小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

“ワクチン拒否”を考える

2014年06月08日 07時15分29秒 | 予防接種
「ワクチン拒否を考える」というテーマでレクチャーを担当しました。対象は医師、保健師です。
原稿を公開しますので、ご参考になれば幸いです。
スライドを省略したことにより文脈に少々ぎこちない点がありますことをお許しください。


プロローグ
メディアの影響も手伝い、ワクチンに不安や疑問を持つ保護者が増えています。
また、公然と「ワクチン反対」を唱える医師もいます。
出発点の「子どもの健康を願う気持ち」は同じなのに、どこですれ違うのかを私なりに考えてみました。

ワクチン反対の理由
ワクチン拒否にもさまざまなレベルがあると思います。私の独断と偏見により、説得しにくい順に4つに分けてみました。

1.子どもの体に異物を入れたくない。
2.ゼロリスクシンドローム(「副反応ゼロ」という理想のワクチンを求める)。
3.「自然」に感染することが最善の選択。
4.知識不足による漠然とした不安を持つ。


私の印象として、1と2は説得困難、3と4は正確な情報提供と啓蒙により説得可能ではないかと思われます。

ワクチン vs 自然感染
ワクチンの是非は自然感染と比較して決めることになります。
両者を天秤にかけると理解しやすいかもしれません。
その感染症の重症度が高く、そしてワクチンの有効率が高く、副反応が少ないなら採用、
感染症が軽症で、ワクチンの有効率が低く、副反応が強いなら不採用、と単純ですね。

しかし現実には、誤った情報、偏った情報があふれて客観的な判断が難しくなっています。
平和で医療が発達した日本に住む我々は、自然感染の脅威を過去のものとして忘れがちです。
一方で、メディアの報道の影響もありワクチンの有効性より副反応に目が向きがちです。
このような、客観性を欠いた知識・情報の偏りを矯正すれば、“ワクチン拒否”にある程度対応可能と思われます。

ワクチン反対派の根っこ
ワクチン反対派の本を何冊か読んでみました。
すると“ワクチン拒否”問題の根っこ(あるいは本質)が浮かび上がってきました。

予防接種とは健康な子どもの体にワクチンという医薬品を投与する行為です。
しかし副作用ゼロの医薬品はありません。
子どものためを思って接種するのに、子どもを傷つけてしまう可能性がある」「まじめに接種してバカを見た」というジレンマを避けることができないのです。
これを解決し説得する方法が、果たしてあるのでしょうか。

ワクチンの短所を知る
長所は省略します(レクチャーではしっかり話しました・・・)。
ワクチンの短所も知る必要があります。以下の3点が挙げられます。

1,免疫が自然感染より弱い
 接種しても有効率100%は期待できず、感染・発症する例があります。
 また、免疫が長期間続かないことが近年明らかになり、追加接種の必要性が問題になっています。

2.副反応をゼロにできない
 これは医薬品の宿命です。

3.全員には接種できない
 年齢による接種対象外や病気による接種不適当者が存在します。

こう並べてみると、なんだかワクチンの有り難みが感じられなくなりそう(苦笑)。

自然感染をワクチンに例えてみると?
視点を変えて、自然感染をワクチンに例えてみると、どうなるでしょう。
ワクチンは免疫システムに反応を起こさせるメカニズムゆえ、有効性が高いほど副反応も強い傾向があります。
副反応が弱い安全なワクチンは、有効性も低くなりがちです。副反応ゼロのワクチンは、有効率もゼロです。
そして有効率100%を求めると、副反応もさらに強くなります。自然感染はこの頂点に位置づけられる「最強&最悪のワクチン」に例えられます
副反応が心配でワクチンを拒否する人が、一番副反応の強い「自然感染」を選択していることは、皮肉としか言いようがありません。

近年話題のワクチン副反応
現在の日本のような平和な時代に求められるのは、効果より安全性です。
感染症の流行で多数の死者が出る時代は去り、病気の怖さよりもワクチンの副反応が問題視されるようになりました。近年話題になった事として、

