小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「ワクチン新時代」(杉本正信・橋爪壮著)

2013年10月16日 20時07分34秒 | 予防接種
副題:バイオテロ・がん・アルツハイマー
岩波書店、2013年発行

著者の橋爪さんは天然痘ワクチンを作成した研究者。彼のワクチンは効果・安全性とも優秀で、現在テロ対策として世界中で注目されているそうです。
本書の内容は、ワクチンの基礎と現在のワクチン事情について解説している、いわゆる啓蒙書。
特に基礎的な免疫反応や生ワクチンと不活化ワクチンの違いについての説明はわかりやすいと思いました。

従来の私の知識では、生ワクチンは液性免疫+細胞性免疫を、不活化ワクチンは液性免疫のみを賦活し、それが効果の違いになると理解していました。しかし、ヒトの免疫には獲得免疫(液性免疫、細胞性免疫)の他に自然免疫(顆粒球やマクロファージ、トル様受容体)が存在します。この本ではワクチンが自然免疫をも賦活することに言及しており、知識を更新できました。

ただ、著者の得意分野である天然痘ワクチンについては詳細過ぎて途中でよくわからなくなってしまいました(苦笑)。

また、隠れた歴史として日本における不活化ポリオワクチンについても触れています。
日本ポリオ研究所では著者の橋爪氏を中心に1990年代にセービン株を用いた不活化ポリオワクチンを完成させていたのですが、臨床試験の途中で諸般の事情により頓挫したという事実がありました。ちょうどMRワクチンの副反応が社会問題化した頃なので、当時の厚生省は積極的にサポートしなかったようです。これが認可にたどり着いていれば、2011-12年の生→ 不活化への移行がよりスムースのなされたはず。
残念です。
※ 現在四種混合ワクチン(DPT-IPV)に含まれている不活化ポリオワクチンはソーク株であり、セービン株とは異なります。

<メモ>
自分自身のための備忘録。

歴史に影響を与えた天然痘 
 スペインによる南米の征服では、それに先だって持ち込まれた天然痘がアステカやインカ滅亡の主な原因であり、数年の間に350万人のインディオが死亡したと考えられている。1707年には、アイスランドの5万人の人工のうち、1800人(36%)が天然痘で命を落とした。

生ワクチンからトキソイド、不活化ワクチンへ
 ジェンナーの牛痘、パスツールの造った炭疽菌ワクチン、狂犬病ワクチンは生ワクチンだった。その後あらわれた黄熱病ワクチン、ポリオ・ワクチン、麻疹ワクチン、おたふくかぜワクチンも生ワクチン。
 一方、ジフテリア、破傷風など毒素そのものが危険な感染症に対しては、ホルマリンなどで毒素を不活化しても、その抗原性(免疫を誘導する能力で免疫原性とも云う)は保たれるため、このような不活化した毒素(トキソイド)がワクチンに用いられるようになった。
 さらに、生ワクチンとして使用可能なほど弱毒化したウイルスや細菌が得られない場合には、病原体をホルマリンで不活化した、不活化ワクチンを使用することが考案された。
 その後、ウイルス粒子の抗原の中で目根記に関係する部分を取り出したサブユニットワクチンが開発された。不活化ワクチン、サブユニットワクチンは安全性の点では優れているが、効果は生ワクチンに及ばない。したがって免疫原性を高めるために、補助剤としてアジュバントを使用されることがある。もっとも多用されているアラムアジュバント(アルミニウムの水酸化物またはリン酸化物)の主な作用は、接種した局所に抗原を長くとどめ、効果を高めることである。

