[TUP-Bulletin] 速報738号 レベッカ・ソルニット「サパティスタ訪問記」(2)

2008-02-16 09:16:32 | 世界
第三回対面会の発言

エンクエトロの会場は、波トタン屋根の大きな倉庫のような集会所だった。
梁材はとても長く、運ぶのに田舎道のカーブを曲がりきれそうにないので、
現地の木を切り倒したもののようだ。木の壁には、バナー[旗や横断幕]が
張られ、壁画が描かれている。(壁画のひとつは、武器をもったサパティス
タ女性を描いたもので、その添え書きに「皮下脂肪はOK、拒食はダメ」と
あった) 未完の壁画には、ばかでかいトウモロコシの穂が描かれている
が、その上半分はサパティスタの目出し帽に突っこまれ、両目が覗いてい
る。地元の芸術家たちが寄進した刺繍作品のいくつかには、トウモロコシが
なっているはずの位置にサパティスタたちの顔がなっている茎が描かれてい
る。これらすべて――カタツムリやトウモロコシ生〈な〉りのサパティスタ
など――は、叛乱者たちが、自然で普遍的、実り豊かなものであることを表
現している。

日に3回か4回、集会所の外に設置された屋根つきステージで、男がのんび
りした調子の小品をオルガン演奏し、色彩豊かな服で装い、目出し帽やバン
ダナを着用したサパティスタ女性たち、おそらく250人ほどが一列になっ
て集会所に入場し、舞台上に並べられた背のないベンチに着席した。世界中
からやってきた聴衆の女たちは空いたベンチに固まって座り、男たちは集会
場後方で思い思いに群がった。すると、一度にひとりのカラコルが簡潔な発
言をして、質問を書面で受け付けるのだった。4日間の会期中、全部で5人
のカラコルが、彼女らの状況について現実的側面とイデオロギー的見地から
見解を表明した。彼女らは、答えにくい(時には、気に障る)質問に対し
て、簡明で直截、手際よく応じていた。彼女らは、革命を生きること、言い
換えればメキシコ政府からの自立という課題について、また、それだけでは
なく、みずからを律し、自由と公正の意味をみずから決定することを学ぶと
いう課題についても話したのだ。

サパティスタの叛乱は、その発端からしてフェミニズム[女性解放運動]
だった。司令の多くは女性である――ちなみに、今回のエンクエントロは、
物故したラモナ司令に捧げられており、彼女の肖像がどこにでもあった。サ
パティスタ領域内の女性の解放は、闘争の中核部分となってきた。宣言類
が、この意味――強制結婚、無知、家庭内暴力、その他の形態の服従からの
解放――を明確にしている。女たちは声をあげて文書を読みあげていたが、
その何人かは神経が高ぶり、声がひきつっていた。そして、このような読み
書きじたいが、革命の一端としての識字とスペイン語の普及の証明になって
いた。おおかたのサパティスタの第一言語は先住民族語であり、だから、ス
ペイン語で話す場合、彼らはかしこまった宣言調の明確さをもって話すの
だった。彼らは、発言の冒頭で、渦巻状に広がっていく聴衆に向かって、
“hermanos y hermanas, companeras y companeros de la selva, pueblos
del Mexico, pueblos del mundo, sociedad civile”――「兄弟姉妹、降雨
森林の仲間、メキシコ国民、市民社会のみなさん」――と、改まった挨拶を
することが多かった。続けて、自分たちにとっての革命の意味を語るのだ。

「私たちは無権利の状態にありました」と、ひとりが蜂起以前の時代につい
て発言した。別のひとりが次のように続けた。「最も悲しかったのは、私た
ちがみずからの苦境を理解できなかったことです。なぜ自分たちは虐げられ
ているのか。だれひとり、私たちの権利を私たちに教えてくれませんでし
た」

「この闘争は、私たち自身のためだけのものではありません。万人のための
ものなのです」と、3人目が発言した。もうひとりが、次のように私たちに
直接語りかけた。「あなたがたにお願いします。ネオリベラリズムを排除す
るために、世界の女性として結集するのです。新自由主義は、私たち万民を
痛めつけてきました」

