思想弾圧「生活図画事件」 生存者が証言 日常の絵が犯罪に/29日東京新聞・特報

2013-12-30 12:46:29 | 社会
12月6日に特定秘密保護法が可決されてからというもの、南スーダンPKO銃弾提供、安倍靖国参拝、普天間基地県内移設決定と、年の瀬だというのにめまぐるしい位に悪政が実施され続けています。
これからお知らせするものも陰鬱な気持ちになるニュースではありますが、「茶色の朝」の到来を防ぐためにも、拡散すべき情報であります。
2013-12-29 改めて秘密保護法に反対!!「生活図画事件」に学ぼう/vanacoralの日記

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戦時下、生活のありのままを描く「生活図画教育」を実践していた北海道の教員や学生らが治安維持法違反容疑で逮捕された事件があった。
大量の逮捕者が出た思想弾圧事件だが、あまり知られていない。
偏見を恐れ、口を閉ざしていた関係者の一人が当時を証言した。
特定秘密保護法など戦前の思想統制と似た時代が到来する中、「一人一人が小さくても声を上げなければ」と訴える。 
(出田阿生)

 二枚の絵がある。題名は「レコードコンサート」と「休憩時間」。一枚は、レコードをかけ、クラシック音楽を聴く学生たち。もう一枚は、勤労動員で製紙工場の拡張工事に汗を流した後、原野で休憩している若者。北海道音更町の松本五郎さん(九三)が、二十歳のときに仲間を描いたものだ。
 これら何げない日常風景の絵が、「犯罪」の証拠とされ、一九四一年九月、当時、旭川師範学校五年生だった松本さんは、治安維持法違反容疑で逮捕された。
 絵が好きだった松本さんは、師範学校の美術部長に就いていた。師事していた教員の熊田満佐吾(まさご)さんは「生活図画」という教育運動を進めていた。単に美しい絵を描くのではなく、生活のありのままを絵に写し取り、より良い生き方を考える。そんな教育手法だった。
 当時、同様の教育運動の作文は「生活綴方(つづりかた)教育」、美術は「生活図画教育」と呼ばれていた。
 ところが四〇年一月、生活綴方教育が「子どもに資本主義社会の矛盾を自覚させ、共産主義につながる」として、教員らが一斉検挙される事件が起きる。逮捕されたのは、五十六人ともいわれる。
 翌年一月、今度は生活図画教育を指導していた熊田さんが特別高等(特高)警察に逮捕される。松本さんら教え子も、同年九月、寄宿舎に突然やってきた警察官に連行された。
 共産主義思想を学んだこともなく、全く身に覚えがない。「二、三日で帰れるだろう」と思っていた。だが、それは大間違いだった。
 接見禁止で外部との連絡を絶たれ、独房に放置された。シラミの卵が産みつけられた布団を体に巻いて、眠れぬ夜を過ごした。神経衰弱になり、毛髪が針金に変化したような錯覚に陥った。
 取調べがようやく始まったのは、約二カ月後。説明すれば分かってもらえるという期待はすぐに裏切られた。「コミンテルンや唯物史観とは何か、紙に書けと言われた。『知らない』と応えると『そこに本がたくさんあるから参考にして詳しく書け』と強要された。何度も書き直しを命じられた」
 こうして、操り人形のように描かされた「論文」が、「共産主義者」を裏付ける証拠となった。
 「検事が思わず失笑した警察の調書もあった」という。松本さんは古事記の「因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)の紙芝居を作ったことがあった。ワニザメに毛をむしられ「赤裸」になったウサギを、大国主命(おおくにぬしのみこと)が治すという物語。調書では「アカ(共産主義者)を助ける意味だ」とこじつけた。
 「何を言っても受け入れられない」と、あきらめた。氷点下三〇度になる極寒の刑務所で、手足や顔の皮膚が凍傷でただれる冬を過ごし、四二年末に釈放された。その後、懲役一年三月、執行猶予三年の判決を受けた。