ヒトの免疫システム
1.獲得免疫:B細胞による液性免疫とT細胞による細胞性免疫から構成される
 獲得免疫で重要な役割を果たす細胞は3種類;
B細胞
 抗原(病原体)に対する抗体を産生し、抗体は特定の病原体のみを認識して結合しそれを不活性化したり殺したりする(液性免疫)。
 B細胞が抗体を作るにはヘルパーT細胞が必要。
T細胞
 ヒトのT細胞はヘルパー(補助)/インデューサー(誘導)細胞であるCD4細胞と、キラーT細胞であるCD8T細胞に分かれる。
 ヘルパーCD4T細胞は、B細胞が認識する抗原部分とは異なる同一抗原上の別の部位を認識してB細胞が抗体を作るのを助ける。インデューサーCD4T細胞は種々のリンフォカイン(免疫反応を調節する各種液性因子)を産生し、一方で、ツベルクリン反応に見られるような遅延型アレルギー反応を引き起こす。キラーCD8T細胞はウイルスに感染した際病やがん細胞など、正常から逸脱した細胞を攻撃して殺す。これらのT細胞による反応は細胞性免疫と呼ばれる。
抗原提示細胞】(マクロファージ、樹状細胞)
 T細胞はB細胞と違って単独では抗原を認識できないので、マクロファージや樹状細胞のような抗原提示細胞の助けを必要とする。
 T細胞が異物としての抗原を認識する際は、まず抗原提示細胞がその抗原を部分的に分解し、分解した抗原断片を事故のHLA抗原と一緒になって表面に提示する。細胞表面では、異物である抗原断片がHLAのポケットの中に入って提示されていて、T細胞はそのポケットにはまっている抗原断片とHLA抗原を全体として認識する。
2.自然免疫
 病原体に出会う前から声帯にあらかじめ備わっている免疫能で、ワクチン(特に生ワクチン)ではこの自然免疫も重要な役割を果たすことがわかってきた。
 自然免疫では好中球、好酸球、好塩基球といった多核白血球(顆粒球)やマクロファージ、樹状細胞、ナチュラルキラー細胞といった単核球などの細胞性因子が大きな役割を果たしている。
 また、トル様受容体と呼ばれる蛋白質も重要な役割を果たしていることが解明され注目されている。トル様受容体は、宿主にはないが細菌やウイルスの表面には存在する抗原や内部の核酸などを異物として認識する。その異物の範囲は広く、病原体表面の糖、脂質あるいはウイルスの二本鎖RNAや、細菌やウイルスにのみ存在するある種のDNAまでが含まれる。トル様受容体は宿主の細胞表面に発現することもあるが、多くは細胞内の膜構造に発現している。したがって、ウイルスや細菌のRNAやDNAは細胞に取り込まれた後にトル様受容体で認識され、自然免疫が活性化され、インターフェロンといった液性因子などが放出され、その結果獲得免疫も活性化される。
 生ワクチンは生きたウイルスや細菌からなり、細胞など生体内で増殖するので、細胞内に持ち込まれたこれらの成分がトル様受容体により認識され自然免疫を活性化する。その結果、引き続き起こる強い獲得免疫の誘導をも促進する働きをする。
 一方、死んだ成分からなる不活化ワクチンやサブユニットワクチンでは自然免疫の誘導能は低く、したがって効果も生ワクチンに比べて劣ることになる。

スペイン風邪の正体
 1918-1919年にパンデミックを起こし、世界で4000-5000万人が死亡、日本では39万人(48万人との研究報告も)死亡した。
 近年、犠牲となった死者から得られた試料によりウイルスの正体が解明された。
 米陸軍病理学研究所のジェフリー・タウベンバーガーらの研究チームは、1918年当時のスペイン風邪の犠牲者のホルマリン固定の組織、およびアラスカの永久凍土に埋葬されていた助成から採取した組織を用いて分子生物学的に解析した。ウイルスゲノムRNAを取り出し、前塩基配列を推定したところ、このウイルスは鳥ウイルスに起源を持ってはいるが
、宿主内で進化を遂げた結果ヒト及びブタの系統に属するように変化し、鳥ウイルスには属さないA型インフルエンザウイルス(H1N1型)であることが判明した。
 米国のCDC(疾病予防管理センター)のテレンス・タンピーはゲノム情報をもとにウイルスを人工的に作成することに成功した。この人工ウイルスを用いた動物実験の結果、強毒性が証明された。
 また、2007年に科学技術振興機構と東京大学医科学研究所は人工合成したウイルスを用いてサルで実験し、その結果スペイン風邪ウイルスには強い致死性の肺炎をもたらし免疫反応の調節に異常を起こす病原性があると発表している。

インフルエンザ論文差し止め事件と結末
 2011年に科学雑誌のサイエンスとネイチャーに、インフルエンザ・ウイルスに関する二編の論文が投稿されたが、米国政府の科学諮問委員会は、これらの論文がバイオテロに悪用されることを恐れて、その一部の記載を論文から削除するように両誌に要望した。
 問題の論文は東京大学医科学研究所の河岡義裕の研究チームによるものと、R. フォウチャーらのオランダ・エラスムス医療センターの研究チームに夜ものの二編で、いずれもH5N1型トリインフルエンザがどのような遺伝子変異をするとほ乳動物に感染しやすくなるかを突きとめた研究。
 2012年3月に米国科学諮問委員会は一転してトリインフルエンザ研究論文の一部削除勧告を事実上撤回し、公表を認めることを決めた。理由は、ただちにテロの危険を招く内容ではなく、逆に、新型インフルエンザ(H1N1)の流行を防ぐ上でこれらの研究が重要だというものだった。

遺伝子変異が起こりやすいRNAウイルス
 インフルエンザ・ウイルスはRNAウイルスで有り、RNAウイルスはDNAウイルスに比較して遺伝子が一般に不安定で有り、遺伝子変異を起こしやすい。
 例えば、AIDSウイルスもRNAウイルスで遺伝子変異が起こりやすい。ポリオウイルスもRNAウイルスで、そのためにその生ワクチンが変異することで強毒化する危険性が有り問題になっている。
 ポリオのような一本鎖RNA遺伝子の複製時における変異率は1000分の1から1万分の一といわれ、DNA遺伝子の変異率1尾lくぶんの市から1000億分の一に比べると非常に高いことが知られている。

アマンタジンの寿命を縮めた中国
 中国ではアマンタジンを2004年以降トリインフルエンザ対策としてニワトリの飼料に大量に混ぜ与えた。その結果ほとんどのA型インフルエンザ・ウイルスが薬剤耐性になったことが判明し、米国のCDCは2006年にインフルエンザの予防と治療にアマンタジンとその類似薬であるリマンタジンを使用しないように勧告した。