彼女らは1994年以来の暮らしむきの改善ぶりを語った。大晦日のこと、
覆面女性らのひとりが次のように明言した――

「私たちは、(抑圧の)責任があるのは資本主義者の制度であると考えてい
ますが、もはや恐れてはいません。あまりにも長いあいだ、彼らは私たちを
馬鹿にしていましたが、サパティスタの私たちに対して、だれひとりとし
て、虐待をできないでしょう。たとえ夫たちが私たちを虐待するとしても、
私たちは自分が人間であることを知っています。いまや、女性たちは夫らや
父親らに虐待される存在ではないのです。いまでは、一部の夫たちは、私た
ちを支え、助けてくれますが、それが全所帯でというわけではなく、チョビ
チョビです。すべての女性のみなさんに、私たちの権利を守り、マッチョ主
義に対して戦うようにお勧めします」

彼女らは、世界を変革し、自由な未来を築くための実践、教育、医療、地域
社会組織のための新しい可能性の追求、新しい社会の日常作業について語っ
た。彼女らの何人かは、赤ん坊連れで――そして、暮らしぶりこみで――ス
テージに上がった。とあるピリピリした瞬間に、小さな女の子がステージを
駆けて横切り、覆面の母親にキスし、ハグをした。時には、幼い女の子たち
も覆面をしていた。

マリベルという名のサパティスタが、叛逆が始まったころの様子を語った。
蜂起のまえに会合したりオルグしたりしたときの隠密行動について次のよう
に述べた――

「私たちは、1月1日までの潜伏中に前進することを学びました。これが、
種子が生育したとき、私たち自身を光のなかへ運んだときでした。1994
年元日、私たちは、私たちの夢と希望とをメキシコ中に、そして世界に伝え
ました。そして、私たちはこの種子の世話をつづけるでしょう。私たちのこ
の種子を、私たちの子どもたちに与えているのです。形態は違っていても、
みなさん全員が闘うことを私たちは願っています。闘いは万民のためのもの
なのです……」

サパティスタは、安楽だったり安全だったりする未来を勝ちとってはいな
い。だが、彼らが達成したものは、すべての初期声明で触れられ、エンクエ
ントロ会期中、繰り返し連発されもした言葉「尊厳」である。また、彼らは
希望を生みだした。“Esperanza”、つまり「希望」は、サパティスタ領域
内で逃れられない、もうひとつの言葉である。“La tienda de
esperanza”、「希望の店」という塗装のない木造店舗があり、ミカンやア
ヴォカドを売っていた。朝の何回か、私はcomedor[食堂]でcafe con
leche[ミルクコーヒー]とシナモン風味の甘いミルクご飯の食事をした。
その店の手書き看板には次のように書かれていた――「叛乱中の自治集落食
堂……希望の夢」。サパティスタのマイクロバスの車体は、次のようなス
ローガンで飾られていた――「共同体は希望を生む」(共同体を表すスペイ
ン語“collective”には、バスの意味もある)

夜更けもすぎてゆき、新年のまさしく夜明けごろ、男たちがふたたび発言す
るように求められ、新年のダンス音楽が鳴り響くステージにひとりの男性が
あがって、自分もそうだが、他の男性陣もお話を拝聴していて、ずいぶん勉
強になりました、と述べた。

この革命は完全無欠ではない。そのさまざまな短所をあげつらう声が、メキ
シコの他の場所から、そしてエンクエントロ会場にいたインターナショナル
[国際労働運動関係者]たちからも聞こえるのも稀ではなかった(例えば、
トランスジェンダー[*]人格や中絶に対する小農女性の姿勢といった、た
めにする質問を何回も浴びせかけていた)。それでも、これは驚くばかりに
実り多い出発なのだ。
[trans-gender=性不一致。語意に、日本のメディアでいう「性同一性障
害」のような異常や病気のイメージはない]

[写真4]壁画が描かれ、洗濯物が干されたサパティスタの学校
http://www.tomdispatch.com/post/174881

カタツムリと夢の速度

彼らの願いの多くはすでに実現した。女性たちの証言は、具体的に土地、諸
権利、尊厳、自由、自治、読み書き能力の獲得、民衆を踏みつける悪意の地
方政府ではなく、民衆に従う善意の地方政府の樹立といった例をあげてい
た。彼らは、包囲攻撃網のなかで自分たちの地域共同体を構築し、世界に発
信しているのだ。