人生壊され
 「逮捕されて人生を壊されたのは、純粋に夢の実現に向けて燃えていた教員志望の青年たちだった。『たとえ勤労動員で授業がつぶれても学生の本分は学問。感性を磨き、どう生きるかを考えよ』と説く熊田先生の教えに感動した。それがすべて罪とされた」
 師範学校を退学処分となった松本さんは、戦後、卒業資格を取得して教員になった。「竹やりで戦車に立ち向かえという国家総動員体制では、科学的な思考は邪魔になる。自分の頭できちんと考える教育をすることが危険視されたのだろう」と松本さんは言う。

現存者2名
 「生活綴方事件」については、事件を題材とした作家三浦綾子さんの小説「銃口」で広く知られている。だが、生活図画事件は知る人は少ない。しかも、逮捕された人の中で、現存者は松本さんを含め二人だけだ。
 長年話さなかったのは、思い出すことのつらさに加え、偏見を恐れたからだという。松本さんとともに逮捕された仲間の一人は、勤め先で「思想犯で刑務所に入っていたことがあるらしい」といううわさを社内で流され、会社の要職を外されたという。元号が平成にかわった後の話だ。
 「もう事件について黙っているときではない」。松本さんが事件について語り始めたのは八十歳を過ぎてから。「語ってほしい」と自らの教え子たちに背中を押されたことも大きかった。今年九月には「証言 生活図画事件」を自費出版した。
 今、教育基本法には「愛国心」が盛り込まれ、国家安全保障戦略にまで「わが国と郷土を愛する」という文言が入った。そして、特定秘密保護法によって、国民の知る権利が奪われようとしている。
 「知る権利が奪われたら、為政者が思いのままになる。人権より国家を優先させる時代にしてはならない」と松本さんは憂える。「今ならまだ間に合う。誰かがなんとかしてくれるだろうと思うのは駄目。一人一人が声を上げ続けなければ」


「関係ない」が統制招く 小樽商科大荻野富士夫教授
 大正デモクラシー時代、子どもに作文や図画を自由に創作させる教育運動が各地で起きた。一九三〇年代半ばには生活に密着した形を目指して「生活教育運動」となり、特に東北地方や北海道で盛んだった。こうした運動が四〇年前後に集中して弾圧を受けた。
 共産主義者ではない教員や学生が大量に検挙された。「現状を客観的にとらえ、改善を考えよう」という教育趣旨を、当局が「危険思想の芽生え」として摘み取ろうとしたのだ。
 北海道での弾圧が突出しているわけではない。自然条件が厳しい土地柄で、苦しい生活を直視する教育をすれば、社会の矛盾に気づきかねないと当局が警戒した側面はあるかもしれない。
 父や兄が徴兵されて人手不足なのはなぜなのか。子どもがそうしたことを考えれば、戦争反対とまでいかなくても厭戦(えんせん)的な気持ちにつながる。
 治安維持法制定当時、政府は「慎重に運用」「一般国民とは関係ない」と説明した。多くの人が「自分とは関係ない」と思っていたら思想統制の社会が到来した。安倍晋三首相の靖国神社参拝や改憲への動きを見ると、特定秘密保護法が将来どう運用されるのか、やはり安心できない。
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生活図画事件 人々の暮らしを写実的に描く「生活図画」という教育運動が弾圧された事件。「資本主義の矛盾を自覚させ、共産主義を広めかねない」として、旭川師範学校や旭川中の教師、学生らが治安維持法違反容疑で逮捕された。逮捕者は27人にも上るとされる。

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デスクメモ
「銃口」は、三浦綾子さんが、晩年に病を押して書いた長編小説だ。敗戦で国家のうそに気づき、小学校教員を退職した。軍国主義教育に関わったことに、長く後悔の念があったという。当時、深く心が傷ついた人たちが、その教え子たちが、声を上げている。三浦さんの思いも伝えていきたい。(国)


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