・生ポリオワクチンによるVAPP(ワクチン関連麻痺)
・HPV(子宮頸がん)ワクチンによるCRPS(複合性局所疼痛症候群)
・日本脳炎ワクチンによるADEM(急性散在性脳脊髄炎)

が挙げられます。これらについて最近の情報をお示しします。
この3つの中で、ポリオ・ワクチンによるVAPPは因果関係がはっきりしていますが、他の二つ(HPVワクチンによるCRPSと日本脳炎ワクチンによるADEM)は限りなく白に近いグレーだと私は捉えています。

生ポリオワクチンによるVAPP(ワクチン関連麻痺)
まず、日本における生ポリオワクチンの評価の変遷について知っておいていただきたいと思います。
日本では1960年にポリオが流行した際(ポリオ・パニック・・・患者数5606人、死亡数317人)、不活化ワクチンを導入したものの流行拡大を止められませんでした。ポリオを罹患した子どもの母親が「有効な生ワクチンを導入せずにポリオ患者が出るのは人災ではないのですか」と政府関係者に詰め寄る映像が目に焼き付いています。
その後、ソ連とカナダから生ワクチンを緊急輸入し流行は制圧されました。
その50年後、今度は生ワクチンによるVAPPが社会問題化し、「生ワクチンによるVAPP被害は人災」と糾弾されるに至りました。
ポリオ生ワクチンは50年の時を経て、日本国民から真逆の評価を経験したことになります。

2014年5月(まさに今月)、WHOがポリオ感染拡大に関して緊急事態を宣言しました(2009年の新型インフルエンザ以来)。
これは、従来のポリオ常在3カ国に加え、2014年に感染例が他の国からも報告されて合計10カ国となり、危機感を募らせた結果発令されたものです。
グローバル化された現代、いつ日本にもポリオが空輸されてもおかしくありません。その時、不活化ワクチンで対応できるのでしょうか。
50年前のようなポリオ・パニックが再現され、生ワクチンが復権することになるのでしょうか。

HPV(子宮頸がん)ワクチンによるCRPS(複合性局所疼痛症候群)
HPVワクチンによるCRPSは現在も議論中で結論は出ていません。
最近の情報として、統計学的データとしてHPVワクチン接種後のCRPS発生率は自然発生率より低いことが報告されています。HPVワクチンを導入以降、CRPSの発生数は増えていないのです(つまり統計学的には「関係ない」と判断可能)。
WHOも、他の国でも問題視していません。

日本脳炎ワクチンによるADEM(急性散在性脳脊髄炎)
日本脳炎ワクチンによるADEMについては、旧ワクチンと新ワクチンで、発生率に差が無くかつ自然発生率と差がないことが報告されています。
言い換えれば、日本脳炎ワクチンを打っても打たなくてもADEM発生数は変わりません(同じく統計学的には「関係ない」と判断可能)。
ワクチン反対派の本には、なんと「新ワクチンは旧ワクチンよりもっと危ない」と書かれていました。

取り残される“免疫弱者”
一方、ワクチンを受けたくても受けられない人たちがいます。
日本の医療現場で問題になっているのはこれらの「免疫弱者」です。その人達は常に感染症の危険に怯える生活を強いられます。

胎児
本人が希望してもワクチンを接種できません(CRSは昨年話したので省略)。

免疫不全状態
病気あるいはその治療で免疫不全状態に陥っている子どもたちは、生ワクチンを接種することができません。例えば白血病で闘病中の子どもが水痘に罹ると重症化して命に関わります。これは水痘のところで触れます。