密林から、貧困のさなかから出現した彼らは、企業のグローバル化――19
90年代、さながら世界制覇を達成するかのように見受けられたネオリベラ
ルの野望――に対抗する最初の明瞭な声のひとつだった。それは、もちろ
ん、1999年世界貿易機構シアトル会合の不意打ち封鎖など、新自由主義
の野望とその衝撃に対する画期的でうまくいった世界規模の抵抗行動に先駆
けていた。サパティスタは、不可視や無力、無視に対する先住民の叛逆が、
いかに大胆になれるものかを如実に示したのだ。しかも彼らは、ボリヴィア
からカナダ北部にいたる他の先住民運動が南北両アメリカにおける実権の配
当を獲得するのに先んじていた。「たくさんの世界が存在可能な世界」とい
う彼らのイメージは、大きな違いを包みこむ懐の深い連合、フランス、イン
ド、韓国、メキシコ、ボリヴィア、ケニア、その他の狩猟採集民、農夫、工
場労働者、人権活動家、環境主義者の同盟の出現を表す言葉になった。

彼らのヴィジョンは、「グローバル化政策」推進論者と20世紀の近代主義
革命とがともに構想した均一化世界に対するアンチテーゼを提示した。彼ら
は、政治言語の刷新にすてきな役割を果たしてきた。もっと創意に富んだ、
もっと民主的な、もっと分権化された、もっと草の根に近い、もっと遊び心
にあふれた世界を築きたいと願う万民にとって、彼らは道案内であってき
た。いま、彼らは、メキシコ政府が抵抗のカタツムリを踏みつぶし、エンク
エントロの女性たちがみずからを語りながらも体現していた諸権利や尊厳を
粉砕しかねない――そして、大量の血を流しかねない――脅威に直面してい
る。

1980年代、わが国の政府が中央アメリカの汚い戦争に資金を注ぎこんで
いたころ、具体的には米国の2団体が、そのような弾圧・拷問・暗殺政治に
対抗していた。そのひとつは「抵抗の誓い(the Pledge of Resistance)」
であり、米国がサンディニスタ治下のニカラグアに侵攻する場合、あるいは
そうしなくても、中米の独裁政府や暗殺部隊への関与を深める場合、市民と
しての反抗で対応すると約束する署名を数十万人分集めた。もうひとつは
「平和をめざす証人(Witness for Peace)」であり、中米全域の地域社会
にグリンゴ[白人系外人]を立会人や非武装護衛として配置した。

エルサルヴァドルやグアテマラのような国々では、カンパシーノを殺害した
り消したりすることは簡単にできたが、アメリカ国民に対して、あるいはそ
の面前でするのは、もっとやばいことになる行為だった。ヤンキー立会人た
ちは、肌色や国籍の特権を他者の盾〈たて〉に利用し、さらに目撃内容を証
言した。私たちは、世界のとても大勢の活動家たちがサパティスタに感じた
連帯を強めなければならない瞬間、その連帯を、「火と言葉」――とても多
くの叛逆心をもつ人びとを暖めてきた「火」、私たちに世界を新たに想像す
ることを教えてきた「言葉」――の源を守りうるなにかに強化しなければな
らない時点に立ちいたっている。

米国とメキシコとは、獲物を空から襲う猛禽、ワシを国章に共通して用いて
いる。サパティスタは、見落としかねない小さな生き物、巻貝の殻をもつカ
タツムリを選んだ。こっちは、慎みや謙虚さ、大地との接触、そして、革命
は雷光のごとくに始まるかもしれないが、ゆっくりと忍耐強く、着実に実現
されるという認識を物語っている。革命の古い概念は、ひとつの政府をもう
ひとつの政府に替えると、新政府がどうにかして私たちを自由にし、万事を
変革してくれるというものだった。いまや、私たちのますます多くの者が、
私たちの前に立った例の女性たちが証言したように、変革は今日一日を生き
る修練であるということ、革命だけが生きかたを変革しうる領域を保障する
ということを理解している。1990年サパティスタ蜂起以前の10年にわ
たる計画期間に示されているように、革命の発足は容易なことではなく、革
命を生きることと、脅威や旧弊がなくなるまでぐらつかせてはならない信念
と修練とは――言うならば――やはり困難な道である。ほんものの革命は
ゆっくりと進む。

