石塔寺 向日市 鶏冠井町山畑44 住職不在で御朱印もらえず
鎌倉時代末期、日像上人が向日神社前にある法華題目の石塔婆の傍らにお堂を立て、石塔寺と称したのが創建と伝えられています。お寺の名前から御塔道という名前がつきました。鎌倉時代末、日像上人が鶏冠井の地を布教した際、上辻三郎四郎なる者が上人に昼食を差し上げようと用意しはじめたところ、立ちのぼる炊煙が空中にお題目(南無妙法蓮華経)を描き出しました。このうわさを耳にした村人たちは野良着のまま三郎四郎の家に集まり、庭先で太鼓を打ったり、すげ笠を手にして踊ったりして喜びを分かち合ったと言われています。
その時の踊りが「鶏冠井題目踊り」で、京都府の無形民族文化財に指定されています。毎年5月3日の花まつりに、鶏冠井題目踊りが奉納されます 向日市歴史散歩より
山門
本堂
本堂
扁額
内陣
七面堂
迹殿
庫裏
塔堂 (右) 寺名の起こりとなった題目石塔を安置
六地蔵