「現在、世界の文明が歩んでいる経済路線は、環境面から見ると持続不可能である。経済を衰退させ、最終的には経済の崩壊へと向かわせる道である」。レスター・ブラウンは、彼の新著『プランB 2.0:ストレス下にある地球と窮地に陥った文明を救うために(仮邦題)』(W.W.ノートン・アンド・カンパニー)でこのように述べている。
「森林面積の縮小、砂漠化の進行、地下水位の低下、土壌の浸食、漁場の崩壊、
気温の上昇、氷の融解、海面の上昇、ますます破壊力を増す暴風雨など、人類が
引き起こした環境の変化のために世界経済は徐々に衰退しつつあると、かねてか
ら環境科学者は警鐘を鳴らしていた」と、ワシントンDCを拠点とする独立系環
境研究所であるアースポリシー研究所の所長であり創設者でもあるブラウンは続
ける。
「どのような社会も、それを支える環境システムが衰退する中では生き延びられ
ないことは明白であるが、経済システムの再構築が必要であることをきちんと認
識している人はまだ多くない。しかし基礎的な資源のほとんどについて、中国が
米国の消費量を超えた今、この認識は変わりつつある」。ラナン財団と国連人口
基金から大きな資金援助を受けて発行された『プランB 2.0』の中で、ブラウン
はこう言及する。
基礎物資(食料部門の穀物と食肉、エネルギー部門の石油と石炭、工業部門の鉄
鋼)のうち、石油を除く4つの物資で、中国の消費量は米国を超えている。食肉
の消費はほぼ2倍(中国6,700万トン・米国3,900万トン)、鉄鋼は2倍以上(中
国2億5,800万トン・米国1億400万トン)である。
この数字は、国内総消費量での比較である。「しかし、1人当たりの消費水準で、
中国が米国に追いついたらどうなるか?」とブラウンは問う。「中国経済が年8
%の成長を続けると、2031年には1人当たりの所得が現在の米国の水準に達する
だろう」
「この時点で中国国民1人当たりの資源消費量が現在の米国の水準に達している
とすれば、人口14億5,000万人に膨らむと予測されるこの国は、現在の世界全体
の穀物収穫量の3分の2に相当する量を消費することになる。また、紙の消費量
は現在の世界の生産量の2倍に拡大し、世界中の森林が伐採しつくされることに
なる」
やがて、中国が現在の米国と同じように4人に3台の割合で車を所有するように
なると、車の保有台数は11億にのぼる。現在、世界全体でも8億台である。中国
がこれだけの莫大な台数に対応できる一般道路や幹線道路、駐車場を整備するに
は、現在のコメの作付面積と同じ広さの土地を舗装しなければならない。この消
費水準を支えるには、1日当たり9,900万バレルの石油が必要になるということ
だ。現在、世界の生産量は8,400万バレルで、これ以上の増産は不可能であると
思われる。
化石燃料と自動車に依存した使い捨て経済である欧米型経済モデルは、中国では
機能しないだろう。中国で機能しないのであれば、2031年までに中国の人口を上
回ると予測されているインドでも通用しない。二国で通用しないような経済モデ
ルなら、それ以外の開発途上国に住む、「アメリカンドリーム」を夢見る30億の
人々にも役に立たない。
また、世界経済の統合が加速し、各国がこぞって石油、穀物、鉄鋼を奪い合うよ
うな状況においては、先進国でも既存の経済モデルはもはや通用しなくなるだろ
う、とブラウンは指摘する。中国を見れば、従来型の経済モデルが終焉を迎える
のも時間の問題であることが分かる。
21世紀初頭の世界文明を持続させることができるかどうかは、今や、多様な輸送
システムを持ち、再生可能なエネルギーとリユース/リサイクルを基盤とした経
済に移行できるかどうかにかかっている。従来通りのやり方を続けていく(プラ
ンA)では、私たちは自分の望むところにたどり着くことができない。今こそ
「プランB」に移行し、新しい経済、ひいては新しい世界を構築するときなのだ。
プランBは以下の3つの要素から成る。(1)文明を持続できるような世界経済
を再構築する。(2)発展途上国における貧困の解消、人口の安定、希望の回復
に全力を挙げて取り組み、これらの国々にもそうした取り組みへの参画を促す。
(3)自然システムを回復させるための体系的な努力を行う。
新しい経済の片りんは、西ヨーロッパのウインドファーム(集合型風力発電所)、
日本の屋根や屋上に設置されている太陽電池、米国で急増しているハイブリッド
車、韓国の植林された山々、アムステルダムの自転車が走りやすい道などにうか
