ケイの読書日記

個人が書く書評

まさきとしか 「熊金家のひとり娘」 講談社

2017-05-31 10:27:10 | その他
 書評家の豊崎由美のオススメだというので、読んでみた。古い因習に縛られた家の娘が、それを断ち切ろうとあがく話というので、そのつもりで読んだが…一種の推理小説ですね。最初は、おどろおどろしい雰囲気だが、最後は家族の再生のような明るい話になっていて、その落差に驚く。

 
 北の小さな島に、中学三年生になったばかりの女の子がいた。彼女のおばあちゃんは拝み屋で、祟りをおそれ親切にしてくれる人もいるが、いんちき家族・ペテン師と陰口をたたく人もいた。
 彼女に両親はいない。父親は誰か分からず、母親は拝み屋をやるのが嫌で、島を出て不幸な死に方をしたらしい。
 女の子は、生まれながらに、おばあさんの跡を継ぐよう育てられた。それだけではない。知らない男の相手をして、女の子を生むことを強要されている。

 この、巫女と売春は、古代から切っても切れない関係という事は聞いた事がある。売春というのは適当な表現ではないか。巫女と関係を持つと運気が上がると考えた人は多い。巫女の身体を通して神さまと交信するという事かもしれない。

 この女の子は、それが嫌で島を逃げ出し新しい生活を始めようとするが、助けを求めた男が悪い奴で…。そうだよね。まともな男だったら女子中学生など相手にしない。自分が捕まっちゃうもの。
 島を逃げ出した女の子は、結婚し娘2人が生まれた後もおびえて暮らす。先祖の意志に背いた、罰が当たると。


 計算すると、この女の子は1957年生まれと思われる。クラスメートが高校へ進学するのを羨ましく思っているが、その当時1972年、ほとんどの人が高校進学するだろう。おばあさんが「高校へ進学させない」とがんばるのは、いくらなんでも時代に合わない。
 それに、北海道の小島だと思われる土地で、拝み屋をやって生活できるんだろうか? 何といっても北海道は明治以降の入植者がほとんどで、新しい合理的な考えが一般的だと思う。その土地で、先祖の祟りが…と脅しても、相手にされないような。
 だから、時代と場所を変えたらどうか?終戦後の混乱期、西日本のもっと古い土地柄の小島と設定した方が、うんとリアリティが増したと思う。
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群ようこ 「小福歳時記」 集英社

2017-05-26 09:32:30 | 群ようこ
 初出は「小説すばる」2008年1月号~2009年8月号に掲載されていたエッセイらしい。あの純文学誌にこんな柔らかいエッセイが…と少し意外。

 タイトルに歳時記とあるだけあって、季節の様々な出来事をお題としている。
 例えば、群さんは、お正月に箱根駅伝を観るのが恒例らしい。やっぱり人気あるよね。私も友人に勧められてTVで観ようとしたが、亭主がチャンネルを変えてしまう。残念!!
 2月の節分には、飼い猫におかめのお面をつけ「福は内」をしようとしたら、死に物狂いで抵抗したとか。まぁ、それが正しい猫の在り方でしょう。

 また、5月には必ずといっていいほど肌トラブルで困ったことになるそうだ。化粧水も受けつけないので浄水器で濾過した水をはたく。何とか元の状態に戻るまで約ひと月。本当に困るだろうね。
 私は中高生の時、顔中にニキビが出来てうんざりしたが、敏感肌ではないので、大人になってからは肌トラブルはめったに無い。

 猛暑の8月は、仕事が本当にはかどらないそうだ。群さんは、クーラーが嫌いでつけないので、一段と停滞する。アイスクリームか水羊羹でも食べて、それで気合を入れて仕事をしようとしても、食べるだけ食べて仕事モードに入れない。太るだけ。多くの女が同意すると思う。

 食欲の秋の10月の章では、群さんの自炊生活が書かれている。料理がキライと公言している群さんだが、接待を受け外食する以外、ほぼ自炊らしい。これは立派だと思う。一人暮らしだと、外食というより中食、つまりコンビニやデパ地下で買ったお弁当を家で食べる事が多くなる。
 そういえば、角田光代が、仕事部屋を自宅と別に借りていて、そこに行く時はお弁当を作るそうだ。あの人、オレンジページという料理雑誌に長くエッセイを連載している。料理が好きなんだな。ダンナもいるし、何か作らない訳にはいかないんだろうな。