日本におけるポリオワクチンの変遷:不活化→ 生→ 不活化
 日本で最初に採用されたポリオワクチンは不活化ワクチンであるソーク・ワクチンであり、1959年に接種が始まった。
 その頃、北海道を中心に全国的にポリオの大流行が起こり、1960年には患者数は5606名に達し、社会的な関心の的となり、とりわけ子どもを持つ親たちの不安は一気に高まった。国内でもワクチンの研究開発は進んでいたが、大流行にはとても間に合わない状況だった。
 生ワクチンの緊急輸入を求める母親達をはじめとする世論の声は、やがて政府・厚生省をも動かし、1961年には未承認の新ワクチンである経口ポリオワクチンの緊急輸入が政治決定され、ソ連とカナダから合わせて1300万人分の生ワクチンが輸入された。
 生ワクチンへの切り替えに対応した国内体制を整備すべく設立されたのが(株)日本ポリオワクチン研究所(現・日本ポリオ研究所)であり、1964年以降は国産ワクチンで予防接種が可能となった。
 その後国内のポリオ患者は激減し、1980年の患者が最後となり2000年にポリオの根絶がWHOに報告された。
 ただし、1981-2000年の間に15例のポリオ様麻痺患者が報告されているが、いずれも分離されたポリオウイルスはワクチン由来のものである。
 時代は移り、生ワクチンの緊急輸入から50年余りを経た今日、生ワクチンの危険性が指摘され、2012年9月に不活化ワクチンへ切り替えられた。生ワクチンで使用される弱毒性の生きたウイルスが遺伝子変異を起こし、そこから強毒ウイルスが生じて病気を発症させることが450万回の接種で1回認められたためである。
 このように、日本では不活化→ 生ワクチンへの転換、そして50年後に再び生→ 不活化ワクチンへの転換という、皮肉な現象が起きたのであった。

日本でも「不活化ポリオワクチン」が開発されていた
 日本ポリオ研究所は、当時所長だった伊藤平八の指導により1980年代中頃よりセービンの弱毒ワクチン株を用いた濃縮精製ポリオ不活化ワクチンの研究を始めた。野生強毒株の代わりに弱毒ワクチン株を用いた理由は、この研究所では我が国のポリオ生ワクチンを製造している関係で強毒株を大量に扱うことはできないこと、そして将来不活化ワクチンを製造するようになった場合、製造・研究に携わる職員の安全性と、野生強毒株根絶後の不活化ワクチンの使用を考えたため。
 1997年にこの不活化ワクチンは完成歯、1998年に第一相臨床試験を済ませ、引き続き第二相/三相臨床試験に着手する予定だったが、開発を推進していた橋爪の所長退任や、臨床試験での手続き上の問題などにより、最終認可までに至らなかったという不幸な経緯があった。
 この開発が順調に進んでいたならば、今回の騒動はなかっただろう。厚生労働省は日本ポリオ研究所の不活化ワクチン開発について、強力なバックアップをすべきだった。

癌ワクチンの歴史
 19世紀の終わり頃、ニューヨークのスローン・ケタリング記念がんセンター病院整形外科医のW.B.コーリーは、命に関わるほどの感染症にかかった患者の癌が治癒したようだという話にヒントを得て、無害化した菌体成分(「コーリーの毒」)を癌患者に投与する治療を行った。投与した癌患者は長生きしたので、彼はこれが癌に対するワクチンとして機能したと主張した。
 日本では1970年代に登場した、細菌成分を接種して体の免疫機構全体を活性化させるという発想の元にいくつかの療法が試みられ、その代表例である溶血レンサ球菌を用いたピシバニールは現在でも使われている。
 結核菌の多糖体を主成分とする丸山ワクチンもその一つである。
 ただしこれらの療法は、その効果について疑問を呈する科学者もおり、その評価は必ずしも定着していない。

水痘ワクチンと帯状疱疹ワクチンは同じもの
 ふつう、ウイルスが人に感染して免疫が成立し治癒すると体内から完全に排除される。
 しかし水痘ウイルスは治癒後も一部が神経組織(神経節)の中に潜んで存在し続ける。体が十分な免疫機能を維持していれば神経細胞から外に出て増えたりすることはない。しかし、高齢化や、あるいは癌や脳梗塞といった疾患に犯され体力が弱り、免疫機能が衰えると、神経組織に潜んでいた水痘ウイルスが活動を再開して増え始め、神経組織などを墓石、皮膚などに再び発疹ができる。活性化したウイルスは知覚神経に沿って増えるので、多くの場合病変は帯状に生じ、これが帯状疱疹である。
 もともと水痘予防のために子どもに接種されていた水痘ワクチンは、帯状疱疹予防のために高齢者にも接種されるようになった。60歳以上の約38000人を対象にした米国の調査では、ワクチン接種によって帯状疱疹の発症頻度が約半分に減少し、帯状疱疹後神経痛が66%減少したと報告されている。米国では帯状疱疹予防のために水痘ワクチンの使用が承認されている。

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