ケイの読書日記

個人が書く書評

今村夏子 「むらさきのスカートの女」 朝日新聞出版

2022-08-13 13:38:39 | 今村夏子
 この小説が芥川賞をとった時、NHKの女子アナが作者の今村夏子さんにインタビューしている番組を見た事がある。その時、その女子アナは「小説の最後で、むらさきのスカートの女と黄色いカーディガンの女は同一人物?!のように受け取れるんですが」という意味の発言をしていた。
 それを覚えていて心して読んだが、私にはそう読めなかったよ。読解力がないのかな?

 わたし「黄色いカーディガンの女」は、近所に住む「むらさきのスカートの女」が気になって仕方がない。彼女と親しくなろうと、自分と同じ職場で働くよう誘導し始める。
 
 この「むらさきのスカートの女」は、普通の女性なのだ。年齢は30歳前後。不運な事が続いて、その上失業してしまったので、げっそりとやつれていたが、新しい職も見つかり(黄色いカーディガンの女もいる)生活も安定して元気になる。職場の先輩たちとも馴染み、その上上司の既婚男性とも親密になり、どんどん派手になっていく。休日は二人で楽しくデートする時もあれば、相手の奥さんに嫌がらせの無言電話をかける時もある。
 そんな不倫関係が、女ばかりの職場の先輩や同僚たちに知られない訳がなく、尾ひれがついたヒドイ噂話が流れ始め…

 それに比べ、黄色いカーディガンの女はかなりエキセントリック。むらさきのスカートの女の座るベンチに、丸を付けた自分の職場が載っている求人誌を置いたりして、なんとか自分の職場に彼女を誘導することに成功。
 黄色いカーディガンの女はむらさきのスカートの女の先輩になるが、たぶんむらさきのスカートの女は、彼女の事は名前以外知らないと思う。他の推しが強くにぎやかな先輩たちと親しくなっていく。親しくしないと職場で上手くいかない事を知っているから。
 黄色いカーディガンの女は、先輩たちの中でいじめられている訳ではない。影が薄い存在なのだ。親しい人もあまりいないんだろう。だから、元気のなかったむらさきのスカートの女を自分の同類だと思い、友達になろうとしたんだろう。

 ここらへんの心理、よくわかるなぁ。友達があまりいなかった私は、小中学校の頃、転校生が来ると色々話しかけて仲良くなろうとしたなぁ。ちょっと切ない思い出です。
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「ヒントン・アンプナーの幽霊」平井呈一編訳 創元推理文庫

2021-10-09 11:58:08 | 今村夏子
 「ヒントン・アンプナー」というのは英国パンプシャーにある地名で、そこの荘園屋敷に幽霊が出るというオーソドックスな怪談話。怪異話としては大した話ではないが、そのころ(1772年の記述。つまりフランス革命より前なんだ。大昔ってイメージだよね) 上流階級の家庭内の事が色々分かって、その意味では興味深い話。

 こういったバカでかい屋敷って、人手はあるんだろうけど、防犯にまで手が回らず、近所の農夫が勝手に屋敷内に入ってくる事もあったらしい。確かに、アルソックやセコムがあるわけじゃないし、国王の城でもないので、警備の人間が常駐している訳じゃない。

 それに、こういった由緒ある屋敷を買う、あるいは借りる場合、そこで働いている使用人をそっくり受け継ぐことも多いようだ。失業対策だろうか? また、長年仕えてくれた使用人が病気で、あるいは年を取って仕事が出来なくなっても、死ぬまで屋敷内で面倒を見ることもあるらしい。貴族の義務というところか。
 日本でもあったんだろうか? 社会保障の無い時代、身寄りがない高齢者を放り出すのも、世間体が悪いという事か。

