グランドアパート

2009-11-12 07:05:23 | 島根・鳥取




 昭和5(1930)年築の旧住宅。 正確に言うと向かって左側が昭和5年で、屋根が一段下がった右半分が昭和21(1946)年のもの。 この建物は終戦後に進駐軍が接収し、1階をダンスホール、2階を将校の宿舎として改装し、その際にテラスのある右半分が増築されました。 接収解除後はダンスホールはそのままに2階をホテルとして営業しましたが、その後アパートに改造。 玄関ホールにある螺旋階段は仁風閣を真似たもので、賛恢病院(明治44年頃築 1911頃)から移築してきたものだそうです。  鳥取県鳥取市上町  06年11月上旬他

 ※参考  『鳥取県の近代化遺産』 1998


 ※おまけ  グランドアパートの近くで見つけた個人邸。 大正12(1923)年頃築のO家住宅でしょうか?



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2 コメント

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おひさしぶりです (ミカエル)
2009-11-13 03:28:22
おはようございます。
進駐軍はいい建物ばかり接収。
函館ではレストラン・五島軒本店に○○本部が置かれました。

私は貧しかったもので、ここの兵隊さんからチョコやガムをもらいました。

皆さん、とても優しかったですよ。
今、沖縄基地でギクシャクしているのは、悲しいことだと思います。
ミカエル
接収。 (es)
2009-11-13 19:38:58
ミカエルさん、こんばんは。 お久しぶりです。
当時は洋風建築なんて今のように数がありませんでしたから、
ちょっと目につく建物は接収された経歴があるものが少なくないですね。
和室の畳を剥がされ板張りの床に変更されたり、内装をペンキ塗りにされてしまったような話は時々聞きます。
調度品まで持ちだされ接収解除後には手をつけられない程に荒廃していた、なんてのもありますね。

沖縄の基地問題の落し所はどうなるんでしょうね。
今日まさにオバマさんが来日してますが、この問題には(ほとんど?)触れないようですし。
沖縄に全てを押し付けるのは酷な話ですが、皆が納得出来る様な決着をつけるのもまた難しそうな所です。

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