ロバート・リチャードソンが著したソロー[1]伝にすてきな一節があり、
全ヨーロッパ的な1848年革命[*]に言及して、ニューイングランドの
情況と当時に数多く勃興した生活共同体について次のように述べている――
「創始者の大多数は、既存秩序の破壊よりも、模範の構築に関心があり、そ
れらは成功のゆえに手本になった。そのころでもアメリカのユートピア社会
主義は1848年の精神に幅広い共通点をもっていた」
[1.Henry David Thoreau(1817-62)=ニューイングランドの思想家・著
述家。主著『市民としての反抗』、『ウォールデン――森の生活』]
[2.パリに二月革命。ルイ・フィリップ王を追放して、第二共和制が成
立。これを契機としてヨーロッパ諸国に自由主義革命運動が勃発、ウィーン
やベルリンで三月革命が起こり、ウィーン体制が崩壊]

攻勢に出て、国家とその制度を変革することもできるのであり、これを私た
ちは革命と認識するが、政府の管轄外に独自の制度を築くこともできるので
あり、これもやはり革命なのだと、この文は実にハッキリ言っている。家
族、ジェンダー[性別関係]、食料供給システム、労働、住宅、教育、医療
と医師・患者関係、環境の構想、それについて語るための言葉、それに言う
までもなく日常生活のもっともっと多くのあれこれを人びとが改革している
いま、この――叛逆だけではなく――創造が、私たちの時代の革命の性格の
主要部分になっている。革命の幻想とは、それが万事を様変わりさせ、体制
革命が違いを生み、ときには非常に建設的なものになるということである
が、日常生活を根本的に違ったものにすることは、もっと時間がかかり、や
ることがどんどん増える作業なのだ。この場では、指導者はお門違いにな
り、ひとつひとつの暮らしが大事になる。

サパティスタに時間を与えよう。彼らの世界、私たちの暮らしや社会のあり
うる別の姿を明示してくれる世界の構築をつづける時間――渦巻が広がり、
カタツムリが進む、ゆったりした時間――を与えよう。私たちの気候帯や脱
工業化社会が、彼らの亜熱帯農民運動にあてはまらないのと同じように、私
たちの革命は、彼らのとは違っているはずだが、それでも、尊厳や想像、希
望のゆっくりした力、そして彼らがイメージや言葉で示す遊び心に導かれる
はずである。集会所での証言は12月31日遅くに終わった。真夜中、ダン
スたけなわのさなか、革命は14年目を迎えた。願わくは、内側へ、外側
へ、革命が末永く渦巻きますように。

[筆者]
レベッカ・ソルニットは、前に叛乱解放区でキャンプしたとき、西部ショ
ショーン防衛プロジェクト、つまりネヴァダ州のショショーン民族が米国政
府に土地を割譲したことはないと――確かな法的根拠をもって――主張する
運動の世話役だった。その物語は、1994年のソルニット著“Savage
Dreams: A Journey into the Landscape Wars of the American West”
《1》[仮題『未開の夢――アメリカ西部、景観戦争への旅』]で語られて
いるが、トム・エンゲルハートが出版の助力をした本『暗闇のなかの希望
――非暴力からはじまる新しい世界』[七つ森書館]《2》では、その後に
サパティスタから受けたインスピレーションが極めて明確だ。彼女は次回作
の11章目を執筆中である。
http://www.amazon.co.jp/dp/0520220668 《1》
http://www.amazon.co.jp/dp/4822805964 《2》

[原文]
Tomgram: Rebecca Solnit, Journey into the Heart of an Insurgency
Tomdispatch.com, posted January 15
http://www.tomdispatch.com/post/174881
Copyright 2008 Rebecca Solnit

[サイト紹介]
トムディスパッチ・コム――抗主流メディア毒常設サイト:
http://www.tomdispatch.com/
9・11後の私たちの世界を深く理解し、私たちの帝国的な世界が現実にど
う動いているのかを明確に認識したい人たちのための評論の場
主宰・編集者トム・エンゲルハート: 
http://www.tomdispatch.com/p/about_tom
寄稿者一覧: http://www.tomdispatch.com/p/guest_authors
コンタクト: http://www.tomdispatch.com/contact/tom_engelhardt

[参考サイト]
サパティスタとは何か
――メキシコ先住民運動関西グループ
http://homepage2.nifty.com/Zapatista-Kansai/

[翻訳] 井上利男 /TUP

サパテイスタ訪問記(1)http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/d18277c35fd68b968f3b2cba7b398e6c
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