 でも、一つ屋根の下に暮らすのだから、仲間意識があるかといえば、そうでもないみたい。作品内で、奥方が幽霊を見たという乳母を「下層階級の人によくある迷信」と言ってるし「8人の召使はスイス人の従僕を除いて、あとはみんな無知な田舎の人間ばかり」とも言ってる。
 現代の感覚からすれば、あまりにも時代錯誤な言い方だが、仕方ないね。18世紀だもの。

 こういった幽霊屋敷のほとんどが、今では防犯カメラがあれば解決する問題なんだ。それにしても、英国人は幽霊屋敷が好きだなぁ。
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「屍衣の花嫁」 平井呈一編訳 創元推理文庫

2021-09-24 16:41:55 | 今村夏子
 この「屍衣の花嫁」という短編は、私が今読んでいる「世界怪奇実話集」の一番有名な話らしいので期待して読んだが…イマイチですねぇ。

 せせこましいロンドンから脱出したいと思っていた兄と妹2人は、素晴らしい貸し家を見つけた。外国住まいの金持ちが所有する邸宅で、そのお屋敷の左翼の棟だけ3か月間家賃無料だという。あまりにも好条件なので、なにかいわくがあるのではと怪しんだが、やっぱり幽霊屋敷という噂だ。しかし、幽霊が出ても家賃がタダは魅力なので、下働きしてくれる夫婦を連れて引っ越す。

 こういったイギリスの屋敷って、どうしてこんな不便な所にあるのかな? 領主の城だったから? だけど鉄道の駅からは遠いし、お店のある村の中心部からも遠い。どこで食料品を調達するんだろう? だいたい、屋敷の門から屋敷に行くまでに広い並木道や芝生を突っ切らなきゃたどり着けないなんて、庭師が何人いるんだよ!! とにかく使用人が大勢いなくちゃ生活できない。 
 だから、無料でも人に貸して、その人たちに掃除してもらいたいんだろう。

 下の妹は、兄と妹がせっせと仕事している間(上の2人は画家だった)屋敷内をまわり、円天井の廊下に出る。そこは天井に採光窓があり、この屋敷の人々の肖像画がずらりと掛かっていた。その一番奥に、愁いを帯びた美しい男女の肖像画が掛けてあった。
 その男女が…出るんだ。何かの因縁があるんだろうが、とうとうその部分は語られず、兄と妹たちは幽霊に屋敷を追い出される。恋仲だっただろう肖像画の男女は、どうも悲劇的な最期を迎えたようだが、そこらへん全く書いてないのは不親切だよね。

P.S. 作品内に「日本製の凝った戸棚には、千金の値もするような珍しい陶器が飾ってある」という箇所があって、思わぬところで日本に出くわし、ドキッとした。
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林真理子 「中島ハルコの恋愛相談室」 文藝春秋

2021-07-24 14:49:09 | 今村夏子
 中島ハルコは歴史上の人物ではなく、林真理子の小説のキャラクター。50歳過ぎの厚かましいおばちゃん。50過ぎとしては美人だが、年齢は誤魔化せない。社員50人の美容関係の会社を経営している。本人曰く。美人社長として有名で、マスコミからいつも取材されるようだ。

 一方、語り手は30代後半のフードライター。比較的、お金持ちの家のお嬢さん。(フードライターってのは貧乏な生まれ育ちだとなれないんだって。裕福な家庭に育って、子どもの頃から美味しい物を食べなれている人間でないと、この仕事には就けないらしい。そんなもんかなぁ)不倫関係の愛人とは10年も続いている。その顛末をハルコに相談している。だからタイトルが『中島ハルコの恋愛相談室』

 よくある設定だが、あまり無いのが中島ハルコのキャラ設定。なんと!!珍しい事に、名古屋生まれ名古屋育ち中高を金城学院出身のお嬢様ってことになっている。中学・高校が公立なのが当たり前の名古屋では、私立の金城中学・金城高校出身者は『純金』といわれ、裕福な家庭のお嬢様の証なのだ。(もちろん大学もあるが、大学はお嬢様でなくても入れるので、価値はグッと下がる)
 いやぁ、林先生、よく調べましたね。他にも「娘が3人いれば身上潰れる」という諺もあるし。お嫁に行く時もっていったタンスや電化製品、和服をズラッと座敷に並べ近所の人に見せる風習もある。(今では廃れてると思うけど) 
 何よりも驚いたのが、林先生が名古屋のそういった習慣を好意的に書いているのだ。名古屋人として素直に嬉しい。

 以前、村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』を読んだとき、その作品の主人公も名古屋出身の設定だったけど、筆者があまり良いイメージは持っていない雰囲気だったので、気分が悪かった。
 確かに閉鎖的な土地柄だと思うよ。あまり地元を離れたがらない。私もそう。地元を離れなくても仕事がたくさんあるからだと思う。もちろん職種によっては、どうしても東京に出た方が有利という事はあるだろう。この中島ハルコさんもそう。今は東京にオフィスを構えている。でも、お母さんやお兄さんが名古屋にいるものだから、いっつも帰っているよ。
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今村夏子 「星の子」

2018-01-23 11:24:07 | 今村夏子
 カルト宗教…というのは言いすぎか、ある新興宗教の信者家族の話。次女のちひろの目線で書かれている。
 ちひろが赤ちゃんだった時、湿疹がひどくて、困り果てていた両親が、会社の同僚にその話をすると、宗教の水をくれた。宇宙のエネルギーを宿した水だという。その水で身体を洗うと湿疹が治り、飲み始めると風邪一つひかなくなった。
 そこで両親は、こぞって入信。娘2人も連れて、一緒にいろんな宗教行事に出るようになる。
 
 ああ、よくあるね。こういう話。家族に病人がいたりすると、親切そうに寄ってくるんだ。「何かお困りの事があるんじゃないですか?」って。

 そもそも最初に宗教の水をくれた会社の同僚も、我が子が突然しゃべらなくなり、入信したらしい。場面緘黙っていうのかな。両親の前ではしゃべらないけど、他の子に悪さするときは、しゃべっている。知らぬは両親ばかりなり。

 ちひろは、何の違和感もなく宗教になじんでいたが、5歳年上の姉は違った。学校で親の宗教の事で、いろいろイジメられることもあったんだろう。とうとう、高校1年の時中退し、彼と一緒に住むといって家出する。それから一切音沙汰なし。
 この『星の子』の話は、ちひろが中3の時で終わってるから、お姉さんは4年間、行方不明なんだ。もちろん、両親は警察に捜索願を出し、教会の人も心配しあちこち探してくれたし、ますます熱心にお祈りしたが…そもそも、そのお祈りや教会がイヤで、お姉さんは家出したんだ。


 両親が同じ新興宗教の信者だと、子どもは逃げ場がないよね。もともと、ちひろのお姉さんは宗教の水を疑わしく思っていて、親せきのおじさんに頼んで水道水に入れ替え「ほら、何も変わらないでしょ? 目を覚まして!」と言うつもりだった。でも、逆効果だったみたい。両親の信仰はますます深まる。
 仕事より宗教を優先するからだろう。転職を繰り返し、経済的にも困窮する。4回も引っ越し、そのたびに家は狭くなる。
 ちひろが小学校の時も中学校の時も、金銭的な理由で修学旅行に行けそうもなかったので、親せきのおじさんが、お金を払ってくれた。

 そういう時に、親の責任を痛感してもらいたいが…。両親は仲良く緑色のジャージを着て、宗教の水をひたしたタオルを頭に載せ、公園のベンチに座っている。かっぱみたいに。こうすると悪い気が寄って来ないそうだ。
 ああ、この人たちが私の両親だったら、絞め殺しているかもしれない。家の中でやりなよ。外でやるな!!!世間体も考えろ!!

 作者の今村夏子は、肯定も否定もしない。淡々と書いている。
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