3次元紀行

手ぶらで地球にやって来ました。生きていくのはたいへん。そんな日々を標本にしてみました。

約束の森の植樹祭 27

2009-04-21 13:00:05 | メルヘン
★104
 その人は話し始めました。
「実は、ぼくも夢を見るのです。
 子供の時から
 ずっと同じ夢を何度も何度も見るのです。
 その夢のことは
 その詩集にも書いてあるのですが・・・
 『月夜の夜会』という詩です。
 詩では、歌姫が出てきて歌い終わった後
 夜会はお開きになって終わっていますが、
 実際の夢では、
 歌が終わると、歌姫は泉に身を投げるのです。
 そこで目が覚めるのですが、
目が覚めると胸がすごく苦しくて、
せつなくて、悲しいのです。
 そこであるとき、
 今度夢を見たら
歌姫をひきとめてみようと思ったのです。
 首尾よく夢をみて、
 ぼくは歌姫の手をつかむことが出来ました。
 そしたら歌姫は言ったのです。
 『手をお放し。
  わらわはこれから生まれ変わるのだよ
  “愛”を求めて下界へ行く。
  だからその手をお放し』

★105
『愛だって!?』
 ぼくは叫びました。
『愛ならぼくがきみにあげるよ。
 だから行かないで!』
 そう言ってひきとめました。
すると歌姫はからからと笑って言いました。
 『なにをお云いか
  愛とはもらうものではない、
  与えるものじゃ。
  与える愛とはどのようなものか
  それを学びにいくのじゃ
  だから、さあ、
  手をお放し』
  歌姫は毅然と言い放ち
  ぼくの腕を振り払って
  泉に飛び込んでしまいました。
  その時、ぼくもついていこうと即座に心を決め
  続いて泉に飛び込みました。
  そして、目が覚めたとき、
  ぼくははじめてほっとしました。
  ぼくはそうして生まれ変わったんだ。
  やったぞ!ってね」

★ 106
その人の話は続きます。
「しかしそのあとのぼくはちょっといけませんでした。
 歌姫さがしをはじめたのです。
 夢の記憶をたよりに
 あの時聞いた歌声を探すようになったのです。
 湖面を渡るような澄んだ響き。
 そんな歌声です。
 あれからというもの
 子供の時から何度も見たあの夢は
 全く見なくなりました。
 だから実際の歌声は本当のところどうだったのか
 記憶も薄れてきていましたが、
 まあ、憑かれたように歌姫探しをしていました。
 そんなとき
 ぼくを育ててくれたおばあちゃんが死んだのです。
 ぼくははやくに両親をなくしたので
 おばあちゃんに育てられたのです。
 その詩集の『酔っ払いの詩』
 最後に母さんスミマセンとありますが、
 それは本当はおばあちゃんスミマセンなんです。
 それで、おばあちゃんが死んだとき、
 おばあちゃんは夢のなかにやってきました。
 『お前は何しに来たのじゃ。
  そんなことやってる場合ではなかろう。
  ばかものが!
  わたしは、先に行くよ』
  って、ぼくは叱られました。
 それからおばあちゃんは霧の中に消えていったのですが、
 その折、確かにぼくは聞いたのです。
 あの歌声を。
 泉で歌姫が歌ったような
 風が湖面を渡るような細く澄んだ歌声を!」

★107
その人の話はつづきます。
「“愛”というものを学びにきたのだから
 歌姫の姿をしているわけはなかったのです。
 ぼくはおばあちゃんといっしょに暮らしたことを
 ありありと思い出しました。
 両親を失った時
 ぼくを抱きとめて家につれてかえってくれたこと。
 お弁当をつくってくれて
 学校を出してもらったこと。
 それなのにぼくは遊んでばかり
 でもおばあちゃんはいつも言っていた。
 『ありがとう。
  あなたがいるから
  助かるわ』
 ぼくはふたたび
 あの人に導かれて目が覚めたのです」
 


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