がうことができる。ブラウンは以下のように述べている。「経済発展を維持でき
る経済システムを構築するために、必要とされているほぼすべての試みは、すで
に世界のどこかで実行されつつある」
「風力、太陽電池、太陽熱、地熱、小規模な水力、バイオマスなど新たなエネル
ギー源の中で、主要なエネルギー源となりつつあるのが風力である。世界に先駆
けて風力時代へと進んでいるヨーロッパでは、現在、約4,000万人分の家庭用電
力が風力発電によってまかなわれている。欧州風力エネルギー協会(EWEA)
は、2020年までに、この地域の人口の半分にあたる1億9,500万人分の家庭用電
力を風力発電で満たすことができるようになる、と予測している」
「風力エネルギーは、豊富、安価、無尽蔵、広く行き渡っている、クリーン、気
候に悪影響を与えないといった6つの理由から急成長している。こうした特性す
べてを合わせ持つエネルギー源は他にはない」
米国の自動車の燃料効率についていえば、ガソリン消費量と炭素排出量を大幅に
削減する鍵は、ガソリンと電気を併用するハイブリッド車にある。昨年米国内で
販売された新車の平均燃費はリットル当たり約9.3キロメートルだったが、トヨ
タのプリウスの燃費は約23.2キロメートルだ。
もし米国が、石油の安全保障と気候の安定化のために、今後10年間で国内のすべ
ての乗用車を超低燃費のハイブリッド車に変えることを決断すれば、ガソリン消
費量の5割は簡単に減らせるだろう。しかもこの方法では車の数や走行距離を減
らす必要はない。現在実用化されている、最も効率の良い自動車動力の技術に移
行するだけでよいのだ。
さらに、ハイブリッド車にもう一つ蓄電池を積んで、コンセントに差し込めるよ
うにすれば、毎日の通勤や買い物などの短距離運転は電気でまかなうことができ
る。これで米国のガソリン消費量はさらに2割減らせるので、合わせて7割の削
減が可能になる。また、米国全土に数多く点在しているウインドファームに投資
して、安い電力を送電網に送れるようにすれば、短距離運転のほとんどは風力エ
ネルギーで行える。これで炭素排出量と世界の石油供給への圧力を大幅に減らす
ことができる。
ウインドファームから送られてくる電気を使って、電力需要の低い午前1時から
午前6時の間にタイマーで蓄電池を充電すれば、燃料代はガソリンに例えると
1ガロン当たり50セント(1リットル当たり約15円)程度で済む。私たちは、先
細りする石油に代わる、無尽蔵でしかも非常に安いエネルギーを利用できるのだ。
「経済発展を維持できる経済システムを作るためには、国際社会の協力が必要で
ある」とブラウンは言う。「取り組むべきことは、貧困をなくして人口を安定さ
せることであり、それはまた貧困に苦しむ人々に希望を取り戻すことでもある。
貧困が解消されることによって、家族規模の縮小が進む。家族の少人数化が進め
ば、それがまた貧困をなくすことへとつながっていく」
貧困解消のために真っ先に資金を投入すべきものには、初等教育の普及、最も貧
しい子供たちへの学校給食プログラム、子供へのワクチン接種など村落レベルで
の基本的な医療サービス、世界のすべての女性を対象としたリプロダクティブ・
ヘルスおよび家族計画サービスが挙げられる。これらの目標を達成するためには、
毎年合計で680億ドル(約7兆8,200億円)の資金が新たに必要になる。
「しかしこうした貧困対策も、経済活動を支える自然のシステムが崩壊してしま
えば、どれ一つとして成功しないだろう」とブラウンは指摘する。「つまり地球
を再生するための予算編成が必要だということだ。森林や漁場を再生し、過放牧
をやめ、生物多様性を保護する。水の生産性を高めることで、地下水位を安定さ
せ、河川の流量を回復させる。これらの取り組みを世界規模で行うと、さらに年
間930億ドル(約10兆7,000 億円)の費用が必要になる」
これらの社会的目標と地球再生のための要素を「プランB」の予算としてまとめ
ると、年間1,610億ドル(約18兆5,200億円)の資金が新たに必要になる。これは
莫大な投資である。しかし、これらは慈善活動ではなく、子供たちが生きる未来
の世界への投資なのだ。
「経済の衰退が始まる前に、新しい経済システムを構築することができないとす
れば、それは財源不足のせいではなく、資金投入の優先順位が時代に即していな
いせいだろう」とブラウンは付け加える。
「現在、世界で年間9,750億ドル(約112兆1,250億円)が軍事目的に使われてい
る。2006年の米国の軍事予算は4,920億ドル(約56兆5,800億円)と世界全体の半
