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ん?と感じたことへの抵抗宣告/CML から

2011-12-02 00:36:41 | 社会
脱原発サイドの中から
「被災地(震災・ツナミ)瓦礫の(被災地以外への)受け入れ阻止」の取り組みが
あらわれ、拡大・拡散している。
それは
少し前の 京都大文字、愛知花火、福岡物産展・・・を中止に追い込んだ
市民・地域住民の「声」と通底しているのだと
わたしには思える
イヤな感じは このところ つのるばかり。

それらは サヨク リベラル の中から
小沢一郎や竹原信一らを 権力犯罪の犠牲者に見立てて賛美する 人々が現れ
名古屋市長河村たかしの陣営に加わる リベラルだった者たちの存在などと
そして ひょっとしたら
橋下徹に期待する「民意」とやらと 融合していくのではないかと・・・
イヤな感じは このところ つのるばかり。

それにしても「反原発」が消えた世界に 「脱原発」が もたらすものは・・・


以下は CML での 
長船 青治さんによる紹介投稿

**************************************

・・・Nです
「福島共同デスク」の半閉鎖系MLから投稿者の了承を得て件名を
転送します。
----------------

「復興ファシズム」や植民地支配の構図、支配者=都市民の身勝手な、
いやエゴ丸出しの瓦礫受け入れ反対運動のような
ファシズムの萌芽には、原子力災害被災地と原発労働者、被曝労働者は
対峙することになるでしょう。
すでにその兆候が見受けられます。

支配者たる都市民は3500万、被支配者たる福島住民や被曝労働者
は200万人もおりません。
何れ「民主主義」の暴力によって被支配者はさらに殺されゆくでしょう。

復興ファシズムに抗いながら闘うしかありません。
「連帯」することなど不可能です。
ボクは殺される側からの抵抗運動に身を投じるしかありません。

------------------

Mさんとの私信でのやり取りです。
Mさんの許諾を得ましたので、不利益を生じないよう特定の人物名だけ
を伏字にして転送いたします。
首都圏の「ホットスポット」「マイクロスポット」と呼ばれる地域住民
の過剰なる生活防衛運動にウンザリ気味でしたし、
余りにもエゴイズムだけに支配された言説であるのかを暴露しなければ
ならないでしょう。
私は首都圏住民が被害者意識ばかり過剰で加害者意識がまるっきり欠如
した利己主義的な運動に敵対的に振る舞うことを
選択せざるを得ません。
もはや原子力災害被災地と首都圏地域のくうそう「連帯」だのと抜かす
空想にお付き合いすることはないでしょう、このままでは

---------以下転載です--------

さぶろうさん

こんにちは、Mです。そちらはだいぶ寒くなってきているのでは
ありませんか?
その後、いかがお過ごしでしょうか?

東電前ACがスタンスに大きな課題を抱えているのは、全くご指摘
の通りです。

そもそも、放射性廃棄物問題PTが立ち上がったときは、都内、足
元でどのような処理が行なわれ、住民や労働者へはどのような
配慮がなされているのか(同時に、なされていないのか)を究明し、か
つ、従前から抱えていた問題-広域処理による地方へのさらなる
加害の問題を防ぐこと、それらを念頭に置いていたのですが・・・。

いまや、すっかり瓦礫の受け入れ可否の問題に話がすり替わり、アタマ
を痛めることしきりです。
下水道や清掃工場の労務管理については依然、追及を続けてはいますが。

MLでご覧になられている分には××さんのような言論が幅を利かせて
いるように見えるやもしれませんが・・・ああいう意見が
一大勢力を成していて少数意見の留保すら認められない、という状況で
はありません。それがせめてもの救いです。

とはいえ、東電前アクションという運動体の中でさらに運動をやってい
るような、妙な感覚に陥ることは少なくありません・・・。
色々と感情にフタをしながら、自分を抑えながら、会議に出はじめてか
ら、もう7ヶ月ほど経ちました。

大都市圏の人口4000万に比せば福島の民は300万(で
したっけ)。「民主主義的多数決」という暴力が更に振り掛かる
ことを畏れ、
自分たち自身が都市民として加害の陣営に与することを畏れます。
【註 首都圏人口は数え方により3400万から3700万、福島
県の人口は200万強でした】