年齢
定期予防接種には接種対象期間が決められています。しかし、子どもは接種対象期間前から感染症に狙われています。一例として乳児の百日咳についてお話しします。

乳児の百日咳
3ヶ月未満の赤ちゃんが百日咳に罹ると重症化し、無呼吸発作・チアノーゼを起こして命に関わることがあります。
しかし、皆さんご存じの通り百日咳ワクチン(DPT-IPVのP)の定期接種は生後3ヶ月以降に始まります。一番ハイリスクの時期に間に合いません。
一方、近年大人の百日咳が社会問題化しています。慢性咳嗽の3割が百日咳という報告もあります。
生まれた赤ちゃんのお祝いに来た大人から感染する可能性があるのです。
米国ではこれを問題視し、大人用の3種混合ワクチン(Tdap)を導入して、妊娠30週前後の妊婦にTdapを接種する試みもされています。日本では、現時点で無策です。

「基本再生産数」「集団免疫(率)」を理解しよう
ワクチンを受けられない免疫弱者を守るためには「集団免疫」という考え方が必要です。
簡単に言うと、「みんなでワクチンを受ければその感染症が流行しなくなるので、接種したくてもできない免疫弱者も守ることができる」ということです。
ワクチン反対本を読んでみて、“ワクチン拒否”する人たちにはこの視点が欠けているのではないかと感じました。

ここで、「基本再生産数」と「集団免疫率」という統計学用語を紹介します。
基本再生産数」とは感染力の指標で、患者一人が何人に感染させるかを表す数字です。
この「基本再生産数」から「集団免疫率」、つまり「その地域から流行を排除できるワクチン接種率」が計算式で算出されます。
この数字を達成して維持することにより、免疫弱者を守ることが可能になります。
例えば水痘では、その集団の90%以上がワクチンを接種すれば、接種できない免疫弱者をも守ることができるという意味です。

保護者からの質問に答える
保護者の方からよくうける質問に対する回答例を紹介します(あくまでも一例として)。

まず「できれば受けたくない」という不安に関する質問です。

Q. うちの子は元気だから受けなくてもよいのでは?
A. 重症化のリスクはワクチンより自然感染の方が高く、ふだん元気だからといって重症化しない保証は何もありません。感染症に罹ることは被害者になることですが、同時に加害者になることを認識すべきです。

Q. その病気に罹りたくない人だけ受ければよいのでは?
A. ワクチンの効果は100%なら罹りたくない人だけ受ければよいことになりますが、そのようなワクチンはありません。罹ってしまうと人にうつしてしまうことも考えてください。

Q. 感染症が少なくなっているので受ける必要がないのでは?
A. 少なくなっても消えたわけではありません。地球上から消滅した感染症は天然痘だけです。

★ 「ワクチン拒否は子どもの将来に影響する」事実も知っておいていただきたいと思います。
海外生活や留学する際の足かせになります。
 国によってはワクチン接種証明書の提出を求められ、例えばアメリカでは規定の予防接種を受けていないと入学・進級できません。
将来の就職先が制限されます。
 ワクチンを接種しない人は罹患して感染源になるリスクが高く、社会的責任を放棄しているという意味で医療・福祉関係、教育関係の仕事に就けない可能性があります。

次の不安は「予防接種の効果」についてです。

Q. 予防接種を打っても病気に罹るんでしょう?
A. 確かにワクチンの有効率は100%ではありません。しかし、罹っても軽くすみます。

Q. 予防接種の効果は何年くらいもつんですか?
A. 確かに終生免疫は得られません。導入当初は一生有効と考えられていた生ワクチンも5-10年で効果が減弱することがわかってきました。しかし、追加接種で維持可能です。これは全てのワクチンに当てはまることなので、今後の課題でもあります。

次は「予防接種の副反応」に対する不安です。

Q. 同時接種しても大丈夫ですか?
A. 同時接種は世界中で行われており、億の単位の子どもたちが受けていますが、それによる問題は発生していません。WHOやCDCも認めている方法であり、日本小児科学会も2011年に「同時接種によりワクチンの有効性、副反応の頻度に差は発生せず、本数に原則制限はない」と見解を出しています。
ヒブと肺炎球菌ワクチン同時接種再開後の調査でも、乳児死亡率の増加は認められていません。

