「アニメの殿堂」・国のお墨付きのマンガなんて非常に気味の悪い感じがする/浦沢直樹

2009-06-29 07:50:37 | 社会
国のお墨付き 気味悪い

浦沢直樹さん
マンガ家
60年生まれ。99年「MONSTER」、05年「PLUTO」で手塚治虫文化賞マンガ大賞。ほかに「20世
紀少年」など。

まず第一に、国がマンガの美術館を作るということは何ら不自然ではない。
すでにある国立の美術館に並んでいる芸術作品と同じくらいの気合で、我々はマンガを描いている。
国立のマンガ美術館、やれるものならやってください、でも無理でしょう?というのが僕の考えだ。
アート全体にも言えることだが、マンガの中には政府や政治家にとって都合の悪いもの、眉をひそめる
ようなものがたくさんある。そういうものがほとんどだ、と言っていいくらいだ。
国や政府が保護したり育成したりバックアップしたりできる代物ではない。
例えば非常にエロチックなもの、あるいはくだらないもの、「くだらない」とくくられるもの、そんなマンガがすべて、
国の建設した建物の、劣化を防ぐために空調が完備された部屋の本棚にズラーッと並べられていたら、
さぞかし壮観だろう。
「ザマーミロ!」と叫びたくなるくらい気持ちいいね。
でもすべてのマンガを保管するのか?できるのか?現実的に考えて不可能。
マンガは国がどうこうできるほどこぢんまりしたものではない。
じゃあどこかで線引きするのか?
例えば赤塚不二夫先生のマンガには、担当編集者の靴下がどれほど臭いかをえんえん描いたような、
本当にくっだらないのがあってそのくだらなさがいいんだけど、「この作品はチャンとしているから保管しますが、
こっちはくだらないから要りません」と選別するのか?
僕はあらゆるマンガを100%同等に扱ってほしい。
国のお墨付きのマンガなんて非常に気味の悪い感じがするし、もしも政治家の皆さんにとって都合の
いいものばかり集められるとしたら、とても危険なことだ。
マンガは紙と鉛筆と消しゴムとペンさえあれば、お金はかからず、どんな権力とも闘える。
その独立性こそ根幹のはずだ。
推進する立場の方が言う「マンガ原稿を保存しなければ」という理屈も、よくわからないところがある。
マンガの原稿は極端なことを言えば版下。
本が出来てしまえば用済み、と考える人もいるし、パソコンで原稿を仕上げてデータで入稿するケースも
増えている。保存するならスキャンしてデータ化しておけばいいのではないか。
それに原稿はマンガ家個人のものだ。
保管は個人がすればいいし、本人や遺族が売りに出したいというのならそれも自由。
売るなとは言えないし、すべて買い取るのも無理だろう。
反対する側が「国営マンガ喫茶」という言い方をするが、嫌いな言葉だ。
「マンガごときに」と見下している感じがする。
マンガを愛していない人にマンガのことをあれこれ言われたくない。
この言葉に乗っかって騒ぐマスコミも嫌。
「国営マンガ喫茶、是か非か」なんてテーマを立てて取り上げたら、初めから「非」に決まってる。
よってたかってマンガをバカにしているようで不愉快だ。
「マンガごときに税金を」という考えがある限り、たとえ117億円をメディア芸術総合センター以外に使おうと
しても、同じ反応が起こる。
117億円使うんだったら使えばいい、マンガはそれだけの芸術だ、と僕は思う。
今回の騒動を、そんな相反する思いをもって見ている。
(聞き手・小原篤)

朝日新聞2009.6.28朝刊

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1 コメント

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いや~、ソレでも残念ながら甘いですねぇ。 (この人の最新作「ビリーバット」は右翼ウケが悪いけど。)
2009-06-29 11:05:02
下川事件を右翼世界の常識である「共産主義者の犯行」にしなかったり、登場する右翼「サロン」に戦時供出貴金属とかアジアから阿片売りで集めた「金塊」が存在する描写なんかがあるモンで。
ソレはソレは靖国原理主義を貫きたい右翼に都合が悪く、漫画評でも右翼系から総スカンを食らってる。
しかしね、本当に現実って命懸けなので。
多分、もう亡くなった世代の赤塚さんとか手塚さんとか、なら戦前戦中を知っているから、そんな甘い事は言わなかったと思う。
詰まりね、「お墨付きなんて出来るモンならやって見やがれ!でも出来ないだろ」って部分ですね。
やるとなったら、国家権力はやるに決まっており、しかも「国立東京」と名誉ある(と感じる)所に置いて欲しいと思う漫画家は必ず居て、迎合した物を書くようになり、インディペンデント系と分裂するか、さもなくば漫画界が全滅か。
ソノ位に権力の魔力というモノは凄まじい。
ソレは追体験だろうと実体験だろうと、戦争を見ているとヨク判る。
現状の「国立東京」と冠が着かない地方の、特に反骨が強いトコとか、乱立してミュージアムがある状態が未だしも安全でしょう。
私の立場からすれば、右肩下がりの時代になっても尚、貧乏人が艱難辛苦の末に編み出したモノを有名になってから乗っ取り、利権化して換骨奪胎、人畜無害で無力なモノに変えて行く、高度成長以来の手法が経済対策と信じている自民党が気持ち悪くてならない。
まるで、ゾンビのようだ。
寧ろ、最も弱い部分を底上げする社会保障策を、一寸正気か?と驚く位の規模と手法でやらないと行けない所に来ているだろうに。
彼等は全く外資売国の夢から覚めていない。
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