分を占め、その大半は、新たな兵器システムの開発や製造に充てられる。残念な
がら、こうした兵器は、テロの抑止にはほとんど役に立たないし、地球の森林消
失を食い止めて再生させることも、気候を安定化させることもできない」
「経済を脅かし、ひいては21世紀初頭の私たちの文明そのものを脅かす、環境の
破壊や崩壊の趨勢を前にすれば、今日の国の安全保障に対する軍事的脅威もかす
んでしまうほどだ。新たな脅威には、新たな戦略が必要になる。ここで言う新た
な脅威とは、環境の劣化や気候変動、根強い貧困、希望の喪失である」
米国の軍事予算は、こうした新たな脅威に全く対応していない。米国が、軍事費
4,920億ドル(約56兆5,800億円)から財源を振り向け、「プランB」の予算とし
て総額1,610億ドル(約18兆5,200億円)の負担を引き受けたとしよう。それでも
なお、米国の軍事費は、他の北大西洋条約機構(NATO)加盟国に、ロシア、
中国を加えた軍事費の総額を上回る。
経済発展を維持できる経済システムの構築に必要なあらゆる資源のうち、最も不
足しているのは時間である。気候変動に関して言えば、私たちはもう取り返しの
つかないところまで近づいているのかもしれない。「時計の針を戻したい!」そ
んな衝動に駆られる。でも、私たちにそれはできない。時を刻んでいるのは自然
なのだから。
決断のときである。環境問題で苦境に陥ったかつての文明と同じように、私たち
は、これまで通りのやり方に固執して、世界経済が衰退し、しまいには崩壊して
いくのをただ黙って見ていることもできる。あるいは、「プランB」へ移行し、
経済発展を維持できる経済システムを構築することもできるのだ。
「私たちの置かれている状況がいかに深刻で、今まさに下そうとしている決断が
どれほど重要なのかを、言葉で言い表すのは難しい」とブラウンは言う。「待っ
たなしの対応が迫られていることを、どうすれば伝えられるだろうか? 明日で
は手遅れになってしまうのではないだろうか?」
「いずれにしても、決断を下すのは私たちの世代である。それはまず間違いない。
しかしその決断は、これから何世代にもわたって地球に生まれてくるすべての生
命に影響を及ぼすことになるだろう」
http://www.earthpolicy.org/Books/PB2/index.htm
翻訳:森由美子、西垣亜紀、浜崎輝、小野寺春香
チェッカー:田村優子
「森林面積の縮小、砂漠化の進行、地下水位の低下、土壌の浸食、漁場の崩壊、
気温の上昇、氷の融解、海面の上昇、ますます破壊力を増す暴風雨など、人類が
引き起こした環境の変化のために世界経済は徐々に衰退しつつあると、かねてか
ら環境科学者は警鐘を鳴らしていた」と、ワシントンDCを拠点とする独立系環
境研究所であるアースポリシー研究所の所長であり創設者でもあるブラウンは続
ける。
「どのような社会も、それを支える環境システムが衰退する中では生き延びられ
ないことは明白であるが、経済システムの再構築が必要であることをきちんと認
識している人はまだ多くない。しかし基礎的な資源のほとんどについて、中国が
米国の消費量を超えた今、この認識は変わりつつある」。ラナン財団と国連人口
基金から大きな資金援助を受けて発行された『プランB 2.0』の中で、ブラウン
はこう言及する。
基礎物資(食料部門の穀物と食肉、エネルギー部門の石油と石炭、工業部門の鉄
鋼)のうち、石油を除く4つの物資で、中国の消費量は米国を超えている。食肉
の消費はほぼ2倍(中国6,700万トン・米国3,900万トン)、鉄鋼は2倍以上(中
国2億5,800万トン・米国1億400万トン)である。
この数字は、国内総消費量での比較である。「しかし、1人当たりの消費水準で、
中国が米国に追いついたらどうなるか?」とブラウンは問う。「中国経済が年8
%の成長を続けると、2031年には1人当たりの所得が現在の米国の水準に達する
だろう」
「この時点で中国国民1人当たりの資源消費量が現在の米国の水準に達している
とすれば、人口14億5,000万人に膨らむと予測されるこの国は、現在の世界全体
の穀物収穫量の3分の2に相当する量を消費することになる。また、紙の消費量
は現在の世界の生産量の2倍に拡大し、世界中の森林が伐採しつくされることに
なる」
やがて、中国が現在の米国と同じように4人に3台の割合で車を所有するように
なると、車の保有台数は11億にのぼる。現在、世界全体でも8億台である。中国
