「国策、空襲被害を拡大」と研究者が証言  大阪空襲訴訟・大阪地裁/朝日新聞・大阪

2011-03-03 13:16:35 | 社会
太平洋戦争末期の大阪大空襲の被災者・遺族ら23人が、国に謝罪と賠償を求めた大阪空襲訴訟の第8回口頭弁論が28日、大阪地裁であった。戦時中の防空法制に詳しい水島朝穂・早稲田大教授(憲法学)が原告側証人として出廷し、「空襲で火炎地獄になっても市民を都市に縛り付けた国の政策が、被害拡大の要因となった」と証言した。

 訴訟は、国が旧軍人・軍属には恩給や年金を支給しながら、一般市民の空襲被害は「受忍(我慢)すべきだ」として援護措置を取らない是非などが争点となっている。

 水島教授は、日米開戦直前の1941年、国が「防空法」の改定や内務省通達で、都市住民が空襲を逃れる目的で転居することを原則禁止し、空襲時の消火義務を課し、違反者には多額の罰金を適用したことを説明。こうした政策は隣組やマスコミを通じて徹底され、多数の逃げ遅れを招いたと指摘し、「国には空襲被害者に補償する作為義務がある」と主張した。

 また、水島教授は95年に公開された帝国議会貴族院秘密会議速記録を紹介。東京大空襲(45年3月10日)の4日後、被害状況を報告した大河内輝耕議員が「(政府から)火は消さなくていい。まず逃げろと言って頂きたい」と発言したのに対し、大達茂雄内務大臣が戦意喪失につながるとの懸念から「初めから逃げてしまうと言うのはどうか」と拒むやりとりがあったことを挙げ、「『消火の足手まとい』として疎開させた児童らを除き、終戦まで、人命を救うことを優先すべきだという見解は採用されることはなかった」とした。

 ◎国、署名たらい回し後返送◎

 大阪空襲訴訟の提訴前の2007年、空襲で身体に障害を負った被災者が国に援護を求めて街頭で集めた署名を、厚生労働省と内閣府が「たらい回し」にした後、受け取りを拒否したと、28日の原告本人尋問で安野輝子さん(71)が明らかにした。

 安野さんによると、署名を集めたのは、原告団の前身の「関西戦災者傷害者の会」。07年3月から7月にかけてJR天王寺駅前などで約3千人分を集め、上京して厚労省に提出した。しかし、8月になって担当者から「受け取れない」と連絡があった。後日、返送されてきた署名簿には、厚労省と内閣府がお互いに「当庁の所管でない」と押しつけあったことを記録した文書が添えられていたという。安野さんは「国に署名さえ受け取ってもらえないことが、裁判を考える動機になった」と話した。

 朝日新聞の取材に対し、厚労省は「空襲を含む一般戦災者の援護を定めた法律はなく、内閣府に判断を仰ごうと考えたのではないか」、内閣府は「当時の担当者が異動しわからない」と話した。
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001103010001

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