予測が露見すれば各地の反原発運動を刺激することは確実だった。政府が「安全神話」をもとに原発建設を進めるなか、報告書は封印された。(松田京平)
■日本、爆撃対策手つかず
警察庁は2001年の米同時多発テロを受け、国内の全原発に訓練を受けた警備隊員を配置。2年に1回程度、テログループの侵入を想定した警察と自衛隊の共同訓練を実施している。
青森県六ケ所村の再処理工場は近くに米軍三沢基地があるため、設計段階で米国の研究所に施設の鉄筋コンクリートと航空機の衝突実験を依頼し、衝撃に耐えられる強度を設定した。
だが、経済産業省原子力安全・保安院は「原発と航空機衝突の可能性は極めて低い」として対策を講じていない。再処理工場の衝突実験もエンジンがかかった状態での墜落までは想定していない。まして爆撃やミサイル攻撃などの対策は手つかずだ。
欧州連合(EU)は今年5月、原発の安全性検査(ストレステスト)で「航空機の直撃」などテロ攻撃の結果を評価対象としたが、日本のテストには含まれていない。内部告発サイト「ウィキリークス」が入手した日本関係の米外交公電では、米国が原発への侵入攻撃に備えた日本の警備態勢を問題視していたことが明らかになっている。
政府の原子力委員会は原発テロの対策強化の検討を始めている。政府の危機管理担当者は「ミサイルなど遠隔攻撃に備えた対策が必要になる」とみている。(鈴木拓也)
■米、全原発でテロ演習
米国では、原発への攻撃を想定した演習やシミュレーションが長年実施されてきた。10年前の同時多発テロ後は特に、現実味を帯びるようになった。今年は福島第一原発事故を受けた形で、原発の弱点に対する懸念が改めて強まっている。
テロ集団に攻撃された原発24基のうち、2基で重要機材が破壊――。米原子力規制委員会(NRC)が昨年実施した、対テロ模擬演習の結果だ。
全原発に3年に1度義務づけられたこの演習では、実戦を想定して、テロリスト役がレーザー光線の出る銃を手に原発に侵入。原発の警備担当者と渡り合う。毎回2~4基が「破壊」されてしまうが、「問題点は修正する」(ハリントンNRC報道官)という。
全米最大の都市ニューヨーク中心部から車で約1時間の場所に、インディアンポイント原発がある。米NGO「憂慮する科学者同盟」(UCS)のシミュレーションでは、この原発が大規模テロ攻撃を受けると、急性放射線障害で最大4万4千人が死亡し、長期的にはガンなどで50万人以上が死亡する恐れがある。
対策を講じる上で問題になるのは、どんな手法のテロを考えるかだ。NRCは米同時多発テロのように航空機が突入する事態を想定し、全原発を対象に、そうした条件下でも原子炉の冷却機能に影響が出ず、使用済み核燃料プールからの放射能漏れも起きないように義務づけている。
だが、UCSが今月発表した原発の安全性向上への提言「フクシマ後の米原子力」は、「NRCはより現実的な想定をすべきだ」と指摘した。作業に加わったデビッド・ロックボーム氏は、小型船で水辺から容易に近づける原発の存在を検証した。「福島では、津波によって冷却系が機能しなくなったが、爆破で似たような事態を引き起こすことは可能だ」と警告する。
福島で不安要因の一つとなった核燃料貯蔵プールについても、提言は「強固な防護施設の外に配置されているため放射能が外部にもれやすい。テロ攻撃を受ければ、原子炉よりもろい」と、対策強化を訴えた。(ワシントン=望月洋嗣、村山祐介)
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