 12月は年末にふさわしく、自分の老後について思う所を書いている。2008年の6月に、群さんのお母様が自宅で倒れ、救急病院に搬送された。脳内出血だった。持病もなく元気いっぱいに習い事やエステに通っていたので、群さんも弟さんも突然の事にビックリ!
 入院に際しては、後期高齢者の保険証や生命保険の証書も必要だが、どこにあるのか分からない。とにかく群さんがローンを2/3負担している新築の広い家が、ほぼゴミ屋敷になっているのだ。(群さんはそこには住んでいない)客間の座卓の上には洋服が積まれ、床の間にもプラケースがぎっしり。
 結局、家を維持管理できず、バカでかい物置になってるんだ。

 収入がいっぱいある娘にねだり、目についたもの好きな物を次々買って家を物置がわりにし、毎日習い事やエステに通って、楽しい老後をおくったお母さん。
 老人の過度の物欲は、当人は良いかもしれないが、周囲の人にとっては迷惑でしかない。
 本当にそう。自分の母親と、物で埋まった実家をみて、本当にそう思う。
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道尾秀介 「鬼の跫音(あしおと)」

2017-05-21 17:46:39 | 道尾秀介
 道尾秀介さん、TVのバラエティクイズ番組のレギュラー解答者やってるんだ。ふーん、売れっ子ミステリ作家としての容姿を期待していたが…人気のない塾講師のような風貌。1975年生まれというから40歳を過ぎた頃ですか。

 
 初出は野生時代に掲載された中編6編を収録。その中で『悪意の顔』が印象に残っている。

 僕のクラスメートS。僕たちは今、小学4年生だが、Sは1年の頃から、皆に嫌われていた。もともと口数が少なく、話しかけても乗って来ないSは、避けられていた。ただ、男子にありがちな、叩いたり蹴ったりという身体的ないじめはなかった。
 このSという子は、道尾作品の重要なモチーフとして繰り返し登場する。『向日葵の咲かない夏』にも出てきた。
 
 Sのお母さんが死んだ時、僕はSが可哀想だと思った。自分もお父さんが死んでいなかったから。他のクラスメートがSに何の言葉も掛けなかったのに、僕はSに声をかけた。「僕も、お父さんがいないからわかるよ」
 翌日から、僕に対するSの攻撃が始まった。
 それが陰湿なんだ。それだけじゃない。暴力的なんだ。イスに瞬間接着剤を塗り僕が座るのを待つ。はがすのに手間取っている僕を押し倒して、皮膚をはがし激痛に悲鳴をあげさせる。
 こういう事ってあるよね。自分は純粋な善意でやったのに、相手の悪意のスイッチを入れてしまう事が。

 一度、担任の先生にSからの仕打ちを相談したら、その夜、バッタとカマキリとカナブンが足がもがれた状態で郵便受けに投げ込まれた。僕はSが恐ろしい。

 そんな時、僕は学校からの帰り道、知らない女の人から声を掛けられる。「うちに来れば…助けてあげる」

 この先に興味がある人は読んでください。ダークファンタジーっぽい作品。
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米原万里 「ヒトのオスは飼わないの?」 文春文庫

2017-05-14 17:48:42 | 米原万里
 ロシア語通訳・エッセイストの米原万里が、大学時代の恩師に「一昨年の猫2匹に続いて、昨年は仕事で出会った野良犬1匹を連れ帰ってしまいました」という年賀状を出したところ、恩師から元旦早々電話があり、「イヌ、ネコもいいけどねぇ、君、ヒトのオスを飼いなさい、ヒトのオスを!!」と言われたそうだ。
 結局、彼女はヒトのオスを飼う事なく、2006年に56歳で亡くなっている。
 
 ヒトのオスにはキビシイが、イヌやネコには惜しみない愛情を注ぐのだ。ペットショップで買うというより、ひょんな事で出会った捨て猫や野良犬に、どうしようもなく惹かれてしまうみたい。

 
 万里さんの自宅は、大田区馬込という所にあったらしいが、しかし、こんな街中で何匹もの犬や猫を飼って、しかも猫は放し飼いで、ご近所から苦情は出なかったんだろうか? 
 万里さんも近所迷惑な人なのだ。新しく仔猫を連れ帰ったら、古株の猫たちが怒って家出。3軒隣の家の屋根でハンガーストライキをしているので、万里さんがその家の屋根の方に、猫用の煮干しを投げてやったらしい。
 おトイレも、家の中のネコ砂トイレでは絶対しない。どこかの家の庭でササッと済ませるんだろう。そうすると住人はいい気はしない。特にガーデニングに凝っている人は、花壇を荒らされて。