がこれだけの莫大な台数に対応できる一般道路や幹線道路、駐車場を整備するに
は、現在のコメの作付面積と同じ広さの土地を舗装しなければならない。この消
費水準を支えるには、1日当たり9,900万バレルの石油が必要になるということ
だ。現在、世界の生産量は8,400万バレルで、これ以上の増産は不可能であると
思われる。
化石燃料と自動車に依存した使い捨て経済である欧米型経済モデルは、中国では
機能しないだろう。中国で機能しないのであれば、2031年までに中国の人口を上
回ると予測されているインドでも通用しない。二国で通用しないような経済モデ
ルなら、それ以外の開発途上国に住む、「アメリカンドリーム」を夢見る30億の
人々にも役に立たない。
また、世界経済の統合が加速し、各国がこぞって石油、穀物、鉄鋼を奪い合うよ
うな状況においては、先進国でも既存の経済モデルはもはや通用しなくなるだろ
う、とブラウンは指摘する。中国を見れば、従来型の経済モデルが終焉を迎える
のも時間の問題であることが分かる。
21世紀初頭の世界文明を持続させることができるかどうかは、今や、多様な輸送
システムを持ち、再生可能なエネルギーとリユース/リサイクルを基盤とした経
済に移行できるかどうかにかかっている。従来通りのやり方を続けていく(プラ
ンA)では、私たちは自分の望むところにたどり着くことができない。今こそ
「プランB」に移行し、新しい経済、ひいては新しい世界を構築するときなのだ。
プランBは以下の3つの要素から成る。(1)文明を持続できるような世界経済
を再構築する。(2)発展途上国における貧困の解消、人口の安定、希望の回復
に全力を挙げて取り組み、これらの国々にもそうした取り組みへの参画を促す。
(3)自然システムを回復させるための体系的な努力を行う。
新しい経済の片りんは、西ヨーロッパのウインドファーム(集合型風力発電所)、
日本の屋根や屋上に設置されている太陽電池、米国で急増しているハイブリッド
車、韓国の植林された山々、アムステルダムの自転車が走りやすい道などにうか
がうことができる。ブラウンは以下のように述べている。「経済発展を維持でき
る経済システムを構築するために、必要とされているほぼすべての試みは、すで
に世界のどこかで実行されつつある」
「風力、太陽電池、太陽熱、地熱、小規模な水力、バイオマスなど新たなエネル
ギー源の中で、主要なエネルギー源となりつつあるのが風力である。世界に先駆
けて風力時代へと進んでいるヨーロッパでは、現在、約4,000万人分の家庭用電
力が風力発電によってまかなわれている。欧州風力エネルギー協会(EWEA)
は、2020年までに、この地域の人口の半分にあたる1億9,500万人分の家庭用電
力を風力発電で満たすことができるようになる、と予測している」
「風力エネルギーは、豊富、安価、無尽蔵、広く行き渡っている、クリーン、気
候に悪影響を与えないといった6つの理由から急成長している。こうした特性す
べてを合わせ持つエネルギー源は他にはない」
米国の自動車の燃料効率についていえば、ガソリン消費量と炭素排出量を大幅に
削減する鍵は、ガソリンと電気を併用するハイブリッド車にある。昨年米国内で
販売された新車の平均燃費はリットル当たり約9.3キロメートルだったが、トヨ
タのプリウスの燃費は約23.2キロメートルだ。
もし米国が、石油の安全保障と気候の安定化のために、今後10年間で国内のすべ
ての乗用車を超低燃費のハイブリッド車に変えることを決断すれば、ガソリン消
費量の5割は簡単に減らせるだろう。しかもこの方法では車の数や走行距離を減
らす必要はない。現在実用化されている、最も効率の良い自動車動力の技術に移
行するだけでよいのだ。
さらに、ハイブリッド車にもう一つ蓄電池を積んで、コンセントに差し込めるよ
うにすれば、毎日の通勤や買い物などの短距離運転は電気でまかなうことができ
る。これで米国のガソリン消費量はさらに2割減らせるので、合わせて7割の削
減が可能になる。また、米国全土に数多く点在しているウインドファームに投資
して、安い電力を送電網に送れるようにすれば、短距離運転のほとんどは風力エ
ネルギーで行える。これで炭素排出量と世界の石油供給への圧力を大幅に減らす
ことができる。
ウインドファームから送られてくる電気を使って、電力需要の低い午前1時から
午前6時の間にタイマーで蓄電池を充電すれば、燃料代はガソリンに例えると
1ガロン当たり50セント(1リットル当たり約15円)程度で済む。私たちは、先