同感です。わたしも同様の危惧を抱えながら、3月以来、運動に
関わってきました。

3・11のあと、福島の原発災害が現実のものとなったときに、わたし
は己の無知と無自覚、鈍さを思い知らされました。
そして首都で暮らすことが地方を下敷きにして、殺していくことに加担
する構造のうえに成り立っていること、
その絶望に崩れおちました。

園くんやさぶろうさん、山口さんが東電前に立ち始めたことは最初のほ
うから知っていたのですが、秋田にいる家族や、南東北にちらばる親族、
友人たちの安否確認にまつわる心労も相まって、すっかりふさぎこんで
しまい、立ち上がるのに1週間かかりました。

あのころ、Kくんに「Mさん含め、東北生まれの人はもっと
怒っていいと思う」と慰めとも激励ともつかない言葉をもらったことを
覚えています。

しかし・・・地元に家族や友人がいることがたしかではあっても、他方
でわたし自身は東京に来て10年以上になります。
地元で生計を立てて暮らしてきた人と同じ立場でものを語ってもいいの
か? という内省の中で、引き裂かれ続けてきました。
3月以来、ずっと自分の立場性については何度でも考えざるを得ないの
です。

わたしは「在京地方人」という立場のまま、加害性と責任の認識のも
と、衝き動かされて走り続けてきました。
さる22日の話し合いでは・・・そうしたわたしの立場性との、大
きな断絶が運動内で随所に走っていることをあらためて実感するところ
となりました。

「シングルイシュー」でやっていくことを求める意見(日の丸問
題どころか、被曝労働問題についてすらコミットを深めないほうがいい、
という意見まで出ました)が相次ぎまして。

わたしはそこで、自分のスタンスを真っ向から打ち出し、異論を述べま
した。
個人名は挙げませんが・・・何人かの人から出た意見については厳しく
批判せざるを得ませんでした。

わたし自身、前提が違う人たちに対して、どこまで物を言ったものか、
だいぶ迷いながら、東電前アクションにかかわり続けてきましたし
、わたしなりに我慢を重ねながら付き合っている状態ではありました
が、それがよくなかった、と今では思います。

「地方の問題にせよ、被曝労働の問題にせよ、ずっと今まで指摘されて
きた問題なのであって、もはや誰の目にも明らかであり、
根源的な問題であるはず。それを無視して、置き去りにして、本当にこ
れからも運動をやるんですか? 
僕は園くんたちが東電前に立ってから1週間して、参加しました
が・・・。
そんな底の浅いことしかやらないなら、僕は園くんの呼びかけに応えて
ませんよ!!」と激情をその場にたたきつけることになりました。

わたしがそう発言するまで、「『難しいこと』はいったん置いておい
て、廃炉を求めるという一点でシングルイシューでいこう」という場の
流れが活発であったのが(ある人がそのような発言をしたら、拍手する
人まで出ました。軽薄にも程があります)、
綺麗に凍りつき場は水を打ったように静まりました。

あの日の会話がみなの意識に投じられた一石となっていることを願うば
かりです。
近日のうちに、瓦礫問題についてのスタンスを話し合う場がもたれます。

東電前ACが、自ら地方への加害を推し進めることに加担する運動
体にならないよう、可能な限り力を尽くすつもりではあります。

しかし、結論次第では、わたしは本当に東電前ACとは訣別せざる
を得ません。

ことし7月、秋田県の大館市や小坂町に暫定基準を遥かに上回る
放射性物質を含んだ焼却灰が、確信犯的に千葉の流山、松戸から運び込
まれ、
埋め立てられるという酷い事件が起きました。

わたしは、大館の住民団体のかたと連絡を取り合い、首都圏の放射性物
質押し付けに立ちふさがるべく、1人で運動を興しているところ
ですので・・・
もし、東電前ACが都市民のエゴイズムを一方的に推し進めるな
ら、わたしは全力で敵対せざるを得なくなります。