 ご近所も、万里さんが昔からの住人なので、苦情が言いにくいんだろうね。
 万里さんの家の中も、大変なことになっている。オス猫は去勢してあるが、それでも家の中でマーキングをやりだし、あちこちにオシッコをスプレーする。強烈なニオイ。家人は鼻が慣れるだろうが、客は鼻をつまむしかない。
 いやーーー、うちにも猫が1匹いるが、私には多頭飼いはムリという事がよく分かる。


 それよりもわたしには、ソ連崩壊前後のロシアの様子が色々書かれてるのが興味深い。
 1995年、万里さんは、仕事で行ったモスクワで、2匹のブルーペルシャの赤ちゃん猫を譲り受け、アエロフロートで帰ることにした。破格に安いのでファーストクラスにしたが、そのファーストクラス内を、ちび猫たちは自由に飛び回れるのだ!うっそぉぉぉぉ!!!信じられない。
 アエロフロートのスチュワーデスさんたちは、皆、そろって猫好きで、人間より猫に親切。
 そうだ、アエロフロート、昔読んだ『エロイカより愛をこめて』の中で、ジェームズ君が「アエロフロートのコーヒーは泥水のようだ」って言う場面があったなぁ。懐かしいなぁ。
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南部さおり 「代理ミュンヒハウゼン症候群」 アスキー新書

2017-05-07 13:22:08 | その他
 日本で『代理ミュンヒハウゼン症候群』が広く知られるようになったのは、2008年に発覚した『点滴汚染水混入事件』からだと思う。
 母親が、大学病院に入院している自分の娘の点滴に、飲み残しのスポーツドリンク(室温で10日間放置してある!!!)を入れて、娘の血液中に真菌・異物を混入させ、傷害罪で起訴された。(殺人未遂じゃないんだ!)
 この娘さんは五女で、上の二女、三女、四女は同じような症状で死亡している。
 あまりにもショッキングな事件だったので、覚えている人も多いんじゃないだろうか?


 愛する我が子を、わざわざ重病にして死の危険にさらすなんて、信じられない!!!と驚く人が多いだろうが、この親の心理をぼんやりと理解する人もいるんじゃないか?
 我が子は可愛い。でもそれ以上に自分が可愛い。周囲から「病気がちな子どもを、献身的に看病する、素晴らしい母親」という称賛を得たくて、我が子には是非とも重病になってもらわなければ。その病気が珍しい希少な病気だと、自分のステイタスも上がる。高名なお医者さんと知り合いになれれば、さも親密なように周囲に吹聴できる。そういう心理って、誰でも少しくらいあるでしょう?

 
 そういう心理がありながらも、こういう事件が多くないのは、実行するには高いハードルがあるから。
 乳幼児が入院すると、本当に困る。大人だったら、面会時間にたまに面会に来て、あとは完全看護の病院に任せればいいけど、乳幼児の場合、極力付き添ってほしいと病院から言われるだろう。(ICUじゃない場合)
 でも、子どもがその子一人ならともかく、複数いたら、その面倒は誰がみる? 育児だけじゃない、その他の家事は誰がするの?
 上記の『点滴汚染水混入事件』の母親は、ダンナの両親と同居していて、その点は心配なかった。
 この母親も、最初から、こうしようと思ってたわけじゃない。たまたま次女が本当に病気になって入院した時に「子どもの看病に尽くす母親」とみられた事に心地よさを感じ、繰り返すようになった。


 それにしても次女が死亡したとき、これはやりすぎだと、激しく後悔しなかったのかなぁ。子どもは自分の一部だからいいんだ、という感覚だったかも。

 次女が亡くなったのは3歳9か月。悪意に満ちた見方だが、もう、点滴に異物を混入して病気に仕立てるのは難しい年齢かもしれない。おしゃべりできるようになった次女が、看護師さんに、母親が点滴に何か入れているとカタコトで喋るかもしれない。
 三女は2歳2か月、四女は8か月で死亡している。
 
 五女は1歳10か月の時に発熱で入院し、K大病院へ転院。そこて母親は捕まった。K大病院の担当医が、最初から「代理ミュンヒハウゼン症候群」を強く疑っていたからである。ICUで、それまで容態の安定していた五女が、母親と面談した直後に高熱を出し、容態が悪化するパターンを繰り返していた。
 しかし…母親と面談するたびに容態が悪化する幼い女の子って…もの悲しいです。

 結局、この母親には懲役10年の判決が下りて、服役しているようだが、問題は出所後にある。どんなに隠しても隠しきれるものじゃない。被害を受けた五女もすべてを知るだろう。母親が出所する頃には、難しい年齢になってるよ。
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