細りする石油に代わる、無尽蔵でしかも非常に安いエネルギーを利用できるのだ。
「経済発展を維持できる経済システムを作るためには、国際社会の協力が必要で
ある」とブラウンは言う。「取り組むべきことは、貧困をなくして人口を安定さ
せることであり、それはまた貧困に苦しむ人々に希望を取り戻すことでもある。
貧困が解消されることによって、家族規模の縮小が進む。家族の少人数化が進め
ば、それがまた貧困をなくすことへとつながっていく」
貧困解消のために真っ先に資金を投入すべきものには、初等教育の普及、最も貧
しい子供たちへの学校給食プログラム、子供へのワクチン接種など村落レベルで
の基本的な医療サービス、世界のすべての女性を対象としたリプロダクティブ・
ヘルスおよび家族計画サービスが挙げられる。これらの目標を達成するためには、
毎年合計で680億ドル(約7兆8,200億円)の資金が新たに必要になる。
「しかしこうした貧困対策も、経済活動を支える自然のシステムが崩壊してしま
えば、どれ一つとして成功しないだろう」とブラウンは指摘する。「つまり地球
を再生するための予算編成が必要だということだ。森林や漁場を再生し、過放牧
をやめ、生物多様性を保護する。水の生産性を高めることで、地下水位を安定さ
せ、河川の流量を回復させる。これらの取り組みを世界規模で行うと、さらに年
間930億ドル(約10兆7,000 億円)の費用が必要になる」
これらの社会的目標と地球再生のための要素を「プランB」の予算としてまとめ
ると、年間1,610億ドル(約18兆5,200億円)の資金が新たに必要になる。これは
莫大な投資である。しかし、これらは慈善活動ではなく、子供たちが生きる未来
の世界への投資なのだ。
「経済の衰退が始まる前に、新しい経済システムを構築することができないとす
れば、それは財源不足のせいではなく、資金投入の優先順位が時代に即していな
いせいだろう」とブラウンは付け加える。
「現在、世界で年間9,750億ドル(約112兆1,250億円)が軍事目的に使われてい
る。2006年の米国の軍事予算は4,920億ドル(約56兆5,800億円)と世界全体の半
分を占め、その大半は、新たな兵器システムの開発や製造に充てられる。残念な
がら、こうした兵器は、テロの抑止にはほとんど役に立たないし、地球の森林消
失を食い止めて再生させることも、気候を安定化させることもできない」
「経済を脅かし、ひいては21世紀初頭の私たちの文明そのものを脅かす、環境の
破壊や崩壊の趨勢を前にすれば、今日の国の安全保障に対する軍事的脅威もかす
んでしまうほどだ。新たな脅威には、新たな戦略が必要になる。ここで言う新た
な脅威とは、環境の劣化や気候変動、根強い貧困、希望の喪失である」
米国の軍事予算は、こうした新たな脅威に全く対応していない。米国が、軍事費
4,920億ドル(約56兆5,800億円)から財源を振り向け、「プランB」の予算とし
て総額1,610億ドル(約18兆5,200億円)の負担を引き受けたとしよう。それでも
なお、米国の軍事費は、他の北大西洋条約機構(NATO)加盟国に、ロシア、
中国を加えた軍事費の総額を上回る。
経済発展を維持できる経済システムの構築に必要なあらゆる資源のうち、最も不
足しているのは時間である。気候変動に関して言えば、私たちはもう取り返しの
つかないところまで近づいているのかもしれない。「時計の針を戻したい!」そ
んな衝動に駆られる。でも、私たちにそれはできない。時を刻んでいるのは自然
なのだから。
決断のときである。環境問題で苦境に陥ったかつての文明と同じように、私たち
は、これまで通りのやり方に固執して、世界経済が衰退し、しまいには崩壊して
いくのをただ黙って見ていることもできる。あるいは、「プランB」へ移行し、
経済発展を維持できる経済システムを構築することもできるのだ。
「私たちの置かれている状況がいかに深刻で、今まさに下そうとしている決断が
どれほど重要なのかを、言葉で言い表すのは難しい」とブラウンは言う。「待っ
たなしの対応が迫られていることを、どうすれば伝えられるだろうか? 明日で
は手遅れになってしまうのではないだろうか?」
「いずれにしても、決断を下すのは私たちの世代である。それはまず間違いない。
しかしその決断は、これから何世代にもわたって地球に生まれてくるすべての生
命に影響を及ぼすことになるだろう」
http://www.earthpolicy.org/Books/PB2/index.htm
翻訳:森由美子、西垣亜紀、浜崎輝、小野寺春香
チェッカー:田村優子