Q. ワクチンは「劇薬」に指定されているってホント?
A. ワクチンは確かに薬事法で「劇薬」に指定されている医薬品です。
・「劇薬」とは薬事法で定められている規格で、一言で云うと「有効域と中毒域が近い薬物」です(急性毒性における致死量LD50が体重1kgあたり300mg以下、皮下注射で200mg以下)。ふつうの量で使用している限り、他の薬物と比較して危険なわけではありません。
※ 実は身近に「劇薬」は存在します。例えば小児にもっとも安全な解熱剤とされるアセトアミノフェン(商品名:アンヒバ坐薬、カロナール、コカール)も剤型によっては劇薬に指定されています。それからサリチルアミド。PL顆粒やLLシロップは複数の劇薬が含まれている総合感冒薬です。

Q. うちの子はアレルギー体質なので心配です。
A. 単なる、漠然とした「アレルギー体質」は問題ありません。そのワクチンの成分(例えば、MRワクチンの場合は卵)に対するアレルギーがある人は要注意であり対応が必要です。

Q. 肺炎球菌ワクチンは発熱の副反応が多いと聞いたけど・・・
A. 確かに30-50%と他のワクチンと比較して高い傾向がありますが、ほとんど一過性で重篤なのもではありません。
プレベナー13の添付文書から引用すると、37.5℃以上の発熱率は、1回目の32.9%から4回目の50.7%まで、回数を重ねると頻度は高くなる傾向にありますが、同じ子どもとは限りません。
また、発熱した子どもが回数を重ねる度に重症化しやすくなるというデータもないそうです(メーカーに確認済み)。
三種混合(DPT)と同時接種をしても、発熱頻度はほとんど変わりません。

エピローグ

私が考えた“ワクチン拒否”の理由4つを再掲します;

1. 子どもの体に異物を入れたくない
2. ゼロリスクシンドローム
3. 自然感染が最善の選択
4. 知識不足による漠然とした不安


最初に「1と2は説得困難、3と4は正確な情報提供と啓蒙により説得可能」とお話ししました。
今日の話を聞いて、皆さんはどこまで説得できそうですか。
1は宗教的な理由の場合もあるのでやはり困難と思われますが、2になんとか食い込めないかと頭をひねりました。

するとやはりこの壁にぶつかります。
子どものためを思って接種するのに子どもを傷つけてしまう可能性がある
これを正面突破するアイディアがありましたら、ぜひ教えていただきたいです。
私には無理そうなので、天秤にかけての相対的な価値判断に逃げたいと思います。

天秤にかける一方は副反応被害者。
もう一方は自然感染の犠牲者のはずでしたが、現在の日本ではむしろ免疫弱者の方が説得力があると判断し変えました。

ワクチンを接種すれば、一定の副反応被害者が発生します。
ワクチンを接種しなければ免疫弱者が犠牲になります。

どちらを重視すべきなのか? 正解はあるのか?
これは時代により、社会環境により判断が異なることなのかもしれません。

しかし道筋はあります。予防接種の目的を再確認してみましょう。
以下のように4つのステップに分けられます。

1. 接種した個人を守る
2. 接種した集団を守る
3. 集団を守ることにより感染症の流行を阻止し接種できない免疫弱者を守る
4. 感染症を地球上から根絶する


1の「個人を守る」から始まり、最終目標は4の「感染症根絶」です。
ちなみに、根絶に成功した感染症は今のところ天然痘だけです。
4という大きな目標を達成するためには、1の「個人を守る」にとどまることなく、2と3へ進む必要があります。
集団免疫は避けて通れない道なのです。
つまり、先のスライドの天秤の正解は、副反応被害者を救済しつつ、勇気を持って「免疫弱者を守る集団免疫」を選択することではないか、というのが私の結論です。

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