Kさんや園くん、Oさんらがいるし、そこまでのことにはならない
とは思いますし、そう願うしかないのですが・・・。

首都圏住民は「無辜の民」では有り得ないということの自覚・気付きを
喚起する/させる叫びを東電前で始めた三人の、そして十数人の行動が、
当初の企図することと真逆の言論に変節してしまったことに絶望してい
ます。

「究極の絶望」こそ希望の糸口を手繰り寄せる転機です。少数でも構わ
ない。不断に声を挙げ続けましょう。

お言葉、胸に刻みつけておきます。

------転載終わり-----------

Mさんからの告発メールの続きです。
原発周辺地域からいえば「何言ってんだよ、それ以上の線量のもとで暮
らしてんだよ」という
首都圏ホットスポット住民運動hへの嘲笑いと、それらの地域か
ら第三世界へのゴミ輸出と同じ構造で
放射性廃棄物を騙すように押し付けられた東北住民の怒りを、みなさん
どうお考えでしょうか?

---------以下転送--------

すみません、ちょっと前のメールでは標題の件について、事態の推移が
実に大雑把にしか語れてませんでしたね。

大館市と小坂町に運び込まれた焼却灰は・・・千葉県の流山市、松戸市
の家庭から出た一般廃棄物の焼却灰です。
岩手・宮城・福島で出た災害廃棄物ではありません。

6月上旬、東京の下水道場で大量の放射性物質が検出されたことはご存
知かと思いますが、その結果を受け、6月下旬に、
国は千葉を含む15都県の自治体に検査を命じていたのです。

ところが、流山市・松戸市は検査の結果が出る前に、大館市・小坂町
に、埋め立て可能な暫定基準8000bq/kgを上回る
放射性物質を含んだ焼却灰を、確信犯的に送りつけました。

結果、大館駅構内には、28,100bq/kgを記録する灰が送られて保
管され、小坂町の最終処分場へは松戸から送られた、
10,500bq/kgの灰が40トンも埋め立てられました。

かつ、それまでに調査がなかった焼却灰については、大館市内のエコシ
ステム花岡に9000t、小坂町のグリーンフィル小坂に
14,000tが埋め立てられていることが分かりました。当然ながら、その
間、放射性物質が含まれていることなど前提にない状況で、
作業員達は労働に励み、住民は生活していたことになります。

これに激怒した住民達の声に押され、大館市など複数の町で、首都圏の
廃棄物の受け入れ合意の破棄に至りました。
ゴミの広域処理は20年以上前からずっと問題になっていたのです
が、旧来からあった地方への差別に基づく問題が、
さらに積み重なっている状況です。

こうした問題に知らないふりをして、自らを省みない人たちがたくさん
いるのが今の首都圏の嘆かわしい現状ではあります。
「国策でもって東北でまとめて処理せよ」とわたしに向かって言ってき
た人もいました。東電前の人ではないのですが・・・。
廃炉さえできて、自分達の生活が再び脅かされない状況さえ作れれば、
あとはどうでもいいんでしょうね、
そういう人たちは・・・脱原発運動とやらは、まことに残念な「消費者
運動」になりさがりつつあります。

そうした現状を含め、色々と物申したいところではあります。

長い文章の連投、すみません。

--------転送終わり----------
~~~ここまでで転送終わり。~~~
因にsaburou氏は、<東日本大震災緊急支援市民会議
>のメンバーで且つ東北支援トラック・ロシナンテ号のレギュラー・ク
ルーです。
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<東日本大震災緊急支援市民会議>
長船 青治
pencil@jca.apc.org
http://twitter.com/sosafune
<東日本大震災緊急支援市民会議の記録>
http://seijiosafune-shushu.blogspot.com/
暗黒幻想録
http://www.jca.apc.org/~pencil/
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脱原発「異論」/作品社
吶喊と屈託――「座談会」を呼びかけるために 長原豊

第一部 座談会 基調報告 市田良彦

座談会 市田良彦×王寺賢太×小泉義之×すが秀実×長原豊  

反原発の現在と過去(反原発・脱原発の内実 反原発という「大きな物語」 マルチチュードは出現するのか/したのか 左翼文化は継承されるか 脱原発はコンセンサスか 反原発か脱原発か 反原発はラディカル・デモクラシー? 原発労働者の組織化 自己権力による現闘本部の設置)  反原発と社会運動(吉本『「反核」異論』を読む1社会主義の理想化 吉本『「反核」異論』を読む2第三世界論の欠如 脱原発とエコロジー エコロジーとニューエイジ 吉本『「反核」異論』を読む3反核と反原発)  反原発と復興の展望(非常事態と戦争機械 例外状態とガンに対する戦争 超管理・相互監視・優生思想のスウェーデン・モデル 災害ユートピアは出現したか セキュリティを敵に回した戦い リスク社会論・保険概念の失効 セキュリティvs自由 人質にとられた命と健康 絶対的自由と共産主義)  反原発から反資本主義へ

第二部 論考 震災、原発、右往左往 王寺賢太
「どれだけ」に縛られる人生 小泉義之
「太陽の塔」を廃炉せよ 秀実
ノマドでいるために――原則的な、あまりに原則的な 長原豊

あとがき すが秀実
「3・11」以降の思想的・運動的状況を総括して、議論なきまま「脱原発」に流れ行く風潮に異論を呈し、射程はるかな資本主義批判の視座を提示する、5人の論客による、過激にしてまっとうな討論!  本書で出されている諸「異論」は、決して、現在の多様な反原発運動や、それを準備・組織してきた、これまでのさまざまな運動の存在を単純に斥けるものではない。また、今後の運動を、一意的に方向づけようとしているわけでもない。われわれは、運動し組織してきた者を基本的に尊敬しているし、今後もそうであろう。また、われわれ自身、何らかの「現場」に向かうことが、三・一一以前からもあったし、これからもあるだろう。ただ、繰り返せば、小泉も討議で言っているように、議論の「厚み」と「蓄積」が、運動と組織には必要だと考えているということである。そのために、われわれのあいだの討議も、相互の「異論」の交差となっているはずである。 すが秀実(「あとがき」より)

市田良彦(いちだ・よしひこ)思想史家・神戸大学大学院国際文化学研究科教員。1957年生まれ。著書に、『アルチュセール ある連結の哲学』(平凡社)、『ランシエール 新〈音楽の哲学〉』(白水社)など。訳書にA・ネグリ&M・ハート『マルチチュード』(監訳、NHK出版)、P・ヴィリリオ『速度と政治』(平凡社ライブラリー)など。

王寺賢太(おうじ・けんた)思想史家・京都大学人文科学研究所教員。1970年生まれ。著書に、『政治・権力・公共性』(共著、世界思想社)、『啓蒙の運命』(共著、名古屋大学出版会)など。訳書に、M・フーコー『カントの人間学』(新潮社)、D・ディドロ『運命論者ジャックとその主人』(共訳、白水社)など。

小泉義之(こいずみ・よしゆき)哲学者・立命館大学大学院先端総合学術研究科教員。1954年生まれ。著書に、『デカルトの哲学』(人文書院)、『病いの哲学』(ちくま新書)、『生殖の哲学』(河出書房新社)、『レヴィナス』(NHK出版)、『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)など。訳書に、G・ドゥルーズ『意味の論理学』(河出文庫)など。

すが秀実(すが・ひでみ、すがは糸偏に圭)文芸評論家・近畿大学国際人文科学研究所教員。1949年生まれ。著書に、『詩的モダニティの舞台』(論創社)、『吉本隆明の時代』(作品社)、『1968年』(ちくま新書)、『革命的な、あまりに革命的な』(作品社)など。編書に『思想読本(11)1968』(作品社)、『ネオリベ化する公共圏』(明石書店、共編)など。

長原豊(ながはら・ゆたか)経済学研究・法政大学経済学部教員。1952年生まれ。著書に、『天皇制国家と農民』(日本経済評論社)、『われら瑕疵ある者たち』(青土社)など。訳書に、A・ネグリ&M・ハート『ディオニュソスの労働』(共訳、人文書院)、A・ネグリ『革命の秋』(共訳、世界書院)、S・ジジェク『迫り来る革命』(岩波書店)など。

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ザ・タイマーズ 企業で作業~原発賛成音頭


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佐賀・武雄市、大震災がれきの受け入れ撤回 脅迫相次ぎ

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