Manaboo 電子政府・電子申請コラム 

電子政府コンサルタントの牟田学が、電子政府・電子申請、その他もろもろ、気まぐれにコメントしてます。

JNSA のPKIセミナーに参加して(3)、そろそろ紙の署名押印を目指すのは止めよう

2010年08月21日 | 電子認証・署名
JNSA のPKIセミナーに参加して(2)、電子政府でも「ID」の意味を確認しようの続きです。

ちょっと間が空いてしまいましたが、最終回として「電子署名」について再考してみたいと思います。


●「電子署名の夢」が捨てられないPKI関係者

「認証は他の手段が色々とあるけど、電子署名(否認防止)はPKIにしかない」といった理由で、電子署名に可能性を見出そうとするPKI関係者は多いのでないかと思います。

作者の場合、かなり早い段階で「電子署名」に見切りをつけてしまいました。

と言うのは、電子メールや電子申請等で電子署名を使ってみた結果、紙の契約書や申請書等で使われる「署名(記名押印)」と「電子署名」は全く別物だと感じたからです。

その結果、「電子署名」が「署名」に近づこうとすればするほど、その利用価値は高まるどころか、面倒で高価であまり役に立たないものになっていくと思ったのです。

実際、電子申請や電子申告等で「電子署名の利用が義務付けられる」といったことが無い限り、一般の人が電子署名を利用することは、ほとんどありません。

通常のインターネット利用・パソコン利用をしている限り、電子署名など全く必要ないのです。


●裁判の時も、電子署名が無くても問題ない

日本の裁判は自由心証主義なので、電子署名の有効性も含めて(一定の制限はありますが)、最終的には裁判官が判断することになります。

実際には、電子署名がなくても困りません。

電子署名の付与されていない電子データや電子メールが、裁判の証拠として採用されるからです。

リスクマネジメントの観点からも、「電子署名のある文書」だけに依存するのは危険です。リスクを分散させるために、電子メール、手書きのメモなどを残しておいた方が、契約の存在や内容を後で主張しやすくなります。


●コストに見合う価値があれば、電子署名も利用される

しかし、「電子署名」を利用する価値が高い場合もあります。

それは、電子定款(会社設立時の手続に必要)や電子契約書の作成により、印紙税が不要となる場合です。

これは、「電子署名」の機能や利便性と関係ないもので、金銭的に得をするから、面倒だけど電子署名を使うという例です。

つまり、電子署名の利用にかかるコストに見合う価値がある(わかりやすい)時は、電子署名も利用されるのですね。

例えば、契約書の作成が法定または慣習化されており、かつ金額が大きく契約コストが高い分野では、契約書の電子化で印紙税が免除される限りにおいて、電子署名の利用価値があると言えます。

逆に言うと、上記のような特殊な要因が無い限り、面倒でコストのかかる電子署名は避けられるのが自然であると。

また、形式要件として当事者の署名や押印を求める分野(行政手続など)では、電子署名が利用されやすいと言えます。行政には企業のようなコスト意識が無いことも、電子署名が利用されやすい要因となります。

しかし、利用者である国民や企業にとっては、電子署名を利用するメリットよりもコストの方が大きい場合が多いので、かえって利用者を遠ざけるという結果になっています。

「署名(記名押印)」から脱却できず、無理に電子署名を利用させるよりも、形式要件を柔軟に見直して利用しやすいものとする方が、より有効でしょう。

実際、世界で利用されている電子申告のほとんどが、電子署名のいらない方式で動いています。


●ネットにおけるリアルタイム利用なら「電子署名」の特性が生かせる

「署名(記名押印)」には、「将来に向けた不安を解消する」「安心を買う」といった要素があります。

ところが、電子署名は、そもそも安定性(長期保存など)や確実性に弱点があり、「署名(記名押印)」の代替物にはなり得ないように思います。

署名や押印は、紙文化では有効な手段かもしれませんが、電子社会では障壁になるかもしれません。

そう考えると、サイバー社会、グローバル社会に合った手段や方法を、別途考えた方が良いのではないかと思うのです。

政府でも、ようやく「紙が基本」から「電子データが基本」へ移行し、税や社会保障といった分野において、電子データの流通や利用を前提とした業務改革が進められようとしています。

ネットワーク化、データベースの統合や連携、行政情報やシステムの共同利用、オープン化が進めば、識別や認証はより重要になるでしょう。

しかし、電子署名が必要かと言えば、それほど必要性は感じません。むしろ、その使い方や目指す方向を間違えれば、足を引っ張る存在になりかねません。

もし「電子署名」を利用するのであれば、その特長を生かして、インターネット上で、リアルタイムに電子データの権威や完全性を確認するといったことに特化するのが良いと思います。

実際、PKIの利用が普及しているのは「ウェブサイトにおけるSSL暗号化通信」や「ネット経由でのアプリケーション配布におけるコード署名」など、「インターネット上でリアルタイム利用により不安を解消する・信頼性を高める」場合なのです。

つまり、「エンドユーザーとしての個人や企業に電子署名を求める」のではなく、「電子署名を利用することで利益を得る企業等が必要に応じて電子署名を利用する」ということです。

署名(されたもの)
・将来に向けた不安を解消する
・保存され、いざと言う時に活用する

電子署名(されたもの)
・インターネットにおいて、今現在の不安を解消する
・その時に有効性を確認できれば良い

と整理して、「電子署名は署名(記名押印)の代りにはなれない」と理解しましょう


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2 コメント

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なつかしの実印、印鑑証明書論 (イエモリ)
2010-08-24 20:46:15
>と整理して、「電子署名は署名(記名押印)の代りにはなれない」と理解しましょう

電子署名や電子証明書について、それを説明するに、電子署名が「実印」、電子証明書が「印鑑証明書」などと大真面目に解説していたものだ。それも電子政府にて。なんとも懐かしい。

これの解説に違和感があったものの。。。。。
なんとなくわかったような気にさせていた魔力。

付録で笑ったのが「三文判」的電子署名の必要性を主張したごくごく一部のかたがた。あれはあだ花でした。

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懐かしい (むた)
2010-08-28 14:58:53
イエモリさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

「三文判」的電子署名・・・懐かしいですね。

三文判は「もっと安価で簡易な」「より敷居の低い」という意味で使われたのだと思います。

ところが、電子署名を三文判化しようとするほど、「電子署名の必要性」が低下してしまい、「いらないでしょ」という結論になってしまうと。

電子署名は、個人や企業従業員等がエンドユーザーとして使うよりも、一定の役職等にある人が「権威付け」として使う方が、より真価を発